サントリーホールに近づくと、「石田組」Tシャツを着た人が多い。何かサントリーホールとクラシックとヴァイオリンのコンサートらしからぬウキウキな雰囲気が伝わって来る。
今回は13名の弦奏者によるコンサート。
舛友雄大さんの人気ルポルタージュ。
「潤日」ルンリーとは、簡単にいうと、中国から日本に脱出するということ。
最近、「日本人ファースト」は、声高々に語られても、実態は、選挙目当ての排外キャッチフレーズに過ぎない。どうも日本人は、損しているとかそういう仮想敵を作って本当の姿を見失っているのではと、この本を読んで考えを新たにした。
まずコロナ以降、中国本土から日本に移住する人が増えている。特に超富裕層が、財産を守るために海外に出ていて特にその中でも日本が選ばれている。まあ、このルポルタージュに出てくる富裕層は、日本の富裕層とも一桁も二桁も違う人々。中国では、土地の所有は認められないから日本の不動産を買って資産を守る。そして、子どもの教育環境も中国の受験戦争から逃れ安価で質の高い環境も手に入れる事が出来る。確かに、昔の中国なら日本の物価は驚くほど高かったが、今や不動産や教育は、日本がかえって安くなっている。
政治体制に不満を感じている知識人も、日本で新しいコミュニティを作ったり、表現の自由を求めてやってくる。
この流れは、古くは清朝を倒した時に、魯迅、周恩来、郭沫若、孫文など、日本にある意味「潤日」した人達で新しい中国を作ったのではなかったか。
かつて孟母三遷の教えの中国人は、少子化で益々、教育熱心になって「潤日」して東京の名門私立生徒の一角を占めている。日本人のこども達がこの外圧に耐えられるのか?しかし最近の日本人の内向き志向の現状を考えれば、良い刺激になるのではないか。何処でも生きて行く自由があるということを肌身で感じられるのではないか。そして多分、「潤日」した人達も、何処かにまた移って行くのかもしれない。
人が移動することは、文化も運ぶ事である。それは軋轢は、あるかも知れないがnyasperは、良いことだと思う。nyasperだって、先祖は大陸から渡来したのかも知れない。そして、米、紙、文字、宗教も。
長い歴史の中で見れば、来る者は拒まず去る者は、追わずというこの太っ腹さ、何処にいったの?それともパンを分け合える共生は、難しい国になってしまったのか?

○草津温泉 温泉門
○西の河原温泉
まず、受付で大人800円を支払って入場。設備と言っても脱衣所だけで、特に洗い場などは無くて、かけ湯してから入る方式。nyasperが入った時は、他に3人位しか入っていないので、もう大きな大きな露天風呂を独り占め。草津温泉は、湯温が熱く、この季節あんまり長湯は、禁物。時々、休憩しながら。屋根の部分も有るので日除けもばっちり。ホテルに車を停めて、チェックインまで、のんびり過ごす。この西の河原温泉は、西の河原公園という入り口から遊歩道を歩いていくのだが、涼しいせいかまだ紫陽花が咲いている。草津の街の喧騒からも離れて自然の中で入る温泉は、また格別。
行って来ました。伊東温泉の大東館。世の中には、通の人が多いジャンルなのであんまりブログに書く事は無かったけど、このホテルの温泉なかなか不思議で都合5回も入ってしまった。
ここのホテルのキャッチフレーズは、「お風呂好きの宿」。確かに伊東温泉の中にあっても古い旅館で玄関入るとスリッパに履き替える感じ。お部屋も古いけど手入れは行き届いていて従業員も感じが良い。朝食のみで夕食は伊東の街でというスタイル。なので勿論、安い![]()
たまたま通されたお部屋は、アップグレードされて3部屋もある広い和室でお一人様7950円のビジホ料金。
チェックインは2時からチェックアウトは11時ということでお風呂を楽しむ時間はアリアリ。無料の貸切風呂は3箇所、それに大浴場2箇所。客室のお風呂も温泉♨️(nyasperは入らなかったけど)。貸切風呂は内側から鍵を掛ければ24時間何時でも入れる。ホテル内に電光掲示板もあるから空きも分かりやすい。
先ず、伊東温泉は湯量が多くて有名。勿論、掛け値なしの100%源泉掛け流し。下から少し熱めの温泉ダクダク、だから蛇口無し!何とも贅沢♨。
最近、有名な温泉地でも、廃墟になったホテルや温泉街のシャッターが降りたままの店舗が気になる。やっぱり「人が来ない、人が居ない」の2つが目立つ。インバウンドから外れてしまった観光地や、人手不足でやっていけないホテルや飲食店が増えている現実にnyasperはちょっと心配になる。
ポーランド🇵🇱は、人口3842万人。面積は、日本の8割程度。今回は、飛行機のトランジットを利用しての駆け足ワルシャワのみの観光。
聖十字架教会にはショパンの遺言により彼の姉ルドヴィカによってパリから持帰った心臓がここに安置されている。ショパンは20才の時にパリに留学するが生まれ育ったポーランドに対して望郷の念が強く、何度も帰りたがったが、故郷はロシアに占領され、また病弱でもあり故郷に戻ることは叶わなかった。この教会の並びには、ショパンが幼少時代に暮らした家も残っている。
ワルシャワの空港はショパン空港と名付けられ、街を歩いていると「ショパン・ベンチ」が沢山有ってボタンを押すとショパンの曲が流れる。ワジェンキ公園にはショパンの銅像が薔薇に囲まれて立っていた。今、あれ程までに帰りたかったワルシャワの至る所に愛国者だったショパンは居る。
〇聖十字架教会
ポーランドからは他にも、コペルニクス、ヨハネ・パウロ2世、マリー・キュリー、民主活動家レフ・ワレサなども輩出している。
世界遺産に登録されているワルシャワの旧市街に入ると荘厳なカトリック教会や尖塔が並び、王宮前の広場には、カフェやレストランも多く、落ち着いた街並みが復元されている。ポーランドは、もう少しゆっくり来たい国になった。
ポーランドは、EURO加盟だが、イギリスの様に、€には加盟していないため現地の通貨ズローチが現地通貨となる。旅行者には少し不便だがクレジットカードが何処でも使える。現地の人に聞いてみると、€に吸収され経済的な主権を失いたくないというポーランド人の誇りがそれを後押しさせているらしい。ただ経済的にも€の加盟は義務ではあるがマーストリヒト条約により経済的な安定性も求められ今は棚上げの状態という説もある。
○コペルニクス像
○ワルシャワ大学
○聖アンナ教会
○聖ジョンカテドラル
