日本には「空港整備特別会計(空港特会)」なるものがあることをご存知でしょうか?
昨年国会で漸く話題になりました、あの道路整備特別会計「道路特会」と似た仕組みのもので、これが日本の空港建設の財源を担ってきたものです。
道路と同じで特定財源(いわゆるガソリン税や航空機燃料税等)が設けられており、又羽田など利用者の多い空港の収入は「空港特会」にプールされ日本の空港の整備や運営にまわされています。
08年度より道路特会も空港特会も「社会資本整備特別会計」なる(もっともらしい)名称に一本化されていますが、まあごまかしにすぎず、この特会の中に、道路整備勘定(道路勘定)と空港整備勘定(空港勘定)の形で残っていますので実態は以前と変わりません。
で、このような既得権益が役所にあると一体何が起こるのかというと、(毎度のことで嫌になってしまうのですが、)使われないし、使えない道路が地方に無数にできるのと同様に、使われないし、使えない「地方空港」が乱立することになります。
因みに日本に「民間空港」は一体いくつあるか皆さんご存知でしょうか?
6月4日に静岡空港が開港し、来年3月には茨城空港が開港予定ですので、そうすると、なんと 99!になります。
ほぼ100! 一体どこに? また何で?
ということで、試しに数えてみますと都道府県別で数が多いのは、北海道と沖縄が13、鹿児島が10、東京都が8という順になっています。(離島が多いところでは数が増えますね。)
逆に、民間空港がない府県というのは、栃木、群馬、埼玉、神奈川、山梨、岐阜、滋賀、京都、三重、奈良の10のみ。
つまり全都道府県47のうち約8割には少なくとも一つの民間空港があるということです。
鉄道や高速道路等の他の交通機関があるにも拘らず、又どこに空港を整備するかといったグランドデザインがないまま、地元負担が少ないがために地方が競って次々と建設してきたというのが実態です。
とはいえ「空港建設」という「政治成果」の旨い話はそこまで。建設後は、後背地人口が少なく利用者も少ない空港では、「維持管理費」と「減価償却費」が地方財政を苦しめます。
この100近くある日本の各空港の収支ですが、なんとほぼ9割以上が「赤字」だそうです。
こうした巨額の維持管理費が現実に問題となる時点では往々にして、空港建設を決めた首長や自治体、国交省の幹部は引退しています。人口減少が始まり、空港建設失敗のツケは将来世代に回されるという構図です。そして、忘れてならないのは、一般会計や特会から投入される資金が、地方空港の利用者以外の人々の負担になっているという事でしょうか。
更に驚くのは、空港別の「まともな」財務報告書が今まで作成すらされていないという事でしょうか。一部の空港に限って国交省が{稚拙な}空港別収支を公表するようになったのは今年のことです。
http://www.mlit.go.jp/common/000042536.pdf
まあ、事々左様に、ビジネス感覚のない役人がやることには毎度唖然とさせられるのですが、そうはいっても作ってしまったものなのですから、なにがしかの経営努力というものは行われねばなりません(普通行われるものですよね)。で、経営努力なのかどうかは分らないのですが、一つ面白いことを見つけました。
それは、地方空港の国際化です。
首都圏在住の人に、日本の国際線就航空港は?という質問をすれば、きっと大半の人は成田国際空港(と羽田)に関西国際空港と中部国際空港くらいの答えしか出てこないかもしれません。
ところが、今や上記3つの主要国際空港以外の地方空港の多くが海外と繋がっているのです。
以下、北から順に、
旭川空港 ソウル
千歳空港 ソウル、釜山、上海、北京、大連、香港、台北、ユジノサハリンスク、グアム
函館空港 ソウル、ユジノサハリンスク
青森空港 ソウル
秋田空港 ソウル
仙台空港 ソウル、上海、北京、大連、長春、広州、香港、台北、グアム
福島空港 ソウル、上海
羽田空港 ソウル(金浦空港)、上海(虹橋空港)、香港
