今日は養父市の長寿の郷において、但馬地方本部の御詠歌巡回布教講習会が行われました。
本山布教師である加藤大恵僧正は高野山真言宗の管長猊下の代理として但馬を訪れ、布教してくださいました。
今回の『川の観察会〜水辺の小さな自然再生』を無料で開催させていただいけたのは、亡きみぃちゃん(鎌田)から託されていた寄付金があったからです。
元々彼女がこのイベントの開催を企画してくれるはずで、久斗山の川を予定していました。
三橋先生と軽く口約束をして、あとは詳細をつめていく段階というところで、彼女は体調を崩し倒れ,しまいました。
このお金は倒れる少し前に、とある風力発電勉強会の講師として出張していただいてきた講師料です。
これを僕に手渡し、使った報告もできぬままに彼女は亡くなってしまいました。
僕はずっと彼女の想いを引き継いだところにこのお金を使いたいと思い続けてきました。
今回4年の空白を経てようやく「川の観察会」を実施ことができ、実際には約束はしていないのですが、自分の中で見えない約束が果たせた気がしてホッとしているところです。
そして、三橋先生に「とみや旅館」に泊まっていただいたのも理由があります。
もう一人いつも中心メンバーとして支えてくれていた友ちん(朝野)は、コロナ期間のとみや旅館倒産により、経営者一族としての債務を負い、家族でこの町を去っていってしまったのです。
今は遠く遠くに行ってしまったけれど、多分近くにいてくれたら一緒にイベントを盛り上げていてくれたことでしょう。
廃業した旅館は別のところが買い取り、営業を再開しています。
そこに泊まってもらうことで僕は先生に彼女の思い出話をすることができました。
いのちをつむぐ会は、右腕と左腕を一気に失ったような状態でした。
なんとなく、今回のイベントは3人でやったような感覚でいたかったのかもしれません。
鎌田のことも、朝野のことも、今回それぞれの伏線を回収することができたような気がします。
一区切りです。
もちろん友ちんは遠くにいてもLINEができるし、それに今回のイベントではいのちをつむぐ会メンバーのみぃゆも奈美もいてくれました。
前みたいなパワー溢れる活動はできないとしても、小さな小さな活動は行っていくことができます。
ボチボチやっていこうと思います。
今回のイベントのアナザーストーリーでした。
毎年9月から12月までの投稿がめちゃめちゃ少なくなるんですよね。
今年は意欲的に行きたいと思います。
いよいよ我々「いのちをつむぐ会」が主催する『川の生き物観察会〜水辺の小さな自然再生』の日がやってきました。
《 8:30 》
善住寺集合。本日は24名の参加です。
100mほど先にある熊谷川へ移動。
《 9:00 》
現地に到着。僕はいきなり岩ですべってこけました・・・。
「人と自然の博物館研究員」の三橋弘宗先生に観察のナビゲートをしていただきました。
網と水中を覗く箱メガネを装備して、生き物探し開始です。
30度を越える暑さも、日陰に入り、水の中に足をつけていれば気持ちよくて快適です。
石をひっくり返してみると何らかの小さな水生昆虫が見つかります。
浅瀬の土砂を網でガサガサとほぜり起こしても見つかります。
おばあちゃんとお孫さんが力を合わせる姿もありました。
川はすぐそばにありながら、普段なかなか入って遊ぶ機会なんてありません。
子どもも大人も一緒になって楽しみました。
なにか入っていないかな~。
なかなか見つからないな~。
小さな虫を見つけた~。
大きなカニが取れた~。
お魚さんが取れた~。
なんていう魚だろう。
ドンコとカジカだそうです。
モクズガニは足4本を一緒につかむと動けなくなると教わり、勇気を出してチャレンジ。
3月が一番多く見つかる時期であり、今はもっとも少ない時期なのだそう。
それでもこんなにたくさんの生き物が見つかりました。
先生がメモしてくれた実に35種類の魚と昆虫のリストです。
先生をはじめ参加者の皆さんのおかげで、これだけの生き物が熊谷川にいるのだという一つのデータがとれました。
ありがたいことです。
子どもたちはずぶぬれも気にせず沢登り。
飽きることない、あっという間の2時間でした。
《 11:00 》
残りの時間は、皆が力を合わせて石を運び、二段の石積みを作って水の通り道を狭くしました。
大人は大きな石を。
