2008年、シアタークリエのオープニングシリーズとして初演、2010年は帝国劇場に移って再演、2018年、再びクリエ(10周年)で再々演されていた「レベッカ」。久しぶりの上演です。


これまでずっと山口祐一郎さんがシングルキャストで演じていらしたマキシム役が海宝直人くんに代わり、他の出演者も一新されました。

正直、石丸幹二さん〜井上芳雄くんくらいの世代に引き継がれるものと思っていたので、30代の海宝くんへの交代は驚き😳「わたし」とマキシムは歳の差カップルだと思っていたのに、普通〜に釣り合うお似合いの夫婦になってしまった…😅でも、海宝くんは落ち着きがあり、端正、上品に、上流階級の当主を演じていて(2人の生きてきた世界の違いを体現し)、その点はピッタリでした。


海宝くんマキシムと、俵和也くんフランク、石井一彰くんジャック・ファヴェルの新しいメイン男性3人は、とても生真面目なのかな?

前任の祐様、石川禅さん、吉野圭吾さんは、どこか良い意味でクスっと笑えるコミカルさ?隙?ゆるみ?みたいなものがあり、そこがこのホラー風ミステリーを"ミュージカルたらしめていた"…と思っています。もちろん、真剣な部分はピリピリくるくらい怖かったけれど、祐様のかわいさ、禅さんの癒し、圭吾さんのエンターテイメント(「持ちつ持たれつ」はダンスナンバーだと思ってました💦)…一言で言えば、あれが"華"というものか?

そう言った前回までのワクワク感やときめき、ミュージカルらしい高揚感を懐かしく思い出しますが、今回が悪いというわけでもありません。今回キャストでは終始、舞台が緊張感に包まれて、ゾクゾクするミステリーを堪能させてもらいました。ストプレに近い感覚で、ストーリーに没入し、展開に引き込まれた…これも十分に舞台の魅力。

海宝くんの闇深さ、俵くんの誠実さ、一彰くんの色気(髭ありの横顔に岡幸二郎さんを思い出しました)…今回ならではの「レベッカ」でした。


霧矢大夢さんのダンヴァース夫人は怖かった。レベッカへの母性的愛情も感じられますが、むしろ忠誠心、崇拝の方が強いでしょうか?最初のソロ「何者にも負けない」の後、拍手がなかったのは、あまりにも怖すぎて、客席が凍りついていたからだと思います🥶

ちなみに明日海りおさんの日はチケットとれてなくて、まだ観られていませんが、ご縁があれば観たいです🥲


朝月希和さんの「わたし」は、幕が開いた瞬間、え?と思いました。背筋が伸びて凛とした美しい淑女…とても素敵な女性(はっきり言って私好み)だけれど、「わたし」って、こんな子じゃなかったよね?という疑問が最初に浮かび、もしや、物語終盤の「わたし」は、こんな風に変化するの?と考えているうちにプロローグ終了、モンテカルロへ。21歳の「わたし」はイメージ通り、少し猫背でおどおどして、垢抜けない子でした。そして、ストーリーが進み、マキシムの告白を聞いて「瞳から子どもっぽさが消えた」朝月さんの「わたし」はプロローグのように凛とした強さを秘めていて…その後の、ダンヴァース夫人との対決、"ミセス・ド・ウィンターは私〜"と歌う彼女がカッコよくて、ちょっと悪女味もあり、新しいイメージの「わたし」に痺れました。


対して、豊原江理佳ちゃんの「わたし」は完璧に従来のイメージ通りで、こちらもパーフェクト。殊に歌声の美しさは過去一では?幕開き、"夢〜夢〜を見〜たの〜"を聞いた途端、その通り過ぎるくらい良く通る声に心臓射抜かれました。終始、純粋な愛情に溢れ、リーヴァイさんの音楽は美しいな〜と思わせてくれた江理佳ちゃん「わたし」でした。


また、アンサンブルの皆さまが本当〜に素晴らしかったです。上流階級の人々、屋敷の使用人たち、海岸や裁判所に登場する人々、海から囁く亡霊のような影コーラス(「わたし」が飛び降りそうになる時はゾンビ的な?)…さまざまな役柄を演じ分けるのは当然だし、何よりコーラスの迫力がもはやクリエのスケールじゃなかった。帝劇スケールのコーラスをクリエの客席で受け止める圧に、何度ものけぞりそうになりました。


