ナンバー 295 5月19日 五月晴れの空の下で | 堀切光男のエッセイ畑

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主にエッセイ。

五月十九日 土曜日 この日 多くの学校で運動会が行われたようだ。

青い空 爽やかな風  いつ頃からか 運動会が 秋から変わりこの季節に

 

開かれる事が多くなりました。

 

確かに秋だと 雨だったり、 台風があったり延期される事も多かった。

 

小学校の運動会では途中の雨で午前中で休止、 翌日に残りを行なった記憶がある。

 

まだ、あまり天気予報が信頼されていなかった頃の話です。

 

中学校の運動会では 雨は朝に上がったがグラウンドの水溜まりに長い杭を打ち込んで

 

水を地下に染み込ませながら バケツに雑巾に染み込ませた水を絞る 人海戦術も。

 

最後に砂を撒き 何とか開催した事も有りました。

そういえば 昔は日曜日に開催し 月曜日は振替の休みが多かった様に思いますが

 

土日 休みの週休2日制になって、土曜日に行われる事が多いようです。

 

それでも個人営業の父兄は観に行く事が出来ず、そんな家庭の子供達の為にいつからか

 

父兄とは別に 生徒はみんな教室でお弁当を食べるようになりましたが、今はどうなのでしょう。

 

 

 

今の 流行は テントを張る事。

 

見ると御酒や 御馳走も持ち込んでいてテント内で 酔っぱらって寝ているお父さんもいた。

 

ひと昔前に戻ったようで これはこれで ほほえましくもある。

 

故郷の田舎では 運動会と学芸会はお祭りでしたので村中 総出で楽しみました。

 

父兄と教員と学生選抜のリレーや綱引き 借り物競争 等父兄も参加して楽しんだものですが

 

今は町内運動会も参加者が減り 行われなくなった所も。

 

小学校の運動会では 競争は無くして 1位 2位 の順番をつけなくした 所もあるようで、

 

これはこれで どうなんだろう? と言う気もしますが。

 

小さい内から競争心を無くす事はいずれ社会の荒海に出た時 おぼれてしまうのでは。

 

勉強は出来なくても 運動会ではヒーローになれた子供達も可哀想だな。

 

 

最近テレビで 日本にしか無い運動会を世界に輸出する「運動会 ワールド」という番組を観ました。

 

ガテマラ とアフリカとの2国でしたが、白と赤組に分かれ玉入れの玉やカゴ等の用具作り、入場門も手作り。

 

ボール送り ムカデ競争 大縄跳び 綱引きなどの勝ちが決まる度にそのチーム全員が歌いながら校庭を一周します。

 

 最後に選抜のリレーで勝者が決まる等大盛り上がりでとても面白かった。

 

子供たちも 敵チームにエールを送ったり、チームの為に協力する事を学んだり 先生、父兄、 生徒皆が

 

大いに 楽しみ真剣に 走り回る姿は感動的でした。

 

校長は運動会を教育的に絶賛してこの先「毎年行う!」と宣言していました。

 

 

「大空に 晴れ晴れ 顔した 万国旗」(小生 九十二作目)

 

 

下  5月20日 日曜日

上  明日 5月21日は小生の68回目の誕生日

 

今日は1日早いけど 定休日だったので子供に焼肉で祝って貰いました。

 

女房は骨折で入院して只今半月目。

 

順調に回復していて先も見えたので 安心して御馳走に預かりました。

 

思い返せば8年前 その女房が胃がんで胃を摘出、そのまま 入院した日の帰りに

 

同じ焼き肉店で遅い夕食の 焼き肉を食ったっけ。

 

つい先ほど 病院で摘出した 胃を見せられて それを思い出して

 

「この ミノ お母さんの胃に似ているね」と ほうばったっけ。

 

その胃はとても良いサンプルになるからと 同意書を書き

 

東京大学病院の 学生達に見せるサンプルとなりました。

 

今も アルコール漬けとなり 若き医者の卵達の熱き視線を浴びている事でしょう。

 

ちなみにお礼として一万円分のクオ カードを頂きましたが、

 

臓器を売ったという話では有りません、念の為。

 

 

 

さすがに68ともなると 以前の半分位しか食べられなくなったけど、旨かった。

ところで 二つ上の写真 の「サンチュー」 味噌も付いてきますが

うちはこの葉っぱで 肉を包んで食べます。

豚足も 焼いて食べる派 です。

「半世紀 いろいろあったと ケムにまき」 (小生 93作目)

(大人になって 50年 多彩な人生に 乾杯だ)

今度 十八歳で成人となるようで・・・・。

 

 

下 5月21日 の朝刊から

 

昨今の 俳句は 誰でも直ぐわかるような句が 望ましいと聞きました。

また、その句の解釈は 人それぞれで かまわない とも。

 

それにしても芭蕉のこの句には 色々な解釈が言われています。

元々この柳があった場所は 「西行」が句を詠んだ場所で言わば「聖地の」ようなところ。

芭蕉が この地を訪れた時にはもう柳は枯れ果てていた とも言われています。

 

ですから「柳かな」はこの場所に来た というだけの 意味の解釈が多い。

他には、「 田植えを ぼーと観ていた」「田植えに 参加した」等の解釈があり 面白い。

これらを踏まえた上で 小生の解釈は

 

(柳腰といわれるように柳は女性っぽい  だから早乙女を柳に例えた。

芭蕉は 早乙女たちが苗を植えて行くのを 飽きもせず立ち去るまで 眺めていた)

 

と解釈 してみました。

この方がよっぽど 面白いでしょ?。

 

5月21日の 夜に観られた  朧月 (おぼろ月)