善住寺☆コウジュンのポジティブログ☆ 『寺(うち)においでよ』 -4ページ目

善住寺☆コウジュンのポジティブログ☆ 『寺(うち)においでよ』

但馬、そこは兵庫の秘境。大自然に囲まれた静かで心癒される空間に悠然とたたずむ真言宗の御祈祷と水子供養の寺『善住寺』。目を閉じてください。聞こえてくるでしょう。虫たちの鳴き声 鳥たちのさえずり 川のせせらぎ・・・誰でも気軽にお越し下さい。寺(うち)においでよ!

心の相談員ネットワーク全体活動の本年度開催は、戦後80年の節目にあたる広島で行う運びとなりました。

原爆ドーム、広島平和記念碑

 

会員の多くの方々にご協力いただいた折り鶴の奉納がありました。

平和公園で千羽鶴を捧げる人々

 

語り部さんから原爆の子の像の建立にまつわる「原爆の子の像と六年竹組の仲間たち」の被爆体験談を聞く機会にも恵まれました。

原爆の子の像と6年竹組の仲間たち

 

とても学びが深い一日となり、改めて世界平和について考えさせられました。

 

 

 

 

 

11月27日

 

 

 

マイカーで自宅から姫路駅へ。

霧深い山道、旅の始まり

 

道中は濃霧でした。

濃霧の高速道路を走行中

 

 

 JR姫路駅

 

姫路駅から新幹線のぞみに乗車。

広島駅に停車中の新幹線

 

 

 JR広島駅

 

広島駅着。

広島駅の歩道橋と人々

 

待ち合わせ場所の中央改札口。

広島駅構内、新幹線のりば(中央口)の案内表示

 

先発組はすでに原爆資料館や折り鶴タワーに行っています。

広島駅のクリスマスツリー

 

12時20分 後発組合流。

広島風お好み焼きと鯛焼き

 

お昼ご飯は焼きそば入り鯛焼き。

焼きそば入り鯛焼き、広島グルメ

 

 

 

STEP.1平和への祈りと学び

 

 

平和記念公園

 

世界の平和を願い建設された都市公園

 

 平和記念公園は広島市の中心部にある広大な公園で、世界の恒久平和を願って爆心地に近いこの場所に建設されました。

 園内には、世界遺産に登録されている原爆ドームや原爆投下当時の広島の様子を展示した広島平和記念資料館、原爆死没者慰霊碑、国立広島原爆死没者追悼平和祈念館、広島国際会議場などがあります。

 平和への願いを込めて鳴らされる平和の鐘の音は、環境省が選んだ、残したい日本の音風景100選にも選ばれています。

広島公式観光サイトより引用)

 

 

13時 平和記念公園の原爆ドーム前で先発組と合流。

平和記念公園で語り部と面会

 

久しぶりに仲間と会えて嬉しかったです。

平和公園で語り部を聞く人々

 

 

 

原爆ドーム

 

核兵器の廃絶と平和の大切さを世界へ訴えるシンボル

 

 1996年12月、ユネスコ第20回世界遺産委員会メリダ会議で、核兵器の惨禍を伝える建築物として世界文化遺産に登録されました。

 指定範囲は原爆ドームの所在する地域、約0.39ヘクタールです。原爆ドームは1915年に広島県内の物産品の展示・販売をする施設として建てられ、広島県美術展覧会や博覧会も催されていました。設立当初は「広島県物産陳列館」という名称でしたが、その後「広島県立商品陳列所」、1933年には「広島県産業奨励館」に改称されています。設計者はチェコの建築家ヤン・レツル氏で、構造は一部鉄骨を使用した煉瓦造、石材とモルタルで外装が施されていました。

 全体は3階建で、正面中央部分に5階建の階段室、その上に銅板の楕円形ドーム(長軸約11m、短軸約8m、高さ4m)が載せられていました。その頃の広島は、都心部のほとんどは木造2階建ての建築であり、こうした大胆なヨーロッパ風の建物は非常に珍しく、川面に映えるモダンな美しさとあいまって広島名所の一つに数えられていました。1945年8月6日午前8時15分。人類史上最初の原子爆弾が炸裂したのは、広島県産業奨励館から南東約160m、高度約600mのところです。爆風の圧力は1平方メートルあたり35t、風速は440mという凄まじいもので、建物は爆風と熱線を浴びて大破し、天井から火を吹いて全焼。爆風がほとんど垂直に働いたため、本館の中心部は奇跡的に倒壊を免れたものの、館内にいた人はすべて即死しています。

 戦後、旧産業奨励館の残骸は、頂上の円蓋、鉄骨の形から、いつしか市民から原爆ドームと呼ばれるようになりました。
 1953年に広島県から広島市に譲渡され、1966年7月には広島市議会が原爆ドームの保存を決議を行い、その後、風化が進み、国内外での善意の募金により4回の大規模な保存工事が行われました。

 また、世界遺産リストへの登録を求めて、市や市議会、広範な市民運動の結果、1995年6月に国の史跡に指定され、文化庁からユネスコに登録申請。1996年12月、世界文化遺産へ登録されました。

 現在では、被爆当時の惨状を残す姿がノーモア・ヒロシマの象徴として、時代を越えて核兵器の廃絶と恒久平和の大切さを世界へ訴えるシンボルになっています。なお、原爆ドーム内部に立ち入ることはできません。入場できる施設ではありませんので、外からの見学になります。

広島公式観光サイトより引用)

 

初めて広島の中心地にやってきた僕は、初めて世界遺産の「原爆ドーム」を目の当たりにしました。

広島平和記念公園の原爆ドームと男性

 

