ベッキーさんの不倫問題が世間を騒がせているようです。そんなに大事件だとは思えないのですが、こうも叩かれるのはベッキーさんの好感度が落ちてきた証拠でしょうか。元気の押し売りは限界、いい人を演じてきた優等生の仮面が剥がれ落ち、ゲスの極みの本性が露わになったかのようです。

もう誰もが気付き始めていたとは思いますが、普段のベッキーさんは表面的には明るくふるまっていても根はものすごく暗そうでしたよね。心の闇を覆い隠すための、偽りの笑顔に見えていました。そうは思えませんでしたか?

私とエオラさんも最初は不倫という関係で始まりました。

不倫ということについては(今では)私自身が経験者なので、世間の人々が思うほどの嫌悪感は抱いてはいません。ごく日常的な人間関係の一つの形という認識です。

ただ、不倫で辛い思いをしたのも事実であり、「不倫は文化だ」などと言って称賛するつもりはありません。不倫は、それによって受けるむくいは覚悟の上ですべきものです。それによって幸せを奪われる人もいるということは忘れてはなりません。

私は独身でしたが、エオラさんは既婚者でした。彼女の夫婦関係は複雑で、私と出会った時点ですでに崩壊していたようでもあり、かといって離婚するつもりもなく、お互いに依存しあうような関係だったようです。実際、彼女とその夫との結婚生活は12年間続いたといいます。

彼女の口から語られる夫への感情は憎しみに満ちていましたが、私はそれが真実だとは思いません。彼女は本当は夫を愛していたのに、それを素直に表現するすべを持たなかっただけなのだと思います。自分の中にある感情を憎悪という形でしか表現できなかったのでしょう。(彼女を知る多くの人たちは、彼女は愛情表現が豊かな人だったと記憶しているかもしれませんが、それはあくまで表向きの顔、仮面をつけた偽りの姿です。彼女はごく身近な存在にしか素顔の本当の自分を見せませんでした。)

愛猫を失った悲しみに打ちひしがれていた時期ということもあったでしょうが、夫婦の関係にも問題を抱えていたちょうどその時に彼女の目の前に現れたタロット占い師と名乗る若者は、彼女にとっては神秘的な救済者のように思えたのかもしれません。

救いを求めるかのように彼女は私との関係を深めてゆきました。既婚という事実を隠し、若いツバメをたぶらかしたのです。

そうとは知らずに私は彼女に恋をしました。相思相愛の純粋な恋愛だと信じていました。

後に事実を知らされた時、私は深く傷つきました。彼女に悪気はなかったのかもしれませんが、私を騙していたことになるわけです。私は人間不信、あるいは女性不信に陥っていたかもしれません。

その当時のことはあまり良く覚えていません。メールは残っていないので電話でのやり取りが多かったのかもしれません。どのように関係を修復したのかもわからないのですが、あまり期間を置かずに付き合いは再開していたようです。もちろんその時は彼女が既婚であることを承知の上で付き合いを再開しています。

既婚の事実を知った後も、私は彼女に離婚してほしいなどとは言いませんでした。彼女が人妻であるなどと思ったこともありません。不倫をしているという自覚も全くありませんでした。

今になって思い返して初めて「ああ、あれは不倫だったのか」と改めて思うような感じです。

既婚であろうとなかろうと、私は彼女のことを一人の女性として受け入れていたのです。

不倫だとは思っていなかったし、後ろめたい思いは一切ありませんでしたが、それでも無意識のうちに「これは他人に知られてはならない関係なのだ」とは感じていたかもしれません。私たちは、お互いの関係を公言することができませんでした。特に彼女の方は二人の関係が公然のものとなることを強く恐れていました。既婚者である彼女は夫に知られたら大変ですからね。

私たちはお互いにウェブサイトを持ち、ネット上での「顔」を持っていたということもあります。サイトを訪れるファンの方々の思いを大切にしたいという気持ちがあったのでしょう。ベッキーさんのようなタレントの方が抱く心理に近かったかもしれません。

密かに、誰にも知られないように付き合い続けなければならなかったのです。そのような不自然な関係を続けることは、私たちの生活の中に少しずつ歪を作ってゆくことになります。それが、私たちの受けた「むく」です。

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エリナの手紙

エオラさんからもらった帽子と手袋の記事を書いた時には「いつだったかよく覚えていません」なんて書いていましたが、先ほど Facebook の写真アルバムを見ていたら数年前の投稿に彼女から届いた荷物と手紙の写真を見つけました。日付を見ると 2011 年 12 月 14 日でした。

エオラさんが 4 年前にクリスマスプレゼントとして送ってくれたものだったようです。

記憶はどんどん忘れてしまうので、どこかに 記録 を残しておくことは大事なことだと痛感しています。

クリスマスカードに自分のプリクラを貼りまくるような自分大好きエオラさんでした。

ぼうず頭で寒そうだと心配してくれていますが、彼女は本当は長髪のイケメンが好きだったんですよね。それで私もほぼ彼女に強制される形でずっと長髪だったのですが、本当は私は長髪が苦手でうっとうしかったので彼女に嫌われるのも承知で坊主頭にしてしまったのでした。

あの帽子は彼女が嫌いな坊主頭を隠すためのものだったのかもしれませんね。

ちなみにこの荷物、ゆうパックで届いたようなのですが、本当はゆうパックには手紙とか入れちゃいけなかったんじゃ?

