ぼくはずっと、世間に合わせようと必死でした。

 

 

 

上手くできないことが多く、。

悔しい思いもたくさんしました。

 

 

 

 

 

でも最近、ちょっと考えが変わってきました。

 

 

 

 

 

自分が合わせられないのは、

“世間の仕組みが変なのかも?”というものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以前から思っていたことがあります。

 

 

それは、資本主義と恐竜時代の似ていること。

 

 

 

 

どちらも巨大化を目指し、「大きく強いものが勝つ」というルールです。

 

 

 

 

けれど、恐竜が絶滅したように、

このルールも永遠じゃないような気がします。

 

 

 

 

 

また、今の仕組みがベストと言い切れるでしょうか?

 

 

 

 

 

 

それとは違い、

大きさを価値の最優先にしないものがありました。

 

 

 

 

 

それは「日本の精神性」です。

 

 

 

 

「和を以て貴しとなす」

 

「土台をしっかり築け」

 

 

 

そのような先人の言葉は、

拡張の方向ではなく、深みを大事にしています。

 

 

 

 

 

 

ここに人が幸せに生きる本質がある気がします。

 

 

 

 

 

もし、幸せのものさしを“お金の大きさ”ではなく、

“心の深さ”に変えたら、社会やぼくらの暮らしはどう変わるでしょうか?

 

 

 

 

 

 

日本食が人気です。


天ぷら、寿司、しゃぶしゃぶ、ラーメン、

だけでなく、


最近は、豆腐や納豆を食べる

外国人もいるそうです。



納豆はないだろう〜、


と思いきや

わざわざ日本の納豆を食べに来る

外国人もいました。



外国人を追いかけるTV番組で

大喜びで納豆を食べていました。



その納豆は日本が誇る発酵食品。



また、味噌や醤油は醸造によりつくられます。




発酵や醸造は、元の食材の性質を

変化させるそうです。




深みのある味わいは、

発酵によるものでした。




食品の話ですが、

人に置き換えることもできます。





生きていると、

良いことも、嫌なこともありますよね。





嫌なことに直面すると、

「なんでこんな目に遭うんだ」

・、と嘆きます。





でも、嫌だった思い出も、

何年も月日が経つと、


「あれもいい経験だった」と

捉え方が変わることがあります。





いろいろな出来事を重ねていくと、

幅が広がり捉え方が変わる。





良いことも、望ましくないことも、

経験に置き換わる。




じっくりと熟成が進む。




その時、人間として深みが増すと思うんです。





人間も「熟成」が進んで味わい深くなる。





逆に、手っ取り早く得たいという

インスタント的な発想は人として浅くなる。





一つひとつ、丁寧に向き合い、

解釈を書き換え続けていくと、

人としての深みが増すと思います。









失われた10年が、

失われた30年と言われるようになりました。



「政治がわるい」と言うのは簡単。



選挙の一票はだいじだけど、

それだけで、自分の人生は良くならない。



政治の問題。

社会の問題。


あんな親に育てられなければ、

という問題(後悔)。



そういう問題があったとしても、

幸せになれない理由にはならない。




自分は、

どのように考え、

何を選び、

どうするか、


・・だけだから。




昨日のブログにこのように書きました。



先人からの教えとして、



「見えないところを手を抜くな」

 

「基本はだいじにしろ」

 

「手を抜けば、あとでしっぺ返しが来るぞ」

 

「目先の損得に走れば、足もとからすくわれる」





どれも、ごもっともです。




だけど、

このありがたい教えを


忘れてない?

粗末に扱ってない?




長く受け継いできた教えは、

後世に渡さなければいけないのではないかい?



だから、失われた30年に

なっちまったんじゃなかろうか?




どうやら、

政治だけのせいではなさそう。




目先の損得や、

表層だけ取り繕っていたら、

足元をすくわれちゃうよね。



今こそ、

だいじなものを取り戻すべきだよね。



ならば、

思い出した人から始めればいい。




先人の教えは、

手間がかかるものかもしれない。





今、多くの人の求めるのは、

手軽に、 

手間なく、

おいしいものにありつけたい。



まるで、インスタント食品みたいに。




インスタントな生き方に染み付けば、

人生そのものもインスタントになる。




それでも成功は手に入る。

(世間的な評価を含め)




だけど、魂的にはどうでしょう?




生き方はそれぞれだから、

とやかく言うつもりもありませんが。





自分だけは、

魂が望む生き方を届けたい。





そのガイドは、

先人の教えのとおりです。




ご先祖さまたちが得た、

経験と知恵を、

ありがたく使わせていただける。



これって、

ありがたいことと思いません?




伝統で継がれたものは、

インスタントにはない、

深みのある味わいを愉しめます。




どちらにするかは、

自分の意思で選べます。




さて、あなたはどちらにしますか?