そんな中で。
そういうネガティブ系とは違う、訳の解らない夢の話しをよくしてくれた。
自分が前夜見たものだが、それがまた、なかなか傑作だった。
義母はとても神経質な方で、枕が変わってもなかなか眠れない質だった。
ましてや不安がないといえば嘘になる、慣れない入院生活。
昼夜問わず看護師のカラカラと引くワゴンの音、
巡回の看護師の足音、
極めつけは
「ここ、よく救急車が来るから眠れないのよっ#」
え。
いやいやいやいや。
《か、母ちゃんっ。ここ病院だからっ。そら救急車だってくるでしょっ。救急車、病院じゃなかったらどこいきゃいいのさっ!?》
なんて大爆笑しながら言うと、あッ!てな顔をしながら、チョイと照れたような、だってさー、と言いたげな拗ねた顔をしながら、エヘヘッて感じで笑ってくれた。
本当に、救急車の多い訳に気付いていなかった様子である。
そんな具合に、義母との会話はとても楽しかったし、面白かった。
もちろん、本人は私を笑わせようだなんてこれっぽっちも思っちゃいなかった。
とっても真顔で話していたし、時には怒りさえこめていたが、その様子がまた面白かったりしたのだ。
そして、夢の話し。
先ほど述べたように、神経質な方だった義母。
病院独特の色んな音のせいで、眠りも浅かったようで。
だからよく、それらの音とコラボした夢を見たのだろう。
「チビちゃんっ。昨日ね、すっごく変な夢見てねっ。」
《んっ!?どんな夢?》
「私がね、家で寝てたのよ。」
《寝てたの?》
「うん。そしたら隣で寝てた筈のお父さんがいなくって。」
《ほぉー。父ちゃん、どこいったのっ?夢ん中でも落ち着きないねぇ。》
「そぉよっ。そしたらね、なんか外がザワザワしてて、ふと見たらお父さん外にいたのよっ。」
《え。そとぉっ!?》
「うんっ。でね、家の前に凄く大きな木があってね。そこでね、アライグマを捕まえてるのよ。」
《はぁっ?アライグマぁ?タヌキじゃなくてぇ?》
「そぉ、アライグマっ。ちゃんとシッポがシマシマだったからっ。」
《あははっ。そこはちゃんとチェックしたんだっ。》
「うん、ちゃーんと確かめたっ。でね、そのアライグマがキャーッ!キャーッッッ!て大きな声で泣くのよっ。あれねぇ、木は、この病室の前に見えるからで、で、風が強いと木が凄くザワザワと揺れるのよ。外が騒がしかったのは、それだろね。あの、キャーッ、キャーッ、て鳴き声は、看護師さんの引いてる、ワゴンの音だったんだろね。」
義母はいたって真面目な顔で、冷静に分析する。
確かに。
病室の目の前には、かなり近い所から広い林が広がっていた。
少しの風でも、ザワザワ、ザワザワと音を立てながら揺れていた。
そのせいか、夜中にセミが、よく病室の壁や窓に激突しては最期のひと鳴きをしていた。
《あー、そっか。母ちゃんが寝てる時にキーコキーコ引いて歩いてるから、それが夢に出てきたのかっ。え。でも、なんでアライグマだったんだろ?》
「ん?昔、お父さんが飼ってたことがあるのよ。」
やや眉間にシワを寄せながら答える。
《へぇっ!?父ちゃん、アライグマなんて飼ってたのぉっ!?母ちゃんと結婚してからぁっ!?》
「そぉよ。あの人、なぁーんでも勝手に決めて、勝手に飼うんだからっ。私、動物嫌いなのにっ。終いには結局、私が世話をしなきゃいけなくなるんだからっ。」
当時のことを思い浮かべているのだろう。
益々眉間にシワを寄せながら、憎々しげに語る。
