家に帰ってきまして、すぐさま逮夜参りです。
遊んでばかりで暇そうな住職ですが、ゴールデンウィーク後半は檀務があります(笑)
家に帰ってきまして、すぐさま逮夜参りです。
遊んでばかりで暇そうな住職ですが、ゴールデンウィーク後半は檀務があります(笑)
前編のつづき。
こうして平等岩を巡り、等覚を理解したことで、四門の最後の門をくぐる資格が得られたはずです。
最後に「平等岩 まわりてみれば 阿古滝の すつる命も 不動くりから」の歌を唱えました。
「捨て去った自我」と「顕現した本当の強さ」がここに感じられるでしょう。
ここから下っていくと大峰山寺本堂の裏側から「眼洗い行者尊(めあらいぎょうじゃそん)」の祠のところへ出ることが出来ます。
祠の下に水が湧いていて、その水で眼を洗うと眼病に霊験があると伝えられています。
仏教的な解釈でいうと、曇った心の眼、つまり邪見、偏見の眼を洗うことの大切さが説かれているはずです。
先達さんは「受付の時、最初微妙な返答してごめんなさい」と謝ってくださった上に、「今年初めての裏行場申込者さんです。ありがとうございました。」と御礼まで言ってくださいました。
とても優しい方で、僕のほうこそ先達さんとのご縁に感謝しています。
龍泉寺参籠所に帰ってみると、多くの人が訪れ、活気がうまれていました。
本当に絶妙なタイミングだったのだなと思います。
11:16 山頂へ向けて再出発です。
これは立派な門ですが、大阪の講の1つが建てたものであり四門にはあたりません。
いよいよ最後の門が見えてきました。
四門の第四番「妙覚門」は、「完全なる覚り、大生命と一体化した段階」に入ることです。
大峰山寺の境内に入る頃には、ポツリポツリと雨のしずくを感じ始めました。
11:23 大峰山本堂に到着です。
今日この戸が開かれたばかりの本堂だと思うと、感慨深いものがあります。
残念ながら現在秘仏「蔵王権現(ざおうごんげん)」は奈良国立博物館に出張中ということでしたが、僕の目的地は「目覚め」ですので問題ありません。(かっこつけんな笑)
お灯明を献じてから般若心経を読誦しました。
雨もなんとか持ちこたえている中、本堂の対面に続く道をさらに上に進みます。
頂上の「お花畑」。
ここは一面に熊笹が広がる素晴らしい見晴らしの場所です。
クマ笹は高山に自生し、厳しい冬にも枯れずに繁茂する植物であり、生命エネルギーレベルの高い植物なのだそうです。
自然と一体化した段階へと達した行者は、この生命エネルギーを自然治癒力に変えていけることでしょう。
さらに最高点へ向けてラストスパートです。
11:40 最高点1,719.4mの場所にある湧出岩(ゆうしゅついわ)に到着。
この「湧出岩」こそが蔵王権現が湧出した聖蹟ならば、仏像不在でも関係ないのです。
僕の中に湧き出してきたのは大自然の容赦ない厳しさと包み込むような優しさの両面への受容です。
まさに恐ろしさの中にも深い慈悲を持つ蔵王権現の一端を、この山を歩いたことで感得できたのしれません。
地図作成のために設置された一等三角点もここにありました。
山頂を風が強いのですが、とても気持ちいいです。
分岐標識を左に下りるルートですが、少し先の「日本岩」に寄っていくため直進します。
こちらも景色のいい場所である「日本岩(にほんいわ)」です。
先達さんはここで一人読書したりする大好きな場所なのだそう。
北西に背を向け、日ノ本を拝みました。
誰にだって朝日は登りますし、夕日は沈みます。
諸行無常。諸法無我。一切行苦。涅槃寂静。
12:01 再び戻ってきた分岐点を右折し、「レンゲ辻稲村岳」方面へと下っていきます。