静岡空港 ソウル、上海
新潟空港 ソウル、上海、ハルビン、ハバロフスク、ウラジオストク、グアム
富山空港 ソウル、上海、大連、ウラジオストク
小松空港 ソウル、上海、台北
米子空港 ソウル
岡山空港 ソウル、上海、大連、北京、グアム
広島空港 ソウル、上海、大連、北京、台北、台北、グアム
高松空港 ソウル
松山空港 ソウル、上海
新北九州空港 ソウル
福岡空港 ソウル、釜山、済州、上海、北京、大連、青島、広州、瀋陽、台北、香港、マニラ、バンコク、
ホーチミン 、シンガポール、グアム
長崎空港 ソウル、上海
大分空港 ソウル
熊本空港 ソウル
宮崎空港 ソウル 、台北
鹿児島空港 ソウル、上海
那覇空港 ソウル、上海、台北、香港
どうでしょう?ご存知でしたか? 成田、関西、中部の3つに加え、他に25の空港から国際線が飛んでいます。(来年開港予定の茨城空港を加えると26。尚、茨城空港より就航が決定している路線は本日現在ソウル線と釜山線のみで国内線は未決定のままです。単なる国際空港になったりして・・・http://www.pref.ibaraki.jp/bukyoku/kuko/)そして羽田(金浦空港)を除き、その全てがソウル(仁川空港)と繋がっています。
これはどういうことかというと、アウトバウンド、インバウンド共に、今や日本の地方空港はソウル(仁川空港)がハブとなって、世界に繋がっているという事です。
このハブ空港としてのソウル(仁川空港)というのは上記の地方空港のうち成田便があるのは千歳、仙台、小松、広島、福岡、那覇の6つのみという現実を考えると驚くに値しません。(成田空港の国内線はこの6つに加え中部国際空港、関西国際空港の8路線です)
成田のキャパ不足に目をつけたソウル(仁川空港)と大韓航空・アシアナ航空の勝ち!という気がします。
○ 空港の変遷
前回、シンガポール・チャンギ空港のことについて触れた際に、(チャンギ空港の)「開港は成田に遅れること3年の1981年」です。
とお伝えしたのですが、だとすると、「じゃあ1981年以前の空港はどこだったの?」という素朴な疑問がおきるかと思います。(おきません?)
ということで、シンガポールの空港の変遷と航空史をちょっと調べてみました。
CAAS(シンガポール民間航空庁)http://www.caas.gov.sgによると、
シンガポールで最初の飛行機のデモ飛行は、1911年に仏人パイロットM Joseph Christiaensによって行われたそうですが、その時は未だ飛行場なるものはなく、当時の競馬場(現在のFarrer Park、リトル・インディアの横です)が使われたそうです。
最初に海外からの飛行機が着陸したのは1919年。Ross Smith大尉操縦の飛行機が英国からオーストラリアへ行く途中に立ち寄った(これが、所謂「カンガルー・ルート」の起源でしょうか)ものですが、この時も競馬場が離着陸に使われたそうです。
最初の有料の乗客としてシンガポールに降り立ったのは、米国人の新聞王億万長者のW Van Lear Blackで1927年の事。KLM(創業1919年で現存する航空会社ではスカンジナビア航空と並ぶ最古参です)からチャーターした単発機で欧州から来たとのことですが、その時はバレスティア(Farrer Parkの近くです)の草っ原に着陸したそうです。
ということで、空港ができる前に飛行機は勝手に飛んでいたようですが(まあ、1903年にライト兄弟が初めて飛行機を飛ばしたのもノースキャロライナの砂浜なわけですから、そりゃそんなもんですかね)、シンガポールで最初の飛行場は、1928年に英国空軍(RAF : Royal Air Force)が開設したセレター空軍基地(RAF Seletar)になります。
場所は、シンガポール島の東北部。空軍基地ではあったものの1930年から1937年までは民間利用にも供されていたので、シンガポールで最初の民間利用空港というのは、「セレター」になります。