((やべー。もっと楽しそぉに話しをさせなきゃ。))
《へぇー。それは何?小屋とか作って?》
「そぉよ。お父さんがね。」
《え。父ちゃん、自分で作っちゃったの!?凄いねぇーっ!!》
「うん。そぉいうのは器用だからね。大工さんやってたしねぇー。」
やや嬉しそうに話す、義母の眉間からシワが消えた。
《ほんとっ。父ちゃん器用だもんね。そっか、それでアライグマか。》
「そぉなんだろね。でね、夜中だったし、近所迷惑になるからね、止めに行こぉと思ったんだけどね、なんでか解らないけどベッドから起きあがれないのよっ。」
《ほー。えらいこっちゃやんっ。》
「ほんとよ。でね、仕方ないから、なんとか頭だけ持ち上げて、おとーさーんっ、近所迷惑だから止めなさいよーっ!!て叫んだのよ。」
《か、母ちゃん…。》
「ん!?」
《よ、夜中だったんだよねっ!?》
「うん…?」
それが何か?ってな怪訝そうな顔で私を見つめる。
《夜中なのに叫んだら、母ちゃんの方が、よっぽど近所迷惑じゃなぃっ。》
「あぁ。ほんとやねぇ。」
大爆笑しながら言った私の言葉に、一瞬固まった後、義母の顔にパァーッと笑みが広がる。
「もぉ。チビちゃん、ちゃちゃ入れないの。とにかくその時は、必死だったんだからっ。」
《あははっ。ごめん、ごめん。で、どぉしたの?》
「でね、何度言ってもお父さん、止めなくて。もっと大きな声で叫んだとこで………目が覚めちゃったのよ。」
《あら、母ちゃんっ。続きが気になって、今度はアタシが眠れないじゃないのっ。》
「そらあかんねー(笑)。じゃあ、続きを見るよぉに努力してみるわねっ。」
《はっ。お願い致しますっ。》
そして…数日後。
朝、病院に着くと、待ちかねたように
「チビちゃんっ!!見たよっ!!」
えらく嬉しそうだ。
《んー?どしたー?》
「ほらっ。あんたが気になるって言ってた夢っ。」
《へっ?もしかして、あの、アライグマの続き?》
「そぉそぉ。」
《すっげーっ。続き見ちゃったんだっ!?》
「うんっ。それがねー、ちゃあんと、お父さんがアライグマと格闘してるとこからで(笑)。」
《凄いなあっ。どんぴしゃじゃんっ。》
「そぉなのよ。それがね、格闘してるうちにアライグマが逃げ出しちゃって。」
《ありゃっ。あきまへんがなっ。》
「そーれで、お父さんが慌てて追いかけたら、急にお父さんがいなくなっちゃって。」
《え。父ちゃん、どこいっちゃったのっ?》
「びっくりして一生懸命見てみたらね、おーきな穴があってっ。」
《んっ!?ちょっと待って母ちゃん。母ちゃん、ベッドから起きあがれなかったんだよねっ?なぁーんで地面が見えたの?》
しばし固まった義母。
急にハッとした顔になると
「チービちゃんっ。そりゃ夢だものっ。私に言っても解らないわ。」
《あははっ。そりゃそぉだっ。こりゃ失礼。で?》
「で、穴から、お父さん出てきたんだけど、真っ黒で。」
《へっ?真っ黒っ?》
「そぉっ。それがねぇ、コールタールって言うの?あれよ。あれでドロッドロだったのよ。」
《コールタールっ!?あの、石油みたいなのっ?》
「そぉそぉ。」
《なに、母ちゃん。アライグマ飼ったと思ったら、今度はコールタールっ!?なぁーにお金儲けしよぉとしてんのっ!?》
「ほんとや。」
《儲かったら、旅行、連れてってねっ(笑)。》
結局夢は、それで終わってしまったらしいが。
そんな訳の解らない話しを、真顔でするのがまた、義母の憎いところで(笑)。