いつも当ブログを訪問していただき、ありがとうございます。
つい最近ですが、あるところで少し休んでいた時に、横を見たらはっと驚いたことがあったんです。
「えっ、この方は?」
ひょっとしてと思って近づいて確認すると、やはりあの方でした。
前方に移動して拝見すると、
二枚の石碑もあります。
その石碑に刻まれた
言葉を読み、また
繰り返して読む
・・・・
今の日本にとって
見につまされる思いに
駆られてきます。
あとで調べてみると、
日本は広島と長崎にガンジー像があります。
被爆都市にあるのは分かりやすいですが、こちらの図書館にあるとは・・・
関心を持って探していたら、こちらにたどり着きました。
マハトマ・ガンディー(ガンジー)
インド独立運動の象徴とされるガンディー。
第2次世界大戦中、インド国外でイギリスに対する独立闘争を続けていた「スバス・チャンドラ・ボース」や「ビハーリー・ボース」、「A.Mナイル」などの独立運動家は、日本の支援を受けてインド国民軍を組織し、インドの外側から軍事的にイギリスに揺さぶりをかけようとした。
しかしインド国内、つまりイギリスの植民地に留まっていたガンディーは、この様な動きに連携することなく、インド国内でイギリスに対する「不服従運動」「非暴力運動」に終始していた。
1945年8月に日本が降伏し、第二次世界大戦が終結。イギリスは戦勝国となったが、国力は衰退。イギリス本国から遠く離れている上に独立運動が根強く続けられてきたインドを植民地として支配し続けることが困難な状況であった。
さらには、日本と連携した「チャンドラ・ボース」や「ラース・ビハーリー・ボース」「A.M.ナイル」らが設立した「インド国民軍」の一員として、これを支援した日本軍とともにイギリス軍やアメリカ軍、オーストラリア軍などと戦った多くのインド人将官が、イギリス植民地政府により「反逆罪」として裁判にかけられる事態となり、これに対してガンディーは「インドのために戦った彼らを救わなければならない」と、インド国民へ独立運動の号令を発令。この発令をきっかけに再びインド独立運動が拡大。
イギリスはもはや、この運動を止めることができず、1947年8月15日にデリーにてジャワハルラール・ネルーがヒンドゥー教徒多数派地域の独立を宣言。イギリス国王を元首に戴く英連邦王国であるインド連邦が成立した。その後1950年には共和制に移行し、イギリス連邦内の共和国となった。
ガンジー座右の「七つの大罪」の銘文
「7つの大罪」
汗なしに得た財産
良心を忘れた快楽
人格が不在の知識
道徳心を欠いた商売
人間性を尊ばない科学
自己犠牲をともなわない信心
原則なき政治
思い浮かぶことの
ほんのほんの一部ですが
河野太郎一族が「日本端子」を通して中国共産党と利益相反の関係にあることが発覚し大炎上 https://t.co/pClZQoVOpl
— 一華 (@reo218639328632) May 8, 2024
皆様、拡散お願い致しますwww😁 pic.twitter.com/mHlVoXpoHT
— 国賊討伐! 統一教会と竹中平蔵の犬、自民党を日本から叩き出せ!! (@CRNK_HZ) May 8, 2024
ばら蒔けばばら撒くほどに相手国政府からキックバック
— TAKABO (@MAQ007) May 8, 2024
国民は潤わないのに岸田は潤う 金の亡者の岸田らしい汚いやり方 pic.twitter.com/WRgDnDBquv
ユーチューブを始めた伊藤貫さん
三日前の投稿動画
アメリカに渡って日本の自立を考えてきた方
説得力があります。
ディフェンスプランニングガイダンス1992の中で仮想敵国とされてたのが、
ロシア・中国・日本・ドイツこの4つの国なんですね。もちろん、ロシアと中国は一応核兵器を持ってますから、簡単に戦争は吹っ掛けられないんです。けれども、とにかくロシアと中国がこれ以上あの強くならないように抑えつけておくと。
で、第二次大戦の敗戦国である
日本とドイツには絶対に自主防衛能力を持たせない、日本とドイツが地域的なリーダーシップ、リージョナルリーダーシップを取る能力も持たせないと、
要するに日本とドイツをアメリカの属国として抑えつけておかないとアメリカのアジア支配ヨーロッパ支配が危くなるから日本とドイツを仮想敵国として扱って、我々はこの2カ国から自主的な外交政策と軍事政策を実行する能力を剥奪しておくというのがこの1992のディフェンスプランニングガイダンスの要点です。
芦田メモによれば、日本は敗戦したから、アメリカに占領されたから、
「アメリカにほぼ反永久的に占領してもらおう」「日本はもう二度と軍事力を持たなくていいんだ」「アメリカに永遠にもしくは反永久的に占領してもらってればいいんだ」という考えなんですね。
要するに属国主義です。
日本はアメリカの属国になろうと、これが芦田メモのエッセンスなわけです。この考えはアメリカの国防省と国務省に伝えられて、マッカーサーは必ずしも賛成ではなかったんですけれども、とにかく日本政府の意思決定はそのように決まりました。
1950年代になってあの鳩山一郎とか吉田茂とか、それから石橋湛山とかいう人たちがもう米軍は沖縄から出てってもらった方がいいと言い出した時も、昭和天皇は
「いや米軍にずっと沖縄を占領しててほしい」「米軍が出てってもらったら困る」という風におっしゃって、鳩山内閣とか石橋内閣がアメリカに沖縄変換を要求する、それから米軍は沖縄から出てってくれと、日本人が守るから沖縄は日本人が守るから米軍は出てってくれということを米軍にアメリカ政府に日本政府が言うのを阻止されたそうです。
要するに昭和22年9月に芦田メモで
「米軍はずっと日本を占領しててほしい」「日本はアメリカの属国になりたい」と、
それから