下山は「レンゲ辻(レンゲ坂谷)ルート」を選択しました。
結構細い道なので、よろけないよう注意が必要です。
なんだか今までの岩場より怖いんですけど・・・
鉄の階段が設置され、整備されています。
しかし結構な急傾斜になります。
この傾斜と道の狭さに、この強風はやばい・・・。
崩れた土砂が階段に堆積している所も見受けられます。
まだ通る人が少ないからか、道がよく見えない所もあります。
倒木が道を塞いでいる所もあります。
他に誰も姿が見えないので少し心細くもありました。
広葉樹の芽吹きはまだまだですね。
尾根から下へ。
階段はワープゾーンですね。
ポツリポツリと雨が落ち始めました。
足元がぬかるんだら怖いです・・・。
12:21 レンゲ峠の「レンゲ辻」という分岐地点に建つ「女人結界門」を外に出ます。
こちらの門は左から右に文字が書かれているので、右から左だった表参道のものより後にできたことが考えられますね。
ここで真っすぐ登っていくと稲村ヶ岳ですので、すぐに「大峰大橋」と書かれたレンゲ谷方面に下っていきます。
とりあえず修行門を出たので、以降はハイキング、ウォーキングモードへと気分転換です。
楽しんでいこう!
黄緑色の芽の植物が斜面に群生していて綺麗ですが、高確率で有毒植物の「バイケイソウ」ではないかと「グーグルレンズ」は言っております・・・。
雨が強まるのを覚悟していたのに、なんだか陽が差し始めるという予定外の展開。
「やっぱり晴れ男だな」とニヤニヤしながら足取りも軽くなります。
とはいえこの急坂のルートは結構難易度高めで中級レベルかと思われます。
小さな源流の美しい水音がきこえ始めました。
この辺りの急坂の谷筋を「レンゲ坂谷」といいます。
道なき道をピンクのテープを頼りに進みます。
道が現れたり、なくなったりの繰り返し。
とはいえレンゲ坂谷の前半は谷の右側を歩きます。
支流が集まって水量も少しづつ増えてきました。
表参道ルートと稲村ルートのど真ん中にあるルートですし、遭難のリスクは低いと思います。
その分滑落には十分気を付けて下ってください。
しっかりとした鎖のついた階段があると安心します。
この辺りで初めて3人の下山者を見かけ、追い越して進みました。
道を聞かれたので、初めて通るにもかかわらず自信満々に「川沿いを行けば間違いありません」と答えた僕でした。
この階段を下れば、もう急坂でかかる膝の負担はほぼなくなるでしょう。
川ってこうやってできていくんですね。
だいぶ大きくなった川を、飛び石をつかって渡っていきます。
さて、どこに向かえばいい?
それでも目をこらせば看板が隠れていたり、
必ずどこかにピンクのテープがあるから大丈夫!
今度は左側を行けばいいんですね。
レンゲ坂谷の後半は谷の左側を進んでいくのです。
川と目線が揃うのもこの辺りまで。
だんだんと高い所から美しい渓流を見下ろすようになります。
まぶしい新緑の風景も目に入ってきました。
季節もだいぶ下界の装いに近づいてきています。
水たちよ、集まって大きくなったもんだね。
そうか、君の名前は「山上川」か。
さ~、あと一息。
車道が見えてきました。
だいぶ高いところから下ります。
登山道の終点です。
13:23 多分ここが「覗谷出合(のぞきだにであい)」という場所かと思われます。
「林道終点」の名の方がよく使われるのでしょう。
ここからは舗装された林道を行きます。
でも基本車一台が通れて、すれ違いはしにくい
大峰索道作業場。物資運搬用のワイヤーを使った運搬設備ですね。
各宿坊の駐車場。
見覚えのある場所に出てきました。
13:43 やったね。ゴールイン!