当時のことは想像できない現在の街並み。

広島の街並みと川、橋

 

そこに残された戦争の傷痕。

広島平和記念公園の原爆ドーム

 

過去と現在を繋ぐ場所を、ゆっくりと歩きました。

平和記念公園、川沿いを歩く人々

 

 

 

イチョウ並木

 

樹種 イチョウ(Ginkgo biloba)

寄付者 静岡県 清水市

寄付年 昭和29年(1954年)3月23日

寄付の経緯 

 平和記念公園の完成を一年後に控えた昭和29年(1954年)、広島市は 「平和を愛する全国民の手で広島平和記念公園に平和郷を建設したい」との想いで、全国の市長に宛てて樹木の寄贈を要請しました。
その趣旨に応え、清水市からは10本のイチョウが贈られました。
広島市公式ホームページより引用)

 

黄色く色付いた美しいイチョウ並木。

広島平和記念公園のイチョウ並木

 

 

 

 

平和の時計塔

 

毎日8時15分に鳴るチャイムが全世界へノーモアヒロシマを訴える

 

建立年月日 昭和42年(1967年)10月28日3本の鉄柱がそれぞれ60度ずつひとひねりした塔上に、球体の三方を向いた時計が乗っています。(高さ約20m)

広島鯉城ライオンズクラブが原爆ドームの永久保存に呼応して建設したもので、人類が初の原爆の洗礼を受けた時刻、8時15分に、毎日全世界に向けこの時計塔のチャイムが「ノーモアヒロシマ」を強く訴えています。


このチャイム音は、環境庁の、「残したい日本の音百選」に平成8年(1996年)選定されました。(平和記念資料館に展示され8月6日の平和記念式典で使用される鐘と「平和の鐘」を加えた全体の音風景が対象)

広島公式観光サイトより引用)

 

「平和の時計塔」について企画委員の石田さんが丁寧に説明してくれました。

広島平和記念公園の時計塔

 

 

 

平和の鐘

 

核兵器と戦争のない世界の達成を目指す精神文化運動のシンボル

 

 建立年月日 昭和39年(1964年)9月20日

 核兵器と戦争のない世界の達成をめざし、その精神文化運動のシンボルとして「原爆被災者広島悲願結晶の会」が建立しました。

 鐘(故香取正彦(人間国宝)さんの作品)の表面には「世界は一つ」を象徴する、国境のない世界地図が浮き彫りにされています。
 撞座は、原水爆禁止の思いをこめて原子力マークにし、その反対側には、つく人の己の心を写し出す鏡が入れられています。

 池には、大賀一郎教授が千葉市の遺跡から2000年前の種を掘り出し発芽させた、有名な大賀ハスが植えられています。

 被爆当時、ハスの葉で傷をおおい、火傷の痛みをしのいだという被爆者の霊を慰めたものです。


 環境庁の、残したい日本の音百選に平成8年(1996年)選定されました。(平和記念資料館に展示され8月6日の平和記念式典で使用される鐘と「平和の時計塔」のチャイム音を加えた全体の音風景が対象)

広島公式観光サイトより引用)

 

会員有志で「平和の鐘」を撞きました。

平和の鐘を撞く人々

 

「核兵器と戦争のない世界でありますように。」

 

 

 

原爆供養塔

 

引き取り手のない遺骨およそ7万柱が納められた供養塔

 

建立年月日 昭和30年(1955年)8月5日爆心地に近いこの付近には、被爆後、遺体が散乱し、また、川から引き上げられたものなど、無数の遺体が運ばれ、荼毘にふされました。
昭和21年(1946年)市民からの寄付により、仮供養塔、仮納骨堂・礼拝堂が建立され、その後10年たった昭和30年(1955年)広島市が中心となり、老朽化した納骨堂を改築し、各所に散在していた引き取り手のない遺骨もここに集め納めました。

内部には納骨堂があり、一家全滅で身内の見つからない遺骨や氏名の判明しない遺骨約7万柱が納められています。
広島市は、氏名が判明しながら引き取り手のない遺骨の名簿を毎年公開し、遺族を探しています。

昭和30年(1955年)に2,432柱あった遺骨のうち、今でも824柱の遺骨は引き取り手がなく、この供養塔に眠っています。
(平成19年(2007年)6月20日現在)昭和21年(1946年)以後、毎年8月6日にはこの供養塔の前で、さまざまな宗教・宗派合同の供養慰霊祭が営まれています。

広島公式観光サイトより引用)

 

「原爆供養塔」の前でお線香を供え、読経しました。

広島平和記念公園、慰霊碑と参拝者

 

「決して忘れません。」

平和記念公園で供養塔にお線香を供える男性

 

「二度と繰り返しません。」

 

 

 

原爆の子の像

 

原爆の犠牲となったすべての子どもたちのための慰霊碑

 

建立年月日 昭和33年(1958年)5月5日(こどもの日)

2歳の時被爆し、10年後に白血病を発病して亡くなった佐々木禎子さん。
その死に衝撃を受けた同級生たちが、「原爆で亡くなったすべての子どもたちのために慰霊碑をつくろう」と全国へ呼びかけ、全国3,100校余りの生徒と、イギリスをはじめ世界9か国からの支援により、完成したのが、高さ9メートルのこのブロンズ像です。(ブロンズ像3メートル、台座6メートル)

三脚のドーム型の台座の頂上に金色の折り鶴を捧げ持つ少女のブロンズ像が立ち、左右には明るい未来と希望を象徴する少年少女の像があります。
像の下におかれた石碑には、「これはぼくらの叫びです これは私たちの祈りです 世界に平和をきずくための」という碑文が刻まれています。

