去年の春は奈良の春日山と若草山、秋は京都の鞍馬山を登り、すっかり山歩きの魅力にはまってしまった僕でした。
◎春日山原生林と若草山
◎鞍馬寺と貴船神社
その勢いのままに、今年はどこに登ろうかと思い立ったのが比叡山でした。
今まで一度も延暦寺にお参りしたことがありませんでしたし、それが歩いて叶えられるとすればどんなに素晴らしいだろうかとイメージできたからです。

調べてみると4つか5つコースがありましたが、「本坂ルート」といわれる昔使っていた石段がある本来の道と、「雲母坂ルート」と言われる京の都と結ぶ最短路として主に用いられていた道の両方を通りたいと思いました。
その上で、登山は滋賀県側から登る「本坂ルート(坂本ー比叡山)」、下山は京都側へ下る「雲母坂ルート(比叡山ー修学院)」にすることに選択します。
「比叡山・びわ湖〈山と水と光の廻廊〉」のHPの地図を参考にさせていただくと、④ルートを登り①ルートで山頂を経由して③ルートで下るという行程です。

果たして計画通りにいくのかドキドキワクワクの出発となりました。
朝6時半に祇園のアパホテルをチェックアウト。

京阪三条駅。

京阪電車で「三条→山科」

山科でJR線に乗り換え。

JR湖西線「山科→比叡山坂本」

7:20 比叡山坂本駅

駅を出ると徒歩のための案内はなく、早速どちらへ向かって進めばいいのか確信が持てなかったため、Yahooマップに頼りました。

駅の正面側をでると、向かって右側(→)に進みましょう。

この高架下をくぐって、この大きな道路を向こう側(↑)へまっすぐ進みます。

この方向へ進むことが西で合っています。

2分ほど歩くと、左側にセブンイレブンがありました。

ここでおにぎりと、水分補給用のペットボトルのポカリスエットを買い、朝食をとって腹ごしらえです。

日吉大社の一の鳥居が見えたら、道が合っているということなのでご安心を。

途中に京阪の坂本比叡山口駅があり、こちらの方が登山口に近かったことを知りましたが、電車が少しでも早く到着するのでアプリがJR比叡山坂本駅を示したのでしょう。
登山者へは京阪「坂本比叡山口駅」をオススメします。

ひたすら西へ西へと進みます。二の鳥居も見えてきました。

この美しい参道は「日吉馬場(ひよしのばんば)」と言われるそうです。



コンビニに寄った時間を差し引くと、駅から15分ほどで「日吉大社」に辿り着きました。
朱の鳥居のすぐ左が比叡山の登山口となります。

7:45 延暦寺登山口


さあ、石段を登っていきましょう。

少し登ると、駐車スペースのある車道に合流しました。

再び石段に挑みます。

車道が整備されるまでは皆がこの石段が表参道だったそうなので比叡山の僧侶たちも大変だっただろうな。
そんなことを想像しながら、飛ばしすぎないように気をつけながら登っていきました。
7:55 右に「南禅坊」を見ながら、登っていきます。
比叡山の千日回峰行を達成された大阿闍梨・光永覚道師がひらかれたお寺だそうです。

歩きやすそうに思ったのですが。

ハアハア。
石段が斜めになっていたり、歩幅がまちまちだったりと、足並みをワンパターンに固定させてくれず、かなり疲れました。

石段が終わると、自然のままの土の道へと変わります。

7:58 五丁の丁石。(一丁109m×5=545mの石標)


今はあまり重要視されていないのか整備されていません。

歩きにくいボコボコな荒道を進んでいきました。

8:02 上着を羽織っていたら汗だくになったので途中のベンチで半袖になりました。

まだまだ荒道は続きます。

歩きにくいな~。。。




分岐です。どちらを進んでも大丈夫です。左の道の方がややショートカットでやや厳しそうかも。

左にしました(笑)