太陽も祝福してくれました。
もう一度「発菩提心門」をくぐって、こんな石碑があったのかといろいろ見学。
桜もこんなに綺麗だったんだね。
最後に大橋茶屋でアイスコーヒーで乾杯。
車に乗る直前から、今度こそ雨が降り始めました。
役行者の母・白専女(しらとうめ)を祀る母公堂(ははくどう)にも寄ってみました。
女人大峰と言われる稲村ヶ岳の登山口がここにあります。
天川村の洞川温泉街に山上宿坊をされている「龍泉寺」の本寺がありました。
雨の中ですが、せっかくなのでお参りしていきます。
御本尊は弥勒菩薩。
なんと水がきれいなことでしょう。
滝も素敵です。
あの水たちの行きつく先はここだったのですね。
まさに大峰という「龍」の口から湧き出した「泉」ですね。
日帰り入浴施設の「洞川温泉ビジターセンター」に寄って汗を流していきます。
お風呂は結構人が多かったです。
ふ~、すっきり。
帰り道の運転は土砂降りの中になりました。
だからこそ感謝が湧き上がってきます。
降水確率90%の中なんとかもちこたえてくれたお天気とのご縁。
戸明けの日に巡り合えたご縁。
よき先達さんとのご縁。
そしてこのすばらしき場とのご縁。
ほんとうに、なにもかもがありがたかったです、
僧侶としてではなく、ただの一人の男として登った大峰山。
この女人禁制の山は、男性がより女性に優しくなるための場所だったなというのが僕の感想です。
(完)
5月3日の午前3時から戸開式が行われる大峰山。
そのような山が開かれる初日に合わせるようにたまたま登山するご縁に恵まれたことは、とても不思議なことであり、喜ばしいことです。
前日の金剛山で足慣らしし、今日の大峰山登山に備えたのでした。
山の正式名称は山上ヶ岳であり、修験道の聖地を大峰山というそうで、それは同じ場所のようでいて、厳密にいえば違うということになるようです。
天川村の宿がどこもとれなかったため、五條市の「藤井館」というお宿に前泊し、登山に備えます。
18時半頃に突然奈良を震源地とした震度4の地震があってビックリしましたが、おかげさまでそれ以上のことなく当日を迎えました。
朝5時過ぎに起きて、6時に宿を出発。
7時10分頃に登山口のある駐車場にやってきました。
100台近くの車が並ぶ中、ベストポジションともいえるトイレの前に車を停めることができたのは超ラッキーでした。
まず「大橋茶屋」に駐車場代を払いに向かいます。
すでに開いていた茶屋の受付で「1000円/1日」をお支払いしました。
準備を整え、駐車場の奥に進んでいくと左手に朱塗りの橋が見えてきます。
7:30 山上川(さんじょうがわ)にかかる「清浄大橋(しょうじょうおおはし)= 別名:大峰大橋」を渡ります。
橋の先の「発菩提心門(ほつぼだいしんもん)」は四門の第一番「発心門」に当たり、「仏道を歩もうという心を起こす段階」に入ることです。(本来は吉野山の銅の鳥居をこれに当てるという)
門の中に入ると、左右には大峰講(大峰山に登拝する在俗信者の組織)の記念塔や供養塔が建ち並んでいます。
女人禁制の看板。
登山時はやはり修験道の正式参拝ルートを行きます。
7:31 大峰山修験道の表参道の入口にあたる「女人結界門(にょにんけっかいもん)」をくぐります。