そして、やはり一番、素晴らしいのは脚本ですねー。

"レベッカ"という1年前に亡くなった女性の名前がタイトルで、全ての登場人物が彼女への何らかの感情(恐れ、怯え、愛情、崇拝、畏怖…)で動いて話が展開。

2018年の観劇時(まだ「ベートーヴェン」はなかった頃)に、クンツェ&リーヴァイ作品には、死(エリザベート)とか、才能(モーツァルト)とか、亡き母の霊(レディベス)とか、"非現実的存在"がつきものだけど、「レベッカ」にはいないよね〜🤔と思いかけて、あ!(非現実的存在)いたわ💡と気づいた時、少し背筋が寒くなりました。"レベッカを演じる役者"はいないけれど、"レベッカの存在"はずっと舞台上に感じていて、重苦しい空気に覆われていた。マンダレイ炎上の時に、聞こえていたのは本当にダンヴァース夫人の笑い声だった?レベッカの哄笑じゃなかった?屋敷が焼け落ちると同時にレベッカの気配も消えて、霧が晴れたようになり…

何か舞台の記憶を辿ると、そこにいないはずのものを見たような、聞いたような不思議な心地がします。

やはり、これも「エリザベート」や「モーツァルト!」に負けない、クンツェ&リーヴァイの最高傑作の一つだと、感嘆せずにはいられません。





「アイ・ラブ・坊っちゃん」…私にとって、たくさんの想い出ある、懐かしい演目です。


"音楽座ミュージカル"作品の上演権を東宝が借りて?上演するシリーズ?も、


シャボン玉とんだ、宇宙までとんだ

マドモアゼル・モーツァルト

リトル・プリンス


に次いで4作目(名作「とってもゴースト」もやってほしいなー)😮


プロローグ、虹のようなアーチが光り、オーバーチュアとともに、いろいろなキャラクターが出てくる、音楽座ミュージカルらしい始まり方に、もう胸がいっぱい。


本編始まると、漱石の家の縁側…昔と同じ雰囲気?

過去3作の音楽座東宝版?はガラッと舞台装置変えていたけど、今回はほぼ同じなんだ?たしかに他には考えられないかも?以前(初演を観たころ)、鏡子さん述の「漱石の想い出」を購入したけれど、その本に掲載されていた家の間取りがこの装置そっくりでした。ただ、今回は明治座で、横長の舞台なので、昔の青山劇場などより大きく、ずっと豪邸に見えますね🤭


舞台のストーリーは変わらず、漱石が「坊っちゃん」を書きつつ人生に悩み、大学を辞めて作家として生きていくことを決意するまで…の話と、小説「坊っちゃん」の物語が二重構造になっています。
これがまあ、よくできた二重構造のお手本のような脚本で、とても自然に漱石と坊っちゃんが出会い、一人二役の正岡子規と山嵐が二つの世界を繋いでいます。今年初めに上演された「ISSA in Paris」もこれくらいこなれていたら良かったのに…と思いました💦

井上芳雄くんは夏目漱石役。ミュージカルの主役にしてはソロが少ないですが、元々この役は松橋登さん、近藤正臣さん、浜畑賢吉さんなど、客演の大御所が演じられていて、歌は少なく、芝居中心の役どころでした。今回は、ラストに鏡子さんとのデュエットを付け加えられ、「Take It Easy」など、ところどころに漱石の歌うリプライズまで入って、かなり芳雄くんに合わせて歌増えてる😳上演権を借りている(?)作品ではここまでが精一杯だったと思いますが、芳雄くんに合わせた新曲も足せたら良かったのになぁ…と思います😮‍💨

土居裕子さんは'92年の初演から鏡子さんを演じていますが、今も変わらないどころか、若い頃より気負いがなく自然体で、さらに可愛くなっているような気がします😍夫からハゲだのバカだの罵られ、2026年のコンプラ的にどうなの?と思う脚本ですが、負けずに言い返すのが頼もしい。夫が大学教授を辞めて作家一本でやっていく決意をそのまま受け止め、いつまでも離れない「あなたは私の幸せ」と歌うラストは心を打ちます。

三浦宏規くんの坊っちゃんは、漱石の「坊っちゃん!」のセリフと共に真ん中から飛び出して、いきなりのダンスナンバーでつかみはバッチリ。袴と下駄で踊って、脚90度まで上げる人、初めて見た😳竹を割ったような真っ直ぐな性格の坊っちゃんが似合ってました。
ただ、教え子たちが「アイ・ラブ・坊っちゃん」を歌うところ、宏規くん坊っちゃんは板書していて(聞いていない体で)彼らに背中向けてるのは残念だったかな?昔は、学生たちの言葉を聞きながら表情が変わり、感極まるところが見られたので。
ラスト、電車運転手としてのセリフ…"令和行き"になっていたのに時代を感じました。

