前回・前々回と、私が「これは辛かったなあ」と思う言葉や場面をご紹介してきました。

 

 

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前回:『言われたくなかった言葉① 』

 

 

 

 

前々回:『言われたくなかった言葉② 』

 

 

 

 

 

 

今回書く内容も今までの続きで、残り3つをご紹介します。

 

今回挙げたい言葉は

  1. 「なんでそうなったの?」
  2. 「また?」
  3. 「治す気あるの?」

です。

 

 

 

 

【1:「なんでそうなったの?」】

 

この言葉をかけられる主な場面は次の3種類でした。

  1. 友人などにカミングアウトしたとき
  2. 学校の先生などに相談したとき
  3.  険悪な雰囲気になったとき

 

 

 

まず①の“友人などにカミングアウトしたとき”は、単純な疑問として投げかけられることが多いです。

 

彼女、彼らがどういった意図でこの言葉を使っていたのかを私が知る由もないですが、その質問の意図を私なりに考えてみた結果、

  • 反射的に聞いてしまうパターン
  • どういう病気なのかを知ろうとしてくれているパターン

があるのではないかなと思います。

 

 

 

前者は特に深い意味はなく、ただうまい言葉は出てこないけれどとりあえず「何か返さなくては!」となっている状態なのかもしれません。

 

対して後者は、摂食障害と言う病気をよく知らないが故に、「どういった人がなる病気なのか」を知ろうとしてくれているのかもしれません。

 

 

 

どっちの場合でも私が抱く感想は同じで、

 

摂食障害は1つのことが原因なのではなく、本人の環境や関わってきた人や考え方等々が複雑に絡み合って起きる病気なので、返答に困るという事態に行き着いてしまいます。

 

 

 

そのため私は相手がどういう意図だったにしろ、この質問が頭に浮かんだとしてもその質問を避けてもらいたかったです。

 

 

 

では逆に、私にとって一番何が適切な返答だったのかと言うと

 

何を言って良いかわからないと感じてしまうほどの過剰な同情でもなく、「あ、そう」のような無関心でもなく、

「ああ、そうだったの」のような私が困っているという事実をただ受け止めるような返答をしてもらえると気が楽でした。

 

 

 

 

 

次に②の“学校の先生などに相談したとき”は、

「自分では何が原因だと思う?」といったニュアンスで問いかけられることが多かったです。

 

 

しかし、私はこういったニュアンスで投げかけられると

「どういう答えが正解なのだろう」と思ってしまったり、毎日考えごとでいっぱいの所にさらに問いかけが加わるとさらに混乱してしまったりしていて、

結果黙り込んでしまうことが多くありました。

 

 

 

きっと学校の先生からすれば、自分で思い当たる節を考えさせることで頭の整理を促し、これといった原因を突き止め、そこから解決していこうという、

ある種のカウンセリング手法のようなものだったのかもしれません。(本当にそのような手法があるのかは定かではないですが)

 

 

もしくは、何が原因で困っているのかを聞くことで、現在私が困っている事や、私がどうしたいのかを知ろうとしてもらっていたのかもしれません。

 

 

 

しかし上にも書いたように、当時の私の状態は“質問を投げかけられて考えを整理していく”という方法に向いておらず、頭がパンパンに膨れ上がった状態だったので、原因を自分で“考えて”整理する方法ではキャパオーバーになってしまっていました。

 

 

 

また、もしこの場面での「なんでそうなったの?」が現在の私の困りごとにフォーカスした質問として投げかけられたとしても、

私にはそう受け取ることができなかったので、そのような方法で寄り添おうと下さっても受け入れられませんでした。

 

 

これはつまり、この質問が曖昧であるが故に質問の意図が食い違ってしまっている本末転倒なパターンですから、「原因」にスポットを当てたコミュニケーションはあまり良くないのかもしれないと私は思っています。

 

 

 

それを踏まえて、私が逆にどんな対応が嬉しかったのかというと、

 

相談に行った時の私はそれをクールダウンさせたかったり、自分で頭の中をしっかり整理できるように心の余裕がほしかったりするときであることから

 

なるべくストレートな言葉で

 

「今あなたは何に困っているの?」

「私(たち)にできる事があったら何でも言ってね」

 

のような声かけが有難かったように思います。

 