像の制作は、当時東京芸術大学教授だった菊地一雄さんです。

広島公式観光サイトより引用)


「原爆の子の像」にやってきました。

 

ここの「折り鶴展示ブース」に千羽鶴を奉納することができるのです。

平和の鐘と原爆の子の像

 

多くの皆さんのご協力で集まった2,717羽の折り鶴。

広島平和公園での折り鶴奉納の様子

 

代表して石田さん、上田さん、吉増さんの3名が奉納です。

 

皆さんより託されたお気持ちを、確かにお届けしました。

 

       

「平和への祈りを込めて」

 

高野山心の相談員ネットワーク

 

広島平和記念公園の千羽鶴

 

 

 

平和の灯

 

核兵器廃絶まで燃え続ける反核悲願の灯

 

建立年月日 昭和39年(1964年)8月1日

東京大学教授(当時)丹下健三氏が設計したものです。

台座は、手首を合わせ、手のひらを大空にひろげた形を表現しており、水を求めてやまなかった犠牲者を慰め、核兵器廃絶と世界恒久平和への願いをこめています。

この火は、昭和39年(1964年)8月1日に点火されて以来ずっと燃え続けており、「核兵器が地球上から姿を消す日まで燃やし続けよう」という反核悲願の象徴となっています。

平成6年(1994年)に広島市で開催されたアジア競技大会の聖火に点火されるなど、各種行事において平和のシンボルとして採火されています。

広島公式観光サイトより引用)

 

「核兵器が地球上から姿を消す日がやってきますように。」

 

平和について考える、とてもいい時間。

平和記念公園の池と木々

 

このノンビリとした時間も、どれだけありがたいことでしょう。

広島平和記念公園の青空と雲

 

 

 

広島国際会議場

 


平和記念公園内に立地しコンサートや修学旅行生の平和学習にも利用される会議場

 

 広島国際会議場は、国際交流の推進と市民文化の向上を図ることを目的として、平和記念公園内に設置されています。
 1,504名収容の大ホールをはじめ、国際会議ホールや大・中・小の会議室などを備えており、コンサートや講演会、国内・国際会議はもとより、展示会、企業や団体のお打合せなど、さまざまな用途に合わせ幅広くご利用いただいています。


 各会議室は光ファイバーで接続されておりますので、講演会場から各会議室への配信やオンライン会議・ハイブリッド会議にも対応することが可能です。
 また、平和記念公園内に立地している利点を活かし、年間100件以上の修学旅行生の平和学習の場としてもご利用いただいています。

広島公式観光サイトより引用)

 

「広島国際会議場」に向かいます。

広島平和記念資料館と原爆ドーム

 

地下一階の「会議運営事務室」

心の相談員ネットワーク 平和学習

 

14時半 被爆体験伝承者の原紺充(はらこんみつる)さんをお招きして「平和学習」を行いました。

講義中の参加者とホワイトボード

 

「六年竹組の仲間たち」のお話。

広島市街図で原爆の状況を説明

 

原爆の子の像が建立されるまでの経緯をお聴きすることができました。

原爆の子の像と広島平和記念

 

80年前の8月6日に投下された原子爆弾。

広島平和記念資料館提供のきのこ雲写真

 

それによって、さだちゃん(佐々木禎子さん)と川野さんは被爆されたのでした。

原爆の子の像と佐々木貞子さんの写真

 

さだちゃんとの思い出。

禎ちゃんが折った折り鶴

 

亡くなったさだちゃんのためになにができるだろう。

お花に包まれた禎ちゃんの写真

 

「世界中の人が思いやりの心を持っていれば争いは起こりません」

全国校長会に配られたビラ

 

今回体調不良で急遽原紺さんに替わりましたが、本来お話いただくはずだった被爆体験者・川野登美子さんのお話はYoutubeで見ることができます。

 

平和学習が終了して外に出ると、涙を連想させるような小雨が降り始めました。

 

僕はここにもなにかしらのメッセージ性を感じたのでした。

 

 

 

祈りの泉

 

水を求めながら亡くなった犠牲者の霊に捧げる噴水

 

昭和39年(1964年)、広島銀行が建設して、広島市に寄贈しました。


東西27メートル、南北19メートルの長円形の上に、二層の池を積み重ねています。
 

「祈りの泉」と名づけられ、「水を水を」と言いながら死んでいった犠牲者の霊に捧げる噴水です。

広島公式観光サイトより引用)

 

17時過ぎ 「祈りの泉」を横目に「平和記念公園」を後にしました。

 

 

 

STEP.2放課後活動

 

 

 アパホテル広島駅前大橋

 

僕はアパホテルにチェックイン。皆が思い思いの場所に泊まっています。

APAホテル外観

 

 

 広島電鉄

 

チンチン電車で懇親会場へ。

 

 

 蔵屋 中央通り店

 

18時半 懇親会を広島市最大の歓楽街・流川にある居酒屋「蔵屋 中央通り店」で行いました。

蔵屋 中央通り店のお好み焼きと鉄板焼き

広島での懇親会、お好み焼きを楽しむ参加者

 

広島名物といえばやっぱり「カキ」。

 カキ生産量日本一で有名な広島。広島湾周辺にはカキの好物プランクトンが豊富にあり、程よい塩分濃度が保たれているなど、カキの養殖に理想的な環境と言われています。その環境で育ったカキは、殻の大きさに対して身が詰まっており、ぷりっとして濃厚。特に1~2月はカキの美味しさの元であるグリコーゲンが大量に蓄えられることから、最も美味しいカキを味わえます。
 生カキはもちろん、カキフライや焼きガキ、カキめしなど、さまざまな種類の料理があるので、カキツアーを開催するのもおすすめです。

