昨日の投稿で、

「AIは優秀過ぎて体温が感じられない」

という内容を書きました。


ここ、けっこうだいじだと思うんです。



人は正しくあろうとします。



なぜ、正しくあろうとするかというと、


・人から認められたい

・好かれたい

・共感されたい


そのような感情があります。



人間は感情の生き物ですから。




前回、AIに情報を入力することにより

スライド作成ができることを書きました。



AIが作成するそれは

正しさを基準に作成します。


頭に訴えるけど心には響きません。


機能的だけど体温は感じられません


ロボット的です。




人は本能的に体温を求めます。



生まれたての赤ん坊は

母親の温もりの中で育ちます。


言葉は話せなくても

心で愛情を感じているはずです。


包み込まれる安心がそこにあります。



大人になっても、

その感覚は残っているはずです。



包み込まれる状態は安心を生む。


つながりが無くなると不安になる。



もしも、不安な状況に陥ったら、

求めるのは正しさよりも体温ではないでしょうか?



正しさだけでは響かない。


機能だけでは魅力がない。


人が根源的に何を求めているか。


知ることによって、

生み出すものが変わります。


正しさ < 体温









このところ、

割と大きめのテーマについて書いてます。



「個人がそんなことできっこないじゃん!」

とふつうは思います。



実はぼくも「思考モード」になるとそうです。



でも、「感覚モード」では違う見方になるんです。



同じ人間でもモードが変わると

見方が変わるって不思議ですね。




ところで、

「バタフライエフェクト」という言葉を

聞いたことありますか?



バタフライエフェクト(バタフライ効果)とは、**「ごくわずかな小さな出来事が、めぐりめぐって将来的に思いもよらない大きな結果につながる」**という現象や考え方のことです。




感覚で捉えているのは

このバタフライエフェクト的な感じ。



ぼくが感覚で得たものをAIに入力しています。


最近のAIは本当に優秀で、

情報入力するとスライドさえも

自動で作成してくれるんです。



ただ、出来上がったスライドは

優秀さが出過ぎちゃう。


AIから出てくるものは

ぼくの感覚とはかなりズレます。


人間の温度をどうやって

スライドに加えられるかに手こずっています。


そんな試行錯誤も苦ではなく、

トライアンドエラーも楽しいもんです。



固い話は、聞くのも話すのもちょっと苦手。


自分らしさを忘れると、

振り出しに戻されることになりますから。


そういうことありますよね?



バタフライエフェクトと

人間の体温の話しでした。










人も、モノも、適材適所があると思っています。


適材を適所に当ててこそ速やかに回るもの。


ただ、現実は必ずしもそうは行きません。


それどころか逆のケースもよくありますよね?


最近、この適材適所についてよく考える毎日です。


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話は変わりますが、

昔からぼくが見えているものについて

書こうと思います。


少し不思議な内容ですが

良ければお付き合いください。


ぼくは、実現可能な未来像が

見えることがあります。


ただそれは

「突拍子もないことを言ってる」

としか受けとめてもらえません。


結果は分かるのに

「どうやったらそうなるのか?」

のプロセスがうまく言えません。


そのせいで、

いつももどかしい思いをしてきました。


そういうことが続き、

伝えることを諦めるようになりました。


良いアイデアを思いついても、

「本当はこうなのになぁ」

と心の中で呟くのみ。


心の声は封印するようになりました。


でも、ごく稀にこういうことが起きます。


ぼくの言いたいことを

理解してくれる人が現れるのです。


ずっと理解されなかったため、

飛び上がるほど嬉しくなります。


また理解されることで

自分が存在していることを感じられます。


それは嬉しいのですが

ちょっとした弊害があります。


ぼく自身、その人に理解されることに

執着してしまうのです。


このままではよろしくないなぁ、

と思うところです。


自分の感情を理解しつつ、

自分の扱い方はしっかり方向づけを

しないといけませんね。


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人は理解されることに

非常に強い気持ちが働きます。


その強さはここにも書いた通りです。


そこで思いました。


人に理解されたいと思っていた意識の向きを、

反転させたらいいんじゃないか。


最初に話した通り、

適材適所というものがあります。


自分を知り、

相手を知り、

取り巻く状況を知る。


その上で、

自分を活かせそうな場所へ、

自分を連れて行ってあげたらいいと思うんです。



そうすることで、

自分も喜び、

相手も喜び、

世間も喜ぶの三方良しになります。


お互いに、本来いるべき立ち位置に

自分を連れていってあげたいですね。