この空港は(第二次大戦時は3年半の間、日本軍に接収されましたが)、1965年のシンガポール独立後も1971年までRAFが使用。その後シンガポール空軍に戻され、今日現在は「セレター空港」として民間空港となっています。
シンガポールというとチャンギ空港があまりに有名な為、影が薄いのですが、マレーシアのティオマン島、レダン島への定期便が出ているれっきとした「(現在)二つあるシンガポールの民間空港」の一つです。
一口メモ:確かに定期便就航空港としては「セレター空港」の存在感は極めて薄いのですが、飛行学校あるいはチャーター便等に特徴があります。2007年に 「Seletar Aerospace Park」のマスタープランが発表され現在施設の拡張が行われています。2018年までに、航空機の修理、保守、部品製造といった分野での航空機産業の集積地及び航空機パイロット、管制官等をはじめとする航空産業サービスのプロフェッショナルの育成・訓練等に特徴を持ったユニークな空港施設に生まれ変わろうとしています。http://en.wikipedia.org/wiki/Seletar_Aerospace_Park
さて、シンガポールの民間空港は、1930年から1937年までセレター基地に間借りであったのですが、1937年に最初の民間空港として「カラン空港」が開港となります。
場所はシンガポールの中心街に程近いやや東寄り。第二次大戦中は軍用にも使われ東条英機とかチャンドラ・ボーズ等といった歴史上の様々な人物が利用しています。
1955年に新空港がパヤー・レバー(カランとチャンギの丁度中間辺りのやや北側の場所)に完成(「パヤ・レバー空港」)したのに伴い閉鎖され、現在は公園(管制塔は人民協会の本部ビル)になっています。
「パヤ・レバー空港」は1955年から1981年まで運営(現在は「パヤ・レバ空軍基地」)されましたので、日本の高度成長期にシンガポールを訪れた人にとっては馴染み深い空港ですが、一本の滑走路と小規模ターミナルしかなく70年代には既にキャパシティー問題が顕在化し、新たな空港建設が計画されます。当初(1972年)は「パヤー・レバー空港の拡張路線」で進められたようですが73年の石油危機で頓挫。紆余曲折の挙句、最後はリー・クアンユーの決断で1975年に現チャンギ空港建設が決まったとの事です。
歴史に「もし」はないのですが、この決断がなされなかった場合のシンガポールの現在の姿は一体どうだったのか興味深いものがあります。
ということで、シンガポールの民間空港の歴史は、1930年~1937年の「セレター空軍基地」(現「セレター空港」)。1937年~1955年の「カラン空港」。1955年~1981年の「パヤ・レバー空港」(現「パヤ・レバー空軍基地」)と変遷してきて、1981年に「チャンギ空港」開港ということになります。
話のついでに、日本の空港も調べてみました。日本で最初の飛行場は、1911年(明治44)に開設された埼玉県の所沢飛行場(正式名称は「臨時軍用気球研究会所沢試験場」)で同年、徳川大尉による初飛行が行われたそうです。
今は航空公園となっていますのでご存知の方も多いかもしれません。
ただ未だ空港と呼べるような施設ではなく、本格的なものは、1922年(大正11)に陸軍航空部隊の中核拠点として開設された立川飛行場なのでしょうか。
立川飛行場は民間空港としても一時共同利用され1928年(昭和3)には立川と大阪を3時間で結ぶ日本初の定期航空路が開設されたそうです。
1931年(昭和6)に東京飛行場(現、「羽田」)が開港したので1933年までに民間機は東京飛行場へ移転し、立川飛行場は陸軍専用となったとのことです。
前回、シンガポール・チャンギ空港のことについて触れた際に、(チャンギ空港の)「開港は成田に遅れること3年の1981年」です。
とお伝えしたのですが、だとすると、「じゃあ1981年以前の空港はどこだったの?」という素朴な疑問がおきるかと思います。(おきません?)
