そんなに混ぜなくてもいいのに……

なぜかマドラーで混ぜるのが好きなエオラさんでした。

飲み物を作ると必ずマドラーでかき混ぜます。

彼女が口にする飲み物はたいてい焼酎の水割りでしたけどね。

グラスに注いだ焼酎と濾過した水道水(常温)で水割りを作り、手元にマドラーがないと必ず私に『マドラーとって』と言います。

自分で飲むときだけでなく、私のために作ってくれるときでも必ずマドラーでかき混ぜてからでないと渡してくれません。

そんなに混ぜなくても水を注いだ時点で十分に混ざってると思うんだけど……。

たまに私が紅茶を淹れてあげたりすると、ティーバッグを取り出した後にやっぱりマドラーでかき混ぜます。

何でもかんでもマドラーでひとかき混ぜないと気が済まないようです。

彼女にとってマドラーは「魔法の杖」だったのでしょうね。

そのマジックワンドをクルクルっと振りかざせば、どんな飲み物でも美味しくなってしまう。

彼女のウィッチクラフトだったのだと思います。

DVD を借りるつもりでツタヤに行っても観たい映画がない。どんなジャンルの映画でも、今はとても観る気になれなかった。

笑える映画も、泣ける映画も観たくない。難しく考えさせるような哲学的な映画も、トリッキーなサスペンスもダメ。もちろん恋愛物なんか最悪だ。棚に並ぶどのタイトルにも手が伸びなかった。

もうすぐ一年経つというのに、私の気分は未だに喪に服している。腹を抱えて笑えるわけもないし、今以上に悲しい気分に浸れるわけもない。

彼女と一緒に観た映画や、彼女の好きそうな映画もまだ観ることはできない。彼女は映画好きで、ツタヤの DVD や YouTube や GyaO! なんかのネットの無料映画を観まくっていたから、何を観ても「きっとこの映画も好きだったに違いない」と思えてしまう。特に好きだったディズニーやジブリのアニメなんかとてもじゃないが観ていられない。

だから、彼女の趣味に合わない SF やホラーなら心が痛むことなく観ることができる。でも、アクション物はたまに観ていたから微妙だ。バイオハザードは一緒に映画館に観に行ったしなぁ……。横溝正史も DVD をいくつも借りてきて一緒に観たな。私は途中で居眠りしてしまったが。

ホラーでも天使・悪魔物やドラキュラ系(コッポラ系)は好んで観ていた。芸術性のある映画ならホラーでも平気だったわけだ。

結局、今の私が安心して観れるのは B 級のホラー映画くらいしかなかった。エルム街の悪夢とか 13 日の金曜日なんかがベストチョイスだ。

チープな B 級ホラー映画なら何も考えずにボーっと観ていられる。

先日借りてきたのは「13 日の金曜日 Part V」。言わずと知れたB級ホラーの古典的名作、その第 5 作目。

理屈も何もなく、ただひたすらどこかの誰かが何者かに殺され続けるという意味不明極まりない映画だった。

くだらなすぎて評価も何もする気が起きないが、だからいいんだ。

Aoura」について

エオラさんのホームページAouraのタロット占いを見ることはもうできないのかというお問い合わせをいただいたことがありました。彼女が亡くなってから数か月は閲覧できましたが、現在は消失しています。私はそれでよかったのだと思いました。いつまでもこの世にいない人の言葉にすがっても救われないと思ったからです。生きている人の言葉にしっかりと耳を傾けることの方が大事だと考え、問い合わせには「もう見れません」という突き放すような返事をしました。

彼女が大切にしていたもう一つのホームページErina Mizukiのバーチャルヒーリングも最近になってついに見れなくなりました。今や彼女の存在は人々の記憶の中に残るのみ。これでもう彼女の生きた証は誰にも見ることができなくなってしまったのかと思うとやはり残念に思います。

