善住寺☆コウジュンのポジティブログ☆ 『寺(うち)においでよ』 -13ページ目

善住寺☆コウジュンのポジティブログ☆ 『寺(うち)においでよ』

但馬、そこは兵庫の秘境。大自然に囲まれた静かで心癒される空間に悠然とたたずむ真言宗の御祈祷と水子供養の寺『善住寺』。目を閉じてください。聞こえてくるでしょう。虫たちの鳴き声 鳥たちのさえずり 川のせせらぎ・・・誰でも気軽にお越し下さい。寺(うち)においでよ!

新年度になり、教師会の新体制となって初めての総会を開催致しました。

 

個人的には教師会長として6期(12年)を終え、7期目に入ることとなります。

 

今期をもって最後とする旨は皆様にお伝えしておりますので、今一度モチベーションをあげて向かっていきたいと思っています。

 

大きな出来事としては、今年は金剛講結成100周年の記念すべき年であり、10月に高野山で大行事が企画されています。

 

それに但馬教師会としてどのように関わっていけるのかということが、大きなテーマとなります。

 

しっかりと話し合い、計画を練っていきたいと思います。

今日はお釈迦さまのお誕生をお祝いする花祭りです。

 

この雲一つない青空の下、新温泉町仏教会の托鉢を行いました。

 

おかげさまで青に溶けてしまいそうな感覚の中に、気持ちよく歩くことができました。

 

多くの皆様にご浄財を頂戴致しました。

 

中には投稿を見てわざわざ駆けつけて浄財をお渡しくださった方もありました。

 

本当にありがとうございます。

 

 

その後の花祭り法要は栄福寺様で、日蓮宗の作法に則り行いました。

 

今日は真言宗の僕も「南無妙法蓮華経」のお題目をお唱えするのです。

 

いつもながら、宗派間交流はとても楽しいものでした。

 

 

法要終了後、今回の浄財についてミャンマー地震へ寄付としてはどうかという提案をあげさせていただきました。

 

恩師である中村勝明先生より、新温泉町国際交流会の活動として募金活動をしているので、助けてほしいと先日思いを託されていたからです。

 

無事新温泉町仏教会の賛同を得られましたので、今回の浄財10万円を新温泉町国際交流会を通じて、ミャンマー地震義援金として寄付させていただきます。

 

最初懸念を示された方からも「信頼できないところにお金がいかないように気をつけてほしい」というお言葉をいただき、認めていただきました。

 

確かにミャンマーの情勢を鑑みると、軍部などにお金が巻き上げられたり、意図しないお金の使われ方をしてしまうリスクも多いようです。

 

とはいえこの募金は、実際に現在ミャンマーで支援活動を展開している我が町の子どもNGO「懐」にお渡しすることになりますので、安心していただけると思います。

 

ミャンマーで被災された皆様のお力に少しでもなれれば幸いです。合掌

 

 

 

 

※後日、無事に国際交流協会に寄託することができたことを報告致します。

 半年前からずっと行きたい行きたいと願っていた浜坂駅前の『バス待ちカフェTOMOSHIBI』さんにようやく行くことができました。

浜坂駅前カフェTOMOSHIBIの外観

 

 2年前に我が寺の皮剥き間伐のイベントに参加して下さった小舟 美穂さんが、地元の高校生とともに空き店舗を改装したカフェをオープンさせたのが昨年の11月2日。

バス待ちカフェTOMOSHIBIの店員たち

バス待ちカフェTOMOSHIBI、列に並ぶ人々

バス待ちカフェTOMOSHIBIスタッフと小舟さん

 

 

 その手作業による改装の様子がfacebookで更新されるたびに眩しく拝見していました。

始動からオープンまで(小舟さんFacebookより転載)

