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地球温暖化推進委員会

全てのエコNPO・NGO団体に神の裁きを!

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 さて先日FZ1GTにシートバックの装着に成功したので今度はZZR400N4の装着工事に取り掛かった。FZ1GTはタンデムシートが分割されている都合上、バック付属の固定ベルトはほぼ使用出来ないと判断したのでシートレールに締めこまれているボルトに固定バンドを共締めする事で設置を可能とした。ZZRはタンデムシートが一体型なので付属の固定ベルトが使用出来ると思いきや、前後長が不足していて固定できない。仕方なくFZ1GTと同様の方法で固定を行った。材料調達で二度も手芸用品店めぐりをしてしまった。

 このシートバックは最大で21.5Lの容量と3個の大型サイドポケットがあるのでお土産を大量に買い込む事をしなければ普通に1泊くらいの荷物は積めそうであった。小型のディスクロックとパンク修理キットと雨具に多少の着替えと言う感じならOKだろう。野営具はさすがに無理だと思う。

 ZZRのオーナーズ倶楽部のイベントツーリングで活躍が期待できそうな雰囲気がするけどメンバーをよく観察するとハードケースにキャンプツーリングが主流かも・・。まあ新米初心者なんだからぼつぼつ装備を揃えればよいのかな?

 福岡空港裏のエチゴヤと文教堂での買い物はこれで余裕と言う事だ。デビューが待ち遠しいのお・・。

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 先日、ZZRのオーナーズ倶楽部に入会した事もあって長距離ツーリング用にシートバックを購入した。先ずはFZ1GTに装着して試走する事にした。シートバックが有るだけで何となくバイク旅行している気分に浸れるのである。単純な思いつきだったので予定も準備も無く、ただMAPを眺めていたら・・。

 日本三大稲荷と称される有名なお稲荷さんがお隣の佐賀県鹿島市にある。それは"祐徳稲荷"である。今年の猛暑を避けるべく、海岸沿いの国道を走らず標高が高い多良岳を縦断するR444で向う事に決定した。途中のR34ではフェザーの水温計は100度を簡単に超して強制ファンが常に回っていたが、R444に乗ってしばらく走れば80度台まで落ちてくる。

 シーズンオフの夏休みのお稲荷さんの門前町の土産物屋の大半はお休みでまるで千と千尋の神隠しの冒頭の雰囲気バリバリであった。しかしこの静かさがなんとも心が落ち着くのである。参拝者がまばらな境内を通過して本殿に通じる階段を上るが暑さなのか歳なのか息が上ってしまった。本殿で御祭神に御挨拶申し上げ、殆ど無人の門前町を歩く。よく考えたら・・誰とも喋っていない。

 祐徳稲荷の鳥居の両側に鎮座している二匹(二頭?)のお狐さんは口に稲穂を銜えている。稲荷の語源は”稲成り”。五穀豊穣の神である。祐徳稲荷は昔からこの地に生きる人達の生活を支えてきたのだ。有り難い事である。

 御挨拶申し上げた後、そのまま来た道を引き返してきた。R444で多良岳山頂を過ぎ、下りに掛かると対向車線をフルバンクして登ってくるYZF1とすれ違った。この暑いのに元気で結構な事だ。その直後から後方よりXJ6がぴったり張り付いてきた。なんだ?ここは。ヤマハバイクの縄張りなのか?こちとら燃費と水温ばっかり気にして大人しく走っているんだからソッとしておいて欲しいものだ。

 帰宅後ZZR400Nのシートバック装着の車体側工事を行う。錆びたボルトをステンレスボルトに交換して固定用のベルトを共締めする。後は手芸屋でベルトループを買ってくれば出来上がりだ。

 さて今度はZZRにシートバック付けて阿蘇にでも行ければいいかなあ。

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 世の中は三連休ではあっても私の職場は娑婆のそれとは事情が異なる。ZZRのオーナーズ倶楽部の面々が遠路遥々この西の最果ての地にツーリング来る事になった。一部のメンバーは大阪よりフェリーで新門司に上陸後高速道路にて移動。もう一方は広島方面より高速道路で早朝より移動。九州の倶楽部メンバーが途中でお出迎えと言う段取りであった。しかも宿泊地はこの長崎市である。かく言う私は佐世保の九十九島を見たいとの要望も聞いていたので佐世保市でランデブーである。

