アフターダーク  村上春樹 | 青子の本棚

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「すぐれた作家は、高いところに小さな窓をもつその世界をわたしたちが覗きみることができるように、物語を書いてくれる。そういう作品は読者が背伸びしつつ中を覗くことを可能にしてくれる椅子のようなものだ。」  藤本和子
  ☆椅子にのぼって世界を覗こう。

アフターダーク/村上 春樹

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浅井マリ、19歳。学生。ある夜、眠ることを拒否して街の中を彷徨する。2歳違いの美人の姉・エリは「これからしばらくのあいだ眠る」と2ヶ月前から眠りについたまま目覚めない。眠らない街で姉のかつての同級生・高橋と「デニーズ」で出会ったマリは、ひょんなことから同い年の中国人娼婦の通訳をするはめになり……。


無機質な状況描写から始まるこの物語は、なんだか無作為に長編小説の一部を切り取って差し出されたような雰囲気があります。

マリ = 姉の同級生 ⇒ 高橋 = かつてのアルバイト先 ⇒ ラブホのマネージャ・カオル&従業員・コムギ&コオロギ = 客 ⇒ 中国人娼婦・郭冬莉(グオ・ドンリ)= その客 ⇒ 白川 = 冬莉のケイタイ・ローファットミルク ⇒ 高橋 ⇒ マリと深夜から夜明けまでの一夜に、本人たちの意識外のところでも繋がっているようないないような不思議なストーリー展開に、都会に暮らすすぐ隣にいるはずなのにどこか遠い人々の関係の稀薄さが上手く凝縮されています。

高橋の「世界を隔てるはりぼてのぺらぺらの壁」とラブホ従業員・コオロギのちょっとしたことで「すとーんと下まで抜けてしまう地面」。
私たちの生きている世界がどれほど頼りなげで、儚いものなのかをうまく言いえてるとおもいました。
それでも、やはり好むと好まざるに関わらず、人とは他者との関係を全く持たずに暮らしていくことは不可能なようで、切り取られたわずかな時間の中でさえ、どこかで誰かと繋がっているようです。
それは意志の力だけではなく、思いもよらない偶然とそして、またしてもその偶然と‥‥、と言うように連綿と無限に続いていくように思います。
それはまた、コオロギの「記憶燃料」説のように生きていくために必要な燃料としての記憶を手に入れるための大切な方法なのかもしれません。

しかし、ひとり眠りつづけるエリにはそれがない。
外から見つめる目以外は、全く孤立しています。
眠らずに街を徘徊しているマリには、容赦なく人との関係が絡まって、それに伴って記憶がどんどん蓄積されていくのにです。
人との関係はどんなに遠くまで逃げても、逃れることはできないもののようです。
眠ることのみがこの世界から自らを隔離する唯一の方法なのかもしれません。
そして、

 「僕らの体内時計はまだ、日が暮れたら眠るように設定されているんだ」

それは、私たち人間が1日に何時間かは、孤独を必要としている生物だという証明なのかもしれません。

とりあえずいまのところ、夜は必ずやってくるようなので、適度な孤独の補給のためにも眠りにつくことは生命維持のための好ましい一つのお約束として、万人に与えられた贈り物として真摯に受け取るべきではないでしょうか。
蛇足ながら、経験上、人間関係に疲れたときは眠るのがいちばんのようです。
でも、あの眠るマリをみつめていた男はいったい‥‥誰?




――「ねえ、僕らの人生は、明るいか暗いかだけで単純に分けられているわけじゃないんだ。そのあいだには陰影という中間地帯がある。その陰影の段階を認識し、理解するのが、健全な知性だ。そして健全な知性を獲得するには、それなりの時間と労力が必要とされる。




あしか > 「僕らの体内時計は・・・」のあたりの、村上春樹の健全さが私はものすごく好きだなと思います。自分はさほど健全でもないですが。眠ることで隔絶。なるほどですね。だから、妙にリアルな夢見るとちょっと損した気分(疲れる)になるんですね~。夢も支配するクラバートの世界は大変なことですよね。
視点がズームになったりアップになったり。あれは、大衆の目としてとらえるなんとかかんとか・・・・みたいなんですが、それに関しては、いまひとつその良さのよくわからない工夫だった です。マリを見つめてたのは、てっきり高橋パパだとばかり思っていましたが、考えたら違う解釈もありますねえ・・・・。 (2004/12/23 15:39)
青子 > あしかさん、その健全さが万年青年ぽいのかもです。
眠ることで完全にこの世界を拒否できるかというと疑問ですが、とりあえず新しい関わりを束の間シャットアウトできるんじゃないかと思います。そして、その間に今までの記憶の整理などして体制を立て直すというかとりあえず休息できると思うんです。
クラバートは、ホント大変ですね。夢の中でも戦わなくちゃならなくて、眠るのが怖くなっちゃいそうです。
「私たち」って言うのは大衆だったんですか。読者を参加させるための呼びかけなのかと思っていました。翻訳本の「キャッチャー・イン・ザ・ライ」のYouを連想しましたが、すごく読みにくかったです。私もイマイチです。ただ、この淡々とした語りが「アンダーグラウンド」のルポを連想しました。
マリを見つめてたのは、高橋パパですか。誰これ???でどうも消化不良で、こんなんいらんやろとか思ってました。無理やり想像すると私的には、マリのように眠ってしまったままで現実に帰ってこなかった人。なんてのは無理があるかしらん。
あと、関西弁の会話があったのにえっ?!って思いました。 (2004/12/23 17:53)
あしか > いえいえ、青子さんのおっしゃるとおり、読者としての大衆です。関西弁、そうですね。私も「おお!!」と思いました。 (2004/12/24 19:19)
青子 > するすると読めるわりには、なかなか難しい作品でした。関西弁使うなんて、吹っ切れたのでしょうか? それとも里心? 次回作に期待したいです。 (2004/12/25 17:24)