高校生たちがカフェTOMOSHIBIで活動

教室で授業を受ける高校生と先生カフェ改装作業中の男性バス待ちカフェTOMOSHIBI外観

カフェ改装作業する二人学生たちが模造紙にアイデアを書き出している様子

カフェTOMOSHIBIの改装中の内装

カフェTOMOSHIBI改装中、人々が天井を塗るTOMOSHIBIオープン前のチーム写真

カフェ改装中の若者たち、浜坂駅前TOMOSHIBI

カフェ改装作業する人々

カフェ改装作業中の若者たち

高校生とカフェ改装作業

カフェ改装中の高校生が壁を塗装

空き店舗改装で壁を塗る高校生

TOMOSHIBIカフェのスタッフと高校生

講演会でプレゼンを聞く参加者たち

TOMOSHIBIカフェの仲間たち、地域活性化へ

カフェTOMOSHIBI改装、子供らも壁塗り

子供たちがカフェ改装の壁をペイント

カフェ改装、浜坂駅前TOMOSHIBIの様子

高校生がカフェ改装で外壁塗装

カフェ改装で空き店舗を塗装する高校生

カフェTOMOSHIBI 外壁塗装作業

浜坂駅前カフェ改装、若者たちが協力

TOMOSHIBIカフェ チャレンジショップ開催ポスター

高校生がカフェ改装手作業

バス待ちカフェTOMOSHIBIで接客

カフェ改装、家族で椅子を組み立てる様子男性が壁に棚を設置

 

「この町では何も出来ない、何も変わらない、何も動かない、そんな空気感を変えたかった。ただそれだけ。」

講演する女性、スクリーンに映る写真

(※やばい写真見てるだけで涙出そう。)

 

 

 そんな姿が眩しくて、僕に何かできることはないかな〜と思いながら何もできずにきたわけですが、遅ればせながらわずかばかりのお祝いを持って伺いました。

 

 ちょうど里行きしていた妻と子どもたちが浜坂駅に特急はまかぜで帰ってくるところに、車でお迎えにきた汽車待ち時間として利用させていただいたのです。

 

 店内を覗くと、小舟さんご本人がおられました〜。

バス待ちカフェTOMOSHIBIの店員

 

 あ~よかった〜。

 

そして僕のこともわかってくださいました〜。

 

重ねてよかったよかった〜。

 

 メニューに目を通すと、「浜坂ちくわのホットサンド」や「たじまぎゅうぎゅうまん」などとっても気になりましたが、お腹が減っていなくて今回はホットコーヒーのみを注文しました。

TOMOSHIBIメニュー画像 浜坂ちくわサンド

 

 米寅商店の浜坂焼ちくわ、満点キッチンのお弁当、しふぉんことりのしふぉんけーき、農産加工やまもとの菓子パン(木曜限定)、soranopanの米粉パン(金曜夕方限定)などの地元の人気商品取り扱いもされています。

カフェの冷蔵ショーケースに置かれた商品

入荷時の様子(TOMOSHIBIインスタグラムより転載)

米粉パン各種「TOMOSHIBI」で販売

弁当とシフォンケーキのテイクアウト

しふぉんけーきスライス

TOMOSHIBIのパンとスイーツ

 

 こちらはオーダーからの先払いスタイルです。その後席で待ちます。

TOMOSHIBIカフェの店内の様子

 

 間も無くコーヒーが運ばれてきました。うん、おいしい☆

バス待ちカフェのホットコーヒー

 

 店内の様子。バス待ちカフェTOMOSHIBIの店内

 

 二人掛けテーブルが5つで10席。コワーキングスペースに4席。計14席だったと思います。

カフェTOMOSHIBIの店内。テーブル席とコワーキングスペース

 

コワーキングスペースでは、利用料金を払えば誰でもデスクやコンセント、無料Wi-Fiなどを自由に使いながら、仕事場として利用することができます。

バス待ちカフェTOMOSHIBIのカウンター席

 

 キッズスペースもあります。小さい子も歓迎ですね。

バス待ちカフェTOMOSHIBIの店内の様子

 

 ちょうど他のお客さんが帰られたタイミングだったので、小舟さんはずっと僕の話し相手をしてくださいました。

 

 偏差値だけでは測れない子どもたちの素晴らしさ。

 

 やりたいことをやりたいって言っていい、そんな当たり前のようなことが言えていない子どもたちへのエール。

 

 なにもない?それならつくろうよ!という創造意欲。

 

 移住してきて感じた周りの優しさへの感謝。

 

 同時にどこかで足を引っ張りあっていることへの悲しみ。

 