子供たちは隙間を埋める小さな石を運びます。
この石積みのことを「バーブ工」というそうです。
バーブ(barb)とは、「(矢じり・釣り針の)あご、かかり、戻り、さかとげ」を意味する英単語であり、「バーブ工」は、川の流れに対して、河岸から上流側に向けて(さかとげのように)突き出して設置する、高さの低い水制の一種で、流れによって運ばれてくる砂を溜めて寄り洲を形成することを目的とした河川工法である。
『土木技術資料 55-7(2013)』より引用
浅瀬ばかりでは大きな魚が住めないので、深い淵をつくってやるのです。
石積みをしただけでも水が溜まって深みができましたが、今後少し大きな雨が降った時に、川の底の泥を削ってくれてますます深くなっていくのだそう。
これが水辺の小さな自然再生です。
楽しみですね。
だんだん水がたまってプールみたいになったと、泳いでいる子の姿がとても可愛かったです。
取った魚やカニは川にリリース。
それにしても川の水が太陽の光でキラキラと輝いていて美しかったです。
最後に集合写真。
皆さん、ありがとうございました。
《 12:00 》
終了後はお寺に帰ってきて昼食です。
皆さんにおにぎりをお接待させていただきました。
しばらくノンビリと過ごして頂き、予定通り13時に解散しました。
なにぶん初めてのイベント企画であり、なにもわからないままでの主催をさせていただきましたが、皆がとても楽しんでくれて、「いい夏の思い出になった」という言葉をたくさんいただけて何よりでした。
ほんとに楽しいイベントでした。
夏休み最後の日は、最高の一日になりました。
感謝。
新温泉町いのちをつむぐ会代表 山地弘純
今年は妻の行きたい場所に行こうということで、プレゼンされたのが長崎でした。
でも僕の希望も一つ入れて欲しいな~。
ってなわけで、今回の旅のハイライトの一つとして強引に組み込んだのが「雲仙・普賢岳」への登山でした。
僕の趣味に付き合わされる妻と娘はたまったもんじゃありません。
それでも文句も言わずに付いて来てくれました。
平成の初めに噴火による火砕流被害を引き起こした雲仙普賢岳。
1995年の終息より30年の節目の時に、山に登る機縁をいただくことができたのです。
《雲仙・普賢岳噴火災害》
1990年(平成2年)11月16日に山頂付近にある神社脇の2か所より噴煙が立ち上り噴火。この噴火は2つの噴火孔より熱水の吹き上げと雲煙を認めるのみであった。同年12月には小康状態になって道路の通行止めなども解除になり、そのまま終息するかと思われたが、1991年(平成3年)2月12日に再噴火。さらに4月3日、4月9日と噴火を拡大していった。
5月15日には降り積もった火山灰などによる最初の土石流が発生、さらに噴火口西側に多数の東西方向に延びる亀裂が入り、マグマの上昇が予想された。5月20日には地獄跡火口から溶岩の噴出が確認。溶岩は粘性が高かったために流出せず火口周辺に溶岩ドームが形成された。
溶岩ドームは桃状に成長しやがて自重によって4つに崩壊。その後も溶岩ドーム下の噴火穴からは絶え間なく溶岩が供給されたため、山頂から溶岩が垂れ下がる状態になり、形成された順番に第1-第13ローブと命名された。溶岩ドームの崩壊は、新しく供給されるマグマに押し出されたドームが斜面に崩落することにより発生し、破片が火山ガスとともに山体を時速100キロメートルものスピードで流れ下る火砕流(メラピ型火砕流)と呼ばれる現象を引き起こした。
噴火活動は途中一時的な休止を挟みつつ1995年(平成7年)3月頃まで継続した。火砕流が世界で初めて鮮明な映像として継続的に記録された噴火活動である
特に大規模な人的被害をもたらしたのは1991年(平成3年)6月3日16時8分に発生した火砕流である。
戦後初の大規模な火山災害となる、40名の死者・3名の行方不明者(実質、生存は絶望である)と9名の負傷者、焼失建物179棟(うち住家49棟)の惨事となった。
《登山の解禁》
雲仙岳とは、妙見岳、国見岳、普賢岳など三峰五岳から成る火山群の総称で、主峰は普賢岳。
平成2年(1990)11月に噴火を始めて以来、入山禁止となっていたが、平成10年(1998)4月に、火山が活動が下火になったと見なされ、登山解禁となった。
いざ、「雲仙・普賢岳」へ!
