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シンガポール通信

Uniquely Singapore
with Global View

新年明けましておめでとうございます。
本年もシンガポール通信宜しくお願い申し上げます。


と言っておきながら、このタイトルの「2011年シンガポール重大ニュース」という「今年を振り返る」的なテーマというのは、年明けのこの時期では完璧に時期を失してしまっている感があるのですが、先日買い物に行ったスーパーで山積みされていたフリーペーパーに同タイトルの特集記事があったので御紹介しておきます。


まあ、あえて申しますと国民人口の74%が華人系である当地シンガポール(及び他の多くのアジアも同様なのですが)において「新年」というのはあくまでも「チャイニーズニューイヤー」を指すものでして(1月1日は単に祝日の一つです)、

未だ「Year Of Dragon」は到来していません。


今年の新年は1月23日(月)になります。


さて、普通日本では「重大」ニュースと「10大」ニュースをひっかけて、10個くらいの記事をランキングして紹介するのが定番のようですが、このフリーペーパーには数十個の記事を何のランキングもなく雑然と並べておりましたので、ここでは筆者の独断で適当に抜粋してお伝えいたしますが、2011年のシンガポールを振り返ってみますとどうしてもテーマは「分岐点」ということになるようです。



(1)政治潮流の分岐点


-「2011年総選挙で労働党がグループ選挙区初勝利」-
~議会(一院制、任期5年、定数87)選挙の投票が5月7日行われ、与党・人民行動党(PAP)が81議席を獲得して政権運営を引き続き担当することが決まったが、集団選挙区(GRC)のアルジュニードで野党・労働党(WP)に敗退した。野党は独立以来の選挙で最多となる6議席を獲得した。~


野党が過去最高の6議席!を獲得した事自体が快挙なのですが、野党の過去の獲得議席は全て定数1名の単独選挙区(SMC)での獲得だったのに対し、今回の獲得議席数6の内5議席は集団選挙区(GRC)選挙にて獲得したという点が特筆すべき点でした。
集団選挙区というのはシンガポール特有の所謂「中選挙区制」の一種ですが、今回の選挙区割では、
(1)定数1名の単独選挙区(SMC)が12区(総数12議席)
(2)定数4~6名の集団選挙区(GRC)が15区(総数75議席)
となっており、毎度のことですが集団選挙区(GRC)が鍵となっていました。
集団選挙区(GRC)では、政党として
・その選挙区定数一杯の候補者をチームとして立てる必要があり、
・又そのチームは華人・マレー・インド系といった人種毎のバランスを取れたものにする必要があります。
集団選挙区の有権者は、候補政党のチームに投票し(無所属での立候補はありません)、得票数の高かった政党がその選挙区の「定数全議席を総取りする」という仕組みになっています。
従来は、ゲリマンダー的選挙区割の為に、なかなか与党PAPを上回る票を獲得することができなかった、というよりそもそも野党は集団選挙区に定数を満たすチーム候補の擁立すらままならず与党PAPに多くの集団選挙区で無投票当選を許してきたものでした。
それが今回は、ほぼ全ての集団選挙区で候補者を擁立しコンテストを競い、そしてアルジュニード集団選挙区にて、こともあろうに現職のジョージ・ヨー外相率いる与党PAPチームを破ってラウ・ ティアキアン労働者党(WP)書記長率いるチームが集団選挙区での初の勝利をあげることになったわけです。

PAPは87議席中81議席を獲得してるとはいえ、総得票率は60.1%で、独立以来の最低でした。
又PAPが勝利した14の集団選挙区の内13で、PAPの得票率は60%以下で、レイモンド・リム運輸相のイースト・コーストGRCでは54.8%でした。

当地シンガポールでの盛り上がり方は大変なもので、特に当然ながらアルジュニード地区はお祭り騒ぎでした。
因みに選挙翌日の(当地を代表する新聞)ストレイトタイムズ日曜版は選挙結果を掲載する為に遅れて店頭にならんだのですが、51万部売れたそうです。
シンガポールに住む外国人を含めた全員の10人に1人が新聞を買った計算になります。

総選挙から1週間後の5月14日、リー・クアンユー顧問相とゴー・チョクトン上級相は共同声明にて閣外へ去る発表を行いました。
議員は続けるものの、一つの時代の終わりと言えるでしょうか。


さて、次回2016年の総選挙にてPAPはその得票率を今回の60%から上方方向に回復するのか、はたまた更にクリティカルなレベルにまで支持を失うのか、今後の4年間次第となります。
政府としては、経済成長策と選挙民への便宜とを同時に目指すという極めて難しい舵取りになりそうです。