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昨夜は散髪をして 5 ミリの丸刈りになりました。今年の 8 月からはバリカンで自分で丸刈りにしています。2 か月に 1 回のペースで刈っています。2000 円くらいで買ったバリカンなので散髪代はかなり節約できています。

おかげで頭がすーすーして寒いので部屋の中でも常に帽子をかぶっています。ニット帽というのかな? もちろんお出かけするときにも帽子をかぶります。

手袋と帽子

この帽子と手袋はエオラさんからもらったものです。

彼女はもうこの世にはいませんが、こうして今でも私を寒さから守ってくれています。彼女の想いがこもった大切な帽子と手袋です。

今から 3 年か 4 年くらい前……いつだったかよく覚えていません4年前のクリスマスプレゼントでした)が、宅急便か何かで送ってくれたのです。頼んでもいないのに、私が寒い寒いと言っているとすぐにこんな物を送ってきます。とても嬉しかったのですが、彼女に心配をかけてしまったことへの罪悪感もありました。

遠距離の付き合いだったというのもあったのかもしれませんが、私の発言に対して過剰なほどに気を使う人でした。「寒い」と言えば「暖かいものがほしい」と脳内変換して聴こえてしまうのかと思うほどでした。

だから、私もだんだんと発言には気を遣うようになってしまいました。あんまり心配をかけないようにと思うと無難でよそよそしい言葉しか出てこなくなってしまいます。何を言っていいのかわからなくなって無口になってゆきます。それが原因で喧嘩になったり疎遠になってしまったりすることもありました。

長い付き合いなのに、私はいつまでたっても彼女との付き合い方がよくわからず悩まされていました。

今年のお正月に撮影した動画の中でもこの帽子と手袋を付けています。

この時には既に彼女とは疎遠になっていて、しばらく連絡を取り合っていませんでしたが、こうして彼女からもらった帽子と手袋を付けた動画を公開することで彼女への感謝の気持ちを伝えようとしていたのです。彼女がこの動画を観てくれることを期待して……彼女がこの動画を観てくれたかどうかはわかりません。

この動画の中で「厄が明けた」というようなことを言っています。後厄も終わり、これでやっとのびのびとできる。今年は良い年になるといいな……そんなことを言っていました。言葉には出しませんでしたが、もちろんエオラさんとのお付き合いも再開したいという期待も込めていました。厄年の間はそれを意識して、あえて身を引いていたのです。今年は彼女に年賀状も送りました。

しかし、その期待は裏切られ、2015 年は私にとって最悪の年となってしまいました。

厄年だからなどということは誰にも言わせません。厄年は既に終わっていたのですから。

人生は生まれた年や生年月日で決まるほど簡単なものではありません。

いつ何が起こるかわからない。それが人生です。

だから、今という瞬間を、今目の前にいる人を、大切にしなければならないのです。

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エオラさんとメールのやり取りが始まって10日ほどたったころ、彼女は私に会ってみたいと言いました。

差出人: Erina Mizuki
件名 : RE: ずらずら
日時 : 1997年8月20日 17:16

アポロに会ってみたい。。。。。

たくさんの人がわたしのサイトへきてみんなわたしに会いたがる。。

でも私がはじめて会いたいと思ったのはアポロだけかもしれない。。。

きっと会わない方がいいのかもしれないけれど。。。

その2日後の私からのメール。

差出人: APOLLO
件名 : メール
日時 : 1997年8月22日 21:47

I love you, Erina.