 

 

 

最後に③の“険悪な雰囲気になったとき”は、主に家族など身近な支援者だったことが多いです。

 

これは『親子関係などの人間関係が原因のこともある』という情報からの不安で、つい言葉に出してしまう言葉かもしれませんね。

 

 

 

 

しかし、先ほどにも書いたように

原因は“親子関係”だけというわけでも無いので、こちらもはっきりとそうだとは言えない、と言うのが正直な感想です。

 

 

 

また、もし万が一主な原因が“親子関係かもしれない”と自身で思っていたとしても、自分の面倒を見てくれていて、心配してくれている自分の親に対して

「あなたのせいですよ」

なんて、とても言えませんし言いたくありません。

 

 

 

私の経験上では、この意味合いのシーンで「なんでそうなったの?」と言われるときは大抵、

その後に「私のせい?」が続くことが殆どです。

 

 

しかし、私としてはこの言葉が「犯人探し」をしているように感じて、あまり善い気持ちはしませんでした

 

 

 

「犯人探し」と「原因から解決の糸口を探す」のは全く異なる目的になります。

 

そしてもし前者になってしまえば、問題の根本的な解決まで辿り着くのは難しい気がします。

 

 

しかも、もしそれで自分が悪かったとしたら、その後には罪悪感や自責の念しか残らず、結果的に共倒れ状態に陥ってしまいかねません。

 

 

そのため、「何が悪かったのか」という過去の原因を探すのでは無く、「今当事者は何に困っていて、何を必要としているのか」を一緒に考えて貰えたら、かなり心強かったなあと思います。

 

 

 

 

 

「また?」

 

これは、私に症状が出たときや、治療過程でパニック状態になった時に母へ泣きつくシーンで最も多く言われた言葉です。

 

この言葉が嫌だと思う理由は、

症状が出ている私自体が迷惑であるような、「また」症状が出たことが悪いことのような、自身を責められているかのように感じてしまったからです。

 

 

 

私がうつ状態やパニック状態に陥る時は大抵、

  • 私が今苦しんでいる事実を肯定して欲しい
  • 母に認識してもらって優しく受け止めて欲しい
  • 今の自分(病気の奥にいる自分)を愛して欲しい

などと思うが故の行動でした。

 

 

 

そんな時にかけられる「また?」という言葉は、私にとって「もううんざり」と母に見放されたように捉えてしまいました。

 

 

 

今思えば、

毎日毎日どうして欲しいのかもわからず、食べては泣き、急に八つ当たりもされ、娘の命の危険も示唆されているとなると、母の心の余裕も無くなって

ついつい「もう、またこうなったの?」という気持ちが漏れてしまうのも無理はありません。

 

 

 

しかし、過去の記事に何度か書いているように

私にとっては“病気でも愛してくれる存在”が母しか居ないようにしか見えていなかったので、普段から

 

「母に嫌われたら終わりだ」

「母に愛想をつかれたら生きる本当に価値が無くなる」

 

と思っていました。

 

 

 

だから“母が迷惑そうにしている”という雰囲気だと受け取ってしまうと、だいぶダメージが大きかったのです。

 

 

 

当然、支援者の負担も大きいものなので、何でもかんでも我慢して欲しいとは言いませんし、それは絶対におすすめできません

 

 

 

そのため、当事者にぶつけてしまわないように

 

現在当事者と病院に通っているのであれば、その病院のカウンセラーさんや臨床心理士さんに個別で相談にのってもらうことや、

 

病院に通っていなくても、自助グループ・SNSなどで自身の気持ちを吐き出すこと、また友人や他の家族と情報や気持ちを共有するなど、

 

支援者自身も依存先を増やして頂ければ良いのかなと考えています。

 

 

 

その一つの“依存先”の選択肢が増やせるようにと、私も「オンライン対談室」を随時受け付けています。

 

同じように、現在は様々な当事者・経験者の方が相談先として窓口を開いていることも多いです。

 

 

 

私の体感としては、

当事者に対しての支援環境が少しずつ推進されている一方で、第二の患者ともいえる支援者に対しての支援環境はまだまだ整っていないように感じますし、(私が通っていた病院以外がどうかは定かではありませんが)診察に行くと支援者の話を聞くという雰囲気になることはあまりないような気がします。

