高野山心の相談員ネットワークは、能登半島地震被災地の志賀町・正久寺で久しぶりのお茶会を開催することになりました。
今回はまともに学校に行っていない長女や次女を誘って、連れていけたらと計画していました。
なにかしら感じてもらえたらと思ったのです。
そしたら長女は頑として行かないと拒否し、次女は「三女が一緒じゃなきゃ行かない」と条件を出す始末。
いつの間にか次女の根回しで、ちゃんと登校してほしい三女まで学校を休み、セットで行くことになってしまいました。
まー、学校より大切なこともあります。
朝7時半過ぎに家を出て、3人で能登へ向かいました。
順調に運転し、お昼を福井の南条サービスエリアで摂ります。
越前そば、美味しい!
思いの外の良い天気と時間の余裕。
このまま金沢に宿泊だけするのはもったいないとふと思い、輪島市まで足を伸ばすことに決めました。
のと里山海道に入り、西山パーキングでトイレ休憩。
運転は疲れますが、子どもたちに現地を見せたいという思いは、それを吹き飛ばしますね。
それにしても、いつも下りる西山インターチェンジを過ぎてから道路の風景が一変して驚きました。
まだまだ工事だらけ。
車に乗っていて感じる凹凸。
建物の解体もまだまだ終わっていないのですね。
歪んだままの電柱や看板。
まだ手付かずの家屋。
三大朝市と言われた「輪島朝市」のあった場所。
更地になった場所はすでに草がボウボウで、やがてセイタカアワダチソウに侵食されてしまいそう。
かつての隆盛の面影はなく、虚しさを感じる風景です。
神社やお寺の再興もなかなか大変だろうなと推察。
仮設住宅は追い打ちの豪雨被害もあったそうですし、被災者の方々の心が心配です。
子どもたちはなんだか寒気がしたと呟いていました。
とはいえ、現地の様子を自分の目で見て、リアルに肌で感じてもらうことができて、僕としてはよかったと思いました。
たとえ1年と10ヵ月も経った後の景色で、被災直後とは生々しさは全然違ったとしても・・・。
さ~、再び金沢へと帰りかけたところ、行きは大丈夫だったのに「のと里山海道」が事故で封鎖されてしまって、下道をいかなくてはならなくなりました。
しかも下道は大渋滞で、正直18時頃には金沢駅前に戻れると思っていたのに、何時になることやらとがっかり。。。
けれども横田インターの住所がわからなくて調べると、なんと行ってみたいと思っていた被災地NGO恊働センターの能登拠点と住所が近かったので労せず寄ることができたのです。
17:24 小牧集会所「じんのび広場」着。
住所:七尾市中島町小牧(ななおしなかじままちおまき)ョ40-1
【被災地NGO協働センターの活動紹介】
能登半島地震特集 (地域を守る!被災者等の支援)
在宅避難者を支え、心のよりどころとなる支援拠点「じんのび広場」の設置
取組主体 被災地NGO恊働センター
従業員数 4人
想定災害 地震
実施地域 石川県七尾市
2024 年1月に発生した能登半島地震で被害のあった石川県七尾市中島町に拠点を構え、在宅避難者への物資配布やイベント開催などの支援を通じて、地域住民の心のよりどころとなる居場所づくりを実現している。
- 取組の概要
・兵庫県神戸市を拠点として災害救援事業を行う非営利団体「被災地 NGO 恊働センター」は、能登半島地震で被害を
受けた石川県七尾市中島町において、在宅避難者を支援する拠点「じんのび広場」を設置し、支援活動を行ってい
る。
・同センターは被災者にとって安らげる居場所をつくることを目的として「じんのび広場」を拠点に、企業や個人から
集めた支援物資の配布や、炊き出しやマッサージの提供、サロン活動、個別相談、家屋清掃の手伝いなどを実施して
いる。
・同センターのある神戸市は、1995 年に発生した阪神・淡路大震災の際に、国内外から多くの支援を受けた。同セン
ターはその支援を他の被災地にも還元していきたいという想いから、災害救援活動を開始した。ボランティア活動に
おいては「なんでもありや」「最後の一人まで」をモットーに、様々な被災地の復興に携わりながら地域の自立を支
える支援活動を行っている。
