「ナンバー72愛車の 歴史」 に追記 しました。
七月の出来事
ベランダの オニユリに・・・・・。
百合の木に朝顔、キュウリ、 ゴーヤ等が絡まって騒動しい。
裏から見ると電線にゴーヤが二本 ぶら下がっている。
この先 ゴーヤはどこまで伸びて行くのだろう。
上テレビドラマ「 なごみの郷」でサプライズが・・・・。
歳の差 夫婦が現れ、酸素吸入を外して煙草を吸いだしたのはこのドラマの 原作者の倉本氏。
車いすを押すのは このドラマの主題歌を歌っている 中島みゆき 。
突然 こうして映画のワンシーンに 現れるのは 「ヒッチコック」監督で有名ですが、倉本さんも中々遊び心満点。もっと やってくれ。
七月二十三日
雨の予報が出ていたが栃木は思川上流にアユ掛けに出かけた。
七日前 思川 下流で五年ぶりで アユを 掛けた時は 小さいのを一匹掛けただけだった。
もっと上流に行けば大きいアユが掛かって いるというので、先週の 今日だが
そぼ降る雨をついて浦和インターから栃木インターを経由して二時間半、ここ思川上流に
やって来た。
今日のロングドライブがこのハリアーの最後の活躍になりそうだ。
この日メーターは 46000キロを18年かかって 超えた。
おとりアユを買ったお店の駐車場にタープを張らせてもらい雨除けに。
老眼が進んで 仕掛けを作るのも 一苦労。
水は少な目だが、水温は高目で追いはよさそう。
雨は 小降りになり 気にならなくなった。
遠くの 山肌を霧が上がって行く 。
田舎ではこの霧が登り切り 無くなると 雨は上がると言われています。
三十分程で一匹めが来た。
25センチの大物。
その後もう一匹 大きいのが掛かり それをおとりにして泳がしていると
ガツンとすごい引きが来た。
鯉が掛かったんじゃないかと思うほど重たくて中々引き寄せ無い。
中々 弱らないので 3 メートル先から ごぼう抜きにしたのが、まずかった。
空中で0、8 号のテグスが中程でぷっつり切れた。
昨日 買ったばかりの糸 だったのに。
空中で姿を見た時は 明らかにおとりより大きかったので三十センチ近くも
あったのでは ないだろうか。
ここ 思川は 早い解禁で知られる。
早くに放流されたアユはかなり大きくなっているようだ。
掛けた大物とおとりアユを同時に逃がす事になり ツキが落ちたのか
その後さっぱりで、結局 二時間足らずで納竿した。
この 辺りは直売所が多く、 もぎたて トウモロコシ 枝豆等を購入
茹でて、ビール(と言っても今日は 高速を運転するのでノンアルコールビール)の
つまみにした。
涼しいので コーヒーが美味しい
家に帰っても まだ二匹が生きていた。
猫のお土産にと あげてみる。
生きた魚を見るのは始めてなので怖がって手を出さない。
小さいのが飛び出して跳ね回る
結局見ているだけで 手は出しませんでした。
夜 布団に入って昼間の悔しさを振り返っていると 、以前にも同じ様な事があったのを 思い出した
それは 丁度二十年 前、1997の8月 31日の事です。
一人で この思川にアユ掛けに来た小生は車を農道に止めると、
家族連れの時は到底入れ無い崖下の清流に降りて アユ掛けを始めた。
対岸の車道から見て川辺に降りるのは無理かなと思える程の崖下だったので
他に釣り人は見当たらず、渕有り 急流有りの素晴らしい釣り場を一人じめ。
早速おとりを入れると 入れ掛かり状態で 一時間足らずで8匹も掛かった。
9 匹目は、特別の大物で上げる前に糸が切れておとりアユと一緒に逃げられてしまった。
「逃がした 魚は 大きかった」と悔しがりながら、アユ缶 に戻ってくると何と
水中に沈めて置いたアユ缶の蓋が開いて居り 十匹いたはずのアユは一匹だけしか残っていなかった。
「ガーン 」と目の前が真っ黒になるほどの不運の不幸。
入れ掛り状態で 興奮状態となり蓋閉めが 雑になったせい と思われるが。
