おまじないコブラはじめました。 -7ページ目

おまじないコブラはじめました。

河内美雪さんの『借金王キャッシュ』好きが昂じてこのようなタイトルをつけましたが、中身は数学オタク中年乙女のボヤキです。悪しからず御了承くださいませm(_ _)m

科学的考証とかできてないため、ウンチクは話半分で読んでください。

今年も漆芸帯留コースに参加してまいりました。


今年の会場は慶雲館でした。

 


明治時代に天皇陛下をお迎えするために突貫で作られた建物のようです(雑な説明やなオイ)。

1枚だけ内部の画像がありました。

上は、現代作品です。当所で毎年開催される盆梅展にちなんだもののようです。

こちらの別館2階で、今年は正座で下書きから硫酸紙への写し取り、ベンガラ漆での線描練習(当日の作業の大半はコレに費やされる)、硫酸紙の裏から原画をベンガラ漆でなぞり帯留に転写、転写線を頼りに線描きと塗りをやりました。お年頃のこともあり、膝のダメージが大きかったです。

先生曰く「最も時間に追われる講座」に相応しく、お昼ごはんも会場内でお弁当を食べました。


たいへん美味しかったのですが、いかんせん時間に追われ、汚れ防止の割烹着を着たまま仕出し弁当を食す女性たちの姿からは、えもいわれぬ法事っぽさが漂っておりました。

一方、我々が束の間の休息とともに歓談している間に、先生たちは筆を交換し、帯留めを塗りやすいように土台に止め、息つく隙もなく働いておられました。どうやら、毎年この日は休憩時間をとれないようです(大変だぁ…)

そんなわけで、制作に打ち込み過ぎてあまり“集い”っぽい交流もなく1日を過ごし

「つらい…」と弱音を吐きながらなんとか絵付を終えて金粉、銀粉の蒔きを先生に託し、しばし膝をヨボヨボ曲げ伸ばしたあと、やっと街へ。

曳山博物館の公園で、参加特典の安納焼き芋にかぶりつき、他の参加者の皆さんの着こなしを遠目に眺め

せっかくなので写真を撮ってもらったり。

(疲れ果てているので着付けがヨレヨレですな。ハハハ)

若干ジャージっぽさもある虹色の縞の錦紗の着物に、季節感を意識した蔦のハギレを半襟にあしらい、ゴフクヤサンドットコムのヘヴィメタねこどくろ帯のギターロゴ側を前帯に出して締め、本当は去年の蒔絵体験で作った帯留めをつけるつもりだったのですが、どこへ片付けたのか分からなくなって、帯と同色系の帯締めだけ締めています。

つい2週間前に使ってたのに

ものの管理が悪すぎる…

そして、しばし街ブラを楽しんだあと、えきまちテラスで蒔絵した帯留めを保湿封印したお惣菜パック様のプラスチックケースを受け取り


帰宅後の取り扱いについての注意書きを画像に収めて帰路につきました。


今年の蒔絵帯留は
パンダです。

昨年、野晒を塗っていて

「この、目の周りと鼻だけ塗り残す感じ、なにかに似てる…」

という感覚を手探りで引き寄せた先にいたのが、この子だった次第です。

去年けっこうしんどかったので、もうちょっと簡単にするはずだったのに、何故こうなった?

無理がたたってはみ出しがいっぱい、よりによって目の周りに白い点があるのはどうなのと思い、デッサン用の木炭に水をつけて擦り(どこかで漆塗りは炭で研ぐと聞きかじった)、ちょっと修正しました。
気持ちスッキリ。

松竹梅の一環でお正月にでも使おうかと思います。


てなわけで

「今年も頑張ったぞ!」

という記録でした。

“October Country”に「十月はたそがれの国」の訳を当てた宇野利泰さんは天才だよね…

 