これは四門の第二番「修行門」に当てはめることができ、「自らの身心を観察し、自我執着を落としていく段階」に入ることです。(本来は金峯神社の鳥居をこれに当てるという)
これより中は男性のみが進んでいきます。
女性には「女人大峰」といわれる「稲村ヶ岳」が修行の場として開放されているそうです。
杉木立の中を
広場の小さな祠(行者堂)で行者さんたちが読経している前を横切っていきます。
杉葉が柔らかなクッションとなり、歩きやすい道です。
8:03 「一本松茶屋(いっぽんまつちゃや)」に到着です。
中にはお店はなく、休憩用の長椅子が両側に置かれています。建物の一番奥に行者堂があります。
素通りして進みます。
前日の不調とは一転して、本日の歩みは快調です。
やっぱり土の道がいいですね。
看板によると、ここは「赤石原」という場所です。
ハアハア言いながらも、余裕はありました。
行場を思わすような巨大な岩が道中にもあります。
小さな小さな岩屋地蔵さん。
狭いですが、危険という感じの道ではありません。
夜中の行事に参加されたであろう多くの方が下ってくるのとすれ違いました。
その時には狭い場所では道を譲り合い、「ようお参り」と声を掛け合うのです。
「役行者慈悲乃助水」と書かれた通称「お助け水」の水飲み場があり、喉を潤わせることができました。
看板にも「お助け水(霊泉御助水)」と表示があります。
「二少年遭難碑」の地点には、不動明王と地蔵菩薩がお祀りされています。
看板によると、ここは「七曲り」という場所です。
8:47 大峰奥駈道(おおみねおくがけみち)と合流する地点にある「洞辻(どろつじ)茶屋」に到着です。
この建物の真ん中は外と通じていて、「洞辻神変堂」に役行者が祀られています。
売店が開いていたので、「記念ハチマキ500円」と「吉野くず湯300円」を購入。
あ~、おいしい。「疲れがとれる名物吉野くず」という触れ込みの如く、疲れが飛んでいきました。
「洞辻出迎不動」
洞辻茶屋を出ると、尾根沿いの見晴らしのいい道を進みます。
看板によると、ここは「じゅるみ」と呼ばれる場所です。
9:07 洞辻茶屋を出て10分もしないくらいで、「陀羅尼助(だらにすけ)茶屋」に到着です。
役行者が疫病流行の際に作ったと伝えられる日本古来の民間薬である「陀羅尼助」を取り扱うお店が集まった茶屋のようですが、ほぼすべてのお店が閉まっています。
唯一開いていたのが『陀羅尼助丸 西浦清六本舗』でした。
ノンストップで突き抜けます。
9:08 先ほどの茶屋から1分ほどで洞川の陀羅尼助屋・松谷清造本舗の出店であるという「だらにすけ丸松清店」へ到着。
陽が差したのが嬉しくて、先ほど買ったハチマキで気合を入れたショットをパシャリ。
茶屋を抜けるとすぐに、供養塔が建ち並ぶ地点の分かれ道です。
左が登山道となる「古来よりの行者道」で、右が下山道となる「平成新道」。
ということで左へ進みます。
石がごろごろした道。
多分この辺りが「わらじ原」で、見つけることができませんでしたが「草鞋履き替え場の碑」なるものがあるらしいです。行場にさしかかる直前の場所で皆が草鞋を履き替えて挑んでいたようです。
「厄除けカワラ投」と書かれた倒壊したお堂。かつてはここでやっていたのでしょうか?