小林唯くんは正岡子規と山嵐の二役!低めの太い声(フランキー・ヴァリと同じ人だよね?)で、日本男子役がピッタリ。役として自然に存在して、歌は深く心に沁みる。この間のメリポピの上川くんでも思ったけれど、元四季俳優の底力を思い知らされました。ラスト、正岡子規として、漱石に語りかける言葉が良かった🥲

彩みちるさんは、登世とマドンナと姪っ子ちゃん。
初演時の登世は土居裕子さんが鏡子さんと一人二役で演じていて、マドンナは別の女優さんでした。登世は漱石の初恋の人で、想い出の中から話しかけてくるような神秘的、女神的な雰囲気で行く先を指し示します。マドンナと姪っ子ちゃんもかわいくてお似合い💕

清は春風ひとみさん。登場した瞬間、春風さん縮んだ?と思いました。背中を丸めた姿勢だけでもなく、身体の大きさ(の印象)も変えられるなんて、さすがリアル北島マヤ(←私が勝手に呼んでるだけ😂)!全てを受け入れる母親のような存在は本当に男性全ての心の中にいるのかな(漱石が言っていた)?


藤咲みどりさんは今回、2つ目の下宿のおかみさんだったけど、初演は猫と芸者・小鈴だったはず。今回はプロローグに猫出てましたっけ(見つけられなかった)?


幕間には食堂で「坊っちゃん弁当」を賞味↓

品数も多く、とっても美味しかった。

ただ、休憩時間25分で食べ終わるには結構、早いペースで食べないといけなくて、もっとゆっくり味わいたかったなぁ。

次に明治座でお弁当食べる時は開演前にして、開場と同時に入ろうと決めました。




遠い昔のことですが、中学生時代は美術部で、油絵を描いていました。家にあった画集を眺めるのも好きで、特に繰り返し観ていたのは印象派の巻。さらに画家たちの人生にも興味を持ち、調べるとゴッホの耳切り事件や自殺の謎、同時代の画家たちとの交流…などドラマがあり、その頃の画家たちを描いた舞台…三谷幸喜さん作・演出の「コンフィダント・絆」や、漫画原作の「さよならソルシエ」は若い画家たちの青春群像劇のような趣が大好きでした。


で、この「Old Watercolor Fish」---たまたまお友だちの観劇予定を聞いて、どんな作品か調べたら、その時代の画家たちの話と知り、これは観なきゃ!と思って急遽、チケット手配しました。


研音所属(いっくんの後輩💕)伊藤あさひくんがエミール・ベルナール役で主演

他の登場人物は

ポール・ゴーギャン(丘山晴巳くん)

ポール・シニャック(吉原雅斗くん)

ロートレック(鍵本輝くん)

フィンセント・ヴァン・ゴッホ(鈴木勝吾くん)

マリー/シュザンヌ・ヴァラドン(岡田奈々ちゃん)

ジヌー夫人(蘭乃はなちゃん)


序盤、全員が紀伊國屋ホールの狭い舞台に並んだ時、「わぁ😵美が渋滞してる‼︎」と思いました。「"美を生み出す芸術家"を演じるのに、"自分自身が美"になってどーするんだよー?」と心の中で突っ込んでしまった🤭


この舞台、舞台装置の中心に大きな水槽があり、1匹の魚がいて、「魚(Only Silver Fish)の本当の名前を呼ぶことができれば、一度だけ過去を振り返ることができる」という設定で繋がるシリーズものらしく、この話はゴッホの死をめぐるミステリー?筋立て自体が面白いので、別に(音楽劇にして)歌はなくても、ストプレで良かったんじゃ?と最初は思っていました。


でも、

メインテーマ↓で全員が「誰にもない色を見つけたい」という想いを重ねて歌い

芝居が進むにつれて浮き彫りになる1人1人の悩みや葛藤、自分だけの表現方法をソロで歌っていく。

この"絵画という芸術"を"音楽という芸術"で表現した音楽劇という形式が、この舞台にはとても合っていたと思います。


1回観ただけで全てを理解はできなかったけど、エミール・ベルナールとシュザンヌ・ヴァラドンの描く輪郭の違い、エミールは本質?魂みたいなものを描こうとして、シュザンヌは形?を描こうとしていた?

ポール・シニャックは同じ点描法のスーラと自分とを差別化するために光について考えていた?