と思ってから数十年、今年の私の「たそがれの国」の生活記録です。


10月7日

京都ミネラルマルシェで買ったデンドリティッククォーツを帯留にしてくださる方が見つかり、大津市の彫金教室兼ご自宅に石の持ち込みがてらデザインのざっくりした相談に行きました(作家さんのインスタこちら)。

色々要望を伝えつつ、石ふしぎ大発見展の業者デーでゲットされた石を見せていただいたり、ぎこちなくも楽しいひとときでした。


その後、遠出のついでに京阪石山寺駅近くの「喫茶去」さんで久しぶりに点心を食し


茶をしばき
満腹のうちに帰路についたのですが、どうもイナズマロックフェスの渋滞に巻き込まれたらしく、大津市を出るのに2時間近くかかり、すっかりヘトヘトになりました。


10月8日
雨の中、石ふしぎ大発見展へ。

昨年は初日に参じて入場の為に1時間行列に並びましたが、今回は待ち時間なしで入れ、事前に狙っているものがなければ無理して初日に行くことないな、という学びを得ました。

で、
クラックだらけだけど色の綺麗なミントグロッシュラーガーネット(ルースとしてのクオリティはともかく、一部無色透明のリューコガーネットの貫入もあって、ある意味お得)と、2個計約1.4カラットで2500円のちょっと色が暗い目のマリガーネット(写真なし)、

そして
クリソコラ、マラカイト、自然銅(と真ん中の黒いのは多分黒銅鉱だと思う)を内包しているカルセドニーを購入しました(デカイけど薄っぺらいです)。

また、景色の良い石を手に入れてしまった。

ガーネットはちょっと大きいなと思いつつ、色相環に入れました。
輪が広がっていくのは嬉しいのですが、ミャンマーとか、ロシアとか、マリ共和国(親露で家父長制とマチズモが席巻している)とか、政情不安であったり極右政党が台頭している地域のものを買うことでその国の支配層に結果的に利することになるのではという葛藤は常にあります。

(それ以前に、石には、採集に従事している人の労働環境が劣悪なのではという後ろめたさは常につきまといますが)

同時に、私の支払うお金が、排他的であったり搾取的であったりする社会から生み出されるものであって欲しくないとも思うのですが、ちょうどこの頃に、名古屋入管がまた救急車を追い返したというニュースが流れて来てがっくりしました。

自分は関係ないとか、石(やお金)に罪はないとか思わずに、問題には忘れず言及していきたいという思いを新たにしましたよ。きっと石を魅力的だと思うことやそれを手に入れたいと思うことと、そこにつきまとう問題を批判することは両立するはずです。


10月13日
新型コロナの5度目の予防接種を受けました。

前回までと同様、接種から12時間ほどで熱が上がり、そこから24時間ほどは熱と倦怠感、節々の痛みが続き、その後は平常に戻りました。

「5類になったのにまだ打つん?」などと一部の人に言われましたが、いや逆になんで5類なら打たんの?

5類になったというのは、別に新型コロナが安全になったという意味ではなく、本邦行政の「お金使いたくありません」宣言でしかないのに…

という思いは笑顔の下に隠し

「感染したら確実に死ぬ層(後期高齢者)と同居してますんで」と答えておきました。

これからも、事情があってどうしても免疫が形成されない人や予防接種ができない人がいるのなら、できる人間はやって抗体作っておけの精神で、有料になっても続けると思います。

研究協力の一環で京都大学にゲノム情報を供出してる人間として、ずっとワクチン接種を続けたサンプルになるのも、悪くはないでしょう。


10月21日
久しぶりに弘法市&kimonotentさんへ行きました。
撮影はtentスタッフありさちゃんです。いつもありがとうございます。

この日はちょっとした冬の始まりみたいな気候でしたので、今シーズン初の袷なのに羽織も着ています。
着物は天ふの国、帯は正尚堂、羽織はtentさんのガレージセールで数年前に1000円で買ったものです。