Apollo

最初のメールでは「like」だったのが「love」に変わっていました。

彼女は「いたずらっ子ね」とはぐらかしました。

それからしばらくして私は彼女のサイトで写真を見つけました。

差出人: APOLLO
件名 : 壁紙
日時 : 1997年10月2日 10:11

Erinaの日記のページにある白黒の写真。
あれって、Erinaの写真?
ちょっと引き伸ばして、デスクトップの壁紙に閉じ込めてやった。
これでしっかりと目に焼き付けることができるようになった。
けっこう美人だ。

Erina

この時初めて彼女の写真を見たのか、あるいはそれ以前にも見たことがあるのかはわかりませんが、少なくともまだこの時は写真でしか彼女の姿を見たことがなかったのです。

彼女の方はまだ私の写真すら見ていなかったかもしれません。携帯にカメラなど付いていないのが当たり前の時代です。今のように気軽に写メを送り合うような時代ではありません。

差出人: Erina Mizuki
件名 : RE: 壁紙
日時 : 1997年10月3日 9:09

相変わらずいたづらっこね。。。
しょうのない子。。。
恥ずかしいから(壁紙にした写真を)はずしてね。。。
お願いだから。。。

あれはね、3年前のお誕生日の写真。。。
ぴいとぷうがまだ生きてたころのわたしよ。。。
笑ってるでしょう。。。
笑顔が自慢だったのね。。。
でももう笑わなくなって

髪もねぴいとぷうが死んで悲しくなって15年ぶりぐらいに自慢の長い髪自分でばつって短く切った。。。
いろんなこと試した。。。。

一心不乱に勉強してみたり、
体を苛めて鍛えまくったり、
おけいこ事をしまくったり、
旅行してみたり、
やたら友人の家に入り浸ってお酒を飲みまくって急性アルコール中毒になってぶったおれたり、

他の動物へ関心を向けようと努力したり

結局比較しちゃうからよけい悲しくなる気がしてね。。。
たぶん。。。ぴいとぷうを裏切る気もしてね。

結局何やっても生きる気力なんか湧いてこない、だからあきらめたの。。。
もう抵抗するのやーめよーってね。。。
もうどうでもいいやって感じ。。。。

今は外のにゃんこにごはんあげたり風来坊のにゃんこに話しかけたりする日々なの。。。

くら~いでしょう。。。だから写真のような明るい私じゃないの。。。

あぽろがドラキュラなら
わたしはゆき女ってとこかな。。。(笑)
だからこれからは私のシーズンって訳(笑)
寒さがぴったりよ。。。

夢うらなってもらっくれたお礼に今度アポロに電話する。。

でもわたしぼーっとして会話のキャッチボールがへたになってるから。。。
じょーずにしゃべれないと思う。。。

それでもいいならアポロのいる時間教えて。。。

私は自分のスケジュールと PHS の電話番号を伝えました。

その日の夕方に届いた彼女のメールを見ると、電話で話をした後に送ったもののようでした。

メールのやり取りを始めてから1か月半ほどでやっと電話でお互いの声を聴いたことになります。

電話ではたくさん話をしたようでした。止められないくらいにしゃべり続けたそうです。

彼女のメールには「うまく話せなかった」と書いてありました。彼女はなぜか泣いていました。

それから2か月後のメールには「チャット初体験」と書かれていました。

差出人: Erina Mizuki
件名 : 文字化け事件多発にてどつかれ姉上のエリナ
日時 : 1997年12月9日 2:28

先日はチャット初体験させてくださってありがとう。。。

とってもリラックスできて楽しかった。。。

くせになりそう。。。

でもおばか度にますます拍車がかかるあぶなさを実感ちまちた。。ばぶ~

当時はまだインターネットでのチャットが珍しかった時代です。私のタロット占いのサイトではかなり早い段階でチャットを導入して占いに活用していましたが、エオラさんとチャットをするようになるのはかなり後になりました。電話で話すよりもチャットの方が後だったようです。

当時から様々なチャットの手段はありましたが、エオラさんのお気に入りは「さぱり」という3D仮想空間でのチャットでした。

さぱり

その後の経緯はメールのログからはよくわからないのですが、1998年3月のメールには彼女が私の所に会いに来たことが書いてありました。おそらく、この時初めてお互いの生の姿と対面したのだと思います。メールで知り合ってからおよそ7か月です。

パソコンにメールの記録がほとんど残っていないのは、このころにはもうチャットや PHS でのやり取りが増えていたからかもしれません。電話で話す以外に PHS でもメールのやり取りは可能だったはずです。(当時はまだ携帯でメールのやり取りをするのは珍しかった時代ですが。)

彼女は高速バスに乗って、当時私が住んでいた松本までやってきました。

私は松本駅まで迎えに行きました。バスターミナルで新宿発のバスを待ちました。

バスが到着し、バスから降りてくる彼女の姿を初めて見ました。

彼女は大きな黒いサングラスをかけていたので、顔の半分は隠れていました。普段は昼間は外に出ない生活をしていたので、外に出る時は必ずサングラスをかけるということでした。でも、本当は恥ずかしかったからというのもあるでしょう。

駅から私のアパートまで歩いて帰りました。その時すでに、私たちは手をつないで歩いていました。直接手で触れ合ったのももちろんこの時が初めてですが、もうお互いに恋人として認識していたのかもしれません。