旅サラダHPより引用)

広島名物カキの鉄板焼き

 

これも広島名物「がんす」

 玉ねぎと唐辛子を入れたすり身をフライにした広島県民のソウルフード「がんす」。広島の方言で「~でございます。」を意味する「~でがんす」に由来しています。丁寧な良い言葉を付ければ商品も良く成長するだろうという願いから名付けられた「がんす」。
 一見、普通の魚のすり身フライですが、ジュワーっと魚の旨みが染み出たあとに、練り込まれた唐辛子の辛みと玉ねぎの甘みがベストマッチするほかにない商品です。他県ではほとんどお目にかかれない「がんす」は、広島でしか食べられない、まさにご当地グルメです。

旅サラダHPより引用)

広島名物 がんす

 

そしてメインは「広島風お好み焼き」と、たくさん名物を満喫しました。

 「広島お好み焼き」はその名のとおり広島風のお好み焼きです。広島お好み焼きは薄く焼いた生地のうえにあらかじめ焼いておいた中華麺や千切りキャベツ、豚肉などを乗せ、さらに生地をかけて焼くため、一般的な関西風のお好み焼きはとは具材や焼き方などが大きく異なります。
 焼き上がったら関西風と同じくソースとマヨネーズをかけますが、広島お好み焼きは甘口のソースを使用するのが一般的。鉄板のうえでヘラで食べるのもその特徴です。

旅サラダHPより引用)

広島風お好み焼きとネギ

 

 

 

 BAR 陀陀

 

引き続き二次会の「BAR 陀陀」へ。

広島での懇親会前、蔵屋への入り口

 

久しぶりに僕もお付き合いしました。

懇親会での語り部さんのお話

広島での交流会参加者たち

 

本日の締め

 

 

 

まとめムービー

 

初日の様子をムービーにしてまとめましたのでご覧ください。

 

       
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ご署名をお願いします

 

 

水源の森を破壊し、土砂災害発生の危険を高める、山の尾根筋への「メガ風車」建設規制を国に求めます

尾根筋メガ風車建設規制

 

提出先:環境大臣、農林水産大臣、経済産業大臣など

 

 

 【要望事項】

 

1. 保安林内や土砂災害警戒区域および特別警戒区域付近での風力発電施設の設置を原則禁止にしてください。

 

2. 山岳部・尾根筋・水源地など環境・災害防止上重要な区域における風力発電計画への規制強化をお願いします。

 

3.自然保護地区周辺での風力発電計画における環境調査・評価の厳格化をお願いします。

 

作成者:全国再エネ問題連絡会

 

 

↓【署名はこちらから】↓

 

ハードな一週間が終わり、今日は祝日にもかかわらず仕事が入っておらず、「そうだ家族で扇ノ山にでも行ってみよう」と思いたちました。


我が町新温泉町と鳥取県との間にまたがるその山は、ネット情報を調べると、河合谷登山口からそんなに道も厳しくなく登山というより初級ハイキングコースで、履物も普通の靴で行けるような場所だとのこと。

 

ぶらぶらと紅葉狩りでも楽しもうかというような気軽な気持ちで向かいました。

 

 

 

林道海上線

 

海上地区を鳥取方面へと抜ける「林道海上線」は狭いながらも車で抜けることができます。

積雪のある山道と木々

 

上山高原入口の碑文前を通過。ここでトイレを済ませておきました。

上山高原入口の石碑と青空

 

林道開通記念碑

 

 林道海上線は、海上から上山高原を通り鳥取県境(鳥取市国府町)までの林道として昭和45年から昭和55年までの11年をかけて新設されました。(延長8,433m幅員4.0mで総工費5億1,850万円)この工事の完成を記念した記念碑が、上山高原の三角点下の広場に設置されています。
・建立年月日 昭和56年9月
・碑文 碑面 雲無心
     碑陰 工事概要(内容省略)
・揮毫 兵庫県知事 坂井時忠

 上山高原は、標高1,310mの扇ノ山山麓に広がる高原で上山高原三角点は、943mあります。ブナの原生林やススキ草原が広がり、兵庫県下でも貴重な動植物が残る高原として知られています。
 林道の開通により、高原へのアクセスが容易になりましたが、現在は、この自然の循環の仕組みや、自然と共生してきた麓の集落の暮らしに息づく知恵を学び、環境保全・創造に活かす活動として、地域全体を博物館に見たてた「上山高原エコミュージアム」の活動が行われています。
新温泉町ホームページより転載)

 

兵庫県北部、鳥取県境の扇ノ山山麓に広がる上山高原や麓の奥八田の集落などをまるごと生きた博物館ととらえ、地域の有形、無形の資源を活かしつつ保全・再生するのが「上山高原エコミュージアム」の取組みなのだそう。

上山高原エコミュージアム案内図

 

ここは関西穴場のススキの名所で、とても美しい秋の絶景が広がっていました。

秋の草原と青空、木々

 

【扇ノ山登山案内図】

扇ノ山登山ルートマップ

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水とのふれあい広場

 

いくつかある登山道の中でももっともわかりやすそうな「河合谷口登山道」がある、「水とのふれあい広場」に駐車しました。

 

扇ノ山 河合谷登山口 水とのふれあい広場駐車場

 鳥取

  • 収容台数:10台
  • 駐車料金:無料
  • トイレあり(シーズンのみ仮設)
  • 水場あり(湧水)
  • 標高:1043m
  • 緯度経度:35°27’55.2″N 134°25’59.2″E
  • マップコード:365 157 428*73
  • 住所:〒680-0201 鳥取県鳥取市国府町雨滝字河合谷
  • 登れる山:扇ノ山

