気持ちに乱れがあると

 

いつもいつも

気になって

 

何かに踊らされているよう。

 

 

それならばいっそのこと

 

こちらから踊ってしまえ

 

 

心のおもむくままに

 

うねりを体で表現するのだ。

 

 

何はなくとも解決の糸口にもならぬとも

 

その感情の

流れゆくままに

 

身を任せてみる。

 

 

その感情が

私をどこに連れて行くのか

 

知る由もないが

 

感情は私の中に生まれた音なら

 

きっと何か伝えたいのかもしれない

 

 

だからそんな人を見かけて

近くによって来たら

 

恐れるままに

見つめて

 

その人の心に音が鳴り響いているの

 

その音が鳴りやまぬうちは

 

きっとつらいのだ

 

 

だからぶつかることはなく

 

触れることもなく

 

流れる水の様に

 

火を消して

 

穏やかになろう。

 

わたしから。

今回は

 

映画「ラストアクションヒーロー」から

 

この映画もシュワちゃんが出ていて

私のお気に入りなのですが。

 

映画の中で、「アクション映画のヒーロー」をシュワちゃんが演じています。

 

そしてその映画を見る、男の子が主人公

 

男の子は映画が大好きで

とくに「スレーター」シリーズが大好き。

 

それはアクション映画でヒーローが悪い奴らをビシバシやっつける。

 

 

映画館の管理人であるおじいちゃんが

むかし魔術師にもらった「魔法のチケット」を

男の子にくれた。

 

そのチケットは意志があるかのように

魔法をかける。

 

そして男の子は映画の中に入ってしまうことになる。

 

 

 

現実世界ではお父さんがいない生活をしていて

夜は犯罪が横行している治安の悪いところに住んでいる。

 

憧れだった映画のヒーローに会うことができ

男の子はワクワクがとまらない

 

 

映画の中だと知っているので

ヒーローと共に悪い奴らを追い詰めていく

 

 

しかし、魔法のチケットを奪われ

現実の世界に悪者が逃げてしまった

 

 

ヒーローと共に現実世界に行くが

そこは悪こそが優位とされる世界

 

映画の中とは勝手が違うヒーローの苦闘ぶりに

男の子も無理だよ!とあきらめそうになる

 

しかしヒーローは現実の難しさの中

あきらめずに戦い、男の子を励ます。

 

悪者を再び追い詰め

ついにやっつけるのだ。

 

深い傷を負ったヒーローは、

映画の中に戻る必要があった

 

でもだれもそれを信じてはくれない

救急車は、もうだめだと思いながら病院へ向かう

 

男の子はなんでわからないんだ!と

銃を向け、逃げる大人たち。

 

しかたなく自分で運転して

映画館に突っ込む

 

 

何とか映画に戻ったヒーローは

男の子に

 

もう君は1人でも大丈夫

だからここでお別れして、現実に戻るんだ

と言う

 

さみしい気持ちのまま

現実に戻る男の子

 

 

映画の中でヒーローは男の子に背中を見せるように

いっつもがみがみ怒鳴る警察署長に

 

うるせえ!

俺はもう誰も殺したり壊したりしない!

おまえはサブキャラで、俺がヒーローなんだ!

もうハリウッドが作ったストーリーにしたがって

生きることはしない!

 

といったようなことを

言い返してやるのです。

 

そして男の子に

映画の中から目配せして

な、これでいいだろ?

とばかりにサインを送ります。

 

 

お父さんと息子

ではないですが

 

映画のヒーローと男の子

 

その関係は

たとえ現実が理不尽な世界で

怒鳴る上司がいたとしても

 

運命を切り開くのは

セオリー通りのことではなく

突拍子もないけどやってみる勇気

 

それを信じて実行していけば

きっといい未来は作れるんだ

 

自分たちでな

 

そんなメッセージを感じました。

私、お父さんのこと嫌いだったんです。

 

何か教えてくれようとしても

 

いやん!って逃げていました。

 

でもお父さんのしてくれたことって

よかったこともある

 

 

そこでお父さんの役割を

あらゆる場面から見出していきます。

 

 

今日は

映画「ターミネーター2」

 

未来からやってきた機械の人間であるターミネーター

 

前作では

未来から現在へ、ある女性を抹殺するために送られてきた。

 

今作ではそのターミネーターが

別な敵から守ってくれるのだ。

 

そして今回の主人公は先ほどの女性と

その息子である。

 

息子は未来の世界で重要な存在であり、

そのため過去にまでさかのぼって命を狙われたのだ。

 

 

息子を守るためだけにターミネーターは

プログラミングされている。

 

そのため他の人間には容赦なく

銃で撃ったりするのだ。

 

そして物語の結末では

自分の身をぼろぼろにしてまで

 

息子と母を守りきる。

 

母がセリフでこんなことを言います

 

「ターミネーターは機械だけど父親らしかった」

 

 

 

 

さて

自分の身をかえりみず

未来の希望として、息子を守り

母や、まわりの人たちも

仲間として守る

 

機械だからこそ、どんな姿になっても

目的のために実行できる

 

とも言えますが、

それを描いたこの映画には

 

人間にもあるよね?

と言われている気がします。

 

 

 

 

 

うってかわって

現実のお話ですが

 

どこかの国で

アルコール依存のお父さんと息子がいて

 

息子さんが意識不明のような状態になってしまって

まわりの人たちは、もうだめでしょうと

生命維持をやめようとしていた

 

 

でも、そんな時に

お父さんが病室に乗り込んで

 

銃を構えていったのです

「みんな出ていけ!こいつはまだ死んでないんだ」

 

そしてお父さんと二人きりになり、息子に

起きろ、がんばれ

と声をかけ続けたのです

 

そしてなんと

次の日まで立てこもって粘った結果、息子さんは意識が戻ったのです。

 

 

お父さんは、たしかお縄になったのですが

 

その後、息子さんとお店を始めた

というお話を聞いたことがあります。

 

 

先ほどのターミネーターの話では

機械であるからこそ

 

社会的なルールなんて気にせず

「息子を守るため」なんでもしていましたが

 

現実世界では

社会において「アルコール依存症」と

治療の対象とされているような

オトコの人が

 

ルールなんて無視して

息子の命を信じ、復活する未来を信じて

まわりの人を払いのけ、声をかけ続ける。

 

そんな「お父さんの役割」ができたのではないかな

と思うのであります。