未明の砦  太田愛 | 青子の本棚

青子の本棚

「すぐれた作家は、高いところに小さな窓をもつその世界をわたしたちが覗きみることができるように、物語を書いてくれる。そういう作品は読者が背伸びしつつ中を覗くことを可能にしてくれる椅子のようなものだ。」  藤本和子
  ☆椅子にのぼって世界を覗こう。

 

 

 

 

大手自動車メーカー:<ユシマ>の生方第三工場の非正規工員:矢上達也(派遣)、脇隼人(期間)、秋山宏典(派遣)、泉原順平(期間)の四人は、班長:玄羽正一から夏季休暇に遊びに来ないかと誘われ、笛ヶ浜にある玄羽の亡き妻の実家で過ごした。寮より他に居場所のない四人に、思いの他楽しい時間になったが、自分たちの働き方について深く考えるきっかけにもなった。そして、柚島社長が提案した<新日本型賃金制度>の実施を前に、玄羽が現場で倒れ死亡した。理不尽な会社の対応に怒りを覚えた四人は労働組合を立ち上げようとするが、「共謀罪」の初の適用例として警視庁組織犯罪対策部からマークされ……。

 

 

 

 

うーん、ヘヴィ。

現代日本の労働問題が山積みでした。汗うさぎ

 

過労死、非正規雇用、劣悪な労働環境、企業トップと政治資金で結びつく政治家、……。

 

それらと闘う四人を陰に日向に支えるのが、<夏の家>滞在中に知りあった玄羽の義従姉:”文庫のねえさん”こと宗像朱鷺子、組合立ち上げにアドバイスをもらう元弁護士で<はるかぜユニオン>の相談員:國木田莞慈。

朱鷺子さんとか莞慈さんとか、名は体を表すというか、名前がまた素敵です。

 

自らスパイを買って出る期間工がいるかと思うと、最後に協力者に変容する管理職がいたり、また、ユシマ本社の派遣警備員:山崎武治と派遣清掃員:仙場南美らの派手さのない<峠のシェルパ>的アシストが、この作品に暖かさを添えていると思います。

 

あくまでも”未明”ですからね。

まぁ、ちょっと都合よすぎな楽観的結末と言えなくもないですが、決して嫌いじゃないです。

 

 

そこに、「共謀罪」が絡んで、警察の目を逃れ玄羽と過ごした<夏の家>を起点に逃亡を余儀なくされ……なエンタメ仕様になっているのにもドキドキドキドキさせられます。

 

ここでも、疑問と憤りを感じる組織犯罪対策課の刑事コンビ:薮下哲夫と小坂剛や、芸能ネタよりこっちだろうと張り切る「週刊真実」の記者:溝渕久志とカメラマン:玉井登のブチタマコンビも、イイ仕事してます。

 

 

脚本家ゆえでしょうか、四人と対立する副社長:板垣直之や与党幹事長:中津川清彦や警察庁警備局警備企画課長:萩原琢磨ら、言わば敵役の面々の食事シーンの対比が興味深かったです。

 

例えば、ラインの合間の休憩時間に四人が飲むのは、ペットボトルに入れた水道水なのに対して、中津川のグラスには、スライスレモン入りのペリエだったり、四人がテイクアウトするホットドッグにコンビニのホットコーヒーには、昼から広尾の会員制フレンチレストランで、トリュフにフィレ肉のコース(さすがに仕事中でワイン赤ワインは飲んでなかったけど)を食す萩原という具合です。

 

ただシーンがころころ変わるのは、長編小説として読むのは、ちょっとしんどかったです。

 

 

そして、ラスト100ページはもちろん、全編に痛い言葉が並びます。

 

たとえば、

<より良いと思う方向がある時、そちらに舵を切らなければ、おのずと悪い方向に進む、現状維持は幻想だ>しかり、

ゲッソリガーン

<社会にどれほど醜悪な不正義や不公正が蔓延しようと、自分に実害がないかぎり無関係>しかり、

ゲッソリガーン

<税金を地位の高い人々やそのお仲間が湯水のように使うのは気にしないが、自分より<努力の足りない>(とみなされる――青子補足)貧しい人間のためにそれが使われるのはどうにも我慢がならない>しかり、

ゲッソリガーン

<専制主義的国家のメディアは、平時においては不都合な事実を隠蔽して消極的な虚偽報道を行う。だが戦時においては、事実を捏造して積極的に虚偽報道を行う。歴史の教訓である>またしかり。

 

 

 

    

本 闘うってのは、自分たちの手で今ある状況を変えようとすることだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

【おまけ】

 

いろいろと、とってもお勉強になりました。

その一部をφ(..)メモメモ。

 

 

◆抗命権

第二次世界大戦を踏まえて、ドイツで制定された軍人法で、「非人道的・理不尽な命令には従わなくてもよい」とされている権利。

 

従わなくても罪に問われない命令

  • 自身および第三者の人間の尊厳を侵害する命令
  • 国内法および国際刑法により犯罪となる命令
  • 連邦軍の任務のために下されたのではない命令

 

◆公民権運動(ローザ・パークス事件)

米国アラバマ州モンゴメリーでは、バスバスの利用に関して人種隔離法があり、前十席白人、後十席黒人、中央部十六席は運転手の裁量とされていたそうです。

 

ブラッドベリの短編『形勢逆転』を思い出しました。

先に火星に移住していた黒人が、核戦争後、後からやってきた白人を地球での意趣返しに差別しようとするが……。

 

ああ、これが元にあったのね。

こんなところで出会うとはと、今更ながらものを知らんなぁと反省。汗うさぎ

 

◆ストライキ

 
・ストライキが行われている事業所に求職者を紹介してはならない。(職業安定法)

・ストライキの行われている職場に派遣会社が新たに労働者を派遣してはいけない。(労働者派遣法)

・求人サイトや求人情報誌等についても同様。(職業安定法に基づく指針)

ハローワークに電話電話してストライキ中であることを知らせると、紹介はできなくなり、代わりの人を雇うことはできないのだそうです。

 

へぇー、知らんかった。

 

◆逮捕≠有罪

団体交渉………恐喝罪、強要罪

ストライキ……威力業務妨害罪

 

上記で逮捕されても、ほとんど起訴には至らない。

というか、団交やストで逮捕されるとは知らんかった。汗うさぎ

 

なぜなら労働者の団結権、団体交渉権、争議権は憲法で保障されているのため、有罪判決に持ち込むのは難しい。

ゆえに、逮捕≠有罪。

では、なぜ逮捕するのかというと、労働運動を抑え込みたいからなのだとか。

 

これも、へぇーでした。