その日、彼女は私のアパートに泊まりました。

その日のうちにキスをして、体の関係も持ちました。直接会ったのは初めてでしたが、半年もの間メールのやり取りを続けてきた私たちは自然にお互いのことを受け入れていました。

それから彼女はほぼ毎月のように会いに来るようになりました。会いに来れば数日は泊まってから帰ります。そんな関係がしばらく続いていました。

ただ、私からは会いに行きませんでした。彼女がそれを望まなかったからです。

それには理由があったのです。

最初のころは私は知りませんでしたが、実は彼女は既婚者だったのです。いわば「不倫」の関係です。だから、私に来られては困るということだったのです。

後にその事実を知った私は激怒しました。既婚者であることを隠して私と恋人として付き合い、体の関係まで持ったことが許せなかったのです。私は騙されたと感じたことでしょう。

その後関係が悪化して、一時別れている時期もありましたが、なぜか和解して、いつの間にかまた恋人の関係に戻っていました。

「不倫」という形で始まった私たちの関係。彼女の病気や私の若さのせいもあり、二人の関係は常に不安定でした。何度も喧嘩をして関係が悪化することがありましたが、それでもどうにか修復しつつ、遠距離ではあるものの続いていました。

出会いと別れを何度も繰り返しつつ付き合い続けてきた18年間だったのです。

一時は10年近く疎遠になったこともあります。それでも再び関係を修復して恋人として付き合いを始めることができました。だからもう、しばらく疎遠になっていても「また元に戻れる」と思うようになっていました。

彼女自身も精神的に安定した状態のときには私に言いました。
「何があっても私を手放さないで。私はこんな病気だからすぐにぐちゃぐちゃにしちゃうけど……」

関係が不安定なのは彼女の病気のせいだと思うようにしていました。彼女は普通の人とは違うんだと、自分を納得させて待ち続けていました。待つことには慣れました。

でも、今はもう、元には戻れません。

失恋ではありません。死別したのです。

どんなに待ち続けても、永遠に戻れないのです。

そんな日が来るなんて想像もしていませんでした。

今でもまだ、その現実を受け止め切れてはいません。

彼女の手を握り続けてあげられなかったことを深く後悔しています。

彼女の手は、決して離してはならなかったのです。

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F001

携帯の液晶が壊れてしまいました。画面は表示されますが、数か所に黒いシミのようなものができて少し見づらくなってしまいました。まだ使えないことはないのですが、完全に壊れて使えなくなる前に買い替えた方がいいのかなとも思いました。

過去のブログで確認すると、この携帯を購入したのは2012年3月だったので4年近く使い続けていることになります。

実は、この携帯もエオラさんとお揃いで購入したものでした。エオラさんの家の近くにあった au ショップ恵比寿西口店で新規契約 0 円で売っていたものでした。二人で一緒にお店に行って買ってきました。今でもこの携帯には au ショップ恵比寿西口からのメールマガジンが届きます。

機種は au の F001 という二つ折りのガラケーです。エオラさんはストレートタイプの PHS しか使っていなかったので、二つ折りの携帯にはあこがれていました。(すでにスマホが主流の時代でしたけどね。)

色もお揃いのハニーゴールドを選びました。エオラさんがこの色がいいと言ったのです。金運アップのご利益があるのだとか。同じものを2台買い、両方とも私名義で契約して家族割のオプションを付けました。これでエオラさんとはいつでも無料で通話ができるようになったのです。

表向きは私の占いの仕事用ということになっていますが、実はエオラさんとの個人的なホットラインとして購入したものだったんですね。彼女はとても喜んでくれました。

彼女とは絵文字の入ったデコレーションメールなどを頻繁にやり取りしました。同じ機種なので絵文字なども全く同じものが届きます。彼女がお気に入りだったのは、私が自転車で外出した時によく使った三輪車三輪車の絵文字でした。彼女自身は自分のことをヒヨコヒヨコで表現しました。

エオラさんは自分が写ったプリクラのシールを私に渡して、携帯の裏蓋の所に貼っておいてほしいと言いました。彼女はまるで犬や猫が自分の縄張りにマーキングするかのように、恋人にマーキングでもしているかのようでした。

私は言われた通り彼女の写真を携帯に貼り付けました。おかげでこの携帯は人前に出すと彼女の写真を見られてしまうので、ちょっと恥ずかしい思いをすることになってしまいました。でも、私はその写真をはがさずに使い続けました。

そんな大事な携帯でしたが、まるで彼女の死とともに寿命が尽きたかのように故障してしまいました。私も、片割れを失ったこの携帯を持ち続ける意味はもうなくなっていました。新しく買い替えるにはちょうどいい時期なのかなと感じました。

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