-「トニー・タン氏が第7代大統領に、国民の期待は役割以上」-
~8月27日にシンガポール共和国の大統領選挙が行われ、トニー・タン元副首相(71歳)が有効投票の35.2%を獲得し第七代シンガポール共和国大統領(任期6年)に選出されました。~


2011年は国政選挙と大統領選挙とがたまたま重なるという年になったのですが、国政選挙においてシンガポール共和国始まって以来の「異変」が起こったのと同様に、大統領選挙においてもちょっとした「異変」が起こりました。
シンガポール共和国大統領は1991年の法改正後民選となっていますが(それまでは、議会による指名)、実際に選挙が行われたのは法改正後初回選挙であった1993年選挙のみでした。
それも無投票では制度改正の意味がないとの理由で、政府が推薦するオン・テンチョン元副首相(→第五代大統領)の対立候補者がいない中、元主計局長を説得して出馬させ争わせたといういきさつです。
つまり、民選とは言いながらシンガポール共和国大統領というのは従来実質的には政府・与党により有力候補が一本化され、その後押しを受けて決まるというものだったのですが、なんと今回は6名が大統領選挙委員会(PEC)に立候補資格認定を申請し、内4名が資格認定され大統領選を争うという前代未聞の選挙となったわけです。
結果自体は次点のタン・チェンボク氏と0,34ポイント差という僅差ながらも事前の予想通りトニー・タン元副首相が選出されるという順当なものとなりましたが、シンガポールで最も盛り上がった大統領選挙となりました。
又それ以上に興味深かったのは、選挙後に政策研究所(IPS)が実施した調査で、国民の多くが大統領の役割を正しく理解していない(=実際に認められている権限以上のパワー認識)ことが分かったことでしょうか。IPSは「調査結果は、回答者の無知が露呈されたというより、大統領の役割に対する彼らの希望を表明した可能性がある」との見方を示しました。

リー・クアンユー元首相は9月5日の南洋工科大学でのフォーラムで、「シンガポールは政治的に分裂している。その分裂が政治面だけにとどまっていれば、経済成長への影響は少ないが、国の分裂になり、民主党と共和党が論争を続ける米国のような状況になった場合、シンガポールはありきたりの国になってしまう」との発言をしています。



(2)社会・生活環境の分岐点/経済成長の分岐点


政治潮流に変化が出るのは、とりもなおさず社会環境に変化があるからでしょう。筆者は在星丸六年なのですが、このわずかばかりの期間においてすら、肌感覚として思うのは、一言「住みづらくなってきた」ということです。
理由は単純で、人が混雑するほど増えた。物価が上がった。又筆者のような「外国人」からしてみると自国民優先の保護主義的政策が目につくようになってきた。ということでしょうか。
こういったことを端的に表す記事として以下のようなものがありました。


-「人口は518万人、永住者が減少」-
~統計局は9月28日、シンガポールの6月末時点の人口(外国人を含む)は518万3,700人。国民と永住者(PR)の合計である居住者人口は378万9,300人と発表した~


街中いたるところで本当に「人が増えた-!」という実感があります。、
1990年に300万人。2000年に400万人。2010年に500万人と10年ごとに100万人毎の人口増を(とりわけ外人流入により)達成してきたシンガポールですが、どこかで物理的な限界に来るでしょう。
又、社会の高齢化が急速に進んでおり、年齢65歳以上の居住者一人に対する労働人口(15~64歳)は7.9人と初めて8人を下回りました。因みに1980年には14人でした。


-「外国人就労許可の規制強化、永住権認可も減少」-
~シンガポール人材開発庁(MOM)は8月16日、外国人就労許可の要件変更を発表。外国人の流入を抑制し、国民の雇用を経営者に促すのが狙い。要件変更は7月にも実施していた。
外国人に対する永住権付与も減少している。国民と外国人との職の奪い合い、公共交通機関の混雑など、外国人の増加に対する国民の不満が背景に。~


-「通年のインフレ予想、MASが上方修正」-
~MAS(シンガポール金融管理局)は7月21日、CPI上昇率で見た通年のインフレ予想を従来の前年比3~4%から4~5%へ引き上げると発表した。インフレの要因として挙げられるのは、労働市場の逼迫、所得増、一次産品価格の上昇で、エコノミストは、外国人労働者の流入を抑制した結果、生産能力の限度に近づいているという構造上の変化が、低成長、高インフレをもたらしていると見ている。~


