昼の部鑑賞
①廓三番叟
②裏表仙台萩
通し狂言、仙台萩は、江戸時代仙台藩で起きた御家騒動。この裏表仙台萩は音羽屋の由縁の台本で描かれその登場人物、乳人政岡、二木弾正が活躍する場面を表として、小悪党下男小助の物語を裏として展開させその善悪の三役を八代目菊五郎が一人で演じるという構成的にも面白い舞台。
元々、仙台萩は、政岡が主君の為に、我が子を身代わりに差し出すという、現代的に考えて見れば酷いお話しなのだが、まあこの際
目を瞑って、八代目菊五郎の役者としての演じ分ける力は、見る者にとって歌舞伎の愉しみを感じる時間だった。勘九郎、七之助、彌十郎さんも良かったな💗
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友達と永田町で待ち合わせての予定が、都合でキャンセルになり一人で参加。永田町のご褒美ソフトクリームは、味は変らず、450円に値上がり!
集会は、ずいぶん雰囲気が変わってファッショナブルになって、浴衣、アフリカン、ゴスロリ、アラブ風、参加している層も若い人やカップルも多い。シャボン玉飛ばしたり、恐竜が居たりの表現も多様。ロックなブースもある。10年前の「安倍政治を許さない」の白髪の人達も減ったけど、デモや集会も様変わりしてきている。それでも懐しい顔にも会えた。
ここに居る人は、トランプ・高市の政治、外交、改憲、武器輸出、スパイ防止法に反対する人々が国会前に36000人。勿論、全国202箇所でも同時に開催。
この数字は大きいのか小さいのか?ただこの機会が失われる世の中が怖い。デモ・集会の自由は、勝ち取った権利。遠い戦争は、他人事ではなくそれも地続きの戦争。
ポンペイ遺跡は、西暦79年のヴェスヴィオ火山噴火により一瞬にして火山灰に埋もれた。ナポリの近郊にある古代ローマの都市遺跡で世界遺産となっている。約1700年間地中に眠っていたため、当時の建物、街並み、人々の生活の様子が驚くほど鮮明に残されている。 面積は66ヘクタール、当時人口20,000人を数えた古代都市遺跡。紀元79年8月24日、ヴェスビオ火山の噴火によって発生した火砕流によって一瞬にして地中に埋まり、18世紀に発掘されるまで火山灰に埋もれていた。壷が多数出土したことからワインの産地であったと言われ、港があり商業都市として栄えていた名残が、古代と変わらぬ姿で遺跡のあちらこちらに見られる。石畳の敷かれた道路は碁盤目で水道網が発達し、公共水場が設置され浴場も残されている。ポンペイは多神教で、ギリシア・エジプトの神々(アポロ、イシスなど)を祀った神殿がある。発掘以降は外気に晒されて崩壊が進んでいるため、修復作業が常に行われている。
nyasperのポンペイ遺跡の印象と言えば「壁画の赤色」が印象的だった。
現在、修復や展示の施設が進み、当時の災害にあった人間の形まで展示されていて、リアル過ぎてカメラに撮る事が出来なかった。また古代の売春宿も保存されていたり秘儀荘などの壁画にもエグイ箇所もあり。
◯円形闘技場 BC80年建設
市民全員(2万人)が集う事のできる収容人数
この「赤」の色が、ポンペイの遺跡の特徴
当時のままの街並み:
石畳の道路、商店(パン屋、居酒屋)、浴場、貴族の邸宅などがほぼ当時の姿で残る。
マテーラのあるグラヴィナ渓谷は石灰岩の侵食により何層にも重なった洞窟住居(サッシ)として先住民時代から存在している。
8世紀から13世紀にかけて、東方からイスラム勢力を逃れた修道僧が住み着き、130以上の洞窟住居を構えていたといわれている。マテーラ周囲からは、旧石器時代の出土品も発見されているため、かなり古くから人々が住んでいたと考えられている。
現在も、劣悪な洞窟住居からの移住が進められていて立ち入りが禁止されている箇所もある。
遠くから見ると、セピア色の町で趣きを感じる所もあるが、イタリアの北と南の格差を感じさせる町でもある。
大聖堂
マテーラ名物のパン
大きくて塩気があって美味しい





























