実は、彼女のホームページは今でも見ることは可能です。私は見れなくなった方がよかったのだと考えていたので今まではあえてその方法には言及しませんでしたが、そろそろ過去の遺産という認識で冷静に受け止めてもらえる時期が来ているようにも思えるので、その方法を紹介しておきたいと思います。

消失した過去のウェブサイトを閲覧するには Internet Archive: Wayback Machine というサイトを利用します。ここに URL を入力すると過去に保存されたページを閲覧することができます。

以下のリンクはエオラさんのホームページの Internet Archive です。

Aouraのタロット占い

Erina Mizukiのバーチャルヒーリング

上記のページを開くだけで閲覧できます。サイト内のコンテンツもすべて閲覧可能です。ワンオラクルなどの無料占いも以前のまま利用できます。今日の占いのページが更新されることは永遠にありませんが……。

Internet Archive に記録されているデータはいわば彼女の墳墓であり墓標です。人々の記憶は日々薄れゆき、いずれ忘れ去られてしまうものですが、こうして記録として残されることで永遠に人々の記憶の中に受け継がれてゆくことができます。このような素晴らしいサイトの運営者に感謝します。ありがとうございます。

Internet Archive では寄付(→ Donate)も受け付けています。サイトの運営にはお金がかかるので資金がなくなればエオラさんのホームページも見れなくなってしまいます。利用される方はぜひ寄付をお願いします。

Aoura」について

whitegarden

エオラさんと白馬村のホテルに泊まった日の夜のことでした。二人で部屋の中でくつろいでいるときに彼女はこんなことを言いました。

「私が占い師になりたいと言ったらどうする?」

その時すでに彼女の胸中では占い師になることを本気で考えていたのかもしれません。

私と付き合うようになって彼女は私の占いの仕事のサポートにかなりの時間を割くようになっていました。今月の運勢などの原稿を書いてくれたり、伝言板やチャットでの占いのアシスタント的な仕事をしてくれていました。彼女自身も別名で占いをすることもありました。

彼女が私の家に来ると、当然私のそばで私が占いをしている姿を見ることになります。パソコンに向かってメール占いやチャット占いをする姿も見ていたでしょうし、電話占いで私がしゃべるのも聞いていたでしょう。タロットカードをシャッフルする姿や、カードをめくるときのしぐさもすべて目の前で見ていたはずです。

私も彼女に説明していたことを覚えています。電話占いの時は相談者にカードを見せることはできないけど、少しでも臨場感を持ってもらうためにカードをめくるときは指でパチンとはじくようにして音を出すんだよ……などと言いながら。

そんな風に私の占いをしている姿を見ていたら自然と占いに興味を持つようになるし、占いの仕方もいつの間にか覚えてしまったようでした。

私は占いの仕方を教えようとしたことはありませんでしたが、彼女は私を見て勝手にタロット占いを学んでいました。彼女の占いのルーツは(アポロだったのです。

実際、彼女の占いをする様子を見ていると、シャッフルの仕方からカードのめくり方、そして解釈の仕方まで、細かいしぐさの一つ一つまで私とそっくりだったりします。私はある時そのことに気付き、彼女に指摘したことがあります。プライドが高い彼女は「そんな覚えはない」などと不機嫌そうに言っていましたが、無意識のうちに吸収してしまったので本当に自覚がなかったのかもしれません。

「私が占い師になりたいと言ったらどうする?」

そう問われて、私は困惑しました。

私と同じようなこころざしで人助けのために占いをしたいというような人には反対はしないし、そういう人たちを支援するつもりで私のサイトには「タロット占い講座」と称するコーナーを設けて無料でタロット占いを学べるようにもしていました。

もちろんエオラさんも私のサイトの「タロット占い講座」やメール占いの実例集などを読んで学んでいました。プリンターで印刷までして熟読していたようです。ケルト十字法の解釈の癖などが私の実例とそっくりだったのはそのためです。