雲仙仁田峠循環道路入口。
仁田峠循環道路案内所。
一方通行の道路。
仁田峠第二展望所。
「仁田峠」
車を降りた瞬間、みんなが「寒っ」ってなって上着を羽織りました。
小雨が頬にいくつか触れる中、ロープウェー駅へ向かって登り始めます。
乗り場の脇にある普賢神社拝殿にお参りして安全祈願。
本殿は山頂付近にあるようです。
あざみ谷の入口。
事前に情報にあったように、やっぱりこのルートは土砂崩れで通行止めのままでした。
最短のルートが通れないのは痛いですが、妙見国見ルートを往復するしかありません。
妻や子供の体力を考え、ロープウェーを往復で利用して登山することにしました。

「雲仙ロープウェー」
「仁田峠駅」発。
ガスがかかってきたな~。山頂が真っ白で視界がなくなったりしたら洒落にならないけど。
観光の皆さんと少し服装が違います。
「妙見岳駅」着。
妙見岳駅を出てすぐ左に登山道入り口です。
子どもたちは先へ先へと急ぎたがります。
今回はちゃんと熊鈴も鳴らしながら行きました。
分かりにくい時だけ僕が先導。
展望所には脇目もふらず、登山ルートを上ります。

走っていく子供たち。
「妙見神社」
案外平坦路が続きます。
下りになってきました。
小浜方面は真っ白ガスで覆われ、島原方面は晴れています。
分岐で待ちくたびれる三人。
「吹越分れ」
この分岐は「国見岳」方向に進みます。
時々他の登山者とすれ違いましたが、道が狭いので脇に避ける必要がありました。
鳥たちや虫たちがいい声で鳴いていますね。
まだまだ余裕のおしゃべり。
ヤッホー!
「国見分れ」
ここまで順調なペースでやってきました。
この分岐を意気揚々と「普賢岳」方向に進みます。
けれども、ここからこの看板の文字が身に染み始めるのです。
妙見岳から普賢岳へと繋がる山あいを一気に下る道になりました。
この斜面で妻は一気に足にきてしまいました。
しかも本道が崩れてしまっていて、迂回路になっています。
さらにきつい急坂の悪路となっていました。
序盤の段階ですでに足がふわついていた妻にとって、踏ん張りが効かないという感覚があるためなかなか足が進みません。
とにかく滑落しないようにだけ気をつけ、時に僕が補助しながら慎重に下りました。
大変な場所ですが、国見岳と普賢岳の山あいの風景は素晴らしいです。
とはいえスピードが上がらず刻々と過ぎていく時間。
予定より少し早くて順調だったはずが、逆に30分ほど時間が押してしまっています。
ベンチで待っている子供たち。
「鬼神谷口」
登山ルートと新登山ルートの分岐となる場所です。
ここから西の風穴、北の風穴、鳩穴分かれ、立岩の峰、霧氷沢分かれへと迂回する新登山ルートに向かう予定でした。
しかしながら妻の疲労度と予想タイムを頭の中で巡らせると、頭が危険信号を発してきます。
時計とひとしきり睨めっこした結果、風穴を通る迂回コースはあきらめ、「よし、このまま普賢岳に直行する」と決断。
「紅葉茶屋」
ここも分岐ですが、下りのあざみ谷方面は通行止めです。
ここからひたすら山頂へ向けて登ります。
子どもたちは楽しんでますね。
道に横たわった木におでこをぶつけてしまい悶えている長女。
段差に苦戦する妻。
「あなたの行きたかった場所全てを叶えてあげられなかった」と自分を責めようとしていましたが、僕は普賢岳にみんなで登れただけで大満足です。
昨日は移動疲れであまり調子よくなさそうだった長女が、山に来てから絶好調です。
時間に余裕ができたので、やっぱりコース変更してよかったと思いながら妻を見守りました。
冷気が気持ちいいね。
最初は肌寒いほどでしたが、歩くうちにちょうどいい体感温度になりラッキーでした。
妙見からの下り道のような悪路はなく、ほとんど危険はない道でした。
鎖のスポット。
嬉しいことに、頂上に近づくにつれて晴れてきました。
岩の上にできた光と影のコントラストが美しいです。
「ファイト。もう一息だよ。」
いよいよ山頂間近の目印となるお社が見えてきました。
「普賢神社本殿」
普賢岳噴火により火山灰に埋もれてしまいましたが、13年後に再建。
山そのものを神格化して「普賢神」と呼び、そこに普賢菩薩の徳を重ね合わせて祀っているそうです。
登頂の瞬間。
「普賢岳山頂」
きたぞ~!!
背後に見えるのが噴火の際に誕生した「平成新山」。
家族で山頂まで来れるなんて最高で~す!!
