『源氏物語』雑記
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『源氏物語』㉔

こんにちは。

 

 

いつもお読みくださり、ありがとうございます。

 

フォローもして頂き、ありがとうございます。

 

年齢を重ね、ますます『源氏物語』のおもしろさを再認識しています。

 

『源氏物語』の「なんか、この感じわかるー!」というフレーズを紹介しています。一千年も前に書かれているのに、人間って変わらないんだなぁ、と思わされます。

 

ちょこちょこ投稿していこうと思います。読んでいただければ嬉しいです。

 

 

今日も「葵」から。

 

「「いかなりともかならず逢ふ瀬あなれば、対面はありなむ。大臣、宮なども、深き契りある仲は、めぐりても絶えざなれば、あひ見るほど有りなむと思せ」と慰めたまふに、」(本文は『新編日本古典文学全集 源氏物語』より)

(現代語訳)
「「たとえ万一のことがあっても、必ず巡り逢うことができるのだそうですから、きっとお目にかかれましょう。大臣や母宮なども、深い前世の縁のある仲は、生まれ変わってもつながりが尽きるものではないとのことゆえ、どこぞで会うときが必ずあるのだからとお思いくだされ」とお慰めになると、」

(新全集 注24)
「「瀬」は「所」「時」の意で、三つ瀬川(三途の川)の意をこめる。死後、三途の川で、女は初めて逢った男に背負われて渡るという。夫婦の縁は二世にわたるともいわれ、死別しても逢える。『地蔵菩薩発心因縁十王経』による。」
(注25)
「親子の縁は一世といわれるが、特に縁の深い親子は別で、生々世々にその縁はつながっているとされる。」

 光源氏の正妻葵の上が出産する直前の場面です。この後、男児(夕霧)を出産し、亡くなってしまいます。

 葵の上はこの出産でとても苦しみます。出産は本当に大変ですが、実は六条御息所の生き霊が取り憑いているのです。
 ですので、出産と生き霊で苦しんでいます。

 これは源氏の言葉ですが、これに応答する葵の上は、六条御息所そのものでした。そこで、源氏は六条御息所の生き霊だ、とわかるのです。

 この時代、出産で命を落とす女性も多かったそうです。
 このような、夫婦なんだからまた逢えるよ、という考え方がなければ、やっていられないよな、と。

 なんだかただ単にステキだな、と。不謹慎ですが、病床でもう・・・・・・という人に声をかけるって、かけられる方もツライし。

 また逢えるよ、って言われたら安心するのかも。わかりませんが。

 

 本日もお読みくださり、ありがとうございましたにっこりにっこり

 


 

『源氏物語』㉓

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今日は「葵」から。

・・・・・・すベてつれなき人にいかで心もかけきこえじ、と思し返せど、「思ふもものを」なり。」

(現代語訳)
「もういっさい、あの薄情なお方(光源氏)に、どうぞ思いをおかけ申すまい」と、あらためてご決心になるのだが、しかし「思うまい」と思うことが、じつは思っていることなのである。」

 

(「新全集」注23)
「「思はじとだに思ふも物を思ふなり言はじといふもこれも言ふなり」(源氏釈)。『奥入』には「思はじとだに思はじやなぞ」。心にかけまいと思うことが、思っている証拠だ、の意。御息所の、源氏への無意識の執心を、語り手が評する。」
 


 六条御息所が生霊となって、源氏の正妻である葵の上に取り憑いて殺してしまう前の場面です。

 六条御息所がどうにか源氏を忘れたい、と思っています。
 でも、葵祭の車争いのことを思い出してしまう・・・・・・なぜ私があんな目に遭わないといけないのか。

 と、六条御息所が悶々としています。
 その状況を語り手が評しています。

 え、深い・・・・・・深いという言葉がとても薄っぺらいのですが、こんなこと、書けるのか。と思ってしまいました。

 「「思うまい」と思っていることが、じつは思っていること。」

 本当にそう。言われたらそうなんですが。
 なんというか、コーチングの方が言いそうな言葉。

 一千年前に、こんなことを言語化できるんだ。
 一千年前を舐めすぎ、と言われてしまいそうですが、本当にすごいな、と。改めて。

 

 本日もお読みくださり、ありがとうございましたにっこりにっこり

 


 

『源氏物語』㉒

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今日も「紅葉賀」から。

 

「片つ方に、手はいとさだ過ぎたれど、よしなからず森の下草老いぬれば」など書きすさびたるを、言しもあれうたての心ばへや、と笑まれながら、」

現代語訳
「その(扇の)端の方に、筆跡はじつに年寄じみているけれども、風情がないわけでもなく、「森の下草老いぬれば」などと書き散らしているのを、ほかの文言もあろうに、いやな趣向よと、つい苦笑しながら、」

(新全集 頭注24)
「「大荒木の森の下草老いぬれば駒もすさめず刈る人もなし」(古今・雑上 読人しらず)。大荒木の森(山城国、現在の京都府伏見区淀水垂町とも、大和国、現在の奈良県五條市今井町の荒木神社とも)の下草が枯れてしまったので、馬も好んで食わず刈る人もいない。誰も相手にしてくれない、の意。老いの嘆きとする解のほかに、男ひでりを嘆く、露骨な意味があるとする説がある。源氏の受けとめ方としては後者か。

 老いても好色な女性、源内侍と源氏の会話です。源氏は以前、この老女と関係を持ってしまったのです。この老女は源氏が好きで好きで(笑)というか、関係を持ちたかったのでしょうか(笑)

 源内侍が帝へのご奉仕を終えた後に、光源氏が気づいて、源内侍の袖を引っ張り、会話をしました。

 源内侍が扇に冒頭の「森の下草老いぬれば」と書いて源氏に渡したのです。

 なかなかな、下ネタ・・・(笑)

 紫式部もこのようなことを書くんだ・・・と驚いたので、ブログのネタにしてしまいました。

 年老いても露骨なことを言う女性として描いているのは、本当に見事。

 好色of好色というところですね。 

 こんなにもたくさんの登場人物がいて、そしてそれぞれに個性があって。

 飽きませんね。
 

 お読みくださり、ありがとうございましたニコニコニコニコ

 

 

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