多くの人に占いを学んでもらいたいというのは私の願いでもありました。

しかし、同時に私の中には占い師の現状に失望する気持ちもありました。本当に人助けができる占い師というのは多くはありませんでした。私が巡り合う占い師のほとんどは「まとも」ではないと感じていました。実際にはそんなことはなかったのかもしれませんが、まだ20代のころの私は今以上にとんがっていて批判精神がかなり強かったので、他の占い師の悪いところしか見えなかったのです。

そんなろくでもない占い師を叩きのめすのも自分の使命だと思い込んでいた時期もありました。いわば占い師バスターにでもなったつもりで占い師に喧嘩を吹っかけてばかりいたのです。

だからもし、エオラさんが占い師になったとしたら、その占い師としての活動の内容次第では私の「」となりかねなかったのです。中途半端な占い師だったら私はその占い師を叩き潰しにかかるでしょう。それがたとえ自分の恋人だったとしても……。

私は彼女にどう答えたのか、はっきりとは覚えていませんが、素直に賛成することはできませんでした。

「どうしても占い師になりたいというのなら止めはしない。でも、その時は私は Erina の敵となって戦わなければならなくなってしまうかもしれない。そんなことにはなりたくないから、本音としては占い師になってほしいとは思わない。

そんなことを言ったような覚えがあります。

人助けをしたいと思うなら占い師の他にも選択肢はいくらでもあるだろうに、なぜよりによって占い師なんだという気持ちもあったでしょう。

事実、彼女は弁護士とか検事になるつもりで司法試験の勉強をしていたこともあったといいます。大学で心理学を勉強した彼女なら臨床心理カウンセラーとして社会的に認められた地位を得ることだって可能だったでしょう。

占い師なんて、世の中の底辺の卑しい職業なのに……。

彼女が私の影響を強く受けていたのはわかっていました。同じ志を持ってくれるのは嬉しいと思う半面、不安にも思いました。

彼女をこの世界に引き込んでもいいのだろうか?

もっとも、私が何を言おうと聞くような人ではありませんでした。それから数年後、2001年6月に彼女は正式に占い師としてデビューしました。タロット占い師の「エオラ」として。

そして、彼女のデビューと同時に一人の占い師がこの世を去りました。「アポロ」という占い師はその後3年間この世界から完全に姿を消すことになります。そのため、幸いにも私と彼女は敵同士として対立することはありませんでした。

タロットカード: Ⅸ 隠者結果的に彼女は私の志を引き継ぐ形で占い師になりました。彼女はいわば「アポロ流」のタロット占いを継承した唯一の弟子でした。世を退いた私は「隠者」のごとく彼女を見守っていました。彼女の活躍を見るのは私にとっては喜びでした。

やがて彼女は占い教室を開きマンツーマンでタロット占いを教えるようになりました。私にはできなかった理想を彼女は実現したのです。私の遺伝子は彼女を通じて受け継がれてゆく。そう思って安心していました。私は役目を終えたのだと……。

14年間。彼女は占い師として必死に生きてきました。占い師として多くの人たちの信頼も得ていましたが、彼女自身は本当はそのことに満足していませんでした。

彼女は、本当は占いなどしたくなかったのです。

彼女の占い師としての姿を見ている多くの人たちは意外に思うかもしれませんが、彼女はもともと占い自体に批判的な性格だったのです。それなのに私と出会ってしまったことで影響を受けて、たまたまこの世界に踏み込んでしまっただけなのです。

病気を持っていた彼女は他のちゃんとした仕事に就くことができませんでした。それでも生きるためには働かなければならない。そんなときに彼女にできるのは占いくらいしかなかったのです。

生きるために占いをするしかなかった。仕方がなかった。彼女は、自分の占い師という職業を常に呪っていました。

本当の自分はこんなんじゃない。もっと違う生き方があるはずだ。彼女はそう思っていました。

本人の思いと世間の評価とは一致しないものなのです。

周りから見れば彼女は占い師という仕事に満足し、立派な人格者で、幸せそうに見えたかもしれませんが、彼女は自分が幸せだなんて思ったことはないでしょう。

彼女の人生をそんな風にしてしまったのは私のせいでもあります。

あの、白馬の夜、私が本気で彼女のことを引き留めていれば、その後の人生は大きく変わっていたかもしれません。

でも、彼女が占い師になったことでたくさんの人が救われました。私は、それでよかったのだと思います。彼女は十分に人生の役割を果たし、占い師エオラとしてこの世を去りました。

