前回のシンガポール通信にてお伝えしましたように、去る8月6日に、当地シンガポールにおける投資運用会社(FMCs=Fund Management Companies)に対する新規制が監督官庁であるMAS(Monetary Authority Of Singapore)により発表され、翌8月7日よりの施行となっております。
http://www.mas.gov.sg/News-and-Publications/Press-Releases/2012/MAS-Implements-Enhanced-Regulatory-Regime-for-Fund-Management-Companies.aspx
ガイドラインについてはこちら
http://www.mas.gov.sg/Regulations-and-Financial-Stability/Regulations-Guidance-and-Licensing/Securities-Futures-and-Funds-Management/Guidelines/2012/Guidelines.aspx
FAQについてはこちら
http://www.mas.gov.sg/Regulations-and-Financial-Stability/Regulations-Guidance-and-Licensing/Securities-Futures-and-Funds-Management/FAQs/2012/FAQs-on-the-Licensing-and-Registration-of-Fund-Management-Companies.aspx
を御参照下さい。
・「Competency」という専門性を問う切り口:
Directors、CEO、Professionals、Representativesに対する人数、専門性、経験、居住条件等の要件
・「Business Conduct」という基本的な業務遂行の仕組みのあり方を問う切り口:
Risk Management Framework、Compliance Arrangement、Internal Audit、Independent Annual Audits、 Professional Indemnity Insurance、Disclosures等の要件
・「Capital」という運用会社の安定性を問う切り口:
Base Capital、Risk-based Capital等の要件
等に焦点を当てたAdmission Criteriaとなっているのですが、今回は(多分)日本の多くの人にとってはあまり馴染みが無いかと思われます、
・Independent Annual Auditsと、
・PII(Professional Indemnity Insutrance)
についてお伝えします。
□Independent Annual Audits
普通この言葉を聞きますと、外部公認会計士による年次会計監査を想起されるかと思いますが、実は当地におきましては年次会計監査というものは、半ば「常識」(注)のものでございまして、LFMC(Licensed Fund Management Companies)に課されるものとしては、そういった年次会計監査報告書という「常識物」以外に、「Auditor's report/certification for a holder of a CMS(Capital Market Service) license」が加わります。
(注)
何故、シンガポールにおいては年次会計監査が半ば常識であるのかと言いますと「会社法」で義務付けられているから、なのですがシンガポールにおける「会社」を理解するには、ACRAについてお話したほうが良かろうかと思います。
■ACRA
シンガポールにて会社を立ち上げる際にはACRAに届出が必要です。
ACRA(アクラ)とは、"Accounting and Corporate Regulatory Authority"の略称であり、日本で言うところの法務局や財務局に相当する公的機関です。
http://www.acra.gov.sg
ACRAは会社法、事業登記法、会計基準及び公認会計士法の監督官庁であり、登記情報を受け付け、公開を行い、登記が適切に行われているかを監督することを主な業務とする行政機関です。
会社や外国会社の支店の設立、閉鎖の承認も行います。現在、各種申請や登記はインターネットを通じて行うことができ、登記情報もインターネットを通じて誰でも入手することができます。
シンガポールの会社(や支店)は設立の際のみならず、設立後も決算書をはじめ各種情報を、適時にACRAへ登記することが義務づけられています。
さて、日本で公認会計士の監査が必要な会社というのは、上場会社や会社法上の大会社など一定の会社に限られていますが、シンガポールでは会社法207条の規定に基づき、会社は公認会計士を会計監査人として選任し、毎年一回監査を受けなければなりません。即ち全ての株式会社は公認会計士という外部会計監査人の監査が義務づけられています。
例外は、株主が全て個人株主で20人以下、且売上高が年間S$500万以下の会社、又は休眠会社の場合等です。
(これだけ聞きますと最低でも数百万円とかいった日本の会計監査費用を「常識」とする方にとっては、随分と会社固定費が高い国かと思われるかもしれませんが、シンガポールでの多くの中小規模会社の会計監査費用は、せいぜい数十万円相当というのが普通です。当地における電子化された効率的なACRAのシステムやCompetitiveなAuditorsあるいはLawyersの存在といった中で仕事をしておりますと、日本のビジネスインフラ自体がいかに「ガラパゴス化」しているのかがよくわかります)