-「外国人の住宅購入を規制、印紙税を追加」-
~政府は12月7日、民間住宅購入規制を8日付で強化すると発表した。特に外国人によるコンドミニアム購入を規制する。現在、政府は民間住宅購入に購入者印紙税(価格の1~3%)を課しているが、外国人が購入する場合、購入価格か市場価格の高い方の10%を追加印紙税として課す。追加印紙税は、企業、また信託など集団投資スキームにも適用する。
アメリカ、スイス、ノルウェーなどの投資家は、シンガポールと締結している自由貿易協定(FTA)の条項に基づき、追加印紙税が免除される。~


ターマン副首相は発表にあたり「シンガポールは市場を開放してきた。これは維持するが、不動産市場への資金流入はかつてないほど多く、将来の大幅値下がりの可能性を回避するため、投資需要を冷え込ませる」と語っており、過去2年間でも、4回にわたり講じてきた過熱鎮静化措置の一環としています。
確かにこのところの、コンドミニアム開発物件を見てますと、バブル期の日本を彷彿とさせるような狭隘立地での開発もあり、これまで豊かであった街中の緑がどんどんなくなっています。
シンガポールをシンガポールたらしめていた風景が徐々に失われておりなんだか「嫌な感じ」がしてきています。


さて、住宅やその他物価の高騰に加え、道路渋滞、バスや電車の混雑といったシンガポール市民の「不平」を煽る極めつけの事件が先月起こりました。


-「MRTの運行停止、4日間で3回に」-
~SMRTが運営するMRT(地下鉄・高架鉄道)で12月14日、15日、17日に軌道のずれなどで一時運行ができなくなり、多数の乗客が影響を受けた。15日は夕方のラッシュアワーに起きており、5時間の運行停止で12万7,000人が影響を受けた。14日午前はサークルラインで通信ネットワークに問題が発生し、40分にわたり運行が停止された。15日と17日の事故は南北線で、15日はマリーナ・ベイからビシャンまでの11駅で夕方7時直前、突然電力供給が途絶え電車が停止し、車内は真っ暗になった。車内放送、換気もなく、一部の乗客は消火器を窓に投げつけ空気を車内に取り入れた。乗客が車内で待たされた時間は約1時間。影響を受けた駅のプラットホームでも事故内容の放送はなく、乗客は右往左往するばかりだったようだ。~


東京や大阪においてはこの程度の電車の運行障害など、「半ば日常的?」かもしれませんが、少なくとも従来のシンガポールにおいては考えられなかった事象でした。
16日のSMRT側の謝罪会見翌日にも再度トラブルとなりネット上を含め市民の非難続出。さすがにこれは・・・ということで、休暇返上してリー首相も会見に姿を現し国民に謝罪するという事態になりました。

従来の優等生国家シンガポールにもいろんな点で、綻びが出てきているようです。


最後は、年末の首相メッセージです。


-「住宅、公共輸送、人口問題に取り組み、首相メッセージ」-
~リー・シェンロン首相は12月31日、国民に向けた新年メッセージを発表した。
2011年の国内総生産(GDP、速報値)は前年比4.8%の増加で、政府予想の5%を下回った。
リー首相は「欧州の債務問題は解決のめどが立たず、12年の世界経済の見通しは厳しい。シンガポールは影響を免れない」と述べた。
リー首相は12年の取り組み課題として、手ごろな価格での住宅供給、公共輸送網の充実、人口・移民問題を挙げた。
住宅対策では11年と同数の2万5,000戸の公営住宅を着工する。MRT(地下鉄・高架鉄道)の延伸、新設を行う。
リー首相が「複雑で重大な課題」として取り上げたのが人口問題で、経済活動の維持には十分な数の労働者が必要だが、出生率は低下しており、一方で外国人労働者の急増を国民が望んでいないとの板ばさみにあると指摘。
「受け入れる外国人を減らすことはビジネス機会を見送ることであり、低成長はやむを得ない」と、2012年のGPD増加率予想を1~3%の低率に設定した理由を説明した。
政府は1年をかけ人口問題を論じ、国として最善の選択肢を探る。リー首相はシンガポールの国際的地位が高くなっていることも指摘し、国民に自覚を促した。~



前回お伝えしましたように、、現在のシンガポール・ドルが最初に生まれたのはシンガポール共和国「独立」の1965年8月9日から遅れること2年弱たった1967年4月7日のことです。