ということで、シンガポールの空港の変遷と航空史をちょっと調べてみました。
CAAS(シンガポール民間航空庁)http://www.caas.gov.sgによると、
シンガポールで最初の飛行機のデモ飛行は、1911年に仏人パイロットM Joseph Christiaensによって行われたそうですが、その時は未だ飛行場なるものはなく、当時の競馬場(現在のFarrer Park、リトル・インディアの横です)が使われたそうです。
最初に海外からの飛行機が着陸したのは1919年。Ross Smith大尉操縦の飛行機が英国からオーストラリアへ行く途中に立ち寄った(これが、所謂「カンガルー・ルート」の起源でしょうか)ものですが、この時も競馬場が離着陸に使われたそうです。
最初の有料の乗客としてシンガポールに降り立ったのは、米国人の新聞王億万長者のW Van Lear Blackで1927年の事。KLM(創業1919年で現存する航空会社ではスカンジナビア航空と並ぶ最古参です)からチャーターした単発機で欧州から来たとのことですが、その時はバレスティア(Farrer Parkの近くです)の草っ原に着陸したそうです。
ということで、空港ができる前に飛行機は勝手に飛んでいたようですが(まあ、1903年にライト兄弟が初めて飛行機を飛ばしたのもノースキャロライナの砂浜なわけですから、そりゃそんなもんですかね)、シンガポールで最初の飛行場は、1928年に英国空軍(RAF : Royal Air Force)が開設したセレター空軍基地(RAF Seletar)になります。
場所は、シンガポール島の東北部。空軍基地ではあったものの1930年から1937年までは民間利用にも供されていたので、シンガポールで最初の民間利用空港というのは、「セレター」になります。
この空港は(第二次大戦時は3年半の間、日本軍に接収されましたが)、1965年のシンガポール独立後も1971年までRAFが使用。その後シンガポール空軍に戻され、今日現在は「セレター空港」として民間空港となっています。
シンガポールというとチャンギ空港があまりに有名な為、影が薄いのですが、マレーシアのティオマン島、レダン島への定期便が出ているれっきとした「(現在)二つあるシンガポールの民間空港」の一つです。
一口メモ:確かに定期便就航空港としては「セレター空港」の存在感は極めて薄いのですが、飛行学校あるいはチャーター便等に特徴があります。2007年に 「Seletar Aerospace Park」のマスタープランが発表され現在施設の拡張が行われています。2018年までに、航空機の修理、保守、部品製造といった分野での航空機産業の集積地及び航空機パイロット、管制官等をはじめとする航空産業サービスのプロフェッショナルの育成・訓練等に特徴を持ったユニークな空港施設に生まれ変わろうとしています。http://en.wikipedia.org/wiki/Seletar_Aerospace_Park
さて、シンガポールの民間空港は、1930年から1937年までセレター基地に間借りであったのですが、1937年に最初の民間空港として「カラン空港」が開港となります。
場所はシンガポールの中心街に程近いやや東寄り。第二次大戦中は軍用にも使われ東条英機とかチャンドラ・ボーズ等といった歴史上の様々な人物が利用しています。
1955年に新空港がパヤー・レバー(カランとチャンギの丁度中間辺りのやや北側の場所)に完成(「パヤ・レバー空港」)したのに伴い閉鎖され、現在は公園(管制塔は人民協会の本部ビル)になっています。
「パヤ・レバー空港」は1955年から1981年まで運営(現在は「パヤ・レバ空軍基地」)されましたので、日本の高度成長期にシンガポールを訪れた人にとっては馴染み深い空港ですが、一本の滑走路と小規模ターミナルしかなく70年代には既にキャパシティー問題が顕在化し、新たな空港建設が計画されます。当初(1972年)は「パヤー・レバー空港の拡張路線」で進められたようですが73年の石油危機で頓挫。紆余曲折の挙句、最後はリー・クアンユーの決断で1975年に現チャンギ空港建設が決まったとの事です。
歴史に「もし」はないのですが、この決断がなされなかった場合のシンガポールの現在の姿は一体どうだったのか興味深いものがあります。
ということで、シンガポールの民間空港の歴史は、1930年~1937年の「セレター空軍基地」(現「セレター空港」)。1937年~1955年の「カラン空港」。1955年~1981年の「パヤ・レバー空港」(現「パヤ・レバー空軍基地」)と変遷してきて、1981年に「チャンギ空港」開港ということになります。
話のついでに、日本の空港も調べてみました。日本で最初の飛行場は、1911年(明治44)に開設された埼玉県の所沢飛行場(正式名称は「臨時軍用気球研究会所沢試験場」)で同年、徳川大尉による初飛行が行われたそうです。
今は航空公園となっていますのでご存知の方も多いかもしれません。
ただ未だ空港と呼べるような施設ではなく、本格的なものは、1922年(大正11)に陸軍航空部隊の中核拠点として開設された立川飛行場なのでしょうか。
立川飛行場は民間空港としても一時共同利用され1928年(昭和3)には立川と大阪を3時間で結ぶ日本初の定期航空路が開設されたそうです。
1931年(昭和6)に東京飛行場(現、「羽田」)が開港したので1933年までに民間機は東京飛行場へ移転し、立川飛行場は陸軍専用となったとのことです。
○ チャンギ空港(Singapore Changi Airport)
グローバリゼーションにあたっての交通手段といえば、やはり主役は航空機になるのですが、まっすぐそのお話に行く前に(避けて通れないのが)「空港」のお話です。
と、いうことでシンガポールといえばなんといっても「チャンギ空港」!