- 取組のきっかけと想い
・同センターは、2007 年に発生した能登半島地震の際に、同県輪島市や穴水町の仮設住宅や復興公営住宅における足
湯ボランティアとして支援活動を行っていた。その際は、物資支援は行っていなかったものの、2024 年に再び発生
した能登半島地震はより被害が大きく、七尾市中島町において在宅避難者が物資支援などを十分に受けられていない
状況を現地で目の当たりにした。在宅避難者は自宅にとどまっているため、情報が届きにくく、支援物資もほとんど
受け取れず、行政からの支援も水のみに限定されていた。特に地震発生後の断水が続いている時期には、生活が困難
を極めていた。水などの必要物資の提供はできたものの、その一方で被災者にとって安らげる居場所が不足している
のが当時の状況であった。
・そこで、同センターでは、単なる物資配布だけでなく、被災者の要望や話をしっかりと聞き、安心して過ごせる居場
所を提供したいとの想いから、「じんのび広場」を拠点として立ち上げた。
- 取組の特徴(差別化した点、地域特性などで工夫した点等)
自由に選べる物資配布スタイル
・被災者一人ひとりのニーズに応えるため、支援物資を自由に持ち帰れるショッピングセンター形式を採用した。被災
者の世帯状況は様々で、必要な物資や数量も異なるため、必要な物を必要なだけ持ち帰ることができるようにした。
また、LINE公式アカウントを活用して情報を広く周知し、多くの在宅避難者に支援情報を届けた。
物資配布だけでない、被災者がほっと一息つける居場所づくり
・物資配布拠点内にコーヒーやお茶が飲める休憩コーナーを設け、整体師資格のあるボランティアの協力のもと、マッ
サージや整体スペースをつくり、音楽演奏会を開催するなどの工夫をし、物資配布のためだけの場所ではない、被災
者がほっと一息つける居場所をつくった。また、ボランティア協力のもと、災害ごみや家屋の片付け、罹災証明の方
法など、被災後に直面する問題に対して、相談に乗れる体制もつくった。
地域との強固な連携による柔軟な協力体制の構築
・七尾市中島町小牧地区の協力を得て、集会所を物資配布の拠点として活用した。同センターは2007年の能登半島地
震で行ったボランティア活動をきっかけに、同地区でのお祭りに神輿(みこし)や枠旗(わくばた)の担ぎ手として
参加したり、同地区の方々が旅行で神戸市を訪れた際には同センターを訪れてくれたりするなど、日頃より同地区の
住民と交流があり、関係が強固であった。そのため、発災時にも集会所の貸出しだけでなく、運営に関する協力体制
もスムーズに構築することができた。地元ボランティアと共に活動することで、地域全体で被災者を支える体制を築
いた。
- 取組の効果
適切な支援の提供
・取組開始時のアンケート調査では、2月から3月にかけて自宅での自炊が困難な在宅避難者が 49%に上り、満足な
食事を取れていない住民も多かった。炊き出しや物資配布を通じて、こうした方々に必要な支援を届けることができ
た。また、支援が届いていない人たちに対して、ニーズに沿った支援物資を提供することができた。
被災者の居場所づくり
・支援物資の提供や家屋清掃の手伝いだけでなく、物資配布場所は被災者の居場所として機能した。お茶やコーヒーを
飲むスペースを併設したことで、被災者がゆっくりと自身の気持ちを話せる場となり、心のケアにもつながった。
周囲の声
・「物資を受け取るだけでなく、ここに来ることが心のよりどころとなっています」(物資配布拠点利用者)
・「こちらに来ることで落ち込むことが激減しました。災害ごみについて正しい情報を聞かせていただき、感謝してい
ます」(物資配布拠点利用者)
・「実家の片付けや罹災証明の内容についても相談に乗っていただき、ありがとうございます。物資はもちろん、様々
な相談に対応していただき感謝しています」(物資配布拠点利用者)
担当者の声
