真顔といえば…。
ある日。
いつものように話しをしていたら、急に、非常に真剣な顔でとんでもないことを言い出した。
「私、退院したらお父さんと別れるからっ!」
それは本当に唐突だった。
普通に、にこやかに話しをしていた義母。
ふと、話しが途切れたあと、急に言い出したのだ。
なんの脈略も前触れもなく。
《え。別れるって…離婚てことっ!?》
「そーやっ。」
力強く、ハッキリと答える。
正直、私は嫌だった。
離婚がどうこうではなく、そういう【負のエナジー】に繋がるようなことを考えて欲しくなかったのだ。
本当に、どうしても別れたいというのならそれも仕方ないことだが、それを考えるのは【今】でない方が良い、と思えたのだ。
実際。
この時の、憎々しげに語る義母の顔は、お世辞にも良い顔とは言えず。
ネガティブなオーラに満ち満ちて、とてつもなく醜悪だった。
《んー。まぁ、どぉしても嫌ってのを無理に止めよぉとは思わないけど…。でもね、母ちゃん。喧嘩相手が…文句を言える相手がいなくなるのって、精神的に意外とキツいと思うよ。》
「そぉやろか…。」
《うん…。文句言ったりすんのって、結構ストレス発散になってたりすると思うよ。最初は清々した、て思うかもしれないけど、今までいて当たり前だった喧嘩相手がいなくなるのって、淋しいもんじゃないかなぁ。》
「そぉか…。そぉやねぇ…。チビちゃんがそぉ言うなら…もぉチョッと考えてみるわ。」
《そぉだよ。別れるのはいつでも出来るしね。それに今までは駄目だったかもしんないけど、今は、結構頑張ってくれてるんじゃなぃ?》
「うーん…そぉやねぇ…。」
もちろんこの時は、私達には見えていないところで、義父がどんな生活態度だったかなんて知る由もなかった。
なんとかこの話しもおさまると、今度は義姉について愚痴りだした。
前にも述べたが。
この頃の義母は、とにかく人の悪口、不平不満、愚痴、などなど、マイナスの言葉ばかり吐き出していた。
後から思えば、癌になってから徐々に変わり始め、悪化してからは考え方がガラッと変わってしまった。
脳を圧迫していた水のせいなのか、それとも、癌細胞が何らかのかたちで作用したのかは定かでないが、それはきっと病気のせいに違いない・・・
ダーリンも私も、そうとしか思えなかった。
なんせ義母は、義姉とその長女が大好きな人。
いつでも2人が自慢だったし、何があっても悪口なんて一度も言ったことがなかった。
それが、だ。
「あの子が色々やってくれるのは有り難いんだけどね…。愚痴を言うのよ。」
《え。愚痴言うの?》
「うん。それは良いんだけど、私もこんな状態でしょ?しんどいのよっ。」
《あー。そっかぁー。》
「あの子の気持ちも解るんだけど…あんまりクドクド言われると、聞いてるコッチも疲れちゃうのよ。」
((陰で、母ちゃんに色々愚痴ってたんだ…))
義姉は普段、あまりグチグチ言う人ではないと思っていたので、意外だった。
特にこの場合、愚痴というより誰かの悪口だったようで。
しかも義姉大事で、義姉大好きだった義母が、その、義姉の愚痴を私に言うだなんて。
ほんの些細なことだったが、驚き、変な話し、嬉しかった。
病気が言わせている…
そう思いつつも、義姉には言えないこと、というか、義姉のことを私に言ってくれた…
そんな妙な感情だった。
そんな中。
また義母が、面白エピソードを暴露してくれた。
それはまだ入院する前のこと。
ある日。
いつものように義姉は、1人で病院へ連れていった。
義父は、なんのかんの言って、何もしてくれなかったようだ。
(前にも述べたが義母を見るのが辛いから逃げてたのだと思われる)
病院から戻ってきた義姉は、義母をおんぶして階段に向かう。
(アパートの2階に部屋があった)
さぁ階段を上りましょう、と、クルッと体の向きを変えた、その時っ。
ぐぉぁーんッ!!
鈍く、大きな音が響きわたった。
それは。
階段の鉄の手すりに、義母の頭が叩きつけられた音だった。
「ほんっとに痛かったわよぉっ!!」
《そりゃ痛いわっ。え、大丈夫だったの?》
「たんこぶが出来てたわ。」
《げっ。しかし、なぁんで頭、打っちゃったんだろ?》
「なんかね、{{ごめん、ごめんっ。お母さんの頭、計算入れるの忘れてたっ!!}}て言うのよ。」
《へっ!?計算入れるの忘れてたぁっ!?》
「ほぉや。」
どうやら。
背中におんぶされていた義母は、義姉より、頭ひとつ分くらい頭が出てたらしく。
{{早くお母さんを部屋に連れて行かなきゃ}}
と思って向きを変える為にクルッと回った時、自分の頭の分しか計算に入れていなかったらしく。
その頭よりも飛び出したかんじの義母の頭は、しこたま打ちつけられてしまった、という訳である。
「あんた、笑い事じゃないってッ。」
そう言われた私はまた、腹を抱えて涙を流しながら笑っていた。
義母の簡単な説明でも、その時の光景が手に取るように解る。
《だ、だって母ちゃんっ。母ちゃんの頭の分、計算するの忘れてたてっ!!ごめん、ほんっとにごめん。でも…笑えるぅーっ。》
最初は、やや不満げな顔で話していた義母も、段々笑顔になっていく。
私があまりにも楽しそうに笑っていたので、つい、つられてしまったのだろう。
「ほんっとにあの子はねぇ…。」
《ねぇっ。ひとの頭だと思ってねぇっ。》
「ほんとや。」
終いにゃもちろん、2人で大爆笑。
《よーかったねぇ、母ちゃん。頭爆発しなくてっ。》
「ほんとやねぇ。」
それ以来。
その階段を通る度に、その時のことを思い出し、つい笑ってしまうようになった。
また別の日に話してくれたこと。
これもまだ自宅療養中だった時の話し。
1人でお風呂に入る力もなくなっていた義母。
いつも義姉がやってあげていた。
いつもは優しい感じの義姉だが、どうもお風呂の時はそうでもなかったようで。
(義母的には)
体を洗う時は、力を入れられない義母の肩をガシッと掴み、ゴッシゴッシと洗う。
「あれねぇ、ほんっとに痛いのよ。でも一生懸命やってくれてるから、そんなこと言えないし。」
一番辛かったのは、洗顔。
「お母さん、いい?」
と言うが早いか、あっという間に顔中が、ワシャワシャと石けんだらけになる。
そして
「お母さん、いくよッ。」
と言い終わらぬうちに、シャワーが顔を目掛けて飛んでくる。
「いくよ、も何も、コッチが準備をする間もなくかけるんだもの。息が出来なくて苦しくってっ。もぉっ!!チィービちゃんっ!!笑い事じゃないのっ。」
そう。
私はまたまた、爆笑していた。
同様に、義母の顔に段々と笑みが広がってゆく。