山陰近畿自動車道の岩美インターチェンジから国道9号および県道31号などを経由して27㎞、扇ノ山の北に位置する登山口です。道中には離合困難個所もありますが、走りやすい道です。
「水とのふれあい広場」といっても、東屋やベンチなどがあるだけで特に何か立派な施設があるわけではありませんが、湧き水を目当てに訪れる人もいます。駐車場から南へ車道を100m進むと左手に河合谷登山口があります。
登山口の駐車場ガイドより転載)

 

 

扇ノ山登山(河合谷コース)

 

コース案内

扇ノ山(おうぎのせん)

 標高1,310mの山です。山頂が扇を広げているような形をしていることからこの名前がつけられました。中腹には高原や深い渓谷、滝があります。ブナの自然林があり、たくさんの野生動物や植物も見ることができます。頂上には避難小屋があります。360度の眺望が広がつており大山や湖山池、鳥取市街、日本海もながめることができます。

避難小屋の写真

 

登山道と時間時間

 登山道までのアクセス道は未舗装の区間もあり、運転に注意が必要です。また、荒天時の登山は大変危険です。計画を立てて、登山してください。

  • 河合谷登山口~頂上      1時間40分
  • 姫路登山口~頂上       1時間30分
  • ふるさとの森登山口~頂上   1時間30分
  • 畑ヶ平登山口~頂上      1時間30分

 なお、河合谷登山口に通じる道路の広域基幹林道河合谷線の状況については鳥取市国府町総合支所産業建設課(電話0857-30-8656)に、姫路登山口やふるさとの森登山口に通じる道路の状況については、八頭町産業観光課(電話0858-76-0208)に直接お問い合わせください。

 

扇ノ山周辺に見られる動植物

 動物ではツキノワグマ、ヤマネ、鳥類ではイヌワシ、クマタカ、オオタカなどが生息しています。昆虫ではギフチョウや希少種で国蝶でもあるオオムラサキなどが見られます。

 これらの多くの動物が生息する広大な自然林は、ブナ、ミズナラ、スギやハウチワカエデ、イタヤカエデなどのカエデ類など高木から中低木まで多様な植物が見られます。北方系のユリ科であるタケシマランは鳥取県内では扇ノ山のみに分布しています。

ブナ林と歩道の写真

鳥取県ホームページより転載)

 

河合谷登山口

 

「おじゃまします」とご挨拶して、いざ入山です。

 

少し白いものが気になるけれど、ま~大丈夫かなと進んでいきます。

 

少し登ると日当たりも良く、サクサクした乾いた落ち葉の絨毯を気持ちよく踏みしめながら少し安心します。

 

ここ数日天気もよかったし、大丈夫だよね。

 

ちゃんと道もところどころで手が入れられています。

 

この頃はみんな饒舌に進んでいたのですが・・・。

 

あれ、一気に景色が変わったよ。。。

 

秋と冬が交わる場所って感じ。

扇ノ山登山口の雪と落ち葉

 

10分の2の標識。

扇ノ山登山道 2/10 地点

 

どうかここより冬景色になりませんように・・・。

 

開けた場所に出て、どう進んでいいのかわからなくなりそうな時、ピンクの紐が行先を教えてくれます。

 

また雪が少なくなったので、少しホッとしました。

 

とはいえぬかるみも多く、逆に靴がドロドロになりそう。

 

素晴らしき落葉のブナ林が広がっています。

 

10分の3。

扇ノ山登山道河合谷コース3/10

 

いい景色の中でパシャリ。

家族で扇ノ山ハイキング

 

面白い形の木。

扇ノ山 奇妙な形のブナの木

 

 

小ヅッコ

 

10分の3から10分の4の間辺りが「小ヅッコ」という小さな丘。

扇ノ山、雪と落ち葉の森

 

たぶん「小塚」というのが方言で訛って「小ヅッコ」になったのではと推察されます。

 

10分の4地点は「大石コース」との合流ポイント。

扇ノ山登山道、雪の森と道標

 

さすがにもう雪が減ってくれるという甘い幻想は打ち砕かれました。

 

11月下旬の山は秋ではなくて冬なのですね。

扇ノ山 雪の残るブナ林の登山道

 

これじゃ紅葉狩りどころか雪狩りだよ・・・。

雪景色のブナ林、扇ノ山登山

 

他の登山者さんが下山して来られたのですれ違い様にお尋ねすると、「まー行くことはできると思います。でも下り道を気をつけて」と言われました。

 

半分まで来たけど、どうする?

扇ノ山 5/10 鳥取県 登山道標識

 

とりあえず、いけるところまで行ってみよう。

 

 

大ヅッコ

 

この先が「大ヅッコ」かな。

扇ノ山登山道、雪と落葉の道

 

とはいえこの雪の登り坂を見ていると、「ここが引き返し時か」という思いが何度も頭をよぎります。

 

不安なのか長女のテンションが下がったり、妻のスピードが落ちすぎたりしたので、「やっぱり引き返そうか」と言うも、

 

「ここまでぐしょ濡れになっておいて今さら?」と妻に言われ、先導する僕も覚悟を決めました。

 

みんな、あともう一息。ファイト~!

