上 オラが村 生まれたのは山手 という処ですが、この地図の範囲はオラが村と言えます。
記号 F のキャンプ地。ここで七日間キャンプをした。何年かぶりで帰郷したので,やはり
お盆休みで帰郷している、同級生 下級生が 懐かしさか 冷やかしか 毎晩 入れ替わり
訪ねて来て呉れて、昔話で 盛り上がりました。
その一人と話し込み 夜中の二時頃ともなると家族はテントで寝入っている。
そいつは急に声を落とし
「お前 知っていたのか? ここは 昔 死人の火葬場だったんやで」
「あっ、聞いた事はあった。えっ、ここだったのー?」
田舎は 60年程前までは土葬だったのですが、どういった理由からかは解りませんが
精神を病んだ人の仏さんだけは、ここの河原で火葬 (荼毘に)されていたのです。
もう80年近くも前の話なので、今更では有りますが、聞かされるとやはり気持ちの
良い話では有りません。
二人、急に無口になると、そいつは首をすくめ辺りを見回し
「俺、そろそろ帰るワ」と車に乗り込むと、さっさと帰ってしまった。
残された私は急に寒気がしたので、あわてて焚火の火を大きくして、
まんじりともしないで朝を迎えたのでした。
キャンプ中のある夜。
実家が近くだったので」、八十五歳の親父を連れてきて獲れたての天然ウナギを食べさせた。
七日もキャンプをしていると毎日の食事が大変一応料理のプロですから
マンネリにはしません。
朝はトーストとハム エッグかインスタントラーメンですまし、お昼は
チャーハン、冷や麦,焼きそば,スパゲッテイ、ピザを焼いたりカレーの時も。
しかし、夕飯は豪華にしていました。バーべキュウは一度切り。
ウナギやアユが沢山捕れましたので蒲焼、(タレを作るのに味醂が手に入らなくて参りましたが)アユや手長エビは天ぷらに、近くに生えているヨモギ セリ 雪の下も天ぷらにすると最高です。
といっても刺身も恋しくなる。車で30分も下ると海辺の古座の町で ここで刺身を購入。
地元では昔から「シビ の刺身」が定番。
シビとは近海マグロで大型のハマチ程の大きさ。魚屋で頼むと無動作に一匹分を
紙皿に盛ってくれるが、大根のツマも大葉もワサビすらつかない。
しかし、醤油をぶっかけるだけで、ほんとーに旨い。
生魚が苦手な子供二人も見まがう様に食べたものです。
実はこの日四十年ぶりに田舎の豆腐が食べたくて探し回ったのですが、
全てスーパーのパック詰め豆腐に変わり、満足出来るものは見つかりませんでした。
子供の時、多分七歳ぐらいにこの古座の町にあった町立病院に来院した時の話です。
病院は此処だけ。村から朝の下りのバスで一時間かけてたどり着き、夕方の上がりの
バスで帰るという、一日がかりの大ごとですから、お昼ご飯は母と二人分の弁当箱に
白米だけ詰めて行きおかずは、病院の前の何でも屋さんで、
豆腐を一丁だけ弁当箱の蓋に買い求めます。
一丁といっても 現在の豆腐の1、5倍はありました。
そして、絹ごしも木綿も無しの「トーフ」だけ。
食べた感じは木綿に近く、その味は甘く 大豆の香りが濃く、正に「トーフ」。
弁当箱の蓋に乗っけて貰い醤油をかけて貰らった だけのこの豆腐の味が
60年近く経った今でも忘れられません。
現在、300円近く出せば似たような味の豆腐は買えますが、思い出 と言う
味付けが加味された故郷の「トーフ」に勝る豆腐には未だ お目にかかって居りません。
病院の診察は一時間で終わり、床屋に行って 3時に「うろん ( うどん)」を食べても
上がりのバスにはまだ二時間もある。
海岸の岩場に降りて貝を一杯捕ります。二枚貝や三角貝、塩ゆでにして食べた後は
細かく砕いて庭に撒きます。
卵の殻を強くしたいニワトリさんのお土産となるのでした。
流木が沢山あるのでマキには困らない。
テントの周りに石灰のバリアーを作ると ムカデ などは入って来ない。
トイレは 大きな穴を掘りトイレ用テントで覆う。
砂とスコップを用意しておいて、用を足すと砂をかけて行く。
このつり橋の 上からキャンプ地を写しました。
山の吊り橋 どなあたーが通る。
夜 の川に潜るとウナギもアユも簡単に捕れる
ウナギは餌を求め川床をはっているので、ウナギハサミで挟む。
アユは石の陰で眠っているので柄の長いエビ網を上からかぶせると
簡単に捕れました。
下 右手に持つのは水中ライト
下 沢山のアユと 大きいのは ウグイ
ウグイは洗いで食べた
昼間の水中は どこまでも澄んでいる。
投げ網で小魚を獲る
下 滝の拝 の滝
滝の拝 の滝 右に楓の大木が茂る 金毘羅神社がある。
滝にかかる橋を 渡ると 小川中学校があった。
今は廃校となり道の駅が建っている。
下 春のお山で山菜取り ワラビを沢山採りました
ゼンマイの周りにはスギナが有り 土筆も出ています
ゼンマイ
ゼンマイが大きく育つとシダになります。 正月飾りのウラジロを大きくした感じ。
二枚に分かれた部分を短く整えて飛行機を作ります。
これを橋の上から飛ばすと弧を描きながら、飛んで行きます。
霧降の滝にかかる橋の上から飛ばしたら見ていた観光客から拍手が起き、
随分と 感心されました。
ごんぱち (虎 杖 いたどり)
子供の頃はもっぱら 生で食べていました。薄皮を剥き塩をつけると
シャリ シャリと只 酸っぱいだけの、おやつでした。
「ごんぱち」という名は私の田舎辺りだけの呼び名だと思っていたら、
検索してみたら「ごんぱち 料理」を出す店やらが有り、権八の名は各地で呼ばれていました。
いたどり の他にはスイバ やスカンポ等と呼ぶ地方も有りました。
それにしても「虎 杖」と書くのはどうしてなのでしょうね。
赤い斑点があるからかな? しかしそれならトラではなく、 豹でしょうが。
山腹に立つ枯れ木 キツツキの穴が 3っつもある
此のころは電信柱も木製だったので、キツツキが穴を開けて巣を作る
すると 大きな蛇が卵を狙ってワイヤーを伝って登るので感電事故を起こす。
電柱には金網を ワイヤーにはネズミ返しならぬ蛇返しが付けられました。
電線は山の雑木林の間も通りますので、枝やツタが伸びて電線に接触します。
風の強い日はバチバチと煙が上っていたりします。
一度アケビ取りで木に登ったらビリビリと感電して落っこちた事も有りました。