「沖縄は長期間アメリカ軍が軍事基地として使用してくださいませ」ということを決めたわけですね。
1950年5月になると、吉田首相は池田勇人をワシントンに送って特使としてワシントンに送って、
「サンフランシスコ和条約をやるのなら米軍は出ていかないで欲しい」「ずっといてほしい」「ずっと占領してほしい」と日本の側から日本人の側からアメリカ軍に 「ずっと占領してください」 という風に申し入れると言って、池田ははそれを国務省とペンタゴンに伝えたわけです。
ですから 昭和22年昭和25年の段階で、日本人は少なくとも
日本の指導者と呼ばれる人たちは本当の独立を回復するつもりはないと、ずっとアメリカに占領してもらえばいいんだという風に決めてたんですね。
マッカーサーは日本人のことを回想録で、
敗戦後の日本人ほど徹底的に屈服した国民は歴史上他に例がない、日本人の信念は根こそぎ崩れ去ったのだと。
占領したマッカーサーから見ると、
日本人ぐらい徹底的に屈服した国民民族っていうのは世界史に他に例がないということらしいんですね。
吉田茂の秘書官であった白洲次郎は占領下の日本の紳士たち、紳士たちっていうのは要するにエスタブリッシュメントのことです。もしくはエリートのことです。占領中の占領下の日本の紳士たちはパンパン以下だったと。パンパンていうのは占領軍相手の売春婦のことです。要するに白洲次郎の回想によれば
占領下の日本のエリートというのは売春婦よりももっと無節操だったと、パンパンの方がまだましだとそういう風なことを白洲さんは書いておられます。それぐらい日本人は徹底的に屈服して、日本の総理大臣それから天皇陛下が米軍に
「もっともっと占領してください」「ずっと占領しててください」「我々を属国にしてください」と、そういう風に頼んでいたという記録が残ってるわけですね。
◇ ◇ ◇
地方に住みながら中央の政治に目を光らせ、いざ鎌倉というときには中央へ出て、彼らの姿勢を正すといった人間を、 イギリスでは「カントリー・ジェントルマン」と呼びますが、いかにも次郎にふさわしい言葉です。占領下でありながら、 言うべきことを堂々と主張する次郎に、GHQ側はほとほと手を焼いたようです。本国には「従順ならざる唯一の日本人」 と報告しています。
昭和二十五年には首相となった吉田茂の特使として、アメリカに渡って平和条約のお膳立てを果たし、翌年のサンフランシスコ 講和会議には首席全権委員顧問として出席しました。
昭和二十六年から三十四年までは、東北電力会長として、戦後の電力再編に務めます。ヘルメットにサングラス、長靴で、みずからランドローバーを運転して、ダム工事現場をまわるような異色の会長でした。
◇ ◇ ◇
(伊藤貫さんの動画に戻ります)
ドゴールは自分の国を自分で守るという責任を果たさない国は独立国としての最初からの存在理由がないと。国家が独立するのは自分の国は自分で守るから独立するんであって、他の国の軍隊に
「占領してください、占領してください」と頼むんだったら、
「そういう国には独立国として存在する必要がないではないか」と、もちろん日本に対する批判ですけれども。
シャルル・ドゴールはいかに困難を乗り越え、現代の〈救世主〉となったか?
菅総理にも読んでほしい一冊!|じんぶん堂 (asahi.com)
村田亮平さん、外務省の事務事官とそれから駐米大使を務められた村田亮平さんは村田亮平回想録の中で、
「日本の外務省官僚はアメリカに洗脳されており、しかも自分たが洗脳されているということを意識していない」とそのように村田さんはお書きになっております。
ですから、まあ要するに
日本人の側からアメリカの属国になることを望んだと、現在でもそうであると。
最近の岸田さんのあの訪米を見ても、アメリカの属国になって嬉しくてしょうがないと。日本の首相がものすごく下手な英語で演説してなんか喜んでるということなわけですね。アメリカとしてはあの岸田政権はウクライナにいっぱいお金を出してくれるし、アメリカが買えっていう武器をそれが日本の防衛に役に立つかどうかは別として、アメリカが「買え」と命令してくる武器を
「はい買います、買います」と言って買うし、自衛隊の指揮権まで米軍の下に置こうというスキームに喜んで協力している
ワシントンにインド外務省の局長クラスの人が来てて、・・当時アメリカとインドが関係を改善するということが議論に議題に上ってましたから、
僕はインド外務省の局長に
「あなたたちインド人もアメリカと同盟すること、同盟関係に入ることを考えてるのか」と言ったら、
彼がなんかしかめ面して
「我々はアメリカと同盟関係には入りたくない。アメリカが同盟関係を作ると他の国との平等な同盟関係を作るのではなく、その同盟関係に入った国を独立できないように外交政策と軍事政策を変えていくやり方をする」と、要するにアメリカと同盟関係に入った国は最終的にみんなアメリカに対する属国になってしまうと。
彼が言ったのは
「インドはアメリカの同盟国になることによって、日本のような惨めな状態に置かれたくない」と彼は僕にそう言ったんです。
まあインド人はよく見ている
そういう理由で彼はインドはアメリカとの正式の同盟関係を拒否すると、そのように言っておりました。
ですからインド人は、さすがにイギリス人に何百年もひどい目に遭わされたおかげで、アングロサクソン国家の同盟国友好国になるとどういうことになるかというのを彼らは体験してますから、アメリカの同盟国になるとエントラップされるだけだからろくなことないという風に感じてるわけですね。
今日はこのあたりで終わらせていただます。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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