シンガポール島東南端(都心から約17キロ)に位置し、広さは約1300ha(成田の1.4倍)。
開港は成田に遅れること3年の1981年。2本の4000m滑走路があり、ターミナルは完成順にT-1(81年)、T-2(91年)、バジェットT(06年)とT-3(08年)と主だったもので現在4つ。60カ国190以上の都市に80以上の国際航空会社が就航しています。
年間37百万人の国際旅客(というか国内線はないので全てが国際旅客になります)に利用されており、国際旅客数ランキングではアジアでは香港(世界5位)に次いで2位(世界6位)に位置します。
因みに世界空港ランキングを国際旅客数でみると1位のロンドン・ヒースロー空港(62百万人)から4位までを欧州の空港が占めますが(2位パリ・ドゴール空港、3位アムステルダム・スキポール空港、4位フランクフルト・アムマイン空港)これは99年に始まったEU域内の“オープン・スカイ(航空路線開設の自由化)”の影響が大きいといわれています。
(成田は34百万人で、かろうじて未だアジア3位・世界7位のようですが?ドバイ・シャールジャ空港、バンコク・スワナプーム空港、ソウル・仁川空港もほぼ同数で猛追されています。というか、もう抜かれたのかなあ?)
* 尤も、国内旅客も含む年間総旅客数では、未だ米国の空港が圧倒的に多く、1位はアトランタの89百万人、2位シカゴ・オヘアの76百万人、3位ロンドン・ヒースローの68百万人で4位に羽田の67百万人と続きます。従ってアジアに限って言うと現在最も多忙な空港は羽田ということになりますでしょうか。
Data:Airport Council International
http://www.airports.org/
先に述べましたようにチャンギ空港の利用旅客数は現在年間40百万人未満なのですが、昨年完成したT-3によって取り扱い能力は年間70百万人に拡大しています。
人口480万人の国の空港が、人口の15倍ほどのCapacityを持って、すごいなあと思っていたのですが、こんなもんでスピードを緩めないところが、まさにこの国の「シンガポールらしさ」でしょうか。
常に時代の先を読むシンガポールですが、リム交通相は、昨年、「香港、クアラルンプール、バンコクだけでなく世界最大のドバイ新空港がまもなく完成すれば、シンガポールは世界の航空競争に落伍するかもしれない」と危機感を語り、同時に第4ターミナルの建設及びバジェットターミナルの拡張を発表しています。
世界不況の影響で足元を見ると国際物流が停滞しているように見えるのですが、世界史的観点で考えると(人口と同じで)趨勢的には国際航空物流、国際航空旅客輸送は拡大(爆発)せざるを得ないようです。
こういう状況にあって、日本の現状を鑑みると来年、成田のB滑走路の延伸と羽田のD滑走路の増設があるようですが、そんなもんは「焼け石に水」のきらいがあって、どうも空港容量の不足が日本の発展を阻害している感が否めないのですがいかがでしょうか。
さて、空港の競争力として求められるのは、「発着容量、(通関)処理能力と迅速さ」、「廉価な空港使用料」、「都心へのアクセスのよさ」、「よいサービスとその結果生じる高い非航空収入」でしょうか。
チャンギ空港へのアクセスについては、以前「移動のコスト、タクシー編」及び「バス・MRT編」でも触れましたように、極めて安価且効率的です。都心までタクシーで20分1000円程度。MRTで30分100円程度です。発着容量については先に述べた通り。
処理能力と迅速さですが、飛行機が着陸してからエプロンに着くまでのタキシング時間がとても短いのが特徴でしょうか。機内預け荷物が出てくる時間も驚くほど早いです。
又どのターミナルでも入国審査場所は広々としており極めて迅速に終えられます。
