長い間持っていた思い込み。





欲を出すと、


「はしたない!」


と拒絶される思い込みがありました。




欲が出そうとすると、

怖かった過去の記憶が再生されます。




すると、

満たしたい思いより、

危険を避ける方を選びます。




結果、その場に踏みとどまる。




満たされないまま、悶々とします。




また、欲を抑えつけたままだと、

このようになりがち。



・我慢する

・奉仕

・受け取らない

・枯れる




また、どこかで見返りを求めます。





自分の欲を、

はしたないものと見ていると、

頑張っても満たされない状況が続きます。




今ならわかります。



良くなる方法論を学んでも、

改善しないのは、

それが枝葉の話しじゃなく、

根元的なエネルギーの方だから。




要は、根っこの方。



だから、

自分の欲をきちんと

必要見ていくことがだいじ、




欲は抑えなくても、

解放しても、

問題は起きなかった。


思い込みだった。

安全だった。



経験を通して、

思い込みは書き換わっていきます。




根元的なエネルギー(欲)を認めれば、

ありのままの自分を愛せる。



もう我慢はしなくていいよ、

言ってあげませんか?



本来の自分を解放させてあげましょうね。

















今日は、静かな気づきについて書きます。



ここまでは、

自分が担当します。



ここからは、

あなたの担当です。


 

自分と他者を区切るもの。



「境界線」




その境界線が曖昧だと、

他者の苦しみを

自分が背負ってしまいます。



(相手の)苦しみをなんとかしなければ

と、2人分の責任を負います。


無自覚ながら。




他者の分まで背負い込めば、

疲弊するのは当然です。





今回、初めて「境界線を引く」

という自覚をもちました。






うわぁ〜、


生き苦しかったのは、

境界線を引いてなかったからだった。




他人の責任を、

自分の責任であるように感じていたのか。






境界線を引く。


・自分はここまで

・ここからはあなた




そこに気づくだけで、

在り方が変わります。




そこに、

静かな安心と自由を感じました。




ぼくの実感です。





翻って、周りをみると

ぼくと同じタイプが見られます。





自分でいうのなんですが、

次のタイプに見られます。




・繊細

・優しい

・思いやりがある




長所だけど、

境界線が薄いと、

他者の分まで自分の責任として捉えがち。





また境界線が曖昧になると、


・利用されやすい

・真面目に生きても報われない



そういうことが多かったはずです。




他者の責任を背負うとは、

一見、優しさ見えるけど、

相手の学ぶ機会を奪っていたかもしれません。








「在り方がだいじ」



何度も聞いてきた言葉。




負いすぎないことが(手放す)

軽くなるコツのようです。








ちょっとクローズの中だけど、

新しいことを始めようと思ってます。



そのことを思い浮かべると、

なぜか身体が楽になる。



そうなっている未来像が見えてくる。

募集文章が勝手に降りてくる。

仲間が集まっている様子が、

手に取るように感じられる。




また、それをやった先に

起きる状況も見えてくる。




ぼくは、イメージに沿って

行動していくだけ。

(イメージを現実側でトレース)





なぜか分からないけど、

そうなることを知っている。




力みはなく楽観的。




という不思議な感覚です。




頑張るとか、努力とは別ものなんです。




しばらくそっち側に、

軸足を置いていこうと思います。



頭じゃなく、感覚に従ってみよう。