扇ノ山 雪道登山道

 

よし、「大ヅッコ」に登り切りました。

 

10分の7地点。

扇ノ山 登山道 河合谷コース 標識

雪道と木々が広がる扇ノ山登山道

 

ここまで来ると、逆に雪が溶けてて困ります(笑)

扇ノ山登山道、雪と落ち葉のブナ林

 

上地コースとの合流ポイントですが、どうやらそちらは閉鎖されている模様。

 

下りたくないけれど(笑)

 

丸太で整備された下り道。

扇ノ山登山道、雪と落ち葉の冬景色

 

スマホに「雨雲が近づいています」という天気予報が入ってきて、びびりまくり。

扇ノ山、積雪と落ち葉の登山道

 

どうか雨が降りませんように。

 

一番のぐしょぐしょポイント。よりによってブーツカットのパンツだったりします。

 

10分の8地点。

扇ノ山登山道 10分の8地点標識

 

僕たちも頑張るから、お日様も頑張って!

積雪の扇ノ山登山道、倒木と残雪

 

さ~、最後の上り道です。

 

「腹が空いたよ~、おなか空いたよ~」と三女。この辺りがもっとも雪が多かったでしょうか。

 

「全長×10分の〇」の計算ができるようになっている次女。

 

いよいよ10分の9を通過。この手前で後続の登山者さん方に道を譲り、抜かしてもらいました。

 

 

展望デッキ

 

ゴール目前にある「展望デッキ」

 

ここでは三女とツーショット。

高原の父娘、山頂の景色

 

最後の直線。

雪道と枯れ木が続く上山高原

 

ついにその時が!

 

「虫や鳥は友だち」の看板。

扇ノ山自然歩道 虫や鳥は友だち案内板

 

 

扇ノ山山頂

 

やった~!1,310メートルの扇ノ山山頂に到達です。

 

避難小屋がありました。

扇ノ山山頂の避難小屋

 

結局雨に遇う事なく、お天気は回復方向へ。

上山高原入口、雪景色と空

 

ここでお昼ごはんにします。

山小屋で休憩する4人の子供たち

 

青空が広がってきた~!!

冬空と枯れ木

 

山頂標識の向こうに足場のパイプが置かれています。

上山高原入口の道標と雪景色

 

鉄パイプを何度も往復運搬する作業者の方が声掛けをしてくださり、最高のショットを撮ってくださいました。

家族と上山高原で雪山登山

 

美しい青空がバックになって、超嬉しいで~す。

家族が上山高原入口の小屋前で記念撮影

 

 

扇ノ山下山(河合谷コース)

 

同じ河合谷コースを下山していきます。

 

行きはよいよい帰りは怖い。

 

下りをどうこなすかがポイントでしたが。子どもたちはスイスイ。

 

妻は僕の背中のリュックに捕まって、なんとかコケることなく降りることができました。

 

滑らないようにではなく、スキーのように靴を滑らせながらいくのです。

 

下ってまた上る「大ヅッコ」

 

いい汗かけますね。

 

というわけで、上着を脱ぎました。

 

大ヅッコの頂点を越えます。

 

「先先行かないでね」と伝えておくと、

 

子どもたちは雪玉を投げて遊んで待っています。

 

残り10分の6。

 

なんだかんだ楽しんでくれてよかったなって安心。

 

足が霜焼けにならないかだけが心配だけど・・・。

 

残り半分。

 

心に出てきた余裕。

 

そしたら気持ちいいって心から思えました。

 

「小ヅッコ」も越えます。

 

ブナの木々が輝いて見えました。

 

サクサクの葉っぱを踏みしめます。

 

残り10分の3。

 

冬から秋へと季節が戻る場所。

 

足取りも軽くなります。

 

すすき野原も見えてきました。

 

残り10分の2。

 

軽快な音を立てて鳴り響く熊鈴。

 

熊に会わなかったこともよかったです。

 

ついに残り10分の1。

 

走りたくなるのもわかりますね。

 

「最後の最後で怪我しないように気を付けて」と声掛け。

 

 

河合谷登山口

 

お手手繋いで「河合谷登山口」に帰着。

 

登山口から駐車場はすぐ近く。

 

 

水とのふれあい広場

 

駐車場のある「水とのふれあい広場」に帰ってきました。

 

「水とのふれあい広場の滝」

 

池の左手にある岩の上に設置されたパイプには、伏流水が常時流れつづけており、一年を通じて水量、水温が変わらないそう。

 

いただきま~す。うま~っ。

 

冷たいけれど、キンキンに冷えるというよりどことなく温かく感じる山水でした。

 

 

河合谷林道

 

帰りのドライブは河合谷林道を通って雨滝方面を抜けて鳥取市へ。

 

そしてまたまたトリニティモールの「くら寿司」で夕食をとって帰りましたとさ。

 

めでたしめでたし。

新聞記事になっていたのは我が町と同じ事業者による計画です。

風力発電計画 3町長反対

 

日本風力エネルギーによる鳥取西部の風力発電計画は、3町の反対表明により、施工が非常に難しくなったところかと思われます。

 

事業者はどうするのか、計画はどのような方向に向かいどのような結末を迎えるのか。

 

それは我が町にも大きく影響してくることでしょう。

 

とはいえ我々の町の方が段階としては進んでいるのでしょうか。

 

すでに説明会をたくさん終えた上での反対の確定ですから。

 

いずれにしても目が離せませんね。

 

【事業者について】

 

 事業者は日本風力エネルギー株式会社で、本社がシンガポールにあるヴィーナエナジーグループの日本の子会社のうちの1つです。

 

 さらにヴィーナエナジーの親会社となるのが「グローバル・インフラストラクチャー・パートナーズ(GIP)」というインフラ専門の投資会社です。

 

※インフラストラクチャー投資(インフラ投資)とは、道路、鉄道、空港、発電所、上下水道など、経済や社会の基盤となるインフラ施設やその運営会社に投資することです。これにより、安定した収益を得ることを目的としています。