 講演のたびに涙を流しながら話してるってこと。

 

などなど、あっという間の約45分。

 

 

 聞けば聞くほど情熱的な方だな〜と思いました。

 

いろいろとお話ができて、ラッキーなひと時でした。

 

ありがとうございました。

 

 

 どうかこの「TOMOSHIBI」が、浜坂駅前を照らす灯火となり、訪れる多くの方々の灯火となりますように。

 

浜坂駅前カフェTOMOSHIBI 外観と内装

バス待ちカフェ「TOMOSHIBI」の軌跡

 

 PRキャラクターのあかりんとうしゃまるが可愛いです。

TOMOSHIBIキャラクターと但馬牛のPRポスター

TOMOSHIBI おかえりノートとキャラクター

 

 

【TOMOSHIBI】

浜坂駅前バス待ちカフェ&アンテナショップ

住所:兵庫県美方郡新温泉町浜坂2037-5

 

営業時間:10時〜19時

 

定休日:日曜日


内容:カフェ(軽食)/地域産品販売/コワーキングスペース/レンタルボックスetc


運営:KOFUNEYA代表小舟美穂

 

SNS:https://www.instagram.com/pj_tomoshibi/

 

 

※いい汽車待ち時間を過ごせて妻子を浜坂駅で迎えました

浜坂駅でお迎えの家族と電車

◎前編はこちら

 

食事が終わるとすぐに腰をあげ、山頂を目指します。

 

比叡山の伽藍よりさらに上に登ったところに山頂である「大比叡(おおびえ)」があるのです。

 

よっしゃ~、登るぞ~

比叡山、大比叡山頂への道

 

阿弥陀堂と法華総持院東塔を繋ぐ渡り廊下の下をくぐって左折します。

比叡山 鳥居と緑の木々

 

建物の裏側に登り道がありました。

比叡山 智証大師廟への案内板

 

「智証大師廟を経て山頂へ30分程」という案内板。

比叡山案内板:山頂へ30分、40分、西塔へ10分

 

まだまだ山頂とは160mほどの標高差があるようです。

 

「法華塔」。

比叡山 墓地と建物 新緑の木々

 

登りやすい石段。

比叡山法華塔、修繕中の五重塔

 

自然の道に入りました。

比叡山登山道、自然の土道と木の根道

 

狭くて人とのすれ違いがし辛いものの、案外歩きやすい土道でした。

比叡山登山道、木の根道

比叡山森林の眺め

 

こちらから登る人より、向こうから下りてくる人の方が断然多かったです。

比叡山 苔むした木の根道

 

木の根の道。

比叡山 登山道 苔むす根道

 

ゴロゴロ石の道。

比叡山登山道、石畳と木の根道

比叡山 雲母坂ルートのケルン

 

道が広くなりました。

比叡山登山道、石と木の根が混じる険しい道

比叡山登山道:木々のトンネルと石畳

 

開けた場所にはコンクリートの駐車場のような広場が。

比叡山大比叡山頂の広場と木々

 

車の通れる管理道と合流してもう少しだけ登ります。

比叡山登山道、二手に分かれる分岐

 

これが最後の登り。

比叡山登山道、木々の中の坂道

 

尾根に辿り着きました。

比叡山山頂のテレビ中継基地と登山道

 

各テレビ局の中継基地がありました。

比叡山中継基地と鉄塔

比叡山中継基地とテレビ塔

 

そこを抜けて少し進むと右手にこんもりとした木々の丘があります。

比叡山山頂の大比叡、三角点に到達

 

見逃してしまいそうなその丘が、山頂である「大比叡(おおびえ)」なのです。

比叡山 登山道 木の根道

 

京都側から登ってきた方々と大勢一緒になりました。

比叡山山頂 大比叡 三角点

 

11:15 大比叡(山頂)到達です。やったね☆

比叡山大比叡山頂の三角点

 

ここが標高848メートルの最高点として国土地理院が設置した「三角点」です。

比叡山大比叡国土地理院三角点

 

なにげなく通り過ぎてしまいそうなところ、「もしや」という直感が働いてほんとによかったです。

 

