フルメタルジャケット 海とサーファーが教えてくれた その18 | フルメタルジャケット

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こんな時代だけれど、日本のモノづくりを再起動したい。

[2].シリーズてくてく旅
 京急の新逗子駅を降りて実際に歩き出すと、横浜市内のウォーキングとさほど違った感じとか、心配は起きてきませんでした。心の中では”案ずるより産むが易し”なんだと感じていました。駅を出発して海側に歩き、田井川に沿って下流に歩いて行くと10分くらいで橋のたもとの交差点に出ます。交差点の名前は、橋の名前から「渚橋」になっています。サザンオールスターズのSEA SIDE WOMAN BLUESの歌詞に出て来る渚橋だと思いますが、この橋を左に行くと三浦半島、右に行くと逗子の海岸から鎌倉、江ノ島と続く湘南海岸です。この交差点が歩きつなぎのてくてく旅の出発地点となりました。

 2010年11月の末に始めた歩きつなぎのてくてく旅は、翌年の1月の後半から始めた私のブログでは全部で5つのパートになって書き続けてきました。
 最初が2010年11月29日に新逗子をスタートして2011年4月30日に、伊豆急下田駅にゴールインをした「湘南・伊豆てくてく旅」です。この旅が続いている途中の2011年3月11日金曜日に東日本大震災が発生しました。そのときまでに、伊豆半島の伊東市川奈まで歩いて来ていました。震災の発生日は金曜日でしたので会社にて仕事をしていました。それから1ヶ月間は社会がそうであったように、私もウォーキングという”レージャー”は自粛していました。
 そして、世の中が少し落ち着きを取り戻しはじめた4月3日の日曜日に、逗子の渚橋から三浦半島を三崎口駅まで歩くという、近場から反対方向へのコースでウォーキングを再開しました。翌週からは震災前まで到達していた川奈まで戻り、4月中に旅を完了しました。

 次のシリーズは5月5日に三浦半島の三崎口駅を出発して東京湾沿い歩き、7月10日に日本橋に到着した「東京湾てくてく旅」シリーズです。この旅は風光明媚な城ヶ島をゴールデンウィークという日本で一番気持ちの良い季節にスタートして、横須賀、横浜、川崎という大都会を通り抜けて東京の都心に入って行きました。日を追う毎に気温が上昇してくると共に、アスファルトに囲まれた大都会の街中を歩く事になったので、後半は熱暑の中を熱中症になりそうな中でのウォーキングになりました。

 3番目の旅のリーズは日本橋を起点として、房総半島の南端、野島崎を目指すコースでした。実質的には三浦半島を起点とした「東京湾てくてく旅」から続いているのですが、日本の全ての道の原点である日本橋をスタート地点にしたかったことと、その当時の世の中の沈滞ムードを少しでも何とかしたいという意味を込めて「南の風を起こそう」という名前の新しいシリーズとしました。
 この旅は2011年7月11日の日曜日に日本橋を出発し、東京湾の沿岸部を館山に向かって歩き、館山からは外房に出て、10月16日に野島崎に到着しました。横浜から東京湾をぐるっと廻る旅になりましたが、はじめの頃はJRの京葉線や内房線を、途中からはアクアラインを通って木更津まで結ぶ高速バス、そして久里浜と金谷を結ぶ東京湾フェリーなどを活用しながら行き帰りの移動時間の短縮に努めました。
 とにかく、熱い真夏を歩き続け、ゴールインする頃には涼しい秋になっていました。

 4番目のシリーズは2011年10月23日日曜日に自宅近くの上大岡駅を出発して2012年2月12日に伊豆急行下田駅に到着した「湘南・伊豆各駅ウォーク」です。湘南を通って、東伊豆を下田まで歩くというのは第1シリーズの「湘南・伊豆てくてく旅」とほぼ同じでした。大きな違いは二つ。出発の駅からゴールの駅まで途中にある駅に全て立ち寄りながら歩いたことと、途中で「第8回伊豆急全線ウォーク」という伊豆急行主催のウォーキング大会に参加したことです。
 伊豆急全線ウォークは、毎年秋から春のウォーキングシーズンに開催されるイベントで、伊豆急行の全駅に立ち寄りながら入場券を購入し、クイズに答えて記念品を貰うイベントです。私はそれを延長して自宅の最寄り駅から全線全駅に立ち寄ることにしました。この旅の途中に「サーフィン発電」の登録商標とその形のひとつである「SNB型」の特許を申請しました。自分達の国は、海から大きな痛手を受けたのだから、今度は何とか海から大きな力を貰えないか、そう考えて考案した発電方式です。

 5番目のシリーズ、これがおそらく最後の歩きつなぎのてくてく旅になると思うのですが、2012年2月27日の日曜日に伊豆急下田駅を出発して、伊豆半島の先端の石廊崎に立ち寄った後に、伊豆急全線ウォークに参加しながら伊東駅まで到着し、その後も全線全駅に立ち寄りながら6月3日に上大岡駅にゴールインした「元気に帰ろう」シリーズです。この旅をスタートする頃になると、会社の行く末というのもほぼ見えていました。とにかく誰も何も決断したがらない様子見社会。その中で投資を獲得して何とか事業を次のステップに繋げる努力を続けていましたが、薄氷を踏む思いの日々が続いていました。
 タイトルには、何とか会社を次のステップに進めようと、元気な世の中に帰るという願いと、自宅に無事に帰り着く願いをこめて「元気に帰ろう」としました。



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