・災害時には特に在宅避難者など、支援が届きにくい方がたくさんいます。行政や災害ボランティアセンターだけでは、残念ながら支援が十分に届いているとはいえない状況があります。こうした状況を改善していくためには、地域の方と連携した、小さくとも被災者の身近に存在する支援拠点が重要だと考えています。こうした取組はハードルが高く感じられますが、被災者のニーズを取りこぼさないためには、どんなに小さな規模でも拠点が存在することがまず重要だと感じています。
問合せ先 被災地NGO恊働センター
電話番号:078-574-0701 FAX:078-574-0702
E-Mail:info@ngo-kyodo.org URL:http://ngo-kyodo.org/
お世話になった増七尾市中島町小牧の集会所で、民間ボランティア団体が能登半島地震の被災者への支援物資の配布拠点「じんのび広場」を設けている。市の物資配布は飲食店やスーパーの営業再開に伴ってなくなり、水の配布のみ。地域住民らが必要な物資を求めて足を運んでいる。
2007年の能登半島地震を機に小牧の住民と交流がある神戸市の被災地NGO恊働センターが運営。地震の翌日(1月2日)に七尾に支援物資を届け、1月中旬から佐賀県のおもやいボランティアセンターと協力し、全国の企業や団体から集めた物資を配布している。米や子ども服、簡易トイレ、ペット用品など幅広くそろえ、手製の棚に並べている。3月から毎週木曜日は休み。
NGOのスタッフによると、七尾を中心に志賀町などから1日平均30人、2月中旬までに延べ509人が来場。口コミなどで広まり「行政の支援がないので助かるという声が多い。2カ月たっても増えている」という。多い日は70人が訪れ、すぐなくなってしまうため「家族分だけ」に限定。情報発信の専用LINEも開設し、炊き出しや子ども向けイベントも行っている。
来場者にはアンケートや困り事のニーズ調査も実施。近所の徳間慶子さん(71)は「家が傾いているのでボランティアに来てもらって助かった」と感謝する。地元住民としてボランティアに参加する石坂智子さん(44)は「まだ物資が必要な人がたくさんいるので、必要なところに届いてほしい」と語った。(中国新聞2024.3.3大野沙羅さんの記事より転載)
【被災地NGO協働センターによる救援活動の様子】
イレギュラーな出来事のおかげで、お世話になった増島さんと再会することができたという奇跡。
ありがたき法縁とはこのことだと思いました!
増島さんは約2年ずっとこの能登に居続けて被災地支援をし続けておられる貴重な存在です。
いや能登だけじゃなく、東日本大震災も広島豪雨災害もです。
僕は心の相談員の研修会においてお話を聞かせていただいたり、実際に支援活動を共にさせていただいたことがあったのです。
2024年7月にご一緒した時の写真。
少しの時間でしたが、復興の遅い現状について聞かせていただき、最後に二人の娘とも写真を撮ってもらいました。
「能登には若者が少ないから、きっと皆さんから喜ばれると思うよ。明日はお茶会よろしくね」とエールをいただき、送ってもらいました。
ホテルにたどり着いたら19時半。
さすがにくたびれました。
20時過ぎてから、ようやく「海力」という居酒屋で晩御飯。
金沢おでんの出汁巻きが美味しかったです。
金沢駅東口にある「鼓門」でパシャリ。
21時半頃、ようやくホテルに戻ってこれました。
すると二人の娘が「横になって。運転お疲れ様」と、なんと足をマッサージしてくれるではありませんか。
とても幸せです。
それを噛みしめながら、それが突然天災により失われることも想像しながら、被災地の方々との関わりを改めて大切に思いました。
さ~、明日が本番、おやすみなさい。






































































































































































































