ガスで山頂から景色が見えないことも懸念していたのですが、この時間に合わせて晴れてくれました。
三女は岩に左足の弁慶の泣き所を打ち付けてしまい、すすり泣きです。
普賢岳の上でおにぎりを。
ぱっくん。
ぱっくん。
ぱっくんと。
よい写真が撮れて、太陽の下でおにぎりも食べれて、ほんと最高でーす。
だんだんガスが回ってきて、天気が悪くなりそうな雰囲気になってきました。
まさか夏山でホワイトアウトになることもないと思いますが、急いで下山します。
三女が一人分岐の先に進んでしまっていて、何度も大きな声で呼んでも返事がなかったので「もし分岐をまちがえていたら」と不安が一瞬よぎりました。
長女と次女が先へ急ぎ、見つけ出して待たせてくれました。あ~よかった。
「行きはよいよい帰りはこわい」という曲が脳内で再生。
通せんぼした木に今度は頭を打たないよう気を付けてくぐります。
「紅葉茶屋」
土砂崩れさえなければ、このまま「あざみ谷ルート」を下っていけるのに・・・。
すごく不安そうな表情の妻。
来た時と全く同じ道を帰ります。
「鬼神谷口」
このままのペースだと、ロープウェーの最終便に乗り遅れちゃったりしないだろうかというのも頭をよぎります。
休んでも足が回復していないとのこと。まずいな~・・・。
これからが再びきつい登り坂だというのに。
最後の難関。
プルプルした足が危険を伝える場所もありました。
けれども、不安を覆すように、下りの時と比べて、登りはかなりいいペースで進んでくれたのです。
「ここまで来たら大丈夫だ」という確信で満ちた瞬間でした。
「国見分れ」
「吹越分れ」
改めて新登山道をあきらめて正解だったと思いました。
予定通り進んでいた場合、もしかしたら日が暮れまでかかり焦っていたかもしれません。
「妙見神社」
「無事に戻ってきました」と感謝のご報告。
「もう戻れないかと思った」と安堵する妻。
今度は展望所にも寄ってみます。
「雲仙ロープウェー」
結局コースは短縮したものの、ほぼ予定通りの時間に乗れました。
さすがにみんな座りたい(笑)
ほんとよく頑張ったよね~、お疲れ様。
仁田峠駅到着。

僕の背中の荷物はクーラーボックス。
みんなの食糧とドリンクを背負って、頑張りました(笑)
「仁田峠」
「おお、帰ってきたよ~」と感激しながら車に帰還。
お土産物屋に見に行く元気があるとはたいしたものですね。

「車に乗って待ってるわ」
僕は車の中でしみじみと湧き出す感情を味わっていました。
二つの動作が合わさることを「仕合わせ」というそうですが、5人で共に山を登れたことは、何にも変え難い「仕合わせ」であり「喜び」です。
ちなみに今朝のテレビ番組の占いで「蟹座」が12位で、みんなから「お父ちゃん12位だ〜」とか言われたんですけど、どう考えても僕に起こった今日の出来事を省みると1位だったとしか思えません。
素晴らしい一日でした。
みんなお疲れ様。本当にありがとう。
8月27日(3日目)
6:10 おはよう。
いらないもの(登山用のものや洗濯物)はキャリーケースに入れて、持ち歩かなくてもいいように自宅に宅配便で送ってしまいます。(※いるものまで送っちゃいました)
7:19 朝食会場へ。
皿うどんも食べれました。
8:31 ホテル発。
8:49 「ニッポンレンタカー」でレンタカー返却。
荷物を持っての電車移動になります。
9:09 長崎駅改札通過。
9:14 竹松行の普通列車に乗車。
長崎駅→諫早駅(各駅停車)
「諫早駅」で乗り換えの電車待ち。

10:39 諫早駅発。

諫早駅→ハウステンボス駅(シーサイドライナー)
11:34 ハウステンボス駅着。
駅を出るとすぐに、ハウステンボスの入口ランドマークなるホテルオークラが見えてきました。
荷物がすごい僕たち家族。
11:45 「場内ホテル手荷物預かり所」
ここで荷物を預けることができるのは本当にありがたいです。
っていうかやばい。自宅に送った荷物の中に車のキーも入れて送っちゃったかもしれないとふと気づき、目の前が真っ暗に。帰りの姫路駅からどうしよう。。。
じゃ~ん、スペアキー! わ~、助かった~!の巻。
11:57 チケット売り場で「1dayパスポート」を購入。
家族サービスDAY