帯留は去年自分で漆絵を描いた蒔絵。

弘法市で出合った外国人観光客の方に、この帯留を随分と褒めていただいてご満悦でした。

結局この日はハギレを数枚買うにとどまりました。

なかなか購買意欲と購買行動の歯車が合わない感じです。

tentさんのガレージセールで見た
伊勢エビの帯はたいへんツボでしたが

(好きか嫌いかと言われればめっちゃ好きだけど、締めるか締めないかと言われればたぶん締めんな)

と思いとどまりました。


そうそう、この日は大津市内でOne Day JAZZが開催されており、ランチタイムに


マツタケご飯を頬張りながら篠笛JAZZを聴くという、ステキなひとときを過ごしました。


10月22日
石で始まった10月を締めくくる最後にふさわしいものを見に、名古屋まで行きました。

Albizia_Jewelryさんのポップアップショップです。
クリソコラとルチルクォーツのダブレット(デカイ)

リーフメノウとクォーツのダブレット(中指)
ターコイズとクォーツのダブレット(人差し指)

デンドリティッククォーツ

シルバールチルクォーツ
モスアゲートとクォーツのダブレット

など、たくさん見せていただきました(今回は青くない石も見てきたよ)。

カットによって美しくきらめく色石とはまた違う魅力がたまらん次第です。


10月26日
アイビーンズコーヒーさんに、コロンビアのエル・ローブレ農園のティピカが入荷したと聞きつけ、長浜店に馳せ参じました。
ついでにグァテマラのサンタカタリーナ農園の豆もゲットだぜ!でございます。

既にたくさん豆の在庫があるのにどうするんだいオレ!のーむー!パワー!

みたいな謎の雄叫びとともに日々消費していく所存です。


あ〜忙しがったけど満喫した!


いつだったか、そして何の話をしていてそちらに流れたのか。


ああ、腰痛の話だったかな。小さい時は大人が腰痛でも抱っこしてくれとまとわりついた子が、年頃になったら相手してくれない、みたいな(まあ、そうだろうな)。


数年前、少し年上のセレブ女性が、自分の誕生日にどうしても娘(当時高校生)にハグしてほしくて


「プレゼントに百万円の指輪をくれ、無理ならプレゼントとして私の言う事を聞いて」


というような要求をしたことを無邪気に仰ってて、私は、非常に曖昧な笑みを浮かべるのみでした。


既にコロナ禍に突入したあとの出来事で、マスクをしていて本当に助かったという感じでした。


その子が富裕層家庭の娘で、仮に毎月10万円ほどのお小遣いが与えられていたとしても、それを貯めて百万円の指輪を買うのはなかなか難しいでしょうし、お小遣いというのは子供が子供のために使うべきであるし、なにより、仮にそれで百万円の指輪が購入されたとして


「結局それ貴方(セレブ女性)のお金で買ったんでは…」ですし。



ええ、わかっておりますよ。


セレブ女性か、絶対に実現不可能なミッションとの二択で、実質娘に自分の要求を受け入れさせようとしているのだということは。


まあ、本人がそれで得たいものを得て満足なら(娘さんへの抑圧とか、娘さんがその抑圧を学習して他者に行うかもしれないという教育としてのマズさを棚上げすれば)他人が口出しすることではないけれど。



それ、虚しくないんかな。


と思うのは、子を持たない人間の感覚なんですかね。




というのとは別に、こういう場面で引き合いに出されるのが、ネックレスとかイヤリングとか時計ではなく指輪が定番であるというのは興味深いです。


誰かの自分への愛のようなものは、指輪で測られるのですね。


エンゲージリングの影響でしょうかね。



一方で、私は百万円の指輪をネットで検索して


「…いらねぇ」と小さく呟いた次第です。


良いものなんでしょうし、まあ、美しいのですが、私のためのものではないですね。



ということで、最後に私のための指輪を貼ってこの駄文の締めといたします。

うちに来てくれてありがとうやで。