ナンバー35 公募に 応募 失敗作 「ラーメンは 森の石松で」 | 堀切光男のエッセイ畑

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主にエッセイ。

公募に応募失敗作 「ラーメンは 森の石松で」 平成 二十五年 ある 新聞社 主催の


公募( おいしい思い出)に 応募しましたが、これが 大失敗。


落選しましたが、 それも 当然の大失敗 作 だったのです。


その、失敗がどこにあるのか。見逃さない様に、心して読んで下さい。




「ラーメンは 森の石松 で」 平成 二十五年 作



「はーい、注文入ります。 ラーメン、 イーガ、 リャンガ、 サンガ、ツモ、


リューガ( 全部で 六人前です)。


一つは美空ひばり( ヤワラ) です」


「おーい、兄ちゃん。 俺のは固め にして」


「じゃあ 森の石松っ」


周りからどっと笑い声が起きて、


「よっ、 兄ちゃん、 うまいっ」 と掛け声も かかる。


昭和 四十年、 僕が十五歳の時に 就職したラーメン店は むちゃくちゃ 忙しくて


活気に満ちあふれていた。


特に 日曜日は出前の注文が とぎれなく入るので、店番と出前が受け持ちの僕は


二時が過ぎ、三時になっても お昼ご飯が食べられない。


お腹はグーグー 足はフラフラ 、目が回ってもうダメ だあ。


「よーし、こうなったら 、いつもの奥の手だ」


出前の注文を厨房に通す時、わざと一人前 多く伝えるのだ。


そして 出前から帰って来ると


「すみません、 間違えて ラーメン一つ 余ってしまいました」 すると 先輩、


「またかよ、しょうがねえなあ。 じゃあ、お前食っちゃえ」


「はーい」 と僕は調理台の端っこに立ったままでラーメンに むさぶりついた。


「これも 食っていいぞ」


と先輩が出してくれた お皿の上には、いつの間に にぎってくれたのか


大きなまん丸い おにぎり。 周りに味噌をぬりつけた味噌にぎりだ。


これが ラーメンと 良く合うんだ。


左手に持った味噌にぎりと ラーメンを交互に夢中でほうばる。


鳴きっぱなしだった お腹の虫もようやく鳴き止み、 一息つくと


「ああ、 ぼかあ しあわせだなあ」 と 流行りのセリフも 口に出る。


とは 言ったものの、腹がくちくなると 思わず本音もわいて来る。


出前用にと 森の石松に 丹下佐膳 が助太刀したほど固く茹でた筈なのに


二十分も時を経た 麺は汁を吸ってもう フニャ フニャ。


ラーメンというより スイトンに近い代物だ。


「やっぱり、ラーメンは 森の石松がいいなあ」


と、ため息つきながらも、 全部きれいに たいらげた。



( つづく )


(これまでの 文章のなかに、 失敗作になったと 思われる 言葉があったのですが、


お気づきに なりました? )




あれから早や、五十年近くにもなる。


現在、小さなラーメン屋を営んでいる私は ラーメンが大好きで、


ほぼ毎日食べてきたのでこれまでに 一万五千食以上は 食べている勘定になる。


ラーメンは日々進化していて、最近はスープに 魚介類をたっぷり使っていたりしますが、


五十年前のラーメンは シンプルで、ストレートでかなり しょっぱかった。


しかし、懐かしいあのラーメンの味は高度成長期真っ只中だったあの頃、


ギラギラしていた 人々の体質や味覚に ピッタリあっていたのではないだろうか。


(完 )


さて、どこが失敗だったのでしょう?


応募規定の五百字 以内はクリアしています。


字数が多いと やたら漢字ばかりに変換した文章になり、固い印象になります。


子供のセリフとか、やわらかいイメージを作る為、ひらがなを多用する事もあります。


加山雄三のセリフ。 (君と いつまでも) は昭和四十年 十月にレコードが発売されています。


( 以前は調べるのも 大変でしたが 、 今はネットですぐ解るので本当に便利ですね)

ですので、このセリフ。 残り二か月の間に流行ったかどうかは ビミョーですが、


使った人もいたでしょうし、 ギリギリ セーフでしょう。


では、何がいけなかった のでしょうか?


答えは「森の石松 = 片目 )そうです( 片目が ) 差別用語 に近いので


新聞社 では 絶対採用しないよ と、後日 知人に教えられました。


まあ、入選落選は 別として、又 一つ勉強に なりました。


( 了 )