従ってシンガポール・ドルは、その歴史未だわずかに40数年といった若い通貨*です。


もっとも、今話題の「ユーロ」(1999年1月1日~)が現金通貨として生まれたのは2002年1月1日から(10才未満!)ですから、その比較では若くない?かもしれません。


シンガポールでは1845年から1939年までは「Straits Dollar」が、その後「Malayan Dollar」が、そして1953年からはThe Board of Commissioners of Currency, Malaya and British Borneoが発行する「Malaya and British Borneo Dollar」が流通していました。


1963年8月にマレーシア連邦参画後、(わずか2年で!)連邦離脱となったシンガポール共和国は、自らの通貨ボード、The Board of Commissioners of Currency, Singaporeを1967年4月7日に設立し、この時からシンガポール・ドルを法定通貨としている、という経緯になっています。
(うーむ、ユーロ圏のどこかも似たような経緯をたどるのでしょうか?)


S$の他通貨との交換レートですが、1971年のニクソン・ショック(ブレトンウッズ体制崩壊)時まではS$60=£7と対英ポンド固定で、スミソニアン体制(1971~1973)時は米ドルリンク。
1973~1985年までは(非公開の)複数通貨加重平均ペグ。

1985年からはより市場志向型のMonitoring Bandと呼ばれる(非公開の)複数通貨バスケットのParityからの一定幅での変動相場になっています。

尤もMAS(Monetary Authority Of Singapore)が常時モニターしています。


MAS(Monetary Authority Of Singapore、中国語: 新加坡金融管理局)-


1971年1月1日に設立されましたMASは現在、シンガポール共和国の中央銀行であり、且、金融関連全般にわたる管理監督官庁の権限も担う、という非常にユニークな存在です。


日本で言いますと、日銀と金融庁が合体したようなもの(?)というと分かりやすいでしょうか。


尤も、MASのシンガポール共和国における国家組織としての位置づけは、首相府(Prime Minister Office)傘下のStatutory Boardという位置づけhttp://www.pmo.gov.sg/content/pmosite/aboutpmo.html ですので、組織のあり方という観点からは日銀の例えは適当ではありません。


まあ、これはそもそも「中央銀行」なるものの在り方**が各国まちまちですのでしょうがない話ではあります。



**

・日銀は、そもそも明治14年(1881年)に三井銀行の為替方から出てきたものですし(イングランド銀行にしても1946年に労働党政権により国有化されるまでは元々一民間銀行でした)、日本銀行法に基づく認可法人とはいえ、取引コード8301で株式取引ができるジャスダック上場会社という世界的にも極めて稀な存在です。
現在資本金1億円の内、政府出資は55%で、残り45%は民間(個人、金融機関、その他法人)が持っています。


・米国にいたっては、そもそも単一組織としての中央銀行なるものは存在せず、あるのは連邦準備制度(FRS)という制度があるだけで、ご案内の通り、FRSは連邦公開市場委員会(FOMC)と連邦準備制度理事会(FRB)と12の連邦準備銀行で構成されています。
で、連銀の中で最大の存在であるニューヨーク連邦準備銀行の株主は、ロスチャイルド銀行(ロンドン)(ベルリン)やウオーバーグ銀行(アムステルダム)等であって、米国政府は株主ではありません。


・今、渦中の欧州中央銀行(ECB) はEuropean Union(EU=欧州連合)の中央銀行として1998年に設立(本店フランクフルト)されたものであり、現在EU加盟27カ国(の各国中央銀行)が出資者となっていますが、ユーロ圏17カ国内ではドイツ連邦銀行が筆頭株主の18.9%、フランス中央銀行が第2位の14.2%、話題のイタリア(Banca d'Italia)は第3位の12.5%、スペイン(Banco de Espana)は第4位の8.3%となっています。
因みにギリシャ中銀は7位の2%。
尤も非ユーロ圏10カ国の中央銀行も株主(全体の約30%)であり、イングランド銀行は14.5%(実質第2位)を有しています。
ECBはEU(現在加盟27カ国)の中央銀行として設立されたものとはいえ、ユーロ圏17カ国のみの金融政策を管理するという、ちぐはぐなところがそもそもあり、且、昨年6月にEU加盟27カ国の合意で設立された欧州金融安定基金(European Financial Stability Facility)との棲み分けも分かりづらいものがあります。
まあ、そもそもEU(欧州連合)自体が壮大な実験過程にある過渡期(?)の組織ですので分かりづらいのも無理はありません。