過去に登った山々を振り返ってみます。

高屋神社が404メートル。

若草山が342メートル。

鞍馬山の木の根道が約500メートル。

雲辺寺が911メートル。

焼山寺が800メートル。

横峯寺が750メートル。

そうなると、僕が今まで徒歩で登った山の中では2番目の高さの山ということになります。

 

達成感はすでに根本中堂にたどり着いた時に感じていたからかそこまで高揚する気持ちはなかったものの、とりあえずいい記念写真が残せました。

比叡山大比叡山頂の三角点と登山者

 

一緒になったカップルの写真を撮って差し上げ、代わりに僕のソロ写真を撮ってもらったのです。

比叡山大比叡山頂への自然道

比叡山山頂「大比叡」で記念撮影

 

これで全ての目的を達したので、京都側へ向かって下山していきます。

比叡山からの山頂の景色

比叡山登山道、緑の中を歩く二人

 

いい眺め。

 

広い山頂駐車場に到着です。

比叡山山頂駐車場と青空

 

ここからどこに下山する道があるのかわからなくて途方にくれていましたが、ネット記事の情報に頼りながら恐る恐る進みました。

比叡山駐車場と青空、雲

 

山頂駐車場から、叡山ロープウェー比叡山頂駅に向かって歩いていきましょう。

比叡山頂駐車場と青空、緑の木々

比叡山登山道:自然と緑に囲まれた道

 

左手には「ガーデンミュージアム比叡」という花の庭園があるようですが、さすがに庭園内は見えなくなっています。

比叡山登山道 ツツジと新緑

 

「ほふく前進めざせ10分」の標識(笑)

京都方面ロープウェイ乗り場へ向かう標識

 

叡山ロープウェー比叡山頂駅の手前で、右の道に折れて下っていくのです。

比叡山登山道、新緑と木々の道

 

「ロープウェイのりば最後の上り!徒歩約3分」と書いてありますので、僕のように最後の上りを上らないようにしましょう。

叡山ロープウェイ乗り場 徒歩約3分

 

舗装された下り道です。

比叡山登山口への舗装路と新緑

比叡山 登山道 石垣と木々

 

しばらく下ると右手に現れた広場は、「比叡山人工スキー場」の跡地です。

比叡山登山、広がる緑の丘と散策する人々

 

1964年に開業して2001年に閉鎖されるまで約40年間、冬にはスキー、夏にはグラススキーとして多くの方に親しまれてきたそうです。

比叡山スキー場跡地の広々とした草原

 

スキー場跡を右目で見ながら下っていき、この先の分岐で左折します。

比叡山登山、若者4人組が歩く道

 

左折したら、トレイルコースの看板を左に見ながら進みます。

比叡山登山道、案内板と登山客

比叡山登山道、木漏れ日と緑のコントラスト

 

頭の上をロープウェーが通り抜けて行きました。

比叡山ロープウェイと登山道 晴天 selfies

 

間もなくロープウェイとケーブルカーの接続地点の駅に着きます。

比叡山登山道、新緑と案内標識

 

ケーブル比叡駅に着いたら、建物の左側に進みます。

比叡山ケーブルカー乗り場と登山道

 

すると「HIEIZAN」のアルファベットのフォトスポットがあります。ひゃっほ~。

比叡山 HIEIZAN アルファベットオブジェと人物

 

このアルファベットのすぐ左に下る道があるのです。

比叡山フォトスポットと山頂の景色

 

コンクリートの階段。

比叡山からの眺めと階段道

 

突き当りを左折します。

比叡山登山道、石段と手すり

 

その先からいよいよ本格的な「雲母坂ルート」となります。

比叡山登山道、自然の土と石の道

比叡山登山道、自然の木漏れ日

 

木が折れまくっています。

倒木が続く比叡山雲母坂ルート

 

この分岐は右下へ。

比叡山 大比叡への登山道と倒木

 

本坂ルートと比べると人の往来が多いので熊出没のリスクは下がるでしょう。

熊出没注意の看板と京都府の文字

 

どこの登山道にもケルン(石積み)がありますね。

比叡山登山道にある石積みのケルン

比叡山登山道、木漏れ日の土道

 

