ミミポポさんのブログを読んで | なんとかなるもんだ

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2013年:膀胱癌再発
2016年:ブルガダ症候群、身体障害者手帳取得。
2017年:てんかん、右目緑内障
2018年:腎盂、右腎嚢胞
2019年:右目白内障、右多房性腎嚢胞
2021年12月膀胱がん完治
2022年左目緑内障
2023年膀胱内に変異箇所あり経過観察

妻2019:乳癌

読んでいるブログは結構あるのですけどその中のひとりに、ミミポポさんがいます。もともとは、妻の乳がん以降で色々調べ回っていたときたどり着いた方です。

 

最近、動脈瘤からの出血で救急搬送されたとかでICUにおられるとか。最近は、『初めてICUにはいってみて』で元気そうに書いておられますけど、、、、。ICUでブログを書いてるのはほんとすごい。一度だけはいったけど、、、自分の場合は覚えているのは意識回復後の1日だけ。それでもあの機械音やらポンプ音?やらアラームは耳に残っている。あんな音だらけの状況であれだけのまとまった文章を流石に書くのは俺には無理。あの状況を知ってるからこそ、ミミポポさんが読んでる人に何を伝えたいのか考えてしまう。

 

ある人は「ここまで自分をさらして」とか思うんだろうな。私は、「ミミポポさん一度と言わず深淵を見たからこそなんだろうな」と。この前に『夢をかなえるゾウ』のこと書いたんですけど、人生を楽しんでいる人ってミミポポさんのような人なんだと思うんですよ。どういう状況でも、一つでも光を見つける。以前書いた逢坂さんもそうだったように思います。

自分の人生を生きている方って本当にすごいなと思う。私もわかっちゃいるのだけど、日常にいるなかで自分の人生が楽しめているのかを見たときに、自分はまだだなと思う。

 

ブログは見る状況の人によって意味合いが変わる媒体なんだろうなと思うのです。だからこそ面白い。ウカルログのように受験ブログがすごく役に立つ人もいればそうでない人もいて。ちなみにお金のブログが多いのは、みんながお金を求めているからです。DokGenさんのブログも大好きなのはそれが理由。ほかにもがジャットが好きだからガジェマガってのを読むのですけど、まあ私もガジェットが大好きだから読んじゃうんだけど。誘導される広告のウザさに辟易する。『お金がないない』をたくさんしているうちに一ヶ月更新がない。最近、お金お金により過ぎてたからパンクしたのかな、、、。

 

ミミポポさんのブログやガジェマガのブログ。どっちがいいとかではなく、それを見る側のスタンスなのだろうなと。両者に共通しているのは、両人ともブログとYouTubeを持ってて見てる人が多いので個人のさらし要素が強くなってしまうというところでしょうかね。ブログを書き続けていると、思考がまとまっていく感があるのはやり続けた人にしかわからない部分であろうと思うのですけど、そのなかで『個人のさらし』が入ってくると、書き続けるのは難しいよなとか思ってしまう。特にAmebaのように記事で一気に6万アクセスとか超えるともう書きたくなくなってしまう。ある程度のつながりの中で、思考をうまくまとめる媒体として個人的にはやっていけるのが一番あっている。

 

『自分の人生を楽しむこと』と『常に全力』はイコールではないと最近やっと考えることができるようになったんです。身を削って何かをなすことは、美徳ではあっても人生を楽しんでいることになっていない。ミミポポさんの場合は、ICUにいてもおそらく美徳でやってるわけでもないんだろうなと。家族からすれば、『何もせず寝てろ!』となるとも思うんですけど、、、。

 

世界を楽しんでや。心ゆくまで。

 

『世界を楽しむこと』と『お金』に相関性はあると思います。でも、自分の人生を楽しむという枠がそこに追加すると、『お金は必要十分でよいとなるかな。』そう思うのです。死んだあとの世界にお金は持っていけないですから。でも、家族というあとにつながっていくものがあればそれは少し変わるかなと。そこの調整がほんと難しいなと思う。どこかで書こうと思いますけど、学校というところで見るのは、日本社会の縮図そのもの。物価とかそんなレベルの話じゃなく。正直、10年後日本やばいなと思うからでしょうね。人間性の話ではなく、経済としての話です。子どもたちが頑張っても、厳しい状況が突きつけられそうです、、、。

 

私が意識しているのは『自分の人生を楽しむ』けど『次に繋いでいく子や基盤も作っていく』なんですね。結構苦戦してますけど。そこも楽しむことができたら、『世界を』『自分の人生を』楽しむことにつながっていくんやろうか、、、。

 

あれこれ思いつくままに書きましたけど

 

まずは、ミミポポさんが早く回復をされますように。