さて、話をMASに戻しますが、MASのミッションとしては、

・インフレなき経済成長(これは大体どこの中央銀行も同じですね)と
安定した金融センターとしての成長(これはちょっとユニークでしょうか)
をあげています。


更に具体的な機能として以下4点をあげています。


1)To act as the central bank of Singapore, including the conduct of monetary policy, the issuance of currency, the oversight of payment systems and serving as banker to and financial agent of the Government

2)To conduct integrated supervision of financial services and financial stability surveillance

3)To manage the official foreign reserves of Singapore

4)To develop Singapore as an international financial centre

(以上http://www.mas.gov.sg/about_us/Introduction_to_MAS.html


1) と 3)は、まあ中央銀行としてよくある機能、2)は監督官庁としての機能ですが、珍しいところとしては4)でしょうか。



シンガポール通信
(世界最高額紙幣S$10,000)



2002年10月1日にThe Board of Commissioners of Currency, Singapore をMASが吸収して以来、S$現金(紙幣・硬貨共)の発行はMASにより行われていますが、流通S$通貨は全て外貨準備(USD230BIL as of May 2011)に裏付けられているとしています。
まあ、そうはいっても、殆どの国で中央銀行が印刷している現金は通貨供給量の1割にも満たない(9割は銀行システムによる「信用創造」)ものですから、余り意味はありません。



-グリーンバック-


今、通貨の信認(あるいは国家の信認と言い換えてもいいのですが)が世界で問われていますが、国家債務問題と通貨そして「信用創造」主体としての銀行システムとは不可分の問題のようです。

グリーンバックというのは、今や米ドル紙幣の一般呼称として使われますが、そもそもの起源はリンカーンが南北戦争の戦費を賄うために発行させた「政府紙幣」(利子率のある国債ではなく政府発行の単なる紙幣、まあそういった意味では軍票のようなものとも言えます)のことです。

他の紙幣(当時はいろんな民間銀行が紙幣を発行していました)と区別するために裏側がグリーンのインクで印刷されていたので「グリーンバック」と呼ばれたものです。

さてさて、今後のユーロ、米ドル、(そして日本円)の問題の展開の中で、このグリーンバック(政府紙幣)的議論が盛り上がってくるように気がするのは私だけでしょうか?

シンガポール・ドルというのは、シンガポール共和国の法定通貨(Legal Tender)です。


と、あまりにも「当たり前」のことを言っているようですが、この何気なく使う「法定通貨」(Legal Tender)という言葉の概念について、正確に理解している人は意外と少ないようです。


そこで、さっそくWikipediaで調べてみました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%95%E5%AE%9A%E9%80%9A%E8%B2%A8


法定通貨

法定通貨(ほうていつうか)とは、税金や賃金などを含む金銭債務の強制的な弁済手段として、法的に認められている通貨のこと。つまり、法定通貨による債務弁済を拒否することは、一般にはできない。略して法貨と表現されることもある。

複数の機関が法定通貨を発行する国もある。スコットランドの場合はイングランド銀行が発行するポンドの他にも、商業銀行であるスコットランド銀行などが発行する紙幣が法定通貨として発行されており、また香港では各商業銀行(筆者注:香港上海銀行、スタンダードチャータード銀行、中国銀行(香港)の3行)が香港ドルを発行している。

アメリカなどでは偽札への懸念から、特定の高額紙幣の受け取りが拒否されることがあり、その際に法定通貨としての能力との関係がしばしば問題となる。 一般的には、取引成立前に(例えば小売店のレジなどで)拒否することは、債務の支払いではないので合法であるが、取引後の後払い(例えばレストランの会計など)は債務の支払いに相当するので法的には拒否できないとされる。

日本の法定通貨

現在の日本では、日本銀行が発行する日本銀行券、および造幣局が製造し政府が発行する硬貨のみが法定通貨である。日本銀行券は無制限の強制通用力が認められているが、補助貨幣的な性格を有する硬貨の強制通用力は、「通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律」の定めにより、一回の使用につき同一金種で20枚までと規定される。現在支払いが停止されほとんど流通していない日本銀行券、硬貨(記念貨幣を含む)も、特に無効とされたものを除き、法的効力は現在一般に流通しているものと全く等しい。

かつては、法定通貨以外の通貨を日本国内で使用することは禁止されていたが、電子マネーへの需要や商取引の国際ボーダレス化を受け、法定通貨以外の通貨の使用が解禁された

と、日本語版Wikipediaではこれだけの説明なのですが、英語版の「Legal Tender」では結構長い解説があります。
http://en.wikipedia.org/wiki/Legal_tender

冒頭箇所のみを引用しますと以下のとおりです。


Legal tender is a medium of payment allowed by law or recognized by a legal system to be valid for meeting a financial obligation.Paper currency is a common form of legal tender in many countries.

