押絵と旅する男  江戸川乱歩+しきみ | 青子の本棚

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「すぐれた作家は、高いところに小さな窓をもつその世界をわたしたちが覗きみることができるように、物語を書いてくれる。そういう作品は読者が背伸びしつつ中を覗くことを可能にしてくれる椅子のようなものだ。」  藤本和子
  ☆椅子にのぼって世界を覗こう。

 

 

 

 

蜃気楼を見に出かけた帰り、魚津の駅から上野への汽車に乗った私は、たった一人の同乗者である男が気になり近づいて行った。待ち受けていたように、男が大風呂敷をほどいて見せてくれた額は、黒天鵞絨の洋服を着た白髪の老人と緋鹿の子の振袖に結綿の十七八の美少女の押絵細工だった。男は、遠眼鏡を手渡し私に覗くように言った。そして、彼らは生きて居ると言うと、彼らの身の上話を語りだした。それは、男の兄である老人が二十五歳のとき、浅草の十二階:「凌雲閣」から始まった化物にでも魅入られたような出来事だった。

 

 

 

 

乱歩のこのお話は既読でしたが、「乙女の本棚」シリーズの一冊ということで、再読しました。

 

細部を除いて、私にしては珍しく物語の展開は覚えていました。

初読のときに感じたレトロで猥雑な雰囲気が薄まっていたのは、挿絵のせいかもしれません。

 

 

二次元の美少女に恋したピンクハート青年が、自らも二次元の押絵となり、その恋を成就させるというお話です。

 

しかし、額の中の美少女はいつまでも十七八の若いままなのに対して、青年はというと、歳をとり続け今や白髪の老人に。

というある意味、残酷な結末です。

 

 

蜃気楼といい、遠眼鏡で見る景色といい、押絵の美少女と同じように、すぐそこに見えるのに手が届かないというなんだか、切ないものばかり。

 

それでも、2.5次元なんてのも作っちゃう現代だから、この先、触れられないものなどなくなるのかもしれませんが、この作品から受けるなんとも曖昧で茫漠としたなかの切なさのような痛みを失くしてしまうのは、もったいないかなぁと思ったりもします。

 

 

 

 

 紅葉

    

本 この話が私の夢か私の一時的狂気の幻でなかったならば、あの押絵と旅をしていた男こそ狂人であったに相違ない。だが、夢が時として、どこかこの世界と喰違った別の世界を、チラリと覗かせてくれる様に、又狂人が、我々の全く感じ得ぬ物事を見たり聞いたりすると同じに、これは私が、不可思議な大気のレンズ仕掛けを通して、一刹那、この世の視野の外にある、別の世界の一隅を、ふと隙見したのであったかも知れない。

バス バス