 

 

 

この活動をしている目的の一つとして、「当事者と支援者(又は医療者)との溝を埋める」というものがあります。

 

そのため、ぜひ使えるものは存分に利用していただきたいし、当事者との関係がより良い状態に持っていけるようなお手伝いは私も全力でやらせていただきたいと考えています。

 

 

 

 

【3:「治す気あるの?」】

 

こちらも私がパニック状態になったシーンで、母と険悪な雰囲気になった場面に言われた事が大半ですね💦

 

 

 

この言葉が嫌だと思う理由は、「治したいという気持ちもある」から、こちらもまた、自分の気持ちを否定されたようで悲しかったからです。

 

 

私が『~もある』のように引っかかる表現なのは、私の心情を正しく言えば「治したくない」と「治したい」が同時進行している状態だからです。

 

 

 

「治したい」に対して「治したくない」という自分が居るのは多分、摂食障害の症状に依存していることが要因です。

 

 

何がそこまで病気に依存させているのかというと、

私の唯一はっきりと「自分だけのアイデンティティ」といえるものだったり、

「自分自身で決めたこと」を達成した成功体験を否定したくなかったり、

「飾る事のない“私自身”に気をかけて欲しい欲求」を叶えたいがためだったり……

 

 

 

今自分で書いていて耳が痛いものですが、きっとそういう自分を守る殻のようなものが摂食障害だったのだと思います。

 

 

 

しかし摂食障害は自分の身を守っているつもりでも、実際は自分の身も心も傷つけています。

 

そしてきっと病識を持った私はそれを心のどこかでは感じ取っていて、

「これが自分だとはっきりと証明できるもの」が自分を傷つけ続けなくても手に入るのであればそれが良い、

つまり「治せるのであれば治したい」と思っていたような気がします。

 

 

 

 

このように、当事者である私の中では「治したい」と「治したくない」がぐちゃぐちゃに入り乱れていて、自分でも何が何だか分からない状態になっています。

 

そんなところに「治す気あるの?」や「治す気ないでしょ」などの言葉をかけられると、否定も肯定もできずただ口を紡ぐくらいしかできなくなるし、

心のどこかにある私の「治したい」という気持ちを全否定されたように感じて、

支援者に理解してもらえないという苦しさで締め付けられてしまうのです。

 

 

 

きっと、とても当事者のことを気にしてくださっているからこそ、同じことを繰り返す毎日や前に進めてない・寧ろ後退しているかのような感覚が、このような言葉を口に出させてしまうのだと思います。

 

 

 

「この子、もしかしたら治す気ないのかもしれない」

 

そう思う事は仕方がないし、私は思うだけなら全く悪い事ではないと考えています。

 

しかしそれを当事者の前に投げてしまえば、すれ違いの原因となってしまうことは否めません。

 

 

 

摂食障害は見た目では分からない病気と言われるように、

精神疾患は見た目や行動だけで心の機微を周囲が判断するのは殆ど不可能と言っても過言ではありません。

 

 

 

そのため、当事者が治したいという気持ちがある事を信じて、もし症状が起こってしまったら

当事者が今どういう気持ちなのか”や“そうならないためには次にどういったことを試せば良いのか”などを、比較的気分が落ち着いているときに一緒に深堀してもらえたとしたら、私ならとても寄り添ってもらえているように感じます。

 

 

 

 

 

 

【おわりに】

 

ここまで「私が嫌だった言葉」をいろいろとご紹介してきましたが、いかがだったでしょうか?

 

 

きっと今このブログを読んでくださっている方の中に、今までにご紹介してきた言葉を使っているとしても、

それはきっと当事者を想っているが故の事だったり、周囲への気遣いのつもりだったりと、

ご自身の良心が当事者(私)に不本意な意味合いで受け取られてしまっていることが大半かと思われます。

 

 

また、当事者の中には「いや、逆にこれ言ってもらった方がありがたい!」と思ったものもあるかもしれませんね。

 

 

 

 

 

嫌だと思う理由やできない理由は人それぞれで、答えは一つではありません。

 

 

1人1人の生きてきた環境や考え方の背景にその理由は隠れているので、

ご参考までに当事者とのコミュニケーションに活かしていただければ嬉しく思います。

 

 

 

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