「実は行動していた」
と自己認識を改めたら軽くなった。
(反省モードからの反転)
軽くなったら、
これまで原理や仕組みを探求して
分かったことを試してみたくなった。
じゃあ、小さなことから始めよう。
まずは、
ある現場で起きていることを見聞きする。
それから、
その場で起きていることと、
ぼくの見立てのすり合わせから。
小さな事実をちょっとづつ。
千里の道も一歩から、みたいなものだね。
ある地域をてくてく歩いていたら、元騎兵隊のあった門が残っていました。
「実は行動していた」
と自己認識を改めたら軽くなった。
(反省モードからの反転)
軽くなったら、
これまで原理や仕組みを探求して
分かったことを試してみたくなった。
じゃあ、小さなことから始めよう。
まずは、
ある現場で起きていることを見聞きする。
それから、
その場で起きていることと、
ぼくの見立てのすり合わせから。
小さな事実をちょっとづつ。
千里の道も一歩から、みたいなものだね。
ある地域をてくてく歩いていたら、元騎兵隊のあった門が残っていました。
心が軽くなったら制限が取れました。
制限が取れたら、
未来像が感じられるようになりました。
自由と豊かさへのルート。
それは考えていたものとは
ちょっと違いました。
一般的には、
レベルアップ
バージョンアップ
デキル人になる!
そのように思いがち。
もちろんそれもありでしょう。
でも、ルートは人それぞれ。
少なくともぼくは合致しませんでした。
自分がすごくなる必要はなかったんです、
じゃあ何をするのか?
ぼくに見えるものを伝えればいいと思っています。
見えるものとは、
周りの人が持っている素晴らしさ(ポテンシャル)です。
例えばこんな感じ↓
ある人が活躍すれば、
多くの人が救われることが分かるとか。
この人と、あの人が連携すれば
仕事がスムーズ進むとか。
この人の経験は貴重だ。
必要な人に届けば希少な価値になるだろう、とか。
相手が気づいてない可能性を、
見えるようにしたり、
言葉に起こしたり、
他の人につなげる。
そうすることで可動域が広がる。
そういうことなら見えるし言える。
すでに周りの人がもっているものだから、
自分がすごくならなくていい。
なんとかしなければ!
と気負わなくなる。
心も身体も軽くなる。
今までは、分かってもらう努力をしてきたけどそうじゃなかった。
見えているものを伝えればいい。
軽くなった恩恵です。
知らず知らずのうちにプレッシャーを
自分にかけていた件。
よく行動がだいじと言いますよね。
たしかにそうだ。
行動しなければ何も始まらない。
ずっと、同じところにいるのは行動してないからだ。
考えてばかりで行動しないのは、
ダメだから早く行動できるようにしなければ。
そんな言葉が、
いつも心の中でささやいていたようです。
行動して、結果を出して、評価される。
そして報酬を高める。
多くの人はそこを目指します。
ところでこんな疑問を持ちました。
座禅は行動だろうか?
見方によっては、
「座ってばかりいないでちゃんと行動しなさいよ!」
と言えなくもない。
でも、座禅は古くからあり今に続く。
また、似たようなものでは瞑想もある。
瞑想は西洋にも広がり、
名だたる世界のトップやエグゼクティブが
積極的に取り入れている。
何もしてなさそうに見える瞑想はだけど、
実は静かなる行動と言えそうです。
そういうことなら、
物事を探求することも
行動に組み入れて良くないでしょうか?
物事をさまざまな角度で見ることで、
表面では見られないものを発見できます。
好奇心を原動力にして
興味が湧いたものを探求する。
これも一つの行動だったと今は思えます。
身体が動くことだけを
行動と限定しなくていい。
探求することも行動と捉えちゃおう、
すーっと、
身体が軽くなった気がします。