 

 普通の投資会社(金融投資)は資金を出してリターンを得ることが中心で、事業の細かな運営には深入りせず、せいぜい経営に要望を出す程度ですが、GIPは「インフラ資産に投資して、それを運営し価値を高め、収益を得ること」までを事業とし、自ら運営改善まで深く関わるのが特徴なのだそうです。

 

 エネルギー事業の運営に本格的に関与し、長期収益源とするために買収したのがヴィーナエナジーです。

 

 そのヴィーナエナジーは、エネルギー自給不足を埋めるため再エネへの転換を目指す日本を「再エネ拡大のキー市場」とみなしていることは間違いありません。

 

 そしてなぜ旨味があるかというと、国の補助金、再エネ賦課金、FIT/FIPによる高い売電価格、税制優遇、許認可の簡素化など、「国がリスクを背負ってくれる事業」となっているためなのです。

 

 

 

【風力発電実績】

 

 風力発電実績は、2018年の時点では皆無でしたが、現在は熊本県の苓北風力発電所(風車3基)、青森県の中里風力発電所(風車13基)、長崎の中浦風力発電所(風車2基)の3施設が運転を開始しています。

 

 また福井県の二枚田風力発電所(風車12基)の工事が2024年4月より着工されており2026年9月より稼働予定です。

 

 その次にくるのが鳥取西部風力発電事業で2025年夏に環境影響評価準備書を公告する予定。

 

 最後にくるのが鳥取風力発電事業と新温泉風力発電事業で2025年秋より調査再開予定となっています。

 

 

 

【新温泉風力発電の概要】

 

 我が町新温泉町の山間部で計画されている新温泉風力発電事業は、事業地が熊谷、境、藤尾、正法庵、歌長、春来、桧尾、伊角、高山、用土の9地区にかかる計画でしたが、現在は歌長、春来、桧尾の3地区に変更されました。

 

 また150mの風車21基の予定が、なんと196mの風車15基に変更するそうで、何も変わっていない、いやむしろ前より酷くなったかのような計画に怒りや不信感といった住民感情が逆なでされています。

 

 FITという電力の固定価格買取制度の認定を取り消されないためには当初計画92,000kWの8割以上確保しないといけないため、基数が減った分大型化して1基あたりの発電量を増やす必要があるという理由のようです。

 

 結局事業規模の縮小など無理な制度なのです。

 

 またインフラ投資会社としては「インフラ価値の最大化」が使命ですので、発電量を最大化し運営コストを最小化するするためにどんどん巨大化することが利益につながるということにもなります。

 

 やはり優先しているのは住民の安全ではなく、投資家の利益ばかりだと感じてしまいます。

 

 騒音・低周波被害のリスクや環境負荷が増加することは、「大事の前の小事」、つまり「脱炭素」という大義名分のためには多少のことには目をつぶりましょうということになってしまうのでしょう。

 

 ちなみにできあがると兵庫県で一番高い建造物になってしまうようで、それが15基も尾根沿いに立ち並ぶことになってしまいます。

 

 

 

【事業所設置について】

 

 現時点では事業所は新温泉町にはなく、鳥取事業所から来ているようですが、事業者はいい場所を模索しているといいます。

 

 ちなみに鳥取事業所は鳥取市弥生町のパレットとっとり2階となっています。

 

 我が町は反対を宣言しているので、いい場所があっても貸してもらえてないのかもしれません。

 

 

 

【事業者の今後の予定】

 

2025年10月~2027年10月 環境影響調査

 

2027年10月 準備書公告

 

2028年10月 評価書公告

 

2027年夏~2030年夏 設計、許認可申請

 

2030年10月 建設工事着工

 

2032年11月 商業運転開始

 

 

 

【経緯】

 

2017年9月15日 配慮書の公告。

 

2018年2月9日 方法書の公告。

 

 〃 8月10日 いのちをつむぐ会が新温泉町に嘆願書を提出。

 

        西村銀三町長は2018年の時点で反対を明言。

 

2019年1月30日、2月18日 事業者による景観調査(11地点)

 

 〃 2月14日~15日 事業者による騒音(超低周波音)調査(1地点) 

 

 〃 3月   事業者による住民説明会の開催。(各地区計20ヶ所)

 

 〃 3月24日 事業中心地の熊谷区が事業者に反対を表明し、今後調査協力しない旨を通達。

 

       事業者による現地の環境影響調査中断。

 

 〃 4月15日 町長から県知事へ反対の協力要請。町が反対なら県も足並みを揃えるという回答。

 

2019年6月   今回の議会の時点で町長だけでなく町のスタンスが反対に定まったことを確信。

 

 〃 8月19日 熊谷区、伊角区、今岡金屋区、数久谷区の4区連名で「反対を求める要望書」と「区民からの反対署名400筆」を町長に提出。

 

2020年 事業者は水面下で土地契約を進めようと暗躍。区や町へのアポイントなし。

 

2021年10月21日 いのちをつむぐ会から「計画中止を求める要望書」と「反対署名4,069筆」を町長に提出。

 

2025年4月17日 約5年の空白を経て、事業者は改訂した計画書をもって区や町を訪問。

 

 〃 7月16日 歌長、春来区の住民説明会の開催。

 

       歌長、春来区も反対を表明。

 

現在に至る。

昨日は兵庫ブロック青年教師研修会が西村屋ホテル招月庭にて開催されました。

 

今回は五十嵐啓道先生より「梵字の講習」をしていただきました。

五十嵐啓道先生の梵字講習会

 