「ハウステンボス満喫」
12:00 ぴったり正午にハウステンボス入場です。
さ~、子供たちにはようやくお楽しみの時間だよと思っていたのに。
日焼け止めを忘れたと愚図る次女のために黄色い屋根のリンダをいうお店を探すところから始まり。
事前の下調べでやってみたいアトラクションがなく、「こんなところに別に来たくなかったし」となぜか不機嫌な三女。
せっかくこんな素敵な世界観の味わえるテーマパークに来たのに・・・。
もう帰るか?って言葉が口からこぼれ出る寸前でしたね。
「別になにもやりたいものはない」ってあてどなく歩くのは、こちらのテンションも下がって疲れます。
「EVER CAFE」
気を取り直してとりあえずお昼ごはんにしようと、名物の「佐世保バーガー」のお店に入ることにしました。
「エバーカフェ」という川沿いのカフェです。
二枚舌を出しているルックスのバーガーは、なかなかのクオリティーで美味しかったです。
「ショコラ伯爵の館」
チョコレートドリンクが出る魔法の蛇口。
人気のVR「激流ラフティング」と「ウルトラ逆バンジー」。
子どもたちは大喜びでした。
「アンブレラストリート」
「Dipper Dan CREPE」
「ディッパーダンクレープ」で水分補給。
このころになると、子供たちもテンションあがってきていて何よりでした。
「ホライゾンアドベンチャー」
「I.S.ラビリンス」
「スーパートリックアート」
お買い物。
「カナルクルーザー」
ホテルへのチェックインクルーザーは最高です。
「ホテルヨーロッパ」
17:15 ヨーロピアンクラシカルなハウステンボス公式ホテル「ホテルヨーロッパ」にチェックイン。
宿泊すると、なんと翌日の「1dayパスポート」がもらえちゃいます。
このお部屋はテンションあがりますね。
階段を登ると・・・
かわいいフラワールームがあって、子どもたちは大はしゃぎ。
眺めも最高です。
「ロード・レーウ」
迷いながらも佐世保名物のレモンステーキが食べられるレストラン「ロードレーウ」に辿り着きました。
厚切りは高すぎたので薄切りにしたものの、ソースの美味しさに大満足。
日が暮れてきて、ライトアップされた世界へと変わっていきます。
美しいですね。
世界初の三階建てメリーゴーランド「スカイカルーセル」の列に並びました。
しかしなんと僕たちの番だという時に落雷予報が出たため、本日の運転は中止となってしまいました。
残念無念なり~。
本日二度目の「ディッパーダンクレープ」。
完全に夜になりました。
各所のライトアップの見ながらホテルへ帰ります。
ホテルもライトアップで幻想的。
20:58 ホテルヨーロッパに帰ってきました。
「シェヘラザード」
21:24 子供たちは部屋でいてもらって、僕たち夫婦はホテル一階のバーへ。
ギターの生演奏もあって、耳も楽しめます。
久しぶりの二人でのバータイム。
長崎の特産品であるビワを使ったフローズンカクテルはすごく美味しかったです。
オシャレだし飲みすぎてしまいそうでしたが、二杯で止めておきます。
「美味しすぎて~」と4杯も飲んだ妻は酔いが一気に回ってベロベロになってしまいました。
なんとか部屋に連れて帰って、ベッドに寝かしつけてやれやれです。
おやすみなさい。
8月28日(4日目)
6:00 おはよう。「気持ち悪い。お水ちょうだい」って、二日酔いですね・・・
今日も朝から遊びつくしたいというので早めに起こしに行きました。
7:45 朝食会場。
妻もなんとか大丈夫そう。
9:10 宿泊者特権で「ハーバーゲート」から開園1時間前にパークインできました。
毎日お天気に恵まれてよかったね。
前日に乗れなかったメリーゴーランドへ一目散。
ミッフィーエリアも素通りしました。
ここまでしたのに馬車かよ・・・
今日はレンタサイクルしちゃいました~。
4人と1人に別れましたが一人乗りは電動アシスト付。
サングラスを落として大騒ぎの次女のために、電動付きとはいえパーク内を走り回った父、疲れ果てる。
わ~、楽しいね~。レンタサイクル大正解!
広い園内を走り回るのに必須ですね。
こんなことなら前日も利用しとけばよかったなと思うのは後の祭りです・・・。
「白い観覧車」
いったいどうした?