又、シンガポール会社法は、全ての会社は最低1名のカンパニー・セクレタリー(シンガポール居住の自然人)をおくことを義務づけています。カンパニー・セクレタリー(Secretary of Company)は会社の機関の一つであり、日本の文献では秘書役あるいは会社書記役と訳される場合があるようですが、いずれにせよ日本の会社法には見られない制度です。
カンパニー・セクレタリーの業務は、ACRAへの届出事項に関する業務を行うことです。公開会社では、常勤のカンパニー・セクレタリーを置いているケースがありますが、一般の多くの中小規模の会社については、カンパニー・セクレタリーの名義貸し(Named Company Secretary)をし、実務上の仕事(Corporate Secretarial Services)はカンパニー・セクレタリー会社(あるいは弁護士事務所)が代行します。即ち会社としてのACRAへの登記義務の実際の作業は、カンパニー・セクレタリー会社(あるいは弁護士事務所)という専門家によってなされています。
つまり、シンガポールにおける「会社」というものは、ACRA(というRegulator及びその全体の仕組み)を軸に、公認会計士、カンパニー・セクレタリーという会社とは独立した機関の介在を持って初めて存続可能なものとなっており、そういった意味では、シンガポール(で実際の活動を行なっている法人株主)の会社である限り、「へんてこりんな会社」というのは、仕組みとしてあり得ないものになっていると言えるかと思います。
さて、ACRAの話が長引いてしまったのですが、今般のLFMC(Licensed Fund Management Companies)に課せられるものは、上記で説明しました年次会計監査報告書に加え、
「Auditor's report/certification for a holder of a CMS license」というもので、これはCMS License Holder に課せられる各種条件につきAuditorにCertifyさせるものです。Base Capital、Risk-based Capital状況といった外形要件のチェックに加え、Business Conductのチェック、特にRisk Management Frameworkの遂行(implementation)状況についてのチェックが求められており、日本語で言うところの「業務監査」でしょうか。
尤も、こういったAuditは従来のCMSライセンスHolderには課せられていたものであり、全く目新しいものというわけではないのですが、従来は「個人顧客」も顧客対象とする大手のFMCのみに限定されていたものが、今般導入されたA/I LFMCs(Accredited/Institutional Licensed FMCs)にも適用されることになったわけです。
ここで、ふと思い至ることは、一体、何社分のAudit追加需要が発生するのか、という事と、果たしてその追加需要に対応できるだけのAuditors側でのCapacityはあるのか、という事です。
9月末現在、CMSライセンス保有FMC会社数は133社にすぎないのに対し、EFM(Exempt Fund Manager)会社数は560社あります。
この内一体何社がA/I LFMCあるいはRetail LFMCsに移行しようとしているのかはわかりませんが、それなりの数にはなるかと思います。
単純に需給面から考えて、この種AuditFee の上昇と、Auditor側の供給できる質の低下が気になるところです。
□PII(Professional Indemnity Insutrance)
日本語で言うと、専門職業人賠償責任保険とでもいうのでしょうか。
弁護士、公認会計士や医師等といった専門職業資格を持つ者が被保険者で、第三者に対して法律上の賠償責任を負担した場合に、被保険者が被る損害(つまり賠償金の支払いや負担する訴訟費用等)を填補する保険としては日本でも馴染みがあるかもしれません。
FMC(Fund Management Companies)におけるFMCとしての専門職業人賠償責任保険購入の要件も、従来よりMASは、「個人顧客」をも顧客対象とする(大手の)CMSライセンスホルダーFMCには課しており、今回の新規制でもRetail LFMCsには必要条件として引き続き課しています。
一方、適格投資家(Qualified Investor)のみしか顧客対象にできないA/I LFMCあるいはRegistered FMCに対しては、必要要件とはしていないものの加入を勧める、という立場をとっており、当該保険の有無については顧客にDisclosureすることとしています。
MASの目的は、多分「投資家保護」という大義にあろうかと思うのですが、要求されている保険金額レベルはFMCの契約運用資産額の100%というわけではなく(勿論、その場合はとんでもない保険料になってしまいますが)その数%以上という縛り方になっており、どうにも中途半端感が否めません。
直接の「投資家保護」という視点からではなく、引き受け保険会社による、保険引き受けにあたってのFMCのDue Diligence機能(外部監査人機能)に期待して、複数の保険会社に対し、試しに保険料算出を依頼した事があるのですが、あっけないほど簡単なDue Diligenceをしただけで、さっさと保険料を提示してきましたので拍子抜けした覚えがあります。
まあ、所詮保険ですので、どんな保険も同じで、大数の法則で売ってなんぼということでしょうか。
いずれにせよ、過失責任保険ですので、第一義的には当然ながら過失を防ぐことに(コストを掛け)注力することが筋です。徒に保険購入という外形要件にだけ目が向いていると単に保険会社を太らせるだけという気もします。

