10月16日。
高野山心の相談員ネットワークは能登地震被災地である志賀町富来の正久寺に4度目の訪問をし、現地の有志と共に結成した「富来つながりサポーター」として「お茶会」を開催しました。

4度目の訪問となりますが、お茶会としては2度目になります。
前回は我々スタッフも含めて30名程の予想以上の人数となり、屋外のテント席と屋内のテーブル席を合わせてなんとか対応できたという様相でしたが、今回の天気予報は雨。
更なる増員を目標にしていたものの、テントが使えない場合には屋内だけで対応するのは厳しいと感じていました。
また、現地スタッフの中心である区長さんが予定と重なり不参加。
さらには我々心の相談員メンバーの集まりも悪い上に、直前になって2名がキャンセルという事態にも相成り、接客対応人数にも不安ができてしまいました。
連れていく我が家の娘二人も微力ながら戦力に加えざるを得ないような状況です。
そのような中で迎えた当日。

準備を11時から行い、12時から15時までお茶会、15時からスタッフのシェア会をして16時に解散という予定です。
集まり過ぎても困るし雨降りくらいでちょうどいいかもという目論見をかき消すほどの土砂降りで、これではほとんど誰も来てくれないのではないかという不安も頭をよぎりました。
とはいえそれも杞憂に終わりました。
開始時刻の30分前くらいから続々と人が増え始め、13時頃には40人が屋内にひしめき合いました。

寺院ではありますが被災した建物を取り壊しており、残った客間だけでの応対ではとても狭いのです。
それでも廊下も使ってなんとか皆の席を確保でき、ご飯を食べながらお話をできる体制は整えることができました。
スタッフは一丸となっておもてなしです。
お昼ごはんに準備したおにぎりとお味噌汁、食後のお茶やコーヒー、それぞれにお渡しした各地から持ち寄ったお菓子の袋詰め合わせ。

皆がとても楽しそうに会食しておられる姿が我々の喜びでした。

我が家の次女と三女もお菓子を袋詰めしたり、インスタントのお味噌汁を作ったり、コーヒーを運んだり、自分のお役目を見つけることができたようで、僕はそれを横目に見ながら一安心。



ある程度食べることが落ち着いたころに、心の相談員メンバーは参加者の席の間に入って、傾聴をさせていただきます。

にぎやかで楽し気な雰囲気の中でなかなか深刻な話はし辛い状況であり、過去の仮設訪問の時のような心の痛み、悲しみを赤裸々に語る人はありませんでした。
これについては次回への課題です。
とはいえ不満や小さな怒りを吐き出す場としては機能したように思います。
・地元住民ではない人のゴミ(多分復興支援にきた土建業の方などではないか)が家庭ゴミのところに十分に分別せずに出されることが困るということ。
・家を解体して更地に戻したところが草ぼうぼうになって困っている。セイタカアワダチソウがすごく繁殖していて一面がそれに侵食されてしまう。防草シートを張りたいけれど、物価高で高いし悩ましいところであるということ。
・自分と同じような境遇の人としか悩みを分かち合うことができない。「そんなに差がないのにあの人の家は補助金30万もらってうちはもらえなかった」とか、更地にしたら「え~な~あんたんところは金があって」とか言われて辛いし、境遇が違うから分断が起きているということ。
・仮設住宅に入っている人はいろいろとイベントに声がかけてもらえるけれど、家が無事でそこに住んでいる人はほとんどイベントがあることも知らず寂しい思いをしているということ。
皆さんのお話を聞かせていただいていると、また以前とは違った悩みが生じてきているようです。
(ここには書けないこともあります)
そんなこんなであっという間の三時間でした。
今回も皆さんにとても喜んでいただけて、とてもよかったです。
皆さんからいただいた今後の大きな要望としては、一緒に読経したいというものや、法話が聞きたいということがありました。
我々高野山心の相談員は、宗教色を出さないことを心がけて今までやってきましたが、能登はお寺と深く結びついてきた地域性もあるからか、宗派は違えど温かく受け入れていただいているようです。
今後は少しずつそういう期待にもお応えしたほうがいいのかなと、前向きに検討することにしました。
我々心の相談員と現地のスタッフとでつくった「富来つながりサポーター」。
現地の方は大小あれど皆被災者でありながら、他者へのサポートをしていくというのはなかなかに大変なことなのですが、今回新たに3名の方が入って下さることになりました。

少しずつ広がっていくことに喜びを感じます。
また次に訪れるのは来春になるでしょうか。
それまでもラインではやり取りをしつつ、ますます仲良くなっていければと思います。
志賀町「しがちょう」ではなく「しかまち」とちゃんと読めるようになりました
富来を富貴と書き間違えたり、「とぎ」を「ふぎ」と読み間違えることもなくなりました。
富来地頭町「じとうまち」、富来領家町「りょうけまち」につづき、今回西海「さいかい」という地名を覚えました。
これだけでも現地の方々との距離は縮まっていくのです。
僕にとっても、娘二人ととも家族ぐるみで現地の方々と繋がれたことで、志賀町富来は「第2の故郷」ともいえる場所になりそうな予感がしています。
現地のスタッフさんが作ってくれたテルテル坊主。
空は晴れませんでしたが、みんなの心に晴れ間が見えたような気がします。