一人一人の画家が他とは違う唯一無二になろうと模索する姿にワクワクしてました。

特に好きだったセリフは、シニャックが言っていた「永遠を望むから筆をとるんだ」…みたいな言葉。

実際、彼らの絵は150年以上経っても残って愛され、150年前の想いが生き続けているんだと思うと感慨深い。少なくとも人間の歴史が続く限りは守られ、残っていくだろうから、ほぼ永遠と言えるでしょうね。


絵が売れないことに悩んでいるゴッホには、彼の死後、その絵がどれほど価値を持つことになるのか教えてあげたかった。「ひまわり」の一枚は、君が憧れた日本の、新宿の高層ビルの上、SOMPO美術館に堂々と飾られてるよ。

そういえば、この舞台のラスト近くに出てきて、黒い猫が消えたとか、消えていないとか、エミールとゴッホが話していた「ドービニーの庭」。たしか2枚存在して、スイスのバーゼルにある方は黒猫がいて、日本の(!)広島にある方は黒猫を塗りつぶされていたはず。1回観劇では消化できないくらい、いろいろと考察できそうなネタ満載の、興味深い舞台でした。


出演者、それぞれ適材適所で良かったけど、特に鈴木勝吾くんのゴッホ!これが、噂に聞いていた鈴木勝吾くんかぁ〜!と思いました。

以前、ある作曲家さんがトークショーで勝吾くんを絶賛していて、その内容が、「すごい声帯を持っている人」ということで、?の音まで裏声なしで(地声で?)出せるとか、こんな声帯持った人に初めて会った…とか言われてました。そうかー、そんなにすごいんだー?と注目したけど、私が観た「マドモアゼル・モーツァルト」、「SPY×FAMILY」、「シルヴィア」では、それほど歌い上げるナンバーなかったので、ずっとピンと来てなかったです。今回、天才ゴッホ役を演じる勝吾くんを観て、初めてそのポテンシャルを実感しました。自由な天才のスケール感を見事に体現していたと思います。


この舞台では、過去を振り返って(やり直して)も、ゴッホの死を止めることはできなかったけれど、「自分は他人の気持ちがわからない」と言い続けたゴッホが、(自分の好きな)マリー(シュザンヌ)がエミールを好きだとわかって、「傷ついたけど嬉しかった。僕にも人の気持ちがわかったから」というセリフは何だか希望が感じられ、観劇後、温かい気持ちで劇場を後にできました。









ミュージカル「ジプシー」

私は過去に一度だけ、鳳蘭さんのローズ、宮沢りえさんのルイーズで観ています。

何年前だろうと調べたら1991年!35年前‼︎


当時は私自身、ルイーズに近い年で娘の視点から観ていた話だけれど、今回はたぶんローズの年齢も超えているだろうなぁ。


35年ぶりに足を運んだのは、つい、この間の「プリティ・ウーマン」で輝いていためいめい(田村芽実ちゃん)が、どんなルイーズ(前回は宮沢りえさんだった役)を演じるか興味を持ったので。


さすが、カメレオン女優(と私が勝手に思ってる)めいめい。前半は見事にオーラ消して、才能ある妹ジューン(富田鈴花ちゃん)の陰に隠れた姉・ルイーズに擬態?してます🫢誕生日(子役で居続けさせるために10歳を繰り返していたらしいけれど、本当は何歳だろう?)にぬいぐるみをもらって、ぬいぐるみに歌いかけるところは子役さんのようにかわいく、ほのかな恋心(彼は妹と出ていったけど)を見せるところも初々しい。で、いよいよ伝説のストリッパー・ジプシー・ローズ・リーとしてのショー場面…一気にオーラ解き放ち、大胆に輝いて、これがめいめいだよー✨って気分にさせてくれました。


ただ、この舞台…めいめいを遥かにしのぐ化け物がいた😵主役はルイーズ(ジプシー・ローズ)ではなく、その母親であるローズなんですよね。この役を演じる大竹しのぶさんはモンスター級で、誰も敵わないわ…。今で言う毒親か?ステージママとして、娘を自分の代わりにスターにしようと娘たちの人生をコントロールする母親。「あなたたちのため」…なんて、おためごかし言っても、全て自分のため。その時代で、自分がスターになるには歳をとりすぎているから…と娘に夢を託すけど、(年齢にまだ寛容な)現代なら自分が〜と前に出たでしょう。次女が駆け落ちした後、「1人スターを育てたから、もう1人(何人でも)育てられる」みたいなセリフを聞いた時、モーツァルトパパ(@「モーツァルト!)の「私は何人でも天才を作り出してみせます」を思い出しました。全くいつの時代も承認欲求拗らせた親は厄介だ😓

しのぶさんの歌うソロナンバーもたくさんあり、ラストの「Rose's Turn」の迫力は圧巻。彼女の歌は歌唱力で聴かせる歌でなく、全てセリフとして聞こえてくるんですよね。美しい歌声…などの感動をはさまず、ダイレクトに、何て嫌な母親、何て不愉快な女、でも凄い人…と役の感情そのものに気持ちが反応してしまう。こんな歌を歌えるのはしのぶさんだけかも?