鎖を持って登る「小鐘掛岩」の辺りは、ツルツルして登りにくいことから「油こぼし」と呼ぶそうです。
「裏階段」と呼ばれる木の階段が続く場所では、「懺悔懺悔 六根清浄」の声を張り上げながらその苦しさを乗り越えていきます。
なんとも足のすくむような岩壁の道。
鐘掛岩(かねかけいわ)は先達がいなかったので上に登ることは叶いませんでしたが、素晴らしい岩の行場です。
先を急ぎます。
「お亀石ふむなたたくなつえつくな、よけて通れよ旅の新客」と歌われるように、現在は玉垣に囲まれています。
亀は女性的霊性や生命性を宿すものとされ、「女性を踏みつけたり、たたいたり、物でなぐるな」という戒めもあるのかもしれませんね。
お亀石のすぐ先が「等覚門(とうがくもん)」です。
これは文字通り四門の第三番「等覚門」に当たり、「平等を理解し、完全な覚りまでもう一息の段階」に入ることです。
門をくぐりました。
またしても素晴らしい岩場。
家族連れが下っていく光景が絵になりますね。
この木々の先が表行場一番の目的地。
「西の覗(のぞき)」にやってきました。
すごいところです。
ここでは先達に綱をかけてもらい逆さに吊るされるという行場だそうですが、今回僕は機縁に恵まれませんでした。
なんでも吊るされた状態で問いに答えるという修行らしいです。
「両親を大切にするかっ?」
「ハイ!」
「奥さん、子供を大切にするかっ?」
「ハイ!」
「浮気はしないかっ?」
「ハイ!」
って、女人結界の意味は男性の自我をとことんそぎ落として優しくしていくっていうことなのかもしれませんね。
これで表行場を巡り終え、宿坊エリアへ向かいます。
分岐地点。左に行くと「竹林院」「東南院」「喜蔵院」「桜本坊」の4つの宿坊があり、右は「龍泉寺」の宿坊が1つ。
宿坊に行くにも一筋縄ではいきません。
左から「竹林院」「東南院」「喜蔵院」「櫻本坊」の4つの建物が斜面に並び立ち、それぞれ宿坊を営んでおられます。
道の左下にある「竹林院宿坊」電話予約:0746-32-8081
道の左真ん中にある「東南院宿坊」電話予約:0746-32-3005
道の左上にある「喜蔵院宿坊」電話予約:0747-68-9187
道の右にある「櫻本坊参籠所(宿坊)」 電話予約:0747-68-9188
どちらの宿坊も開山期間:毎年5月3日(祝)~9月23日(祝) ※5月2日より宿泊可
山上の大峰山寺は5つの護持院が交替で維持管理に当たっているそうです。
桜本坊、竹林院、東南院、喜蔵院の4ヶ寺は吉野山に、龍泉寺は天川村洞川に本寺があります。
ネット情報を頼りに「桜本坊参籠所」で裏行場の申込をしたのですが、残念ながらご縁がなく、あきらめて裏道から龍泉寺に向かいました。
最初から分岐を右に行けばよかったと一瞬は無駄足を憂いましたが、それでも宿坊の全容が見れたからよかったと思いました。
龍泉寺参籠所(りゅうせんじさんろうじょ) 電話予約:0747-68-9184
9:59 お昼のお弁当を予約していた本命の龍泉寺宿坊に到着。(発心門から約2時間半)
入ってみると、がら~んとしていて誰もいません。
中央にはやはり「神変大菩薩」がお祀りされています。
何度か声を上げてやっと出て来てくださった役僧らしき方に、お弁当の注文をしていることと、裏行場の申込をしたい旨を伝えるも、「今起きたばかりだから、ちょっと難しいな。う~ん、どうしようかな。」という微妙な答え。
なるほど朝三時からの戸開式を終えて朝方から眠るとなると、今ぐらいの起床になるのか。そして寝起きの頭も体もしっかり目覚めていない状態で行けるような場所ではないんだなということが理解できました。
「とりあえずご飯を食べて下さい」とうながされ、10時過ぎなのにもうお昼ごはんのお弁当をいただくことに。
「行者弁当」1000円です。
正直これがこの値段とは高過ぎだなと思ったのですが、体験価格だと考えればま~納得はできました。
それに登山後だったこともあり、めちゃめちゃ美味しかったです。
食べ終わって少し休んでいる時には、裏行場の件はご縁がなかったら仕方ないと半ばあきらめていました。
すると、今度は気持ちのいい声が掛かりました。
「山地さん、あと5分ほどしたら行きましょう!」
裏行場は先達さん無しには入ることができない危険な場所です。
「不動の登り岩」
「恐怖の中でも動じない心」を試される最初の試練です。
「胎内巡り」
岩に囲まれた暗闇の中を進み「母胎に戻り、生まれ変わる」という再生儀礼を行います。
「お厩(うまや)」
