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地球温暖化推進委員会

全てのエコNPO・NGO団体に神の裁きを!

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 その昔、東海地方のテレビCMで今は亡き伴淳三郎が呪文の様に呟いていた素麺の広告コピーである。
美味そうに素麺を啜り、したり顔で”スガキヤ・・スガキヤ・・解ってっか?”。

 このCMの台詞はこれのみであった。幼少の私の脳味噌にこのコピーは強烈に焼きついてしまったのである。スガキヤと言うのは東海地方で店舗を展開しているラーメンのチェーン店で工場で作った麺類をスーパー等でも販売している。このチェーン店では特殊なスプーンともフォークともどちらとも言えない特殊な食器があった。確か左半分がフォークで右半分がスプーンになっている人造人間キカイダーの頭の様な不思議な代物だった。ここのラーメンを食する時に一緒に供されていた記憶がある。ラーメンは庶民的価格でソフトクリームがお約束でメニューにあった。あくまでも名古屋を中心とするエリアのローカルなお話である。

 さて最近近所のスーパーの商品の仕入れがおかしい。先日はあんかけスパを限定販売していたと思っていたら今度はスガキヤの味噌煮込みうどんである。

 東海地方は関東とも関西とも異なる赤味噌文化がある。九州の麦味噌や関西の白味噌とは異なり、塩分が多く、特有の香りがある。みそ汁にすると若干のほろ苦さがある。名古屋はこの赤味噌を使った独自の食文化があり、そのひとつが赤味噌を使った煮込み料理である。うどん、きしめん、ドテ(赤味噌で煮込んだモツ)、夏野菜の和え物等、今で言うご当地料理である。私はこの食文化の中で育ったのである。怒られるかもしれないが、赤味噌は魚釣りをする時の集魚剤の効果があり、池や川釣りの際は練り餌に少量練り込んで使っていた。鮒や鯉には効果覿面である。
 
 話がそれたが久しぶりにスガキヤの味噌の込みうどんに体面し、あまりの感動に店頭在庫を買い占めてしまった。とはいえ残数3個であったが。

 久々の赤味噌の風味。暖まりますなあ。具材はせいぜい卵と葱程度の質素なもの。三河の文化は日常は質素に。目出度いことには派手に。休日の昼食にはぴったりのメニューですなあ。

 しかしスガキヤのフォークとスプーンのあいのこは今でも現役なのだろうか・・・?
 

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 バイクの慣らしも終わったものの、寒さのあまりツーリングにも出られず気力が萎えてきたのでここらで昨年の秋に自覚した年寄りの手慰みの盆栽趣味を始める事にした。福岡空港側のイオンモール内の模型専門店で購入した戦車模型の作成開始である。今回の”お題”はWW凝??離疋ぅ跳垣鐚屐稗街羸鐚屐匹任△襦

 模型初心者なら部品の精度が高いバンダイかタミヤが妥当だと言う友人の助言を予算上の都合で遭えて無視してフジミ模型と英国製の輸入品に手を出した。安い物にはそれなりの理由があるのは覚悟の上である。兎に角模型製作に慣れる為の教材と割り切った。

 プラモデルに最後に触ったのは小学生の時に宇宙戦艦ヤマトを作って以来で、ただ組み上げただけで塗装の経験は全くない。ガンプラ以前のマジンガーZのプラモを作った事しかないのである。

 故に切り出した部品の整形やパテ埋めなぞしたことがない。しかし今回はこれは避けて通れなかった。いやはや部品点数の多さに驚き、部品の精度の悪さに四苦八苦したもののプラ板整形やパテ埋め作業を何度と無く繰り返しやっと形にできたのである。

 模型のような盆栽趣味系の楽しみは手間を掛ける事に喜びを見出せる者のみが嗜める事が良く解る。”能率”だの”効率”を求める者にこの趣味は無理だと言う事が良くわかった。まだ今の季節は気温が低すぎてスプレー塗料が上手く吹き付けられないのでこの3号戦車は春先まで塗装待ちとなる。上級者が使うコンプレッサー付きのエアブラシでもあれば話はべつだが。盆栽に急ぐ必要はないのである。やる事はまだ残っている。

 つまりジオラマである。戦車模型はジオラマが付物。背景となる舞台の製作に取り掛かる。土と木と岩、建物に人物。マテリアルの差はあれどやはりこれは盆栽に間違いないのである。

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 正月三が日も過ぎてお天気が良い休日に恵まれたので以前から気になっていた大村市の戦争遺構に探検に行く事にした。コンディション維持もあってFZ1GTで出向く。最近のインターネットは便利である。目標の遺構の位置情報を集めてみたら・・・。FZ1GTを買った赤い男爵の直ぐそばであった。これも何かの縁だろう。ネット情報によると大村市の市街地の大半は旧帝国陸軍と海軍の敷地だったらしい。かなりの規模の軍隊が駐屯していて、軍の都合で大村市が出来たらしい。

 とはいえ、戦前、戦中を思わせるものは街中に殆ど目に付かない。探している遺構は宅地の真ん中にあり、公園になっているらしい。情報通りにあっけなく現場に到着する。小さい子供を連れた母親が3組ほど遊具であそんでいる。その後ろに展望台が見えるが入り口から回り込むとかつて海軍航空隊の戦闘機の掩体壕の入り口が見える。明らかに飛行機の主翼と垂直尾翼の形が解る入り口が確認できた。管理上の問題で柵で塞いであったが中を見ると地元自治会の掃除道具の倉庫として使われている事が解る。

 掩体壕の頂上は展望台になっており、側面は滑り台になっていた。ここまで活用するなら説明文の看板くらいあってもよさそうなものだが、公園の名前のプレートが有るのみ。もうちょっと考えて欲しいものだ。

 その後海軍航空隊の滑走路を見に行った。現在は海上自衛隊の飛行機の滑走路となっており、陸自の竹松駐屯地と隣接している。海自の正門に至る道がグライドパスを横切るので一旦停止の看板があった。通常は左右確認だが、これは上空を確認する為のものだ。何か落下物でも??

 散歩の目的が達成できたので日のある暖かいうちに帰る事にした。さて今年もポチポチとバイクで探検しようかな。

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 それがなにか?

悔いが残らぬように少し走ってきた。長崎県の県道の路面はデコボコが酷い。
貧乏県丸出しだな。

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 FZ1GTの慣らし運転もやっと終わり、無理をして距離を走る必要から開放された。これからは当分コンディション維持と本気で行くツーリングで走ればいい。前回の走行より1週間程度経過したので40km程走行した。タコメーターを気にせず走れる事の気持ちよさは寒風吹きすさぶ中でも健在だなあ。

 帰宅後に安物のバイクカバーが風に吹かれて後輪部がめくれ上るのを押さえ込むのに100均でペット用の太いロープで作った噛み棒を錘代わりに縫付けてみた。これなら強風で車体に傷が入る事もないだろう。

 作業の間の昼食に近所のスーパーで特売されていた名古屋メシで有名なあんかけスパを食べてみた。27年前に初めてこれを食べた時はあまりのチープさに怒りすら憶えたものである。当時、あんかけスパを知らずに普通のミートソースのパスタとして注文してしまった。ひき肉がほとんど無い、ケチャップ味のアンカケである。パスタ自体もウドンに近く、イタリアンとはかけ離れた半端なトマト中華餡料理に思え、それ以来名古屋でパスタを食べる事は無かった。

 今食べるとこれはこれで・・・まあこう言う食べ物なんですね。懐かしい思い出と味。今度食べる時はもう少し胡椒を足そう。
 
 19歳の春を思い出すなあ。