これは、私:理瀬が古い革のトランクを失い、それを取り戻すまでの物語である。しかし、記憶とは不確かなもので、少女らしい荒唐無稽な長い夢を見ていただけなのかもしれない。かつて修道院だった野生の麦の海に浮かぶ青い丘に建てられた寄宿舎付きの学校へ向かう電車の座席の下から血まみれの細い手を伸べて、野いちごを採ってくれる約束だと泣く麻理衣の声も、憂理の切れ長の瞳も、図書館の二階の張出窓も。そして、その窓辺に座る黎二が読んでくれた百科事典の「や」の項目に挟まれたメモに書かれた詩:『麦の海に沈む果実』さえも、幻影でないと言えはしない。
『不思議の国のアリス』より、『鏡の国のアリス』が好きだと言う理瀬。
でも、辿り着いたのは、まるで不思議の国そっくりな学園です。
キーワードの”三月”もだけど、”お茶会”ってとこも、アリス由来なのかな。
薬やケーキで大きくなったり小さくなったりはしないけど、校長は、男性の恰好だったり、女装したりしてるし。。。
再読ですが、予想どおり【序章】の部分を読んでも、詳細は思い出せませんでした。
アカンなぁ。
とは言え、天井から理瀬が本を見つけるシーンは、しっかり覚えていましたし、「ゆりかご」・「養成所」・「墓場」も、校長の「お茶会」も記憶アリ。
私にしては優秀やん。
再読なので、あらすじは以前のブログに任せて、ちょっと視点を変えてみます。
『麦の海に浮かぶ檻』を読んだばかりなので、なにかと校長が気になりました。
碁石のゲームのところで、誰かが『校長先生は実は二人いて本当は男女の双子』という質問があるのに、おおーと一人ではしゃいでました。
ちなみに、みんなの答えは、黒石(NO)が八つに、白石(YES)が一つ。
知ってる子いたのかな。
聖、理瀬、ヨハンの三人が呼ばれた校長のお茶会も、興味深かく読みました。
彼らを称した<親たちからは放蕩者と眉をひそめられている、世故に長けた親戚のおじさんに会っている甥っ子たち>という表現にも、ニヤついてしまいます。
ちなみに、理瀬は、<学校帰りにクラスの憧れている男の子にバッタリ会い、誰にでも優しい彼から、面白いおじさんに会いに行くんだけど一緒においでよ、と言われて、ためらいながらもついてきてしまった同級生>なんだそうです。
こちらも、納得ですね。
でもって、招かれた部屋で流れていたのが、↓こちら。
うーん、校長にぴったり。
コーヒーに、スコーンにチョコレート。
ウイスキーのボトルとグラスも。
テーブルの上に重ねられた本のなかから、ヨハンが目ざとく見つけるのは、「塔晶夫(とうあきお)」の一冊。
きっとタイトルは、いつか読みたいと思っているあの本だ。
市内の図書館にだって別名のしかなくて、この名義のはないというのに。
校長の私物かなぁ。
そもそも、この学園の図書館、そそられます。
できるものなら、一日中、入り浸っていたいなぁ。
そして、お茶会の目的はさておき、そこで繰り広げられる雑談が、また興味深くて、ジェンダー問題にリンクされてるのも忘れてました。
ヨハンの本当にきれいな”女の子”は傷ついている問題も面白いけど、の校長の言葉もまた校長らしくて、ヨハンの言葉どうり説得力アリアリです。
「男だ女だと決めつけることはないだろう。どちらも素晴らしい。どちらも美しい。どちらの世界も楽しいよ」
このシリーズ、やっぱり好きやわ。
ただ困ったことに、こうやって書いてるうちにも、誰かに追っかけられるように、どんどん忘れていくんねん。
特にもやもやのラストが、そのもやもやゆえに。。。
これって、理解できてないってことやな。
「序章」での宣言?通り、どこまで信じていいのか、どこからが理瀬の妄想なのか、疑えばキリがないねんもん。
これもやっぱり、アリス由来のナンセンスだったりしてね。
まぁ忘れたら、また読めば良いか。
【おまけ】
◆人生の休暇
「そうだね。でも、どんなに閉鎖的で牢獄みたいな環境でも、スクールデイズっていうのは人生の休暇みたいなものだと思うな」
毎日、一瞬たりとも気を許せないヨハンならではの言葉ですが、これってまた誰にでも言えそうでもあります。