余りの出来事に 意気消沈状態。
何とか 気を取り直そうと車に戻り 遅めのお昼を摂る事にして、アイスボックスから
一本しか持って来なかった(運転 を考えて)缶 ビールを取り出したら手が滑って
下の 農道に落としてしまい 石に当たって穴が開き、 プシューとほとんどが出てしまった。
楽しみのビールにも有りつけず 厄日の さんりんぼうかと、天を仰いだ。
こんな日は あきらめて 早く帰ろうと車を走らせて3時間後 忘れもしない
ニュースが カーラジオから 流れて来たのでした。
高速を使わず安全運転で走行中の午後 5時過ぎだったと思います。
パリの現地時間は 1997、8、31日 0時 30分。
サマータイムの七時間を引くと日本時間は8月31日の の午後4 時半頃と思われますが、
あの ダイアナ妃 が交通事故でお亡くなりになった と言う 一報が流れたのでした。
7月25日 今日は 土用のウナギの日。
年に 一度の大手を振って ウナギが食べられる日。
国産の一 匹(1,980えん)を 奥さんとシェアして、食べました。
横にある 酢の物は「アユの背ごし」二日前の日曜日に掛けてきたアユを
腹を取りぶつ切りにして、 キュウリを塩もみしたものと 二杯酢で和えます。
ワカメを加えても良し。
ここは 越谷市蒲生で地名にもある通り、蒲(がま)が多い土地です。
ウナギの 蒲焼はこの 蒲から来ています。
江戸時代 蒲焼は ウナギをぶつ切りにして串に刺して焼いていました。
それが 蒲の穂に 似ていたので蒲焼と呼ばれました。
又 近隣の川口、利根川 、荒川辺りでも昔はウナギが獲れたので
鯉やナマズ、ウナギの鮮魚屋さんが沢山有りました。
平賀源内のキャッチコピーで土用の丑の日が広まった頃はウナギを背開きにして
串にさすという 今の焼き方になったようです。
ただ、その頃は うな丼では無く 蒲焼単品で食べていたようです。
ずーと後になって、 ウナギ屋さんが 蒲焼を 出前で届ける時にウナギが冷め無い様に
熱い ご飯で上下を包んだ所、ご飯も美味しい という事になり、
今のうな丼が 出来上がったそうです。
一般にウナギを捌く時、関東は背開き〈武士の腹切りのイメージを嫌った)で、
関西は腹開きで 関東の様に蒸して油を落としてから焼くという事は無く開いたら直ぐに
焼いた様ですが、和歌山では背開き、 蒸さない タ レ 甘めでした。
ところで、昔は生きのよいウナギを捌く時は 大変でした。
先ず、 左手をグーにして中指だけを立ててその指一本でウナギを挟みます。
こうするとヌルッと逃げられる事は無い。
次に、まな板に乗せると横向きにして、首筋辺りにキリで打ち付けるのですが、
その後も暴れまわり 中々 包丁を入れられ無かった。
今は ウナギの上に沢山の氷を乗っけると ウナギは仮死状態となり
難なく捌ける事が解った。
7月28日今日ダイハツの販売店に行き最終的に タント 4W Dに決めてきました。
オプションしたのはナビのセットだけ。
16万の8インチナビに 3万ほどプラスで 2スピーカーが6 スピーカーに、ドライブレコーダーと
バックモニターカメラがつく。
ナビは3 Dでもちろんテレビも 映る。
しかし18年ぶりで 車を買い替えると 結構煩わしい手続きが有る事に気が付きました。
続きは「 8 月の 出来事」で。
7月30日
ちっちゃい ゴーヤと でっかい キュウリ
店の前に 二十九年前に山から 採ってきた
やま藤 日光キスゲ 野甘草(のかんぞう 若芽を天ぷらにすると旨い)
自然薯(むかご が採れる) 木イチゴ 等が 生い茂る。
山藤 はテント の中で 縄を編んでいました。
なんだろ? こいつ
かじってみよう
育ち過ぎた キュウリは厚い皮をむいて カルパッチョにしたら美味しく頂けました





















