色々考えてきた私の気持ちはどうなるんだ、
と思ったが、とにかく、この場をなんとか誤魔化さなきゃいけない。
《あれっ!?なにあんた、後から来るって言ってたじゃなぃ。今日は交代で、て話だったよね?んー、じゃあアタシ、後からってことで…一回帰るわ。》
もちろん、とてつもなく怪しかったのは、とてつもなく不自然だったのは、解っていた。
いつも馬鹿みたいに仲良く一緒に行動してたのに、急に別行動だなんて。
だいたい交代で、なんて言ってて、しかも私が電車で来てるのを知っていながら、わざわざダーリンが車で来るなんて、誰が考えてもおかしな話で。
しかもあんな切羽詰まった、いかにも【何かありましたっ】的顔でいるダーリン。
何か…、それも普通じゃないこと、があったのは、バレバレである。
ほんとにバカなのか。
私達の前に付き添っていた義姉と、もちろん義母も、困った様子だった。
それでも
【コイツが、アタシがどんだけ苦しんでも、どんだけ止めてくれッて頼んでも、同じ女とのラブラブメールを止めてくれないから大喧嘩した】
だなんて、口が裂けても言える筈もなかった。
それ以上そこにいても、どのみち気まずい空気は流れる。
義母達の戸惑いを感じていながら、それを振り切るように病室をあとにする。
その私を、あのバカはスグに追い掛けて来た。
((あんた、馬鹿じゃないのっ!?せっかくその場を取り繕ったのに、そんなことじゃバレバレもいいとこじゃなぃっ!!))
と言う間もなく、腕をガシッと掴まれる。
『チビっ!!帰るなよっ!!』
その目はとにかく必死で。
周りの状況なんて考える余裕はないってのが、誰が見ても解るくらいだった。
『ほんっとに頼むよっ!!チビっ!!』
私の腕は決して離さず、興奮した声で怒鳴るように言う。
《チョッとっ。静かにしてよっ。うるさいでしょっ。ココは病院だよっ。》
冷静に、小声で話す私の言葉を遮るように
『そんなことは解ってるッ!!なぁッ!!チビッ!!帰るなよッ!!一緒にいてくれよッ!!』
《だからっ。静かにしてってっ。家でチャンと話したでしょっ。だからアタシは帰るからっ。》
『なんでそんなこと言うんだよッ!!俺の気持ちッ!解ってくれよッ!!』
そう言いながら、病院の壁を何度も拳で殴りつけ、更に蹴りつける。
いつもそうだ。
自分の言いたいことなどが、私に上手く伝わらなかったり、私が聞き入れないと、物を殴ったり蹴ったりする。
以前。
同様に、女のことで喧嘩になった時、部屋の組立式のラックを殴りつけ、扉に穴をあけてしまったことがあった。
私に手を出さないだけ偉い…という問題でもあるまい。
ましてや。
ココは病院である。
夜も遅かったので、ただでさえ音が響くのに。
だがヤツはそんなことはお構いなしだった。
というか。
【俺の気持ち】とおっしゃるなら【私の気持ち】はどうなるのか。
私はこの何年もの間、彼女とのメールやら、お付き合いやらを止めてくれ、と、ずっと言い続けてきた。
ぶれることなく…
何度も…
何度も…
何度も…
何度も…
それなのに。
止めるどころか、消費者金融からお金を借りてまでデートもして。
それで【俺の気持ち】なんて、どの面下げて言いやがるっ#
私の中で、彼への気持ちは完全に切れかかっていた。
そんな小競り合いをしている所へ義姉がやってきた。
「チョッと何やってるの。ここは病院だよっ。」
必死の形相で私に掴みかかり、迫っているダーリンを見て、一瞬たじろぎながらも彼を制する。
そして
「チビちゃん、お母さんが呼んでるっ。」
と告げる。
((え。母ちゃんっ!?どぉしたんだろ…。ただならぬアタシらの様子を見て、何か言いたいことがあったのか…?))
いぶかりながら病室へ戻ると、あまりハッキリ喋ることが出来なくなったその口で、必死に何かを言っている。
「…たい。あ…がい…い。」
足が痛い…
義母はそう言っていた。
この頃。
義母の手のむくみは洒落にならないくらい酷くなっていた。
右手は肩の方まで、見事にパンッパンに膨れ上がっていた。
それは左手の倍以上。
そっと手を触れただけで、たったそれだけのことで、形状記憶機能があるかのように私の指1本1本のあとがくっきりと残る。
指紋もとれるんじゃないか、と思うほど。
入院してからずっと、その、義母の腕のマッサージをするのが日課になっていた。
指先から少しずつ肩の方へゆっくりとマッサージをする。
むくみを押し上げるように、たくしあげるように、丁寧に、丁寧に。
すると暫くは左側と同じように細くなる。
かなり不謹慎ながらちょっと面白いくらい見事に細くなる。
そんなマッサージが全く意味のないことは解っていた。
それでも、義母の為に何かしてあげたかった。
どんな些細なことでも良いから。
それにマッサージをしている間は義母に触っていられる。
むくんで別物のようになった腕をさすりながら
((母ちゃんは治る。絶対に直るからね。必ず元気になるから。))
と強く念じる。
頭の中で義母に黄金の光が降り注ぎ、ベッドから起き上がり、自分の足でシッカリ立ち上がるのをイメージしながら。
同時に私のエナジーを注入する。
最初の頃は元気だったので、マッサージしている間も色んなことを喋っていたが、近頃はその間はジッと目を閉じていた。
まるで私のエネルギーを吸収することに集中しているかのように。
そのマッサージの時、腰が痛いから腰もやってくれ、と頼まれることはあった。
恐らくずっと横たわっていたのと、癌細胞が転移していた関係からだったろう。
しかし。
足が痛いとは、今までただの一度も言ったことがなかった。
《このへん?》
と聞いても、なんだかハッキリしない。
なんだか妙な感じだった。
義姉も不可解だという顔で暫し私と見つめあう。