電話の相手は、男性だった。
同業者だと名乗った彼は、事態を飲み込めてないダーリンに話し始めた。
「チトちゃんには気を付けた方が良いですよ。彼女、ダーリンさんを手玉にとってるんですよ。いつも僕に【ダーちゃんは、チトが来てッて言ったらすぐに飛んできてくれるもん♪チトの言うことは何でも聞いてくれるんだよッ♪】なんて言ってるんですよ。良いんですか?」
同じ男として、チョッと酷いと思ったから、なんて言ってたらしい。
もちろん。
そんなのは表面上のこと。
彼の本当の目的は別にあった。
彼女が他の男(電話を掛けてきた人)に【ダーリンが自分の言いなりだ】と自慢してる、てことをわざわざ知らせることで、ダーリンのプライドを刺激し、彼女から手を引かせよう、て魂胆なのだ。
アナタバカニサレテマスヨ、と。
ダーリンはえらくご立腹だった。
過去、女性に対していつも自分が優位に立っていた。
女性の喜ぶツボを見抜き、マメにフォローもする。
それが女性を虜にするのだが、そこには【俺が主導権を握っているんだ】という揺るぎない自信があった。
それが…。
彼女は、ダーリンが自分の言いなりになると思っており、しかもそれを、他の男に自慢するかのよにベラベラ喋っていたのだ。
ダーリンにとって、こんな屈辱的なことはなかった。
『もうアイツとは、二度と関わらないっ#』
同業者の彼の思惑は、見事に叶った訳だ。
恐らくは。
彼も彼女の相談に乗っていて、そして、彼女と付き合っていたのだろう。
思わず
《だから私が言ったでしょっ!?気を付けた方が良いって!!》
ダーリンは、一瞬、しまったって顔をした。
私の言う通りになってしまった悔しさと、なんだか弱みを握られたみたいな心境になったのかもしれない。
あからさまに不機嫌には出来ない(自業自得)し、でも、面白くない…
そんな微妙な顔で、それっきり黙りこくって私に背を向けた。
これで。
やっとあの女の呪縛から解き放たれる…
私はそう思った。
心の底から、本当に、そう思った。
しかし。
敵は手強かった。
私は、よほど前世で悪いことをしてきたのか、
それとも
よほど憂さ晴らしに適していたのか、
単なる気まぐれの暇つぶしだったのか、
意地悪の女神様は、簡単には私を見逃してくれなかった。
数ヶ月後。
また、例によって例のごとく、妙な胸騒ぎでダーリンの携帯チェック。
そして。
当たり前のように、あの女へのメールを発見。
最初に彼女との関係に気付いてから、2年が過ぎようとしていた。
ただ。
ダーリンが言うには、一番最初の彼女とはあれきりで、その後、新たに【メル友】になったのが今の彼女だ、と。
だが。
私は、同一人物だと思った。
前回も、今回も、名前が同じ【チトちゃん】なのだ。
文面からも、同じ臭いがした。
あれだけ侮辱されたのに、まだその女と付き合ってるのか
そんな風に思われるのが、嫌だったのか。
そしてやがて。
とても【メル友】だけでは済まない、様々な物証も発見することになる。
私の仕事も、何やらおかしなことになっていた。
私以外の人間が次々と入れ替わる中、私はなんとか頑張っていた。
1年もすると、品管(品質管理課)の上司が携帯の箱の印刷の不良品を持ってきて
この程度なら通しても大丈夫か…
と、相談しにくるほどになっていた。
一番初めに、この検査の仕事を立ち上げてからずっといた私は、どうしてもそこの責任者のような立場になっていた。
新しい人が来れば、教えなければならない。
教えながらやるので、一番早いはずの私も、ろくに検査出来ず。
更に。
検査品を必要に応じて持ってきたり、場所を並べ変えたりしなければならなかった。
これはある程度慣れた人間でないと、ハンドリフトの操作も手早く出来ない。
それに印刷したものを全て検査する訳でなく【この品番の物が、いついつまでにどれだけ必要だ】という具合だったので、そういうことを把握出来ている人じゃなければならなかった。
品番を間違えたり、混入したりすればまた【あの時】のように大問題になってしまう。
出荷する為の、包装済みの検査品を乗せる板パレを探してきたり、段ボール箱を組み立てたり…という雑用も多かった。
他の人も、さほど量をこなせる訳ではないので、人数がいても何だかはかどらなかった。
よほど納期が迫っている時でない限り、あまり大勢で残業するのは良くない。
これは上司に言われていたこと。
なので。
あと少しだけ検査すれば、その品番の検査が終わるとか、翌日すぐに作業に取りかかれるよう、検査品を並べ変えたり、といった理由で、私だけが残業することが多かった。
それが、その残業が問題になったのだ。
必要だからしていた残業を、まるでお金を稼ぐ為にわざと残業になるようにしているかのように言われたのだ。
【いちゃもん】をつけた上司はブヒ太郎。
(事務のお姉さんに、それ的呼ばれ方をしていた;)
私の出した日報を非常に細かくチェック。
この日のこの残業は、本当に必要があったのか、など、嫌味なくらい聞かれたりした。