特に電子処理のシンガポール人パスポート保有者であれば駅の改札機械のようなものにかざすだけです。
殆ど無審査の税関を過ぎるとすぐにタクシー乗り場がありタクシーが待っています。
(個人的な話で恐縮ですが、以前飛行機が滑走路に着陸した瞬間から自分の家の玄関を開けるまでの総時間が30分を切る時がありました。)
空港内施設は一度利用された方ならおわかりのように、至るところに無料インターネット、無料市内通話電話、テレビ、無料シアター、ソファ、無料マッサージ機、仮眠スペースやフィットネスセンター、スイミングプールまでありまさに至れり尽くせりです。(お気づきの方もいらっしゃるでしょうが当然ムスリム用礼拝場所もあります)。
ターミナル間(T1~T3)は無人モノレールのスカイトレインで繋がっています。
レストラン・ファストフーズ・バー等の飲食店、コンビニやスーパーマーケット、各種ショップにサロン・エステ・マッサージ、病院にホテル等々殆どなんでもありで、シンガポール最大のショッピングプレースを形成しています。
さて、この「世界のベスト空港」常連のチャンギ空港の運営者なのですが、この6月までは交通省の外局のCAAS(シンガポール民間航空庁)が行っておりましたが、7月1日より空港運営を行う空港新会社(Changi Airport Group)と、航空交渉や航空管制、ライセンス発行機能をもつ新CAASに分かれました。
「非航空収入(テナント収入等)を伸ばし、航空収入(着陸料等)への依存をできるだけ減らす」戦略を実現してきたチャンギ空港!今やそのノウハウと実績を引っさげ中国、インド、ロシア、中東の空港へのマネジメントサービスやパートナーシップ締結を積極的に展開しています。
まさに、「ビジネスとしての空港業」が浮かび上がってきます。
Changi Airport Group http://www.changiairportgroup.com.sg/cag/html/the-group/
航空会社が負担するコストを抑える為に、買い物や食事、更には自らのノウハウ輸出などの非航空収入で稼ぐチャンギ空港の姿を見ると、世界一着陸料が高いといわれる成田国際空港株式会社にはさぞかし耳が痛いことでしょうねえ。
グローバリゼーションにあたっての交通手段といえば、やはり主役は航空機になるのですが、まっすぐそのお話に行く前に(避けて通れないのが)「空港」のお話です。
と、いうことでシンガポールといえばなんといっても「チャンギ空港」!
シンガポール島東南端(都心から約17キロ)に位置し、広さは約1300ha(成田の1.4倍)。
開港は成田に遅れること3年の1981年。2本の4000m滑走路があり、ターミナルは完成順にT-1(81年)、T-2(91年)、バジェットT(06年)とT-3(08年)と主だったもので現在4つ。60カ国190以上の都市に80以上の国際航空会社が就航しています。
年間37百万人の国際旅客(というか国内線はないので全てが国際旅客になります)に利用されており、国際旅客数ランキングではアジアでは香港(世界5位)に次いで2位(世界6位)に位置します。
因みに世界空港ランキングを国際旅客数でみると1位のロンドン・ヒースロー空港(62百万人)から4位までを欧州の空港が占めますが(2位パリ・ドゴール空港、3位アムステルダム・スキポール空港、4位フランクフルト・アムマイン空港)これは99年に始まったEU域内の“オープン・スカイ(航空路線開設の自由化)”の影響が大きいといわれています。
(成田は34百万人で、かろうじて未だアジア3位・世界7位のようですが?ドバイ・シャールジャ空港、バンコク・スワナプーム空港、ソウル・仁川空港もほぼ同数で猛追されています。というか、もう抜かれたのかなあ?)