ヨガというのは元々馬と車を結びつけるという語源であったように、暴れる感情を制御するということです。
つまり、「馬を繋ぐ場所」とは、「心を調える場所」であるということであり、この大きな岩に囲まれた広場で自らの感情に振り回されないようにしっかり手綱を握る感覚をつかみます。
「賽の河原の石つみ地蔵」
地蔵菩薩の前で石積みをして、ご先祖から来るカルマの解消を行う意志を積むのです。
「背負い岩」
自分が背負っているカルマの重さを感じます。
「飛び石」
勇気をもって飛び、自分を変えていくのです。
「蟻の戸渡」
大いなる自然の前では人間は小さく蟻のような存在であり、自我が小さくなっていくでしょう。
「平等岩」
断崖絶壁にしがみつくと、地位も名誉も財産も知識も役に立たず、「自分だけ特別」という感覚が削られていきます。
ただ誰しも、息をすること、一歩進むこと、支え合うことだけが平等に残ります。
急に強風が吹き上げて、こわかった~。
こうして、無事「裏行場」の修行を終えることができました。
※後編につづく
翌日に控えた山上ヶ岳(大峰山)登山への足慣らしにと、大阪と奈良をまたぐ日本二百名山にも選ばれる関西随一の霊山「金剛山」に登ることにしました。
千早赤坂村の「金剛登山口(千早本道口)」にやってきました。
バス停と道を挟んで向い側の駐車場「千早モータープール」に車を停めました。
料金は「600円/1日」です。
駐車場のすぐ脇にあるトイレに行って、登山準備を整えます。
千早本道にも2種類があって、「山の豆腐まつまさ」を経由する比較的ゆるやかな①ルートと、「千早城跡~千早神社」を経由する急階段を上る②ルートがあるそうです。
僕は千早城に興味があったので、登山はトイレのすぐ先に登山口がある「千早本道(表参道)ルート」を選択しました。
11:04 登山口よりスタート。
いきなり急な石段が立ちはだかります。
千早神社表参道の鳥居。
この時間帯にこちらのルートを通っている人は3人しか見かけませんでした。
それだけ軽い観光気分の人にはオススメされない道なのでしょう。
「楠公之功與此山倶高(楠公の功績はこの山と同じく高い)」と楠木正成を讃える石碑。
11:14 「四の丸跡」の広場に到着です。
広場の終わり掛けにある「千早城跡茶屋」。今は残念ながら開いていません。
昔好きだった歴史漫画が楠木正成が幕府の山城攻めを退けた「風雲千早城」の場面でした。
楠木正成が地形を生かした数々の奇策を講じ、20万~100万の幕府軍を、1,000の楠木軍が打ち破ったという歴史的な戦いです。
その舞台である千早城跡辿り、歴史に思いを馳せることができたのはとても嬉しかったです。
左に「裏参道」からの合流点があります。
千早神社の社務所のある場所が三の丸だったようです。
「史蹟千早城址」の石柱。
不明な小さな祠が左手にありました。
千早神社のある場所が二の丸だったようです。
拝殿にお参りします。
千早神社の祭神は、八幡大菩薩、楠木正成、楠木正行、久子刀自の4柱なのだそうです。
神社の後ろにある本丸跡には行くことが出来ませんでした。
本丸(一の丸)は現在も禁足地として管理されているそうです。
(※千早城復元模型/千早赤阪村立郷土資料館蔵)
一度戻って神社の鳥居を出て、左側に下り道があります。
本丸の裏側をぐるっと左に回っていく道です。
少し上ります。
休憩所の「茶宴台広場」。
下界の景色は見えません。
今度は下ります。
本丸の裏側辺りでしょうか。
天然の要塞を感じる場所ですね。
多くの人が通る「千早本道①」と合流。
再び登っていきます。
よく整備された道です。
とはいえ乳酸がたまってスピードがあがりません。
先日買った登山靴デビューの日なのに、いつもより歩けない感覚。
まだ足に馴染んでないからでしょうか。
すでにかなり足に疲労がきています。
道中のお地蔵さんは心強いですね。
でも階段ばかりできつ~い。
今日の僕はけっこう不調なのかな。
それともこういうコースが苦手なのかな・・・。
看板によると山頂まであと50分目安。
平地の道で少し回復。
まだ六合目か・・・。
左右に道が分かれて、
また戻ります。
七合目。
左右どちらでも行ける八合目の道。
僕は左を選択。渋滞しないよう人の流れを分散させるのが目的でしょうか。
この辺りでは上がらない足に手を添えていました。
これじゃ明日の本番(山上ヶ岳)に響いてくるかもと、少し弱気も見え隠れ。
最後の登り坂で「楽な道」と「近道」を選べるのはとても面白いですね。
楽な道は遠回りで、近道は急坂です。
僕はもちろん「近道」を選びましたよ(笑)
ラストスパート!
