アナウンサー生活20周年を機に
私がアナウンサーになったきっかけや
なるまでの活動、なってからの出来事などを
綴っています。


過去記事はこちら。
藤田りえ物語①→→→☆☆☆
藤田りえ物語②→→→☆☆☆
藤田りえ物語③→→→☆☆☆
藤田りえ物語④→→→☆☆☆




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局アナ就活 完結編です。


大学時代リポーターで
お世話になっていた瀬戸内海放送。



鼻息荒く局アナ受験するも
一次面接で涙を呑みました。



後日、
不合格の理由をこっそり伺うと
返ってきた答えは。




「局アナになった藤田りえが
想像できなかったから」




そうです。
〝局のアナウンサー〟として
私に何ができるのか、やりたいのか、 
伝えることができていなかった。


〝リポーター〟の藤田りえの顔しか
見せることができていなかったのです。




まぁ
それ以外の理由もあったとは思いますが




今更ながら
局のアナウンサーとは何かを
考えさせられたのでした…




そこからまたひと踏ん張り!

私はなぜアナウンサーになりたいのか?
アナウンサーになったら何をやりたいのか?

もう一度真剣に自分に向き合いました。









そんな中、
MBSで一緒だった麻美ちゃん
すぐにRCCに内定します。



合格祝いがてら電話をして
内定の秘訣を聞いてみました。



麻美ちゃん曰く
「内定した子をよく研究してみたよ。
◯◯ちゃんはなんで内定したんだろう?
どんな雰囲気で、
どんな言動をしていたかなって」



これを始めて
すぐに内定をもらったそうです。




素直な私はこれも即実践 笑!




他にも、
地方局を受ける際は必ず前乗りし、
色々なところを巡って取材をしたり
たくさんの地元の方と触れ合ったり。

そして
それらを自己PRに繋げていました。

自己PRも、
独りよがりにならないよう
「誰に伝えるのか」
常に意識していました。

ただ話すだけでは伝わらないからです。
うまく話そうなどとは
全く思っていませんでした。






その後受ける局は
最終面接まで残るようになり、

8月10日の
残暑厳しい昼下がり、
山口朝日放送から内定のお電話を
いただくことができました!





力が抜けたのか〜
次の日は
発熱して寝込むっていう
へなちょこぶりを発揮しましたが 笑笑







内定をいただけたのは
家族はもちろん、
名越アナウンサー、
KSB報道局長、
アナ活仲間、
友人たちの支えや応援があったからこそ 
感謝の気持ちでいっぱいになりました。

お互いにずっと励ましあって…
田舎者の私にいろんなアドバイスをくれて

ちゃんと「おめでとう」を言いあえたのが
いちばん嬉しかった!


 








就活は終わりましたが、
本当の意味でのスタートは
ここからだったのです。







ある放送局の最終面接にて。
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右にいるのが

この間お茶した倉くん

二人ともわかーい 笑笑






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