最後にお土産物屋を購入。
名残惜しいけれど、そろそろ駅に向かおうか。
13時頃 出入口の写真スポットで写真を撮って、ハウステンボスを後にしました。
ホテルから送ってあった荷物を受け取ります。
車内で食べるためのお昼ご飯をまたしてもコンビニで補充。
13:23 「ハウステンボス駅」到着。
13:31 改札を通過。
ハウステンボス駅→早岐駅
対面乗り換えだと思ってたけど、別のホームだとわかって慌てて移動。
13:59 早岐駅から特急乗車。
早岐駅→博多駅(みどり36号)
指定席のブッキングかと思いきや、僕が切符の日付を間違える痛恨のミス。
結局乗車券は猶予が合って大丈夫だったものの特急券は買い直し・・・。
15:45 博多駅で新幹線に乗り換え。もちろんこちらも特急券買い直し(泣)
博多駅→姫路駅(新幹線さくら560号)
18時前 いろいろとありましたが、なんとか無事に姫路駅まで帰ってきました。
「元祖長浜ラーメン金豚本店」
姫路駅から車で10分ほどの場所にある「金豚」に寄りました。
あっさり豚骨ラーメン。
みんな美味しいって言ってくれて、いい旅のしめくくりになりました。
21:09 無事に帰宅しました
8月25日(初日)
6:05 出発のご挨拶。
6:10 行ってきます。
恒例の「出発進行!」。
7:10 ローソン万久里店で朝食。
8:56 タイムズ姫路駅西第2に駐車。
徒歩で10分ほどの道のり。
途中のセブンイレブンで昼食を買っていきました。
7:17 姫路駅着
新幹線の12番乗り場へ向かいます。
しばしの待ち時間。
スタイリッシュな新幹線のぞみがホームに入ってきました。
9:46-11:45 姫路→博多(新幹線のぞみ7号)
上手く乗り換えができますように。
博多で在来線に乗り換え。
乗り換え時間がたった10分なので、うまく乗り継げるかどうかドキドキです。
いかついルックスのリレーかもめ号がすでに待ち受けていましたが、なんとか間に合いました。
11:53-12:53 博多→武雄温泉(特急リレーかもめ25号)
車内でお昼ご飯。
武雄温泉で再び新幹線に乗り換えです。
12:56-13:24 武雄温泉→長崎(新幹線かもめ25号)
乗り物疲れするよね。。。
13:24 長崎駅到着。
2度の乗り継ぎ共にカツカツの時間設定だったので、無事に乗り継げてホッとしました。
かっこいい駅舎の長崎駅。
優れた鉄道デザインを表彰する「ブルネル賞」の授賞式がイギリス・ロンドンで2025年9月24日に開かれ、駅舎や車両など4つの部門120点以上の応募の中から、優秀賞に選ばれました。
13:36 駅から200mほど歩いて「ニッポンレンタカー長崎駅前営業所」へ。
「25日の14時から27日の9時まで」車をレンタル。
普段乗り慣れたノアがよかったのですが、セレナになってしまいました。
とはいえ初めてのセレナはシフトレバーがなくてスイッチで切り換えるところなどが斬新で、運転が面白かったです。
車道と並行して走っている長崎の路面電車の通称は「ちんちん電車」。
歴史と文化を学ぶDAY
「長崎市観光」
「長崎ペンギン水族館」
14:12 最初の目的地はこちら。
「長崎ペンギン水族館」です。
ここは特にペンギン好きの次女のために妻が計画した場所です。
こじんまりとした水族館だからといって侮るなかれ。
なんと世界で一番飼育しているペンギンの種類が多い水族館で、9種類のペンギンが飼育されているのだそうです。
世界一とはすごいですね。
っていうか、ペンギンかわいい!
もっと寒い場所の方がペンギンに適しているのではないかと思いこんでいましたが、ペンギンは暑さへの適応力があるようです。
氷の上どころか、炎天下にいますね・・・。
僕はなんで長崎まで来てペンギンやねん!とか思っていましたが・・・。
失礼致しました。
ちっちゃい施設だけれど魅力が凝縮されていて、時間もいい加減で回りきれて、とてもよかったです。
「長崎市原子爆弾無縁死没者追悼祈念堂」
16:22 平和公園の駐車場に追悼施設があったのでお参りしました。
被爆80年という節目の時にここ長崎へ来ることができたことは、僕と妻にとっても、未来を担う子供たちにとっても、すごく大きな意味があったと思います。
般若心経を読経し、二度とこのような悲劇が起こらないよう、起こさせないように誓い、深く平和を祈念しました。
「平和公園」
16:27 公園内に入っていきます。
長崎市平和公園は、日本の長崎県長崎市にある公園である。1945年(昭和20年)8月9日に投下された原子爆弾落下中心地(爆心地)と、その北側の丘の上とを含めた地域に平和を祈って設けられた。3つ(5つ)のゾーンから構成されている。毎年8月9日の長崎原爆の日(長崎原爆忌)には、平和祈念像前の式典広場にて長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が開催される。(wikipediaより)