きた~!
12:15 山頂付近の広場に辿り着きました。(登山開始より約1時間10分)
みなさん、いい天気の下くつろいでおられますね。
まだシャクナゲが満開です。
こんな山の上に売店(食堂)があるなんて、さすが「東の高尾山、西の金剛山」と並び称される関西一の登山者数を誇る人気山ですね。
中に入ってみましょう。
なんとこんな山の上の売店に「モンベル」がフレンドショップとして提携しているではありませんか。
僕は弱気になったこともあり、万全を期して翌日のためにトレッキングポール(ストック)を購入しちゃいました。
食券売り場で注文。
こちらで受け取ります。
僕は昼食として「たぬきそば」をいただきました。
ゴールデンウィークのために大混雑を予想していたのですが、室外でカップラーメンやソフトクリームを食べている人は多かったですが、室内は案外すいていてよかったです。
売店を右に進むと「転法輪寺(てんぽうりんじ)」があります。
「転法輪寺宗務所」。
「護摩壇」。
「不動明王」。
「本堂」に参拝します。
ご本尊は「法起菩薩」。ご真言は「オンダルマウチタソワカ」。
山頂の最高点に向かいます。
何百年と連れ添ったであろう「夫婦杉」。
左手に「宝剣塔」。
同じく左手に「福石」。
金剛山の最高点に鎮座するのが「葛木神社(かつらぎじんじゃ)」です。
手水舎。
売店から転法輪寺を経由しても所要約10分弱というところ
この拝殿付近が最高点「1125m」となります。
まだまだ綺麗な桜をバックに、山頂到達記念ショット!
裏参道からブナ林へ抜けます。
後戻りして「国見城跡」へ。
売店を左に進みます。
先に左(国見城跡)に行っておいてから右(転法輪寺・葛木神社)に行けば、行ったり来たりのロスがなかったのですが、今日はノンビリ気分なので気になりません。
「山頂トイレ」。
「金剛山登拝回数捺印所」。登拝回数に応じた表彰や名札の掲示が行われるようです。
皆さん、最高の登山日和ですね。
この国見城跡は1125mの高度には実質満たないけれど、一番の絶景ポイントとして目的地とされるようです。
他の方と撮り合いっこしました。やっほ~!