それでも人は占いを求める。精神安定剤や心理カウンセリングではなく占いが必要なのです。神を感じるためには占いでなければだめだからです。

かみとは何か? それは自分自身の真ん中にある「こころ」です。

未来を占うとは? (タロット占い講座)」より

今の私は少し混乱しています。私の志を引き継ぎ、私の代わりに今まで生き続けてくれていたはずの彼女がこの世を去り、再び私が彼女の志を引き継がなければならなくなっているからです。

弟子の後を師匠が引き継ぐことになってしまったわけです。子供が親を産んだようなものです。ありえません。

でも、これもまた運命なのでしょう。私はそれを受け入れることにしました。

タロットカード: Ⅹ 運命の輪

Aoura」について

私がまだ松本に住んでいたころ、エオラさんは毎月のように高速バスに乗って会いに来ました。一緒に過ごす時間のほとんどは市内のお店でお買い物をしたり公園で散歩をしたりする程度で、あまりあちこちでかけたりはしませんでしたが、時々遠出をすることもありました。

ある時、彼女は白馬に行きたいと言いました。スキー場のある白馬村です。県内なので松本からすぐに行けると思ったのでしょう。しかし、長野県は南北に細長いので真ん中辺にある松本からは白馬村はかなりの遠出になります。私も一度も行ったことはありませんでした。

ほとんど無計画だったような気がしますが、とりあえず電車に乗って白馬村に向かいました。彼女と向かい合って座り、出発前に買った笹かまぼこか何かをパクついている彼女の口元を見て笑ったのを覚えています。なんか子供っぽくて滑稽だったんですよね。

ホテルは事前に調べておいたのか、その場で探したのかはよく覚えていないのですが、部屋をとって一晩泊まりました。

そのホテルには屋内に温水の流水プールがあって、彼女が泳ぎたいというので二人で泳ぎました。他の客はほとんどおらず、広いプールは私たち二人の貸し切り状態でした。

エオラさんは水面に仰向けになり、流れに身を任せるようにぷかぷかと浮いていました。

監視員のいる部屋から見えない場所に行くと、エオラさんは私を水中で抱きかかえようとしました。突然のことで彼女が何をしたいのかよくわからなかったのですが、私はされるがままに抱きかかえられました。浮力のある水中だからできることで、地上では彼女の腕で私の体を持ち上げることなどできません。だから、どうしてもここでしたくなったのでしょう。

彼女がしたかったのは、このピエタの再現だったのだと思います。

Erina shriek

彼女はこの絵にかなりの思い入れがあったようで、模写した絵を自分で描いています。(その絵には Erina shriek(慟哭どうこくのエリナ)というタイトルが付けられていました。)

ピエタとは、死んで十字架から降ろされたキリストを抱く母マリアを描いたものだそうです。

水面に横たわるようにして浮かぶ私の体を両手で支えて抱きかかえている彼女の姿は、まさに聖母マリアのようでした。

あの時彼女は何を思って私を抱きかかえたのでしょう?

亡くした愛猫への思いだったのでしょうか?

聖母マリアのように生きたいという彼女の願望の表れだったのでしょうか?

それとも、私に託したい何らかの思いがあったのでしょうか?

私は、そんな彼女の思いを受け止めることができたのか……わかりません。でも、私にはこの絵は彼女自身の死を暗示しているようにも見えてしまいます。

そして、あの時の思いは彼女の生きた証として、52年の短い生涯の間に果たすことはできたのでしょうか。

重たい肉体を離れた彼女の魂はいつでも私のそばにいて、今この瞬間にも私のことを支えてくれているような気もします。

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Aoura」について