入賞のお知らせと 賞状
「富士山への 手紙」 富士宮市の公募 エッセイの他 写真 絵画 等、毎年海外からの応募も入れて
八万人もの応募があるとか。 平成 十二年 十二月
応募して 佳作をいただきました。
富士よ。 私が始めて貴方を見たのは 昭和 四十一年、 四月 二日の早朝でした。
中学を卒業。 東京のラーメン店に就職が決まり、 四月 一日の夕方に
故郷の和歌山県を夜行列車で発ちました。
十五歳ではじめての一人旅。
希望と不安で眠れぬまま 車中で朝を迎えた時、朝日に輝く大きく、まばゆい 貴方が
そこにありました。 頂きの残雪が日本晴れの大空にキラキラと輝き、 まるで
私の旅立ちを祝福している様に思えました。
その時、私は誓ったのです。 「絶対、 一旗上げてやる」 と。
あれから三十五年。 一旗は上げられなかったが、自分の店と 楽しい家庭を
持つことが できました。
狭い敷地に頑張って三階建てを建てた時、 迷わず三階にお風呂場を作りました。
空気の澄んだ朝夕に貴方が遠望できるからです。
元日の朝、お湯に浸りながら窓越しに朝日を受けた貴方を望む時、
三十五年前の あの朝を思い出します。
そして、 決意を新たにするのです。
「まだまだ、 これからだ」 と。
了
(後記) 八万人の応募と言うのは説明不足でした。エッセイの他に絵や写真等、
部門が多数あり、それぞれに海外からの応募も沢山あったようです。
佳作に選ばれ表彰式の招待状を受け取ったのですが、辞退してしまいました。
今にして思うと出て置けば、よかったと後悔しています。
再び了
当時車窓から見えた富士山


