島原半島に上陸し、最初にやって来たのは島原駅


ここには車で来たので、駅に立ち寄る必要はないのですが

駅には観光協会の窓口があることが多いので

知らない町を旅する時は、真っ先に立ち寄るのがお薦めなんですよね~


駅前には「みんなのうた」の「お国めぐりシリーズ」として

昭和46年(1973年)に作られ、由紀さおりさんが唄った「島原の子守唄」の銅像かありましたよ~


僕はこの歌が作られた頃、既に生まれていたような気もしますが、全く記憶がありませ~ん

当駅は島原鉄道線の中心駅ということで

旅情溢れるホームから、終点の島原外港駅方面を眺めましたよ~


その後、島原城へと車を走らせ~


1618年から7年間の歳月をかけて築かれただけのことはあり~


雄大な姿を見せていましたよ~


それにしても、この姿って恰好いいよね~



これまでも色んなお城を見てきたけど、ここはかなり上位ランキングに入りそうだわ~

その後、天守閣前に移動してきて、早速恒例の記念撮影


その後、島原城の由来を勉強して~


入口に上って、再び記念撮影して~


と言いつつ、後ろで記念撮影する人たちのことが気になっていると

無料でレンタルできる鎧兜を発見


すると、当然のように~


あれこれ記念撮影した後に~


「島原城七万石武将隊」の天草四郎時貞役のお姉さんとパチリ


『おお~っ

こんな可愛い女性が天草四郎時貞とは思わなかったけど

のっけから出会えたなんてラッキーだったよ~

その後、天草四郎時貞が総大将として活躍した「島原の乱」の模型を眺めたり~


島原藩主が幼少の頃に遊んでいたと言われる人形を眺めましたが

今の時代にこんな髪型をしていたら、目立つだろうね

その後、天守閣を上っていくと見事な風景が広がっていて~


対岸には阿蘇山や~


僕がやって来た福岡方面も見えてましたよ~


そして、背後に控えるのは「眉山」


この山が、普賢岳の噴火から島原の町を守ってくれたんだな~と思いつつ

ちょっと地図に(上部の真ん中左寄りが普賢岳、真ん中下が眉山、更に下にあるのが島原の町です


「島原大変、肥後迷惑」のことを勉強しつつ~


この地区と、噴火とは切り離せない運命なんだな~と眺めていると~


大火砕流で消防団員の父を亡くした女子中学生の手記「あの日帰らぬ父に」を見つけ

食い入るように読んでいると、知らず知らずのうちに涙が溢れてきました


僕ら世代は子供もちょうどこの年頃だから、余計に実感が増すんだろうね~
そして、恒例の顔出しパネルで記念撮影して~
久々のサービスショット~
って、ちょっと違いますか…
今回の島原の旅は、歴史・グルメなど、盛り沢山の旅になりましたが
まだまだお付き合いよろしくお願いしますね~
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「天下の名城☆熊本城」編 「小倉城」