失われた10年が、

失われた30年と言われるようになりました。



「政治がわるい」と言うのは簡単。



選挙の一票はだいじだけど、

それだけで、自分の人生は良くならない。



政治の問題。

社会の問題。


あんな親に育てられなければ、

という問題(後悔)。



そういう問題があったとしても、

幸せになれない理由にはならない。




自分は、

どのように考え、

何を選び、

どうするか、


・・だけだから。




昨日のブログにこのように書きました。



先人からの教えとして、



「見えないところを手を抜くな」

 

「基本はだいじにしろ」

 

「手を抜けば、あとでしっぺ返しが来るぞ」

 

「目先の損得に走れば、足もとからすくわれる」





どれも、ごもっともです。




だけど、

このありがたい教えを


忘れてない?

粗末に扱ってない?




長く受け継いできた教えは、

後世に渡さなければいけないのではないかい?



だから、失われた30年に

なっちまったんじゃなかろうか?




どうやら、

政治だけのせいではなさそう。




目先の損得や、

表層だけ取り繕っていたら、

足元をすくわれちゃうよね。



今こそ、

だいじなものを取り戻すべきだよね。



ならば、

思い出した人から始めればいい。




先人の教えは、

手間がかかるものかもしれない。





今、多くの人の求めるのは、

手軽に、 

手間なく、

おいしいものにありつけたい。



まるで、インスタント食品みたいに。




インスタントな生き方に染み付けば、

人生そのものもインスタントになる。




それでも成功は手に入る。

(世間的な評価を含め)




だけど、魂的にはどうでしょう?




生き方はそれぞれだから、

とやかく言うつもりもありませんが。





自分だけは、

魂が望む生き方を届けたい。





そのガイドは、

先人の教えのとおりです。




ご先祖さまたちが得た、

経験と知恵を、

ありがたく使わせていただける。



これって、

ありがたいことと思いません?




伝統で継がれたものは、

インスタントにはない、

深みのある味わいを愉しめます。




どちらにするかは、

自分の意思で選べます。




さて、あなたはどちらにしますか?


昨日は、アイデアを引っ提げて、

ビジネス相談に出向きました。

 

 

 

前回も書いたとおり、

結果は良いとは言えませんでした。

 

 

 

 

評価が低いわけではなく、

「とてもよく考えてありますね」と言われました。

 

 

 

 

がっかりしたのは、

予定していたアプローチ先の実体です。

 

 

 

 

正直書きますね。

 

アプローチ先を、社会貢献型活動をしている企業としました。

 

 

 

 

 

理由はこうです。

 

「貢献」の向こうに、恩恵を受ける人たちがいる。

 

 

 

ならば、

貢献する人を起点に、

恩恵が生活者に届く流れをつくろう、と考えたのです。

 

 

 

 

でも、相談会の先生がいう実体は違いました。

 

 

 

 

 

社会貢献活動をする真の目的は、

求人に有利になるから、だと言うのです。

 

 

 

 

職を探す人から「素晴らしい会社ですね!」

というイメージを与えたい。

 

 

 

 

いや、もちろん、

ちゃんと活動する会社もあるでしょう。

 

 

 

 

でも残念ながらそれは一部らしいのです。

 

 

 

 

 

当てが外れてがっかり。。

 

 

 

 

 

でも、一日経ってこう思いました。

 

 

 

 

 

彼らのやり方は本来の目的からズレている。

 

 

 

表面上で取り繕っていて大丈夫だろうか?

 

 

(言える立場かはともかく)

 

 

 

 

 

今は立場的に偉くなったとしても、

昔は先輩から厳しく教わったはず。

 

 

 

 

 

「見えないところを手を抜くな」

 

「基本はだいじにしろ」

 

「手を抜けば、あとでしっぺ返しが来るぞ」

 

「目先の損得に走れば、足もとからすくわれる」

 

 

 

 

先人から受け継いだ重みのある言葉。

 

 

 

厳しくも、真実を突くもの。

 

 

 

 

 

 

 

重みのある言葉を忘れてない?

 

 

カタチはあっても魂が抜けてない?

 

 

 

 

 

先人たちはこの状況をどう思うだろう?

 

 

 

===========

 

 

 

今、日本の伝統文化が海外から注目が高まっています。

 

 

 

 

忍者を募集すれば、多くの外国人が応募する。

 

金髪で青い目をした庭師がいる。

日本刀の美しさに魅了された外国人もいる。

ヨーロッパでは盆栽がブーム。

世界中で日本食が大人気。

 

例えげればキリがありません。

 

 

 

 

日本人が日本文化の素晴らしさを、

外国人の熱量によって教わることが多々あります。

 

 

 

 

 

日本文化は、美しさと機能性を兼ね備えた

素晴らしいものです。

 

 

 

 

 

 

このような素晴らしいものが「ある」のに、

それをスルーして「ない」ものを探す。

 

 

 

 

 

 

・・ズレている。

 

 

 

 

 

 

そういうことなら、

アイデアを日本好きの外人に向ける方が反応がいいかも?

 

 

 

 

 

 

自分たち(自分)の素晴らしさは、

案外、当人は気づいていません。

 

 

 

 

 

素晴らしいものは既にある、

ということを再認識したいですね。

 

 

 

 

 

 

やってみて、

初めて分かることがありますよね。



内々で書き留めていたものを、

人に伝えてフィードバックをもらいました。




相手がどう思うかは、

やってみないと分からない。



頭の中で、

きっと、こう言ったら、

ああ返って来て、、



と、繰り返しても意味がない。



それよりも、

ちょっと聞いてもらえます?


と、動いた方が良さそうです。




やってみたところ、



あぁ、思考ばかり使ってたな。

読み手の気持ちを汲めてなかったな。

やりたいことより評価を求めてたな。



・・みたいなことが分かります。





ぼくらは、

知らず知らずのうちに、

期待に応えることを考えたり、


責められないように、

防御バリアを張ってしまいます。


(張り詰めた空気をまとい)





もう一つ、気づいたことは、


周りの評価を気にしたり、

責められないよう気を張っている時は、

本当の自分は出てこない

ということです。




見られている(見張られている)

と気にすれば、

自然体ではいられない。




どっちかが現れれば、

どっちかは引っ込む。






責められないよう気を張る。

評価を気にする。


・・外側を気にする自分。





心地よさを感じる。

湧いて来るエネルギーに乗る。


・・内側と一致する自分。






どっちの自分を選択するかは、

自分で選べることができる!





だけど、余裕がなくなると、

前者に全フリだったなぁ、

と後で気づく。





いやはや、まだまだだのぉ。



でも、

一歩踏み出したことは偉い👏





そんな、

反省と労いの気持ちを味わいながら

書いています。




やってみて、

反省と労いを受けながら、

成長につなげていけるといいですね。