実は。
今回も自己破産を勧められた。
借り入れ先の多さも、借り入れ金額の多さもさることながら、今の私達に、果たして毎月きちんと3万円を確保することが出来るのか、と。
ダーリンはそれなりに収入があったが、私は無職。
家賃やら何やら、生活が成り立つのか、ということだ。
返済の確約が出来なければ裁判所の許可が出ない。
裁判所の許可が下りなければ、そのシステムを利用することは出来ない。
若弁護士は、それを心配したのだ。
これほどの金額なら自己破産した方が良い、自己破産でも十分に通る、と。
しかし。
今回もお伺いをたててはみたが、やはりあの義姉が大反対。
ヒステリックなまでに。
それに。
この頃には、ダーリン自身が自己破産は嫌だという気持ちが芽生えていた。
やはり男として、借金を踏み倒すということは出来ない、と。
それだけは捨てたくない【プライド】だったのかもしれない。
若弁護士と何度もじっくり考え、話し合った結果、やはり個人再生というカタチで話しを進めることにしたようだ。
ところがここで、予想だにしない衝撃の事実を知ることとなる。
若弁護士は非常に仕事が早かった。
テキパキと仕事をこなしてゆく。
ろくに仕事もせず、ある日突然【やーめたッ】と言い出し、弁護士の口の達者さで依頼人からまんまと金まで巻き上げた、どこぞの誰かさんとは大違いだ。
そういえば。
若弁護士にお願いするにあたって、今までの事の経緯を話した中で、【あの】最初の弁護士の話しになった。
《友人に紹介してもらって…。凄く有名な弁護士さんらしいんですけど…》
「何て弁護士さんですか?」
《〇〇さん、て方ですけど…。》
「えッ!?〇〇…さんですかッ!?」
《はい…。かなり年輩の…。事務所の場所は場所はどこどこで…。》
「………。」
《なんかとても優秀だ、ってお聞きしてたんですけど…?》
「…はい、確かにそうですね…。え…あの〇〇さんが…。」
若弁護士は、暫しショックで言葉を失っていた。
現実に戻るまで、数分を要したほどに。
本当に、本当にそんなに有名な弁護士だったんだ…。
のちにダーリンと話していて思ったこと。
きっとあの弁護士には、表の顔と裏の顔があったんだ…と。
表向きは弱者に手を差し伸べる優秀な弁護士。
でも裏では、おおっぴらに言えぬ仕事もしていたのじゃないか、と。
あの年齢できちんとした弁護士なら、もう少し、もう少しマシな事務所にいるのではないか。
もちろん【事務所のレベル】で仕事をする訳じゃない。
見た目を飾りたてるより、中身が大事だ。
そういう表面を取り繕う【余計な経費】を、弱者や、弁護士を目指して頑張っている若い子達の為に使っている弁護士さんもいらっしゃるだろう。
しかしあの弁護士に限っては。
私達への言葉遣い、態度、そしてあの依頼人を平気で裏切る対応を見る限り、とてもそんなタイプの弁護士だとは思えなかった。
若弁護士と話しをするまでは、本当に、そこまで有名で優秀な弁護士だとは思えなかった。
若弁護士の反応を見る限り、どうやらそれは本当だったようで。
見た目や職業、有名か否かといったある種【ブランド信仰】的なもので人を判断してはいけないことがよく解った。
さて。
ダーリンの曖昧な記憶の様々なこと…消費者金融名はもちろん、最初に借りた日付、金額、残高などなど、次々と正確に割り出していく若弁護士。
同じ弁護士でも、こうも違うものか、と、感心した。
若弁護士にお願いして、本当に良かった、と。
ところがある日。
話しを終えたダーリンが血相を変えて出てきた。
えらく興奮した様子で…。
何やら怒りのおさまらぬ様子の彼。
《どぉしたのっ!?何かあったのっ!?》
前回の出来事が脳裏をよぎる。
あれほど信頼を寄せていた若弁護士に、何か裏切られるようなことがあったのか、と。
『あいつっ!勝手に借金してやがったっ!!』
《はぁっ?》
『お姉だよっ、お姉っ!!俺に黙って、勝手に借金してやがったんだっ!!』
《…えっ?借金っ?》
ダーリンの口から出たのは、思いがけない言葉だった。
若弁護士が調べ上げた借り入れのリストの中に、全く身に覚えのない借り入れがあった。
しかしその金融業者名に見覚えはあった。
彼はその場ですぐ、義姉に確認の電話を入れた。
義姉は自分が勤めている銀行で、ダーリンの家族、全員分の全ての口座管理をしていた。
その都合上、皆の銀行印を管理していたのも義姉だった。
そう。
彼女はその立場を利用し、勝手にダーリン名義で銀行から借り入れていたのだ。
ダーリンには一言の断りもなく。
しかも確認の電話をした時【知らない】とすっとぼけたらしい。
『ふざけんなっ!!コッチにはチャンと出てきてるんだっ!!』
そう言われても、まだとぼけていたらしい。
『んじゃぁっ、直接そこに聞きに行くぞっ!!』
そう言うと、やっと渋々認めたそうだ。
金額は30万円。
『あんのやろーっ!!』
ダーリンの怒りはおさまらなかった。
あの何百万という多額の借金の中では【たかだか30万円】かもしれないが、そういう問題ではない。
義姉自身が返済をしているからそれで良い、という問題でもない。
本人に内緒で勝手に借り入れ、挙げ句、とぼけ通そうとしたのだ。
ダーリンの怒りはしごく当然のことである。
そうかっ!!
義姉があんなにも自己破産を拒否した訳が解った。
これだっ!!
これを恐れていたのだ。