道が再び合流しました。

束の間の歩きやすい道。

一瞬晴れ間が覗き、琵琶湖方面の景色が浮かび上がりました。

森は暗くて肌寒いけれど、カバンを背負う背中だけはぐっしょりと汗で濡れてきて、寒暖よくわからないような体感のまま歩いていました。

岩だらけの道は足にダメージを与えてきます。


大雨がえぐり取ったような段差のある足場。

灯籠の傾きがまた無常を引き立てます。




8:18 左に「花摘堂跡」の看板がありました。

脇道に逸れますが、せっかくなので行ってみることに。

この辺りが「花摘ノ峰」といわれる418mの山のピークになるようです。

8:21 少し下ったところにある「花摘堂跡」という天台宗の開祖様である最澄様のお母様の遺跡にお参りできました。

いつも以上に速足で戻ります。
脇道を一人で歩いていると、道は合っているのか、看板に熊注意と書かれているけど出てきたりしないだろうかなどと不安になるのです。

主道に戻ると人の姿と熊鈴の音色が聞こえてホッとしました。

結局登りゆく人は途中で2人だけ見かけ、降りてくる人も5、6人とすれ違っただけという寂しい道のりでしたね。

8:26 左に「石仏庭園広場」の案内がありますが、寄らずに進みます。

凸凹道です。

すごいことになってるな~。

お地蔵さんが見守ってくれていて心強いですね。


8:35 十七丁の丁石。(109m×17=1853m)
そんなに歩いたかな~?


ポカリを飲みながら、休憩なしに一目散に歩いていきます。


8:40 案内標識。半分くらいは登ってきたのかな~と思っていましたが・・・。

「檀那先徳御廟(覚運廟)」の石段。



「聖尊院堂」に続く石段。

ここに「聖尊院堂(亀堂)」があるはずの場所ですが、建物はすでになく石仏のみが祀られていました。

8:46 登山から1時間ほど経った頃、舗装された道が現れました。

見た目以上に傾斜がきついです。

8:48 左手に「法然上人得度御霊場」が見えました。

自然道か舗装道かの分岐がありました。

もちろん自然道を行きます。

大きな赤い建物が見えてきました。

8:50 え、まだ延暦寺に着くはずないよなと半信半疑に建物の脇を抜けていきます。

ですがここが「延暦寺会館」ということは・・・。

2時間の予定が1時間で着いちゃった・・・。

8:50 「文殊楼」石段下。

最初に比叡山の総門である「文殊楼」が立派な石段の上にお出迎えしてくれます。
これは「本坂ルート」を歩いたからこそ総門から延暦寺に入れるということですね。

延暦寺(えんりゃくじ、旧字体:延󠄂曆寺)は、滋賀県大津市坂本本町にある標高848メートルの比叡山全域を境内とする天台宗の総本山の寺院。山号は比叡山。本尊は薬師如来。正式には比叡山延暦寺(ひえいざんえんりゃくじ)と号する。
平安時代初期の僧・最澄(767年 - 822年)により開かれた日本天台宗の本山寺院である。住職(貫主)は天台座主と呼ばれ、末寺を統括する。横川中堂は新西国三十三箇所第18番札所で本尊は聖観音である。1994年(平成6年)には、古都京都の文化財の一部として、(1,200年の歴史と伝統が世界に高い評価を受け)ユネスコ世界文化遺産にも登録された。寺紋は天台宗菊輪宝。
比叡山、または叡山(えいざん)とも呼ばれる。このほか、興福寺を指す南都に対して北嶺(ほくれい)、園城寺を指す寺門に対して山門の異称もある
(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