 お互いメールで位置を確認しながら時間調整しつつ移動する。佐世保市の”佐世保中央IC”から高速を降りると連絡があったので以前訪れた事がある海上自衛隊の広報施設”セイルタワー”に向った。
今年の夏は猛暑である。涼しい場所で待つに限る。セイルタワーの7階から佐世保中央ICが丸見えで車両の出入りが手に取る様に解る。7階のベンチで待つこと約15分、シートにコンテナ状のケースを着けた大型バイクの一団が現れた。とは言え、佐世保方面はバイク愛好者が多く連休ともなるとツーリング集団も多いので私の待ち人とは限らない。この一団はICから出ると米軍基地方面に向う素振りを見せたが高架道路の日陰で止まってしまった。もしやと思い確認のメールを打つと音声通話で支部長より連絡があった。ビンゴである。やはり監視任務は見晴らしの良い場所でやるものだ。セイルタワーからそそくさと出て倶楽部メンバーと難なく合流できた。道端で簡単な自己紹介の後、兎に角九十九島が見たい・走りたいとの要望に応えるべく、15年以上前に行った事がある”展海峰”に向う。地元ではちょっとは知れた絶景ポイントである。九十九島と佐世保港が一望でき、九十九島の国立公園(?)の美しさと佐世保港の軍港ならではの景色が楽しめる。

 私以外の面子は猛暑の中、長時間のライディングでかなり体力を消耗している。折角の展望台も登る気力が既に尽きている。観光バスで乗り付ける老人クラブの皆様の方が健脚に見えた。

 それなりに絶景を楽しみ、休憩も取れたので宿泊地の長崎市までのコースを選択する。要望により、西海市経由で東シナ海の外洋側R202を走る事となった。一口で言えば”サンセットクルーズ”である。
高速道路から下道を走り始めてから自販機の飲料以外は口にせず、ひたすら走るのみである。ど田舎の海岸沿いの国道は信号も集落ごとにある程度でほとんど止まる事はない。

 唯一の道の駅で最後のジュース休憩後宿舎に入った。私は都合で自宅に引き上げねばならず、ここでお別れである。殆どマスツーの経験がない私が半日集団の先導をしていたのも妙な気分であった。
色々不手際もあったが取り合えずは無事に水先案内人の役を果たせたと思う。

 仕事の都合で1日のみのお付き合いであったが別れ際に”ご飯どころかお茶も一緒する事なしで・・。”と言われ一同苦笑である。まあバイク乗りってこんなもんなのだろうな。

 支部長からこの秋に予定されているこの倶楽部の全国ミーティングにはZZRではなくFZ1GTで着た方が良いと言われた。言わんとする事は理解出来るがそれではイベントの趣旨と矛盾してしまうのではなかろうか。安全に楽しくツーリングする事を考えれば当然と言えば当然といへるな。

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 形が出来上がってきた99式艦爆にサフを吹こうと機体の確認をしていたら、垂直尾翼自体が機体の左側に傾斜している事に気がついた。単発エンジンのレシプロ機はプロペラの回転方向と逆のトルクがかかるので基本的に真っ直ぐに飛ばない。この反作用を打ち消すために色々機体に細工が施される。大抵の場合はエンジン自体の設置にオフセットを設けるか、垂直尾翼の取り付けにオフセットを設けるかタブと呼ばれる気流を修正する板状の部品を取り付ける等の手法がある。レアケースでは左右の主翼の面積を変更してバランスを取る例もあるらしい。色々自分なりに調査したが、垂直尾翼を機体に対して傾斜して取り付けると言う話は見当たらないので、これはフジミ模型のいつもの洒落だと判断した。

 機体自体の組み上げがほぼ完了していたので機体後部をドライヤーで加熱して捻りながら修正を加えた。目出度く、傾斜していた尾翼は水平線に対して直角になったが、コックピット後方から始まる尾翼の基部の前縁に亀裂が生じた上に、熱変形でワカメの様な姿になった。さすがはフジミ模型である。ユーザーに甘えを許さないのがよく解る。

 変形した尾翼の前縁をばっさり切り取り、積層したプラ板とパテで再生作業を行った。やれやれこれで予定が一週間以上延びてしまった。

 機体に貼るディカールを調べていたら、”報國”の文字が目についた。大東亜戦争時、日本の女子学生の募金で作られたと言う機体があったらしい。乙女の残留思念のお陰で、この機体は終戦まで生き残ったと言う事らしい。2機目の機体は全日本号かな。

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 スタジオジブリ作品”風立ちぬ”の公開も気になるがこちらも工程を急いでいる。大戦中に叔父が帝国海軍航空隊で攻撃作戦で乗機していた99式艦爆である。戦車には戦車の、飛行機には飛行機の求められる工作工程がある。つや消し、泥汚れが当たり前のAFVに対して飛行機系は光沢、平滑を要求される。また一からのスタートと言うわけだな。