平和祈念像の前でパシャリ。
思いを込めたたくさんの千羽鶴が奉納されています。
乙女の像(中国から贈られたものなのだそう)。
平和の泉は、原爆による熱風を浴び、熱さにもがき苦しみ水を求め亡くなった被爆者の霊に捧げられたものだそうです。
僕は噴水に片足落ちちゃって靴を濡らす始末(笑)
鳩は平和の象徴とされています。
「眼鏡橋」
17:08 予定より早く眼鏡橋に来ることができました。
1634年、興福寺の黙子如定(もくす にょじょう)禅師が架設したとされている眼鏡橋。川面に映る影が双円を描き「メガネ」に見えることからこの名前がついたと言われ、東京の「日本橋」、山口の「錦帯橋」と並び日本三名橋に数えられます。
1982年の長崎大水害で一部崩壊しましたが翌年復元され、国の重要文化財に指定されています。(travel nagasakiより)
ハートじゃなくて眼鏡のポーズ。
隠された「i ♡」のマークの石をも見つけることができました。
「cafe pesca」
トイレを探して辿り着いたのは、中通り商店街で140年続くフルーツの老舗「近金果実店」が2024年にオープンした「cafe pesca」。
スムージー、めっちゃ美味しかったね。
カットフルーツもたくさんあって、長女は相変わらずスイカを食べていました。
「プリムローズ」
18:00 夕食も眼鏡橋のそばで。
「プリムローズ」という洋食屋さんにやってきました。
名物の「トルコライス」は、カレーライス、トンカツ、トマトパスタにサラダがついた大満足の一品。
みんな喜んでくれてよかったです。
「稲佐山観光ホテル」
19:33 ようやくホテルにチェックイン。
ダメージジーンズコンビ。足の長さが・・・。
ホテルの屋上展望台からパシャリ。
2021年に認定された「世界新三大夜景」は、モナコ、長崎市、上海の三都市なのだそうです。
本館9階のバー「ドンバルトロメオ」
旅の時にはアルコール解禁します。
21:55 お風呂へ。
23時頃 就寝。
明日は山登りの日ですが、天気予報の雨マークが気になります。
8月26日(2日目)
4:30 山登りのことが気になっていたからか、早くに目が覚めてしまいました。
5:30 朝日が顔を出し始めました。今のところお天気はよさそう。
6:30 おはよう。そろそろ起きてね。
7:46 ホテルをチェックアウト。
「マクドナルド 長崎浜町店」
8:30 朝ごはんは長崎市の中心部繁華街アーケード内にあるマクドナルドで。
長崎市から雲仙市に向かって車を走らせます。
セブンイレブン諫早森山町店でお昼ごはんのためのおにぎりや凍ったポカリスエットなどの買い出し。
またしてもコンビニ・・・。
人里離れた山へ向かうにつれ、雲の色が黒くなっていきました。
家族で山登りDAY
「雲仙普賢岳登頂」
「雲仙普賢岳」
雲仙普賢岳登山は長いので【特別編】に飛んでください。
12:40 普賢岳山頂登頂
仁田峠から小雨のスタートでしたが、山頂では晴れ間も広がって嬉しかったです。

「雲仙地獄」
15:47 下山後、雲仙温泉へ。
駐車場に止めて歩きます。
銭湯に入る予定だったけれど、みんな思いの外汗をかいていなかったので取りやめ。
登山で疲れたいて、みんな足が重かったみたい。
猫ちゃんたちがいました。
雲仙地獄の一つである「お糸地獄」。
お糸地獄は「情夫と密通をした挙げ句、夫を殺害したというお糸が処刑された明治3年に生まれた地獄」と伝えられているそうです。
至る所で煙が噴き上げています。
別府温泉の「地獄めぐり」を思い出すね。
16時半前 雲仙を後にします。
再び長崎市へ。
17:43 大浦天主堂前を通過。
大浦天主堂は幕末の開国後に長崎居留地に建設され、国内現存最古の教会として知られています。南山手グラバー通りに面して建ち、美しいステンドグラスが施されたゴシック様式の教会です。
単独でも国宝に指定されており、2018年にユネスコの世界文化遺産に登録された「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産のひとつとなっています。
「ANAクラウンプラザホテル長崎グラバーヒル」
17:54 ホテルにチェックイン。
僕と妻で一部屋。子供たち3人は隣に一部屋です。
「中華料理 四海樓」
18:40 ホテルのすぐ目の前に目的の場所はありました。
「四海樓」は、1899(明治32)年創業の長崎最古の中華料理店です。
みんな、お疲れ様~!
