本心からやりたいと思うもの。


それは、 

子ども時代の原体験が

元になっていることもあるようです。



例えば、子どもの頃に大病し、

お医者さんに命を救ってもらった子がいます。



その子は医師を目指して勉強し、

今は、人の命を救う立場になった。



そういう話しを耳にします。



願望は?と問われると、

いい暮らしをしたいとか、

自由を満喫したいなどと答えます。



もちろんそれも願望です。



でも、心の奥で願うものは、 

子どもの頃に求めていながら得難かったものを、

大人になった自分が、

成してあげようとするものを稀に見ます。



時間は戻らないから、

叶っても過去の自分には届きません。



でも、過去の自分と似た状況の人に届けることで思いが救われるのも事実です。



思念の成仏とでも言いましょうか?



人は表面的な望みのほかに、

内側に眠る望みがありそうです。



内側に潜ることで

見えなかったものが、

見えてくることがあります。



内面に潜んでいる本当の願いは何でしょう?



その願いは、

どこから湧いて来るでしょうか?



あなたの中にある深い望みは、

もし叶えば

深いよろこびになるはずです。


以前、「我」から「場」へと

移る話しをしました。



もう一度おさらい。




それぞれが我を出せば反発します。




我がもつエネルギーは向かう方向はバラバラ。




でも、場に向けるとどうでしょう?



エネルギーは一定方向に定ります。




ある場において

立場の違う人が集まり持ち味を出し合えば、

エネルギーのリレーが始まります。



場が回り始めます。


それぞれの参加意識が高まります。


安定し効率的で心地良くなります。




我を薄めて場に協力すると良いことばかり。



じゃあ、そのためにどうすれば良いでしょう?



難しくはありません。



日本人はすでにそれをしているから。



・人の迷惑になることはしない

・困った人がいたら手助けする

・次の人のために整頓、清掃する



日本人は場をだいじにしてきました。



誰かに言われるからではなく

心地良いからする。



日本人がつくる場が日本。



その日本は今、海外渡航者から、

次々と賞賛の声が届いています。



そう、

日本人はすでにうまくできています。




できているのであれば難しくはないはずです。




ふつうは小さいことから始めて、

大きくしていきますよね。



でも、すでに大きな場でできているから、

小さな場に移していくだけ。



できていることを自覚し、

小さな場に意図的に落とし込む。



今まで回らなかったことが、

それだけで回り始めます。



安定し効率的で心地良いものです。




我から成り立つものは我が立つ。



場から成り立つものは場が立つ。

場に属する個も当然立つ。



我から場への選択権は

ぼくら一人ひとりに委ねられています。












「自由」について再定義。


自由とは時間やお金に縛られないことと捉えていました。


たしかにそういう一面もありますが、

別のものがありました。


誰かの作ったルール・やり方に従うのではなく、

自分の考えや意思に基づいて、

自分の好きなようにさせてあげる。


そこにもっとも自由を感じます。