この辺りは670mくらいだそうで、山頂まではまだまだ掛かります。

8:58 「根本中堂」前。
なんと9時開堂となる「根本中堂」が開堂する前に着いてしまいました。

近道でも通ったのでしょうか。
そんな思いもするほど良い意味での時間の読み違いでした。

なんにしても、僕にとって初めての比叡山延暦寺参拝が自らの足によって成し遂げられたことが感激です。

開堂を待つ人たちの列の最後尾にひっついてしばらくすると、若い一人の僧侶によって扉が開かれました。
ただいま改修中の「根本中堂」内に入ります。

「根本中堂」は比叡山延暦寺の総本堂であり、最澄作の薬師如来がお祀りされているといいます。

堂内は撮影禁止。

ありがたき「不滅の法灯」を拝むことができました。(比叡山延暦寺公式HPより転載)
改修中であったこともまた貴重な機縁であったと感じます。
私という存在自体の再構築は大きなテーマですから、建物の再構築からもヒントを得ようと思います。

根本中堂の歴史(比叡山延暦寺公式HPより転載)
788年 (延暦7年) 伝教大師により「一乗止観院」創建(中央に薬師堂・北に文殊堂・南に経藏)
823年 (弘仁14年) 嵯峨天皇より延暦寺に寺号を賜り「根本中堂」と改称
887年 (仁和3年) 9間4面の大堂に改修(智証大師の時代)
980年 (天元3年) 谷を埋め立て現在と同規模11間の大堂に改修し廻廊や中門を新造(慈恵大師の時代)
1571年 (元亀2年) 織田信長の焼き討ちにより焼失
1585年 (天正13年) 仮堂建立
1642年 (寛永19年) 江戸幕府三代将軍徳川家光により9年の歳月をかけて再興
1798年 (寬政10年) 本堂屋根栩葺を銅板葺に変更
1955年 (昭和30年) 昭和の大改修(半解体修理)
2016年 (平成28年より) 平成の大改修(10年間の予定)

屋根の高さの「修学ステージ」で観覧させてもらえました。

なかなか見ることができない姿を見ることが出来ました。
工事期間は令和7年12月26日までの予定。

またいつか完成形を見に訪れたいです。

「開運の鐘」。一打100円で誰でも撞くことができるので、せっかくなので僕も鐘の音を響かせました。

「大講堂」。ここは講義を行う場所です。

お年寄りの方は坂道がきつそうでした。

「戒壇院」。

「戒壇院」は天台宗の正式な僧侶となるための「受戒」の儀式をするお堂なのだそう。

再び長い石段。

「阿弥陀堂」。

「阿弥陀堂」の阿弥陀如来。

「法華総持院東塔」

この二つのお堂は、渡り廊下で繋がっています。

こうして計画より2時間も早く着けたおかげで、ゆっくりと根本中堂のある東塔エリアの諸堂をお参りできました。

東塔(とうどう)エリアは第一世伝教大師最澄が開いた区域だそうです。

そして更には予定外の西塔エリアまでも足を伸ばすことができたのです。

まだまだ足を使っても大丈夫そうだったので、歩き回りました。

「浄土院」

「我が志を述べよ」という言葉がとても響きます。


西塔エリアは第2世天台座主寂光大師円澄によって開かれた区域だそうです。

「常行堂」

「法華堂」

正面に見える渡り廊下を天秤棒にして弁慶が担いだという言い伝えから、この二つのお堂を合わせて「にない堂」というそうです。

にない堂をくぐると下りの石段。

その下にあるのが西塔の本堂である「釈迦堂」。

「西塔鐘楼」

奥比叡ドライブウェイ西塔駐車場では4月26日~5月6日の「さくらフェスタ」が開催されていて、キッチンカーの出店がありました。

「奥比叡の八重桜」もまだぎりぎり残っていました。

残念ながら第3世天台座主慈覚大師円仁によって開かれた横川(よかわ)というエリアについては認識しておらず、お参りすることができませんでした。

そのうちにだんだんと観光客の方も増えてきました。

込み合う前にお参りできたので、ほんとに早起きしてよかったです。

10:30 とっても早い昼食をバスセンター内にある『鶴喜そば』で食べました。


「比叡山そば850円」をオーダー。

山上は寒くて汗が冷えて身体も冷えてきていたのですが、温かいお蕎麦で生き返りました。

これから山頂まで登って、京都側へ下山します。
【後編】につづく