下りは文殊岩屋方面へと向かうルートにしてみました。
13:13 この鳥居を下山タイムの目安にします。
しばらくは整備された平地を進みます。
右手には葛城家歴代御廟所。
前日まで雨天が続いていたので、ぬかるんだ場所もたくさんありますね。
下りに入ります。
行きの不調は消えました。
あ~、気持ちいい。
自然の中を歩くコースでリフレッシュ。
尾根沿いに下っていきます。
一つ残念だったことは、岩屋文殊に寄り損ねちゃったこと。
分岐(右に行かないようにと看板)
草花を観察しながら下山していくグループ。
休憩ポイント(木のベンチ)
再び分岐。「ババ谷」に行かず「百ヶ辻バス停」を目指します。
ま~前を行く人の方に着いていったというのが正直なところ。
このルートも人が案外多く話し声が聞こえるので、心細くありませんでした。
車が通れる林道が見えてきました。
13:53 「伏見林道」と合流。(下山開始の鳥居から約40分)
川に下りて靴を洗えるようにブラシが置いてあります。
ありがたや。ドロドロのニュー登山靴を綺麗にできました。
林道を10分ほど下ります。
14:03 バス停のある「百ヶ辻(もがつじ)登山口」に下りてきました。(下山開始から約50分)
下山完了ショット。
ですが「金剛山(伏見峠口)バス停」から、車を停めてある「金剛登山口(千早本道口)バス停」まで戻らなければなりません。
車道を歩くのはあまり楽しくありませんが仕方ありません。
2km近い道のりをただ黙々と歩きました。
左手に「千早川マス釣り場」を見ながら進みます。
さらにいくと左手にカフェ「ウッディハート」。
気持ちよさそうに下っていくサイクリスト。
14:34 ふ~っ、無事帰って来れました~!(下山開始より約1時間20分)
マイカーに乗り込んで一安心。
もし今後登る時には階段ばかりの「千早本道(表参道)」ではないルートを選びたいものですね。
下りのルートは自然の道で、僕にとってはすごく歩きやすかったです。
金剛山へはたくさんのコースがあります。
どの道を選ぶのかで山の表情が変わって、何度でも楽しめるでしょうね。
歴史の舞台に思いを馳せることができた素晴らしい一日でした。
さ~、明日は山上ヶ岳だ!
本日は香住区下浜の帝釈寺にて御本尊帝釈天王の御開帳大法会が厳修されました。
晴天に恵まれ、素晴らしい法要となりました。
御開扉を祝う大般若転読法要と記念式典が行われました。
帝釈天は「インドラ」いって、元々は雷を神格化した存在であり、それが仏教の守護神として取り入れられたそうです。
梵天と対にされることが多い仏教の二大護法善神の一人とも言われています。
雷の力を用いてこの世界の秩序を守っている仏教の神という位置付けなのです。
凛々しいお姿の帝釈天が扉を開いて現れ、三毒を打ち砕き、厄難を打ち消す素晴らしいエネルギーが発現しました。
それはじわじわと理解するものではなく、一撃で目を覚まさせる働きに違いありません。
皆様もどうぞお参りにきていただければ、もしかすると「パッカーン」と我執が割れるのかもしれませんね。
12年に1度という御開帳は大変なことも多いと思いますが、住職と村の方が力を合わせ、この大行事を無事成満されたこと、まことにおめでとうございます
御開帳期間:2027年4月29日まで
本日温泉小学校のPTA総会が行われ、PTA会長としての1年の任期を満了致しました。
夜に行われた新旧本部役員による懇親会も盛り上がり、とても楽しい幕引きとなりました。
昨春に行われた学校運営委員会で、現在92名の児童が6年後には48名へと激減するという見込みを聞いて以来、間も無く来たる小規模校への変化を受け入れるべく、役員一丸で組織のスリム化に取り組んできた一年間でした。
地区委員長や福利厚生委員を廃止し、現在40名かかわっていただいている役員を19名にまで減らそうと、規約や細則の変更を含む大規模な改編を行いました。
有能な副会長たちが一生懸命新しい組織図の原案を練り、規約の文章改正に努めてくれたおかげで、本日の総会への提出が間に合いました。
教頭先生にも大変お世話になりました。
今日それが無事承認されたこと、そして新しい本部役員にそれを引き継げたことに、ホッとしています。
いい仲間に恵まれた最高の一年でした。
ありがとうございました。