[1].旅立ちの決意
2010年の秋から少し歩いて遠出をしてみたく思うようになりましたが、もともと歩いて旅をしたいと思ったのは第1章に書いたように、病気療養中の2006年の9月にNHKで放映していた「街道てくてく旅」の第4弾、中山道編を毎日見ていた頃です。あれから約4年経って、ようやく自分も同じように遠出してみることを決意しました。
といっても、平日は仕事を空けるわけには行きませんので、日曜日や祝日に少しずつ歩き、その日の終わりの地点を、次回のスタート地点としてつないで行くことにしました。 そこで、自分の旅の第1弾として、逗子をスタートにして湘南海岸に沿って西に進み、先ずは小田原まで歩こうと思いました。小田原には2011年の1月16日に到着してしまったので、ゴールをもう少し先に伸ばして伊豆半島の下田で桜を見ることに変更しました。
この週末毎の旅を続けている途中の3月11日金曜日にあの、東日本大震災が発生しました。
旅の始まりは2010年11月28日。新逗子駅。スタイルはリュックサックの中にコンビニおにぎり2つとミネラルウォータを入れました。ベルトにはiPod nano、これは万歩計として使います。首からはiPod touchをぶら下げて、これは地図と音楽用に使います。iPod touchの相棒に、リュックの横ポケットにイーモバイルのポケットWiFi D25HWを忍ばせていました。これがあるとiPodで地図を見ることができて、自分の位置も表示されます。欠点はD25HWの電池の持ちがあまり長く無いことでした。横浜を離れて長距離を歩くことに少し不安があった私は、D25HWの電池の持ち時間の短さを逆に利用することにしました。つまり、D25Hの電池の持ち時間―だいたい5時間くらいでしょうか―を1日に歩く時間の目安にしました。
そのころすでに私は、横浜市内を平日で1万歩、休日は3万歩以上を歩くようになっていました。いつも1万5千歩当たりを休息の目安として、3万歩歩く時には1万5千歩を何処かの折り返し地点にしていました。休日と言っても、なんだかんだでいつも会社のオフィスに寄って居ました。ちょうど自宅から横浜市中区の関内にあった会社まで、普通に歩いて1万2千歩でしたので、途中何処かに寄り道して、会社に出勤し、少し仕事や掃除をして、また寄り道しながら帰るというパターンが一番多くなっていました。
3万歩歩けると何処かのウォーキング大会に出かけてもだいたいのコースは完歩できると思いますが、やはりまだ心臓のことを少し心配していました。道ばたで倒れて座り込んだ記憶はいつまでも鮮明に残っています。横浜市内だと何処で倒れても、直ぐに見て貰える二つの病院があるので、それが安心となって、外に踏み出す勇気が無かったのです。
でも、そんな不安や弱気を抱えたままでは、これからの難局、会社を継続して行くことなどはかなわないことも判っていたし、何処かで踏ん切りを付けて、前に踏み出さなければならないとも思っていました。
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