おまじないコブラはじめました。 -83ページ目

おまじないコブラはじめました。

河内美雪さんの『借金王キャッシュ』好きが昂じてこのようなタイトルをつけましたが、中身は数学オタク中年乙女のボヤキです。悪しからず御了承くださいませm(_ _)m

科学的考証とかできてないため、ウンチクは話半分で読んでください。

ドレスコード展を見に行ったとき、自分より少し若いぐらいの男性の二人連れの方が、しっかりと手を繋いで静かに展示物を鑑賞しながら、ゆっくりとワタクシを追い越して行ったのですが

(あ、ゲイカップル…)

と、思いのほか動揺してして凝視してしまう自分に気付きました。

自分では性の多様性に理解のある方だと思っていたので(まだまだだなオレ…)と、少し首を垂れました。ワタクシの見ている人間模様は、まだまだ色彩に乏しく、レインボーにはほど遠いようです。



その存在にモーレツに『いいね』ボタンを押すわけでもなく、モーレツに拒否反応を示すわけでもなく、パートナーがいる人にモーレツに嫉妬するわけでもなく、モーレツに興味津々でもなく。

自然に認識できる日は、いつ来るのかなぁ…




着物には、なにかと決まりごとがございまして。

先日の話で言えば「薄物は(ざっくり)夏のもの」みたいなことですね。

それを『窮屈』と思うか『そういうお題』と受け止めて遊ぼうとするか。

というのにも似たテーマの展覧会を見に行きました。

京都国立近代美術館で開催中の

『ドレスコード?』

記号やアイコンとしての服装とその価値の形成の歴史、服装における『見る』と『見られる』の相関などわりと幅広いテーマの展示でした。


撮影OKゾーンも何ヵ所かありましたが、イマイチどこかよくわからず、ワタクシが押さえられたのは入り口のクラッシックな衣装のみです。

(どんくさいな…)

色んなブランドの過去のコレクションや時代衣装、街中でひたすら収拾された道行く人のファッションスナップをアイテムやテイストで集約し分類した写真群など、なかなか充実して面白かったです。

見ていて思い出したのは、昔、ある先生から聞いた

「学校で制服を廃止しようとすると、真っ先に反対するのは長ラン短ラン着てるような子だ」

という話でした。

決まりがないと、はみ出してる自分の演出ができないからね。


なんてニヤリと笑うワタクシは『今日なぜそれを着てきましたか?』と展示の文章に問われてもうまく答えられない有り様です。

結局
こっちにしました。

なんとか着用写真を撮ろうと試みましたが
なんだか、心霊写真の如くなってしまいました。

地下鉄の地縛霊かよ。


あんまりなんでもうちょっと自撮りしてみました。

アア、襦袢が…

帯留めはカッパの秀ちゃん(推定)
ロボット縞の扇子の根付は国産ロボット(国産見えてない…)

傘とかばんも黒を基調に

足元は、fumicocoroさんのレース足袋と、その昔催事のガラガラで当てた2等の撫松庵の草履。

でもって、ついでに着物の薄さなんかも。
袖の下に珈琲豆屋さんの会員証放りこんで、これぐらい外から見えます。

この透け感で薄くて軽やか=涼しさを演出します。ということになっているのですが、今、そのお約束をご存知の方が減少の一途を辿っているため、実際、周囲の印象がどうなのかは不明です(ぼっちだと尚更訊きようもない)。

哀しい独り相撲だったらどうしようか。



ま、いっか。

なにより自分が満足するのが大事だよね、おしゃれ着だしな。



※着物の約束事を厳密に守った方が良いのは、現在ではフォーマルな場面ぐらいです。
普段に着る分には、気温や湿度や体調や気分に合わせて着ればいいと思います。色柄もね。





今年の夏は(も)暑かった…

ま、去年の今頃は、おそらく酷暑の中の残業と休日出勤の疲労の蓄積の影響もあって腸管から出血していた時期なので、それを思うと今年はずいぶん穏やかな夏でしたよ。

だがしかしだ。

今年の夏は絹の薄物を一枚も着てないのですよ。

なんてこと!

というわけで、急きょ明日着ることにしました。

さすがに、もう、ピンクのハイビスカスや朝顔などは難しいので

やや透け感は強いですが、季節感は問われにくい幾何学模様の紗を買ったばかりの幾何学模様の帯でパリッと着るか

カラー的にも萩の柄も「秋にもいけるっしょ」な絹ちぢみにこげ茶の絽の染め帯の秋色夏素材コンビで、ちょっとしっとり目に着るか

なんて考えてたのですが
なんか、帯似てない?

ということに気づき目眩がしました。

これじゃあ、同じようなネクタイばっかり持ってるオジサンのこと笑えないな。

でもなぁ。
帯を入れ替えてみると、やっぱりなんか違うんだよな。

小物を変えればもっと馴染んでくるかもしれません(あまりに合わなかったので左側は帯締めチェンジしてます)が、そこまでして合わせるよりもとの帯の方がお互いの魅力に沿っているし…

なんて思うにつけ、似て非なるものは結局似て非なるものなのだという当たり前のことに今更気付く八月末日でした。