エオラさんと白馬村のホテルに泊まった日の夜 のことでした。二人で部屋の中でくつろいでいるときに彼女はこんなことを言いました。
「私が占い師になりたいと言ったらどうする?」
その時すでに彼女の胸中では占い師になることを本気で考えていたのかもしれません。
私と付き合うようになって彼女は私の占いの仕事のサポートにかなりの時間を割くようになっていました。今月の運勢などの原稿を書いてくれたり、伝言板やチャットでの占いのアシスタント的な仕事をしてくれていました。彼女自身も別名で占いをすることもありました。
彼女が私の家に来ると、当然私のそばで私が占いをしている姿を見ることになります。パソコンに向かってメール占いやチャット占いをする姿も見ていたでしょうし、電話占いで私がしゃべるのも聞いていたでしょう。タロットカードをシャッフルする姿や、カードをめくるときのしぐさもすべて目の前で見ていたはずです。
私も彼女に説明していたことを覚えています。電話占いの時は相談者にカードを見せることはできないけど、少しでも臨場感を持ってもらうためにカードをめくるときは指でパチンとはじくようにして音を出すんだよ……などと言いながら。
そんな風に私の占いをしている姿を見ていたら自然と占いに興味を持つようになるし、占いの仕方もいつの間にか覚えてしまったようでした。
私は占いの仕方を教えようとしたことはありませんでしたが、彼女は私を見て勝手にタロット占いを学んでいました。彼女の占いのルーツは私 ( アポロ ) だったのです。
実際、彼女の占いをする様子を見ていると、シャッフルの仕方からカードのめくり方、そして解釈の仕方まで、細かいしぐさの一つ一つまで私とそっくりだったりします。私はある時そのことに気付き、彼女に指摘したことがあります。プライドが高い彼女は「そんな覚えはない」 などと不機嫌そうに言っていましたが、無意識のうちに吸収してしまったので本当に自覚がなかったのかもしれません。
「私が占い師になりたいと言ったらどうする?」
そう問われて、私は困惑しました。
私と同じような志 ( こころざし ) で人助けのために占いをしたいというような人には反対はしないし、そういう人たちを支援するつもりで私のサイトには「タロット占い講座 」と称するコーナーを設けて無料でタロット占いを学べるようにもしていました。
もちろんエオラさんも私のサイトの「タロット占い講座」やメール占いの実例集 などを読んで学んでいました。プリンターで印刷までして熟読していたようです。ケルト十字法の解釈の癖などが私の実例とそっくりだったのはそのためです。
多くの人に占いを学んでもらいたいというのは私の願いでもありました。
しかし、同時に私の中には占い師の現状に失望する気持ちもありました。本当に人助けができる占い師というのは多くはありませんでした。私が巡り合う占い師のほとんどは「まとも」ではないと感じていました。実際にはそんなことはなかったのかもしれませんが、まだ20代のころの私は今以上にとんがっていて批判精神がかなり強かったので、他の占い師の悪いところしか見えなかったのです。
そんなろくでもない占い師を叩きのめすのも自分の使命だと思い込んでいた時期もありました。いわば「占い師バスター 」 にでもなったつもりで占い師に喧嘩を吹っかけてばかりいたのです。
だからもし、エオラさんが占い師になったとしたら、その占い師としての活動の内容次第では私の「敵 」となりかねなかったのです。中途半端な占い師だったら私はその占い師を叩き潰しにかかるでしょう。それがたとえ自分の恋人だったとしても……。
私は彼女にどう答えたのか、はっきりとは覚えていませんが、素直に賛成することはできませんでした。
「どうしても占い師になりたいというのなら止めはしない。でも、その時は私は Erina の敵となって戦わなければならなくなってしまうかもしれない。そんなことにはなりたくないから、本音としては占い師になってほしいとは思わない。 」
そんなことを言ったような覚えがあります。
人助けをしたいと思うなら占い師の他にも選択肢はいくらでもあるだろうに、なぜよりによって占い師なんだという気持ちもあったでしょう。
事実、彼女は弁護士とか検事になるつもりで司法試験の勉強をしていたこともあったといいます。大学で心理学を勉強した彼女なら臨床心理カウンセラーとして社会的に認められた地位を得ることだって可能だったでしょう。
占い師なんて、世の中の底辺の卑しい職業なのに……。
彼女が私の影響を強く受けていたのはわかっていました。同じ志を持ってくれるのは嬉しいと思う半面、不安にも思いました。
彼女をこの世界に引き込んでもいいのだろうか?
もっとも、私が何を言おうと聞くような人ではありませんでした。それから数年後、2001年6月に彼女は正式に占い師としてデビューしました。タロット占い師の「エオラ 」として。
そして、彼女のデビューと同時に一人の占い師がこの世を去りました。「アポロ 」という占い師はその後3年間この世界から完全に姿を消すことになります。そのため、幸いにも私と彼女は敵同士として対立することはありませんでした。
結果的に彼女は私の志を引き継ぐ形で占い師になりました。彼女はいわば「アポロ流」 のタロット占いを継承した唯一の弟子でした。世を退いた私は「隠者 」のごとく彼女を見守っていました。彼女の活躍を見るのは私にとっては喜びでした。
やがて彼女は占い教室を開きマンツーマンでタロット占いを教えるようになりました。私にはできなかった理想を彼女は実現したのです。私の遺伝子は彼女を通じて受け継がれてゆく。そう思って安心していました。私は役目を終えたのだと……。
14年間。彼女は占い師として必死に生きてきました。占い師として多くの人たちの信頼も得ていましたが、彼女自身は本当はそのことに満足していませんでした。
彼女は、本当は占いなどしたくなかったのです。
彼女の占い師としての姿を見ている多くの人たちは意外に思うかもしれませんが、彼女はもともと占い自体に批判的な性格だった のです。それなのに私と出会ってしまったことで影響を受けて、たまたまこの世界に踏み込んでしまっただけなのです。
病気を持っていた彼女は他のちゃんとした仕事に就くことができませんでした。それでも生きるためには働かなければならない。そんなときに彼女にできるのは占いくらいしかなかったのです。
生きるために占いをするしかなかった。仕方がなかった。彼女は、自分の占い師という職業を常に呪っていました。
本当の自分はこんなんじゃない。もっと違う生き方があるはずだ。彼女はそう思っていました。
本人の思いと世間の評価とは一致しないものなのです。
周りから見れば彼女は占い師という仕事に満足し、立派な人格者で、幸せそうに見えたかもしれませんが、彼女は自分が幸せだなんて思ったことはないでしょう。
彼女の人生をそんな風にしてしまったのは私のせいでもあります。
あの、白馬の夜、私が本気で彼女のことを引き留めていれば、その後の人生は大きく変わっていたかもしれません。
でも、彼女が占い師になったことでたくさんの人が救われました。私は、それでよかったのだと思います。彼女は十分に人生の役割を果たし、占い師エオラ としてこの世を去りました。
それでも人は占いを求める。精神安定剤や心理カウンセリングではなく占い が必要なのです。神を感じるためには占いでなければだめ だからです。
神 ( かみ ) とは何か? それは自分自身の真ん中にある「心 ( こころ ) 」です。
「未来を占うとは? (タロット占い講座) 」より
今の私は少し混乱しています。私の志を引き継ぎ、私の代わりに今まで生き続けてくれていたはずの彼女がこの世を去り、再び私が彼女の志を引き継がなければならなくなっているからです。
弟子の後を師匠が引き継ぐことになってしまったわけです。子供が親を産んだようなものです。ありえません。
でも、これもまた運命 なのでしょう。私はそれを受け入れることにしました。
「Aoura 」について