* 尤も、国内旅客も含む年間総旅客数では、未だ米国の空港が圧倒的に多く、1位はアトランタの89百万人、2位シカゴ・オヘアの76百万人、3位ロンドン・ヒースローの68百万人で4位に羽田の67百万人と続きます。従ってアジアに限って言うと現在最も多忙な空港は羽田ということになりますでしょうか。
Data:Airport Council International
http://www.airports.org/
先に述べましたようにチャンギ空港の利用旅客数は現在年間40百万人未満なのですが、昨年完成したT-3によって取り扱い能力は年間70百万人に拡大しています。
人口480万人の国の空港が、人口の15倍ほどのCapacityを持って、すごいなあと思っていたのですが、こんなもんでスピードを緩めないところが、まさにこの国の「シンガポールらしさ」でしょうか。
常に時代の先を読むシンガポールですが、リム交通相は、昨年、「香港、クアラルンプール、バンコクだけでなく世界最大のドバイ新空港がまもなく完成すれば、シンガポールは世界の航空競争に落伍するかもしれない」と危機感を語り、同時に第4ターミナルの建設及びバジェットターミナルの拡張を発表しています。
世界不況の影響で足元を見ると国際物流が停滞しているように見えるのですが、世界史的観点で考えると(人口と同じで)趨勢的には国際航空物流、国際航空旅客輸送は拡大(爆発)せざるを得ないようです。
こういう状況にあって、日本の現状を鑑みると来年、成田のB滑走路の延伸と羽田のD滑走路の増設があるようですが、そんなもんは「焼け石に水」のきらいがあって、どうも空港容量の不足が日本の発展を阻害している感が否めないのですがいかがでしょうか。
さて、空港の競争力として求められるのは、「発着容量、(通関)処理能力と迅速さ」、「廉価な空港使用料」、「都心へのアクセスのよさ」、「よいサービスとその結果生じる高い非航空収入」でしょうか。
チャンギ空港へのアクセスについては、以前「移動のコスト、タクシー編」及び「バス・MRT編」でも触れましたように、極めて安価且効率的です。都心までタクシーで20分1000円程度。MRTで30分100円程度です。発着容量については先に述べた通り。
処理能力と迅速さですが、飛行機が着陸してからエプロンに着くまでのタキシング時間がとても短いのが特徴でしょうか。機内預け荷物が出てくる時間も驚くほど早いです。
又どのターミナルでも入国審査場所は広々としており極めて迅速に終えられます。
特に電子処理のシンガポール人パスポート保有者であれば駅の改札機械のようなものにかざすだけです。
殆ど無審査の税関を過ぎるとすぐにタクシー乗り場がありタクシーが待っています。
(個人的な話で恐縮ですが、以前飛行機が滑走路に着陸した瞬間から自分の家の玄関を開けるまでの総時間が30分を切る時がありました。)
空港内施設は一度利用された方ならおわかりのように、至るところに無料インターネット、無料市内通話電話、テレビ、無料シアター、ソファ、無料マッサージ機、仮眠スペースやフィットネスセンター、スイミングプールまでありまさに至れり尽くせりです。(お気づきの方もいらっしゃるでしょうが当然ムスリム用礼拝場所もあります)。
ターミナル間(T1~T3)は無人モノレールのスカイトレインで繋がっています。
レストラン・ファストフーズ・バー等の飲食店、コンビニやスーパーマーケット、各種ショップにサロン・エステ・マッサージ、病院にホテル等々殆どなんでもありで、シンガポール最大のショッピングプレースを形成しています。
さて、この「世界のベスト空港」常連のチャンギ空港の運営者なのですが、この6月までは交通省の外局のCAAS(シンガポール民間航空庁)が行っておりましたが、7月1日より空港運営を行う空港新会社(Changi Airport Group)と、航空交渉や航空管制、ライセンス発行機能をもつ新CAASに分かれました。
「非航空収入(テナント収入等)を伸ばし、航空収入(着陸料等)への依存をできるだけ減らす」戦略を実現してきたチャンギ空港!今やそのノウハウと実績を引っさげ中国、インド、ロシア、中東の空港へのマネジメントサービスやパートナーシップ締結を積極的に展開しています。
まさに、「ビジネスとしての空港業」が浮かび上がってきます。
Changi Airport Group http://www.changiairportgroup.com.sg/cag/html/the-group/
航空会社が負担するコストを抑える為に、買い物や食事、更には自らのノウハウ輸出などの非航空収入で稼ぐチャンギ空港の姿を見ると、世界一着陸料が高いといわれる成田国際空港株式会社にはさぞかし耳が痛いことでしょうねえ。