The origin of the word is from Middle English tendren, French tendre (verb form), meaning to offer. The Latin root is tendere (to stretch out), and the sense of tender as an offer is related to the etymology of the English word extend (to hold outward).[2] The noun form of a tender as an offering is a back-formation of the noun from the verb.

Legal tender is variously defined in different jurisdictions. Formally, it is anything which when offered in payment extinguishes the debt. Thus, personal cheques, credit cards, debit cards and similar non-cash methods of payment are not usually legal tender. The law does not relieve the obligation until payment is accepted. Coins and notes are usually defined as legal tender. Some jurisdictions may forbid or restrict payment made other than by legal tender. For example, such a law might outlaw the use of foreign coins and bank notes, or require a license to perform financial transactions in a foreign currency.

In some jurisdictions legal tender can be refused as payment if no debt exists prior to the time of payment (where the obligation to pay may arise at the same time as the offer of payment). For example vending machines and transport staff do not have to accept the largest denomination of banknote. Shopkeepers can reject large banknotes — this is covered by the legal concept known as invitation to treat. However, restaurants that do not collect payment until after a meal is served would have to accept that legal tender for the debt incurred in purchasing the meal.

The right, in many jurisdictions, of a trader to refuse to do business with any person means a purchaser cannot demand to make a purchase, and so declaring a legal tender in law, as anything other than an offered payment for debts already incurred, would not be effective.


成る程、支払手段とは、その語源からすると”Offer”から来ているということには、妙に納得した次第です。
OfferしてAcceptされる、要は「受け取ってくれる人がいてなんぼ」のものなんですねえ。


英語版Wikipediaでは他にも結構いろんなことが書いてありますので一度読まれると面白いかと思います。

今、ユーロが揺れている、といいますか、ユーロに限らず世界中でソブリン性そのものが問われているのですが、こういう時こそ、そもそも「お金って何?」という基本に立ち戻ってみるとちょっと世の中が違って見えてくるかもしれません。


さて、話をシンガポール・ドルに戻しますが、
現在のシンガポール・ドルが最初に生まれたのはシンガポール共和国「独立」の1965年8月9日から遅れること2年弱たった1967年4月7日のことです。

従ってシンガポール・ドルの歴史は未だわずかに40数年といったところです。


シンガポールでは1845年から1939年まではStraits Dollarが、その後Malayan Dollarが、そして1953年からはThe Board of Commissioners of Currency,Malaya and British Borneoが発行するMalaya and British Borneo Dollarが流通していました。


前回お伝えしましたように、シンガポールは大戦中の日本軍政(1942年~45年)から解放された後、再び19世紀初頭からの英国植民地下に戻されたわけですが、1959年6月に英連邦自治州シンガポールとして自治権を回復し、1963年9月にはマレーシア連邦の一部に自ら選んでなり、英国から完全独立しました。ところがマレーシア連邦参画後たった2年で(連邦から追放される形で)「独立」を余儀なくされました(スピンオフしたのではなくスピンオフさせられた)。


シンガポール共和国は1967年4月7日にThe Board of Commissioners of Currency,Singaporeを設立し、シンガポール・ドルを法定通貨としました。マラヤ、ブルネイも夫々独自通貨を発行したのですが、この3国間ではInterchangeability Agreementの下、夫々の通貨が等価で交換されていました。


マレーシア・リンギに対しては、マレーシアがこのInterchangeability Agreementを取りやめた1973年5月8日までシンガポール・ドルと等価交換されており、又ブルネイ・ドルについては、現在もこのAgreementが有効のため、シンガポール国内でのブルネイ・ドル、ブルネイ国内でのシンガポール・ドルが夫々等価で流通しています。


シンガポールに来られた際に時々お釣りとかでブルネイ・ドルをもらうことがあるかもしれませんが、ご心配なく。とりあえず今は未だ使えますので・・・


MAS(Monetary Authority Of Singapore)によりますと、シンガポールにおけるブルネイ・ドルは”Legal Tender”ではなく"customary tender"とされています。
http://www.mas.gov.sg/currency/currency_info/Currency_Interchangeability_Agreement.html


~続く~