「その先生、死ねばいいね」について
前回の記事で、息子への私の対応にびっくりさせてしまった方もいたと思いますので、補足を書いてみます。
(該当記事はこちら→★)
我が子が「あの先生死ねばいいのに」というとき、
大抵の親は、「そんなこと言うものじゃありません!」と言うと思います。
教育的配慮からだと思います。
でも、私は思うんです。
以下息子に伝えたいことを、まとめてみます。





「思う」ことと、実際に「やる」ことは、まったく別のこと。
「思う」ことは、「心の中」のこと。
心の中のことは自由だと思うのです。
心の中まで見張られる必要はない。
心の中には、法律もない。
というか、日本では信教の自由が法的に認められています。
何を信じても、たとえ突拍子もない信念だとしても、心の中までは裁かれない。
誰にも見張られていないのが、心。
それでも、
「こんなこと考えちゃいけない」と思ったりします。
でも、心の中は自由なはず。
嫌いな人を心の中で「キライと思う」ことは自由。
嫌いな人は嫌いで良いと思うのです。
私たちは聖人ではないです。
「万人を愛しましょう!」
なんていうのは、マザー・テレサかキリストにおまかせしておけば良いと思うのです^^
心の中には大事な場所があります。
そこで何を考えても自由。
とても神聖な、神殿のような場所。
私たちは、人に言いづらい怒りや恨みや嫉妬等、マイナス感情を抱えています。
自分に対して誠実であろうとするとき、 マイナス感情を、なかったことにすることはできません。
マイナス感情も、プラス感情も、
どんな気持ちも、自分の気持ち。
心の中の神殿で、自分の正直な感情を、大切に大切に、
宝箱にしまって、カギをかけて、
大切に保管したら良いと思うのです。
他人にはカンタンに見せない、大切な宝箱。
心の中の神殿には、誰も侵入できない。
神さまも侵入できない。
そんな自分の心の神殿を、大切に守ろう。





ということを、息子に伝えたいです。
私の勝手な返信(その先生、死ねばいいね)で、不快にさせてしまった方にはごめんなさい。
m(_ _)m
そして、
もちろん、実際にキライな先生に暴力や危害を加えたら、それはダメだということも、併せてきちんと伝えていきます。
思うのは自由だけど、行動に移すのは、また別の話だよ、と。
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アスペルガー傾向の息子、先生の話を文字通りに捉えます。
先生の言うことがすべて100%正しいわけでは決してないと思うので、息子が疑問に思う部分については、親子でしっかり話をしたいと思っています。
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