[1].転換期
2006年8月から始めた最先端のフォトマスク検査装置の事業化サポートの仕事は2008年3月で終了となりました。その当時は半導体産業全体が不況期にあり、特に日本国内は長期凋落傾向に拍車がかかってどんどん市場が縮小して行く過程でした。そんな中で3度の心臓の手術を行い、健康に不安を抱える私との契約を続けられなくなった先方の事情もよく納得のできるものでした。
4月からは、東京の港区浜松町にあった知人の会社にお世話になりながら、新規のビジネスの構築を考えていました。
健康面では、安定期に入り、ウォーキングの距離を徐々に伸ばして行きました。自宅の周囲にイトーヨーカ堂が3店舗在り、それぞれ歩いて行くことができます。上大岡店、上永谷店、別所店です。その3つの店舗を廻る「ヨーカ堂めぐりコース」など、自分で名前を付けた散歩コースを開発してゆきました。特に、上大岡店には日本のデニーズ発祥の地となったデニーズ上大岡店があり、お気に入りスポットとして私のブログでもたびたび紹介しています。
2か月に1度の通院では、先生が私のウォーキングの状況聴きながら、もちろん、種々の検査結果を見ながら、投薬する薬の調整してゆきました。特にアーチストという薬は心臓を保護し、最も危険な心臓の拡張やリモデリングのリスクを減らす効果があります。その一方で、この薬は心不全を引き起こす潜在的なリスクもあるので、弱った心臓にはあまり多くの量を投与できません。2回目の手術直後の投与量は1日2mgでしたが、その後の回復で徐々に投与量が増えて行き、現在は1日20mgまでになりました。
知人の会社にお世話になりながら、新しく始めるビジネスの内容を考えていました。自分はこれまで半導体用フォトマスクという非常に狭いフィールドで生きてきたので、そこから大きくはずれることができないだろうという保守的な考を持っていました。その中で日本の半導体メーカの行く末を考えたときに、微細化や最先端のLSIで競争力を保っていけるのはそんなに長くないだろうということははっきりしていました。隣国の企業達のバイタリティー、変革のスピード、投資の規模とタイミングに比較すると日本の企業は半導体、フォトマスク共にこれらの全てで劣勢状態でした。
そこで考えたのが、最先端のLSI用ではなく、ミドルからローエンドの半導体チップを対象とした、それらを製造するために使用するフォトマスクのための検査装置でした。この、一般的にはなじみの薄いニッチな市場でのビジネスの構築を目指したのですが、その考えが後々まで苦労の種になりました。
その話は徐々にすることにしまして、ミドルからローエンドクラスのフォトマスク検査装置でのビジネスを目指したのにはそれなりのしっかりした市場の読みと勝算がありました。お客様に当たるフォトマスク・メーカ各社を廻り、このクラスの検査装置の需要が依然としてある一方で、年月を経た古い検査装置の退役がどんどん進んでいました。その一方で、世の中で製造されている検査装置は、メーカの寡占化が進み、最先端のフォトマスクを対象としたものか、せいぜいその2クラスくらい下のクラスをターゲットにしたものしかありませんでした。半導体は技術の進展のスピードが速く、年々パターンの微細化が進んでいました。この流れについて行くためには、半導体メーカは常に最先端の装置への投資を行い、より前の装置への投資は殆ど行っていませんでした。それ故に、製造装置メーカも先端品の開発用の装置か、せいぜい試作から量産に移行する時期に合わせた準先端品向けの装置に事業をフォーカスしていました。
その中で見えて来たのが、将来のパワー半導体市場の盛況です。パワー半導体というのは、電気、電力を制御する半導体の総称です。一方で、メモリやCPUなど、電気信号の制御、保存、伝達に係わる半導体デバイスのことを、シグナル半導体と言います。先に述べてきた、早いペースで微細化の一途を辿る半導体はシグナル半導体の方です。シグナル半導体は2008年の半ば当時で、設計ルール45nmクラスのデバイスの開発が盛んに行われていました。パワー半導体の方は、微細化はあまり進展せず、設計ルールで1μmよりも大きなデバイスがまだまだ主流でした。
しかし、パワー半導体の優越を決める性能の中には、節電とか省エネという、電力消費に直接関わる性能が含まれています。その当時アメリカの大統領はブッシュ大統領(Jr)でしたが、それでも既に地球温暖化の問題はクローズアップされ、CO2削減のためのグリーンテクノロジという言葉も普及し始めていました。
CO2削減には、再生可能エネルギーなどクリーンなエネルギーで起こした電気エネルギーを広く効率的に利用することが最も効果的ですが、そのあらゆる段階でパワー半導体は重要な役割を果たします。
さらに、その当時にはSiCやGaNなどの化合物半導体を用いた新世代のパワー半導体の実用化がそろそろ見え始めていたときでした。
これらのことを熟慮した結果、大手装置メーカが手を付けておらず、市場規模もそれほど大きくならず、ニッチな市場としてのミドルからローエンドのフォトマスク検査装置の市場の誕生を信じて会社の設立を決意しました。
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