ここは長崎ちゃんぽん発祥のお店でもあります。めちゃ美味しかった。
ロケーションもいいですね。
暗くなりましたが、夜の散策にグラバー通りを登っていきます。
「グラバー園」
19:44 夜のグラバー園にやってきました。
カラフルなちょうちんの中をエスカレーターで昇っていきます。
こちらは世界遺産に登録されている歴史的な庭園です。
グラバー園は、日本の長崎県長崎市南山手町8-1にある観光施設である。1859年の長崎開港後に長崎に来住したスコットランド人商人グラバー、リンガー、オルトの旧邸があった敷地に、長崎市内に残っていた歴史的建造物を移築しており、野外博物館の状態を呈している。
世界遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」(全23資産)の構成資産である旧グラバー住宅などの洋風建築がある。(wikipediaより)
旧三菱第2ドックハウス。
グラバー園のある南山手の丘から見下ろす夜景も美しいです。
山登りを優先したためにグラバー園は半分あきらめていたのですが、ライトアップされていたおかげで満喫することができました。
グラバーさんの像。
20:16 出口へ。
「祈念坂」
20:22 祈念坂を下っていきます。
この趣のある石畳の坂は、映画『解夏』、アニメ『色づく世界の明日から』など数々の映画やドラマのロケ地になっている場所。
観光客があまり訪れない穴場スポットなのだそうです。
暗闇の中に浮かび上がる真っ白な大浦天主堂をバックに。
20:33 ホテルに帰ってきました。
子どもたちはおやつパーティーをしていたそうですが、妻は部屋に戻るなりバタンキュー。
僕もウトウトしていて真夜中0時頃に目が覚めたのですが、いい勢いで雨が降っていました。
つくづくいいタイミングだったと思わずにはいられませんでした。
【後編へつづく】↓↓↓
今日は善住寺の「お施餓鬼」の行事の日でした。
集まった方々は初盆のお宅を中心に108名もの人数になり、エアコンのない暑い室内で密集し、約1時間半の法要を勤められました。
ある意味苦行になるのではないかと憂慮していたのですが、扇風機の風だけでなく、外からも時折よい風が入り、皆が思ったよりは過ごしやすかったとおっしゃっていました。
主催する側としたら参加者の健康が第一ですのでホッと一安心です。
毎年平均すると15人前後の方が亡くなられるのですが、今年はなんと29名の方が亡くなり初盆を迎えられたのです。
皆と共に7代前までの先祖を想い供養の読経をし、餓鬼へと施す儀式を行いました。
皆で唱和できる在家勤行もお唱えし、声を合わせます。
法要後には「お施餓鬼」の意味を法話致しました。
その法話は以下のブログ記事をご覧ください。
https://ameblo.jp/anzac76/entry-10613747919.html
この記事を書いた2010年の時点で、僕はお盆というイベントは、皆で食べ物を分け合うための器(お盆)とイコールであると感じていましたが、2013年に仏教学研究者の中で最もインド古代語・漢訳に精通されているという辛嶋静志先生が「盂蘭」とは、サンスクリット語odanaオーダナ(ご飯)の口語形olanaを音写したもので、「盂蘭盆」とは「ご飯をのせた盆」(盆は器の意)であるという新解釈を提示されて大きな話題となっているところです。
これまでは「逆さ吊り」という説が有力でしたが、僕は新説がしっかりきます。
これをふまえた法話に皆が熱心に耳を傾けてくださり、とても心に響くものがありましたと何人かが感想をくださいました。
貪り(欲しい欲しい)のカルマから脱却するために、「なにか無条件に与えられるものはないだろうか」という施しの実践は大切です。
例えば満たされないところを貪ったり奪ったりして埋めた時、その瞬間は満たされるのかもしれませんが、奪われた人はまた別から奪い、巡り巡って自らに返ってくるという道筋を痴かな人は見ることができないのです。
その真理が見えたからこそ、目連さんのお母さんは餓鬼道からすくい上げられたに違いありません。
お盆のお施餓鬼の儀式は、奪い合う循環から与え合う循環への意識の転換を教えてくれます。
不幸な分は幸せな人から奪うというのが鬼の生き方であり、その因縁がまた新たな鬼を生みます。
我々もこの道筋をよく理解しておく必要があります。
平素のがむしゃらに働きお金をかせぎ、地位や名誉を求め生きている人々にとって、ふと自己を見つめ直すためのきっかけにしていただけたなら幸いです。
皆様と共にとても素晴らしい法要を厳修することができたことに、深く感謝致します。























































































































































































































































































































































































































































