とはいえ。
本人が痛いと言っている以上痛いのだろから、とりあえずまんべんなくさすったり揉んだりしてみる。
((あっ!!))
その時私はハッとした。
((母ちゃんはアタシを帰らせたくなかったんだっ。))
そんな、明らかに揉めている様子の私を普通に引き止めるのも気が引けたであろう義母は、自分が【足が痛い】と嘘をつくことで私を引き止めようとしたのだ。
((母ちゃん…ごめんねっ。母ちゃんに心配かけて…。母ちゃん、病気と闘ってて、体も心も辛いだろに…。ほんっと、馬鹿な息子と嫁だよ…。))
消灯時間の過ぎた薄暗い病室の中で、そんなことを思いながら一生懸命足をさすっていた。
義母の足は痩せ細り、そして冷たかった。
それ以上滲み出て、ポロッとこぼれ落ちないように…
だんだんぼやけてゆく視界の中で、そればかりを考えていた。
必要以上に、でも悟られぬよに、激しくまばたきをする。
義母の【想い】が、ズッシリと私の心に落ちてゆく。
それでも…
そんな優しく強い想いを受け取っても、私の心には闇が広がっていた。
それほどダーリンの落とした陰は、暗く、大きなものだった。
「まぁ、えぇ…。」
暫くマッサージをしていると、終了を告げられる。
ダーリンは頭を冷やす為に外へ煙草を吸いにいっていた。
『そんなら俺が帰るから良いっ!!チビが帰るなら俺が帰るっ!!』
そんな、だだっ子みたいなことを叫んでいたバカも、戻ってきた時はどうにか落ち着いていた。
ややバツが悪そうな顔で座っている。
それで病室を彼に任せ、義姉に連れ出される。
「いったい何があったのっ!?」
誰もいない待合室で、義姉がそう切り出す。
今さら取り繕ったところで、彼女の疑問は解消しないだろう。
私は全てを…
ダーリンと女のことを全部、包み隠さずに話した。
「はぁっ!?あの子、そんなことしてるのっ!?」
《うん…。》
「ったくあの子は…。お母さんがこんな時に…。ごめんね、チビちゃん。こんな苦労ばかりで…。」
《ん…。アタシも、もぉ、ほんとに嫌なんだよね。》
「別れるってことっ!?」
《んー。正直、もぉ、解らないのよ。自分がどぉしたいのか。でも…。でも、とにかく今のままじゃ嫌なんだよね。》
「うん…。今、別れるのはチョッとね…。チビちゃんの気持ちは凄くわかるけど、やっぱり…。お母さんに心配かけたくないしねぇ。」
《うん、それはアタシも…。》
「ほんとに、あの馬鹿ダーはっ。」
今のままじゃ嫌…
確か、元ダンの時もこんなセリフを言った覚えがある。
やはり私は男を選ぶ眼がないのか(苦笑;)。
それから。
病室では今まで通り、病室以外ではほんとの必要最低限だけ口をきく、という生活が始まった。
病室ではニコニコしながら普通に会話、
病室を出た瞬間、顔は普通だが口をきかない、
車に乗ったとたん眉間にしわが寄る、
そんな風に。
その切り替えは、まるで切り替えスイッチがあるかのようにキッチリしていた。
しかし。
数日もすると、なんとなくその境が怪しくなってくる。
そんな私を見て、つい、今まで通りに私に話しかけ、おもいきり憎々しげに睨まれたのはダーリンであるが(笑)。
さて。
先ほども述べたが、あれほど饒舌だった義母も、入院して2週間ほどたつとパタッと喋らなくなってしまっていた。
食欲もなくなくなって日に日に量が減っていき、ほとんど食べなくなってしまった。
目を閉じている時間が増え、私のイラロジやナンプレはサクサク進む。
それでも…
そんな状態の義母を見ても、まだ私は死を意識することはなかった。
この今の苦しみを乗り越えれば、必ず治ると…
今が悪い状態のピークで、これからまた、良くなっていくと信じていた。
義母は右手だけでなく、顔も腫れていた。
左手と体や足はガリガリなのに、常に見える顔が腫れていることでとても健康そうに見えた。
もしかしたら、それが死と結びつかぬ理由のひとつだったかもしれない。
しかし。
後日解ったのだが、この浮腫は薬の副作用とかではなく、頭部に癌細胞が入り込んだ為だったらしかった。
入院することになった理由が、頭部に水が溜まっている為、それを緩和する治療をするのだと思っていたのも、その癌細胞が脳を圧迫して破裂する恐れがあったからだった。
本当に、それほど危険な状態だった。
もしかしてその前からチャンと説明をされていたかもしれない。
私自身は覚えがなかったが。
最初から義母が死ぬなんて考えてもいなかったから【あー、はぃはぃ】と軽く聞き流してしまっていたのかもしれない。
そんな訳で。
いくら脳圧を下げる点滴をしているとはいえ、癌細胞そのものは死滅したのではなく。
それが原因で、話をしてもロレツが廻らなくなっていた。
それでも。
とにかく口から物を食べなければいけない、
食べることがチャンと出来ればどんどん元気になる、
という意識があったようで。
私が病室で昼食として食べているカップうどん(生タイプ)を数本食べたりしていた。
そすら日が経つにつれ全く食べなくなってしまったが。
そんなある日。
いつもの週末の泊まり込みの日。
この頃には、なんとか普通に話をするようになっていたダーリンと私。
女の話には全く触れていなかったし、私も暫くは携帯チェックをしていなかった。
私自身、このままうやむやにしようと思っていた訳ではないが【今】そんな話をしたところで結局は堂々巡りだし、嫌な気分になるだけだったので、あえてその話には触れなかったというのもあった。
深夜。
ダーリンは簡易ベッドで爆睡。
私は義母のベッドの足下側の柵に寄りかかって寝ていた。
すると夜中の3時頃だったろうか。
ハッと目が覚めた瞬間、義母に異変が起きた。
小さい物だったが、すぐにそれが痙攣(ケイレン)であるのが解った。
《母ちゃんっ!?母ちゃんっ!!ダーリンっ!!母ちゃんが痙攣起こしてるっ!!》
『・・・。・・・。お袋・・・。お袋っ!!』
一瞬、間があいた後、ダーリンはややうろたえながら呼びかける。
《ダーリンっ!!早くナースコール押してっ!!かあちゃーんっ、大丈夫だからねーっ!!》
少しパニックを起こしかけていた彼にナースコールを押させ、すぐに病室の入り口で待機する。
入り口と義母の間を何往復かした時、看護師が足早にやって来る。