逆に今井清隆さんは、何て美しい歌声…という感想が最初に出てきます。ミュージカルとしては、これも正解だし、ローズを想い続けて尽くしてきたハービーの優しさを歌声から感じられました。


才能ある次女、ジューンを演じた富田鈴花ちゃんは元日向坂46なんですね?アイドル的なわかりやすい可愛さ、華やかさがピッタリでした。


ジューンのバックダンサー?として集められた男の子の中に、1人とびきり綺麗な顔の子がいるなーと思っていたら、その子はジューンの彼氏になる(ルイーズが片想いする)展開で、やはりモブではなかった。元J(今はSTARTO)の井上瑞稀くんという子のようで、確かに目を引く華があるなー、さすがはあの事務所…とその目利きに感心しました。


目を引くと言えば、2幕で登場するストリップ劇場のダンサー・テッシー。元バレリーナ設定で、派手なバーレスクの衣装を着ていながら見事なバレエの振りを踊られていて、只者ではない!誰⁉︎と終演後にキャスト表を確認したら、鳥居かほりさん😳‼︎子供の頃、「欽ちゃんのどこまでやるの?」で見ていました。ミュージカルの舞台も何本か観て、特に「アニー」の「NYC」の場面の美しいダンスはずっと記憶に残っているのですが、こんなに時が経って、今なお美しく踊られていてビックリでした。


あと、テッシーの同僚ダンサー・エレクトラの飯野めぐみさんは、ダイナミックなボディを大胆に晒した思い切りの良さがカッコ良く、どんな役でも印象に残る存在感を再確認しました。




2012年に私の周りで評判だった映画「最強のふたり


14年経って、ミュージカルになるとは想像もしていませんでした。

しかも主役の"ふたり"は川平慈英さんと浦井健治くんという「ビッグフィッシュ」親子コンビ!これはちょっと期待してしまう😊


いざ、観劇…して…うーん、

映像にしかできないこと、舞台(ミュージカル)にしかできないこと…ってあるなぁ(当たり前だけど)。


映像にしかできないことは、この作品で言うならパラグライダーシーン。パラグライダーで怪我をして、首から下が動かなくなった大富豪・フィリップが再び(パラグライダーで)空を飛ぶ場面…青い空も浮遊感も恐怖心も、映像なら百聞は一見にしかず。

舞台ではこの場面、ずっと車椅子に座っていた健ちゃんウィリアムが立ち上がって歌い出すことで表現されます。"イメージ"というか、観客の想像力を要求される場面。逆にミュージカルにしかできない歌で心を表す…ということができるのは強み。健ちゃん(と慈英さん)がその高揚感をメロディーにのせて歌い上げ、目の前の観客に伝えます。ここで、どれだけ観客を巻き込むか、同じ感覚を持たせるところまで歌で表現できれば…。観客の感性もかなり試されますね。


逆に舞台にしかできないことは、圧倒的臨場感。いや、川平慈英さんにしかできないことかもしれない?観客を街の人に見立てたり、パーティの客に見立てたりして、客席に向かって話しかけ、巻き込んでいくので、観客も同じ世界にいる感覚にさせてくれます。

あと、アドリブなのか?慈英さんドリスがエリザ(菊池愛さん)に宝くじが当たったらどうする?と訊いたり、アントニー(宮原浩暢さん)にパーティの客(=観客)の名前を聞いたり、他キャストに無茶ぶりするところが何度も。玉野さんの「クラブセブン」っぽい感じで、一瞬、緊張感が走って流れが止まるのは良し悪し…とも思ったけど、これはそのライブ感を楽しむ舞台だったと思いますし、その、何をするかわからない、自由すぎる慈英さんがドリスそのもので、たしかに慈英さん以外は考えられないキャスティングでした。


映画ではウィリアムの方が年上だったので、当初は健ちゃんがドリスを演じる可能性もあったらしいのですが、今回は健ちゃんが富豪役を好演。自分に同情せず対等に扱うドリスを気に入った…というセリフが印象的で、ドリスとのやりとりの中で人間らしい楽しみ、幸せを求める気持ちも取り戻していくのですね。他のミュージカル俳優との絡みだと、天然な健ちゃんが皆を振り回している感じがあるけれど、慈英さんには健ちゃんも振り回されるのかな?

2人の阿吽の呼吸が素晴らしかったです。