17年ほど前、五十嵐先生や先生の師である松本先生より教えていただいていたことが懐かしく思い出されました。

 

あの時は京都の東寺まで何度も通っていました。

 

結婚前、それを口実に妻に会いに通っていたことも懐かしい思い出です。

 

梵字の流派はいくつかありますが、先生がお伝えくださるのは慈雲流の書法です。

研修会で梵字を学ぶ僧侶たち

 

阿字三年と言われるほど、「阿」という梵字は難しく、長い修練が必要となるそう。

 

ずっとそれなりに書き続けていますが、なかなか書道のようにはいきませんね。

 

夜は但馬青年教師会の60周年記念祝賀会が併せて行われ、皆で盛大に喜びました。

但馬青年教師会60周年記念祝賀会

会席料理と梵字講習の様子

今日は納め大師法要でした。

 

善住寺の今年最後の行事です。

 

金剛講員の皆さんが集まり、御詠歌法要を行いました。

善住寺での納め大師法要、御詠歌奉詠の様子

 

実に12曲を奉詠し、自分を教え導いてくださる弘法大師様のご恩に感謝し、その恩を他者に巡らせることで報いることを誓いました。

善住寺で法要を行う金剛講員

 

そして、少し早いかもしれませんが、「尊きご縁に恵まれた」というテーマで一年を振り返る法話をさせていただきました。

善住寺での納め大師法要、御詠歌法要

 

あんな出会いがあったなと。

 

こんな導きがあったなと。

 

思えば良き一年だったと思います。

 

あと一ヶ月以上残っていますけどね。

 

なにより金剛講の皆さんと共に創立100周年を迎えることができてよかったです。

 

#大師講

#報恩

#一年の振り返り

#ご縁に感謝

#ありがとう

※再び動き出した新温泉風力発電計画

 

 

去る7月16日、歌長区、春来区の住民を対象とした説明会が、新温泉町夢ホールで行われたそうです。


熊谷区周辺は反対の団結が固く、切り崩しが無理とみた事業者は、歌長・春来方面へと事業地の狙いを変えてきました。
 

歌長区の人の中には土地契約に前向きな人がいることは時々耳に聞こえてきています。
 

さて、この説明会には区外の人は参加資格がなく、僕も参加できないため、参加した人からどのような内容であったのかお聞きしました。


 

歌長区からは12名程度、数久谷区は区長さんが1名が参加。
 

春来区は反対のため、説明会の参加も拒否したということです。
 

今回提示された風車設置検討区域は、熊谷、久斗山付近の設置は全て無くなり、伊角、桧尾、高山、さらに歌長からに春来方面へとスライドしている模様。


 

調査実施に協力しない旨を伝えた熊谷、伊角、今岡金屋、数久谷区のことがあったからか、今回は調査協力金というものをちらつかせてきました。
 

年間100万円の協力金を約4年間、各地区に支払われるのだという説明があった時、住民の中から「おい、区長聞いたか。年間100万円もらえるだってよ」と賛成を煽るようなガヤを入れる人がいたといいます。
 

きっと事業者にとっては良き手ごたえの説明会になったのだろうと思います。
 

この説明会を経て、中止したままの調査を2025年秋から再開したいというのが事業者の思惑です。


 

説明会の翌日には早速歌長区の区長さんのところに挨拶に行き、「調査協力を約束してくれればすぐにでも100万円振り込みます」とかなりぐいぐいと迫りました。
 

しかしその契約を急がせるような性急さに不信感を抱いたという区長さんは、区で相談の結果、事業者にきっぱりとお断りの連絡を入れたといいます。
 

「町が反対である限り、村としても協力できない」という理由を事業者に伝えたとのこと。
 

僕としましてはホッとしたというのが正直なところです。


 

事業者はどうするのでしょう。
 

一週間前に町長と雑談をする機会があったのですが、事業者の町に対する態度が前より強引で、口調が荒いのを感じるそうです。
 

「焦ってる感じがします」と教えてくれました。
 

「町長も7年前の時点で反対をきっぱりと表明するのは孤独で勇気がいったことだと思いますが、今になると鳥取西部も最近相次いで三町が反対を表明しましたし、やっぱり間違いじゃなかったと確認できるようで、お互いによかったですよね」と笑い合いました。
 

事業者は今回の町長選で町長が変わることを切に願っていることでしょう。

 


また同じ頃に廃村となった桧尾区出身の方から僕宛に電話がありました。
 

やはり調査に協力してほしいと事業者から連絡があったそうです。
 

「きっぱり調査に協力しないと伝えた方がよいですよ」と助言させていただきました。


 

どうやら事業者は隣町の方へターゲットを変えていこうとしているという情報も入ってきています。
 

なんとか香美町とも足並みを揃えていきたいものですが、どうなることでしょう。
 

悲観的な状況ではないにしても、まだまだ予断を許さないというのが我が新温泉町の巨大風力発電計画の現状です。
 

 

 

過去の記事

風力発電について学ぶ。

 

 

風力発電に関わる法制度を学ぶ。

 

風力発電の工事の概要について学ぶ。

 

県へのお願いの手紙。

 

地元住民に向けた情報発信。

 

町への嘆願。


計画の白紙撤回もしくは再構築を求める署名活動の開始。

 

テレビ出演。

 

テレビの内容。

 

手ごたえ。

 

地権者さんへのメッセージ。

 

町に風力発電建設反対の署名を提出。

 

 

本日、国会議員の谷公一さんがお参りに来られたので、風力発電の事業者がしつこくて困っていることや、もし谷議員に裏から近づき口添えを頼んできたとしても断固シャットアウトしてほしいという旨をお伝えすることができました。