要所要所にある「京都一周トレイル」と書かれた杭には地図が貼り付けてあるので要チェックです。

京都一周トレイル標識と登山道

比叡山、雲母坂ルートの趣ある登り道

比叡山登山道、ゴロゴロ石と木の根道

 

トトロに会えそうな木のトンネル。

比叡山 狭い登山道 雲母坂ルート

比叡山登山道、木の根や石段のある森の小道

比叡山 登山道 木の根道

 

景色のいい休憩処。

比叡山登山道、木々が生い茂る森の中の休憩者

 

人とたくさん会えるので心強いですね。

比叡山登山道、木々の中の休憩所

比叡山山頂で記念撮影、街並みを望む

 

「雲母坂ルート(比叡山ー修学院)」は都とお山を繋ぐ由緒ある道です。

比叡山登山道 倒木とハイカー

 

最澄さんも朝廷とのパイプを繋ぐためにこの道を何度も通ったんだろうな〜と思いながら歩きました。

 

本坂ルートより日当たりがよくて明るく、足場も比較的良くてとても歩きやすかったです。

 

特に落ち葉のクッションは膝に優しくてありがたいですね。

比叡山 雲母坂ルートの森道

 

積み石の上に小さなお地蔵さん。

比叡山山頂の大比叡、三角点と石積み

 

「浄刹結界址」と「女人牛馬結界」の石柱。

浄刹結界とは外からの邪障を防ぎ、清らかな場を守るための心的境界であり、比叡山の僧侶はここから外に出てはならないという決まりもあったそうです。

また女人牛馬結界により女性、牛と馬はこれ以上は立ち入ることができないという境界線ともされていたようです。

倒されているのは、女人牛馬の禁制を解除したからなのかもしれませんね。

雲母坂ルートの石碑と登山道

比叡山雲母坂ルートの森林と登山道

 

「水飲対陣之跡(みずのみたいじんのあと)」と刻まれた石碑。

この石標は延元元(1336)年6月7日、千種忠顕が足利尊氏直属の足利直義軍と比叡山麓西坂本水飲で戦い、戦死したことを示すものなのだそうです。

「延元元年ノ乱中将忠顕卿官軍ノ将トシテ四明嶽ヲ防キ給フ賊西坂ノ三方ヨリ攻寄セタリ官軍水飲ノ地ニ攻下シ対陣ス翌賊大軍後方ヨリ襲フ衆寡敵セズ卿水飲ノ地ニ戦死シ給フヨシ太平記ニ見ユ   大正十年夏日   掃雲千種顕男誌」

比叡山水飲対陣之跡石碑

 

「水飲対陣之跡」では分岐の十字路となります。

京都一周トレイル東山69番標識

 

比叡山ケーブル側から下りて来た道を直進すると修学院方面に行くことができます。右折すると赤山禅院方面、左折すると瓜生山、北白川仕伏町方面に行くようなのでお間違えのないようお気をつけください。

比叡山登山道:自然の道と木の根道

比叡山 雲母坂ルートの森道

 

なんとも趣のある細道です。

比叡山登山道、木の根が露出した自然の道

比叡山登山道、木の根と石畳の道

 

ベンチを設置してくださっている方々がおられました。

比叡山で整備作業をする人々

 

まさに今完成する寸前。

比叡山登山道整備、丸太の設置作業

 

一番に座らせていただけちゃいました。

比叡山登山、休憩中の3人

 

嬉しいご縁です。「おじさんおばさん、ありがとうございます。」

比叡山登山 休憩中の登山者

比叡山山頂への木々の根道

 

新緑に光が反射してとても美しいです。

比叡山 雲母坂ルート 境界石

 

自然と一体化するような感覚の中、とても気持ちよく下ることができました。

比叡山 狭い土の登山道

 

鳥たちのさえずる声もまた心地よかったです。

比叡山 雲母坂ルートの石畳と丸太

 

「雲母寺跡」の石標があります。

雲母寺は千日回峰行の祖である相応上人が開いた寺院でしたが、明治時代に廃寺となったそうです。

比叡山 山頂への案内標識と石柱

 

13:25 雲母坂登山口着

比叡山登山口の案内標識

 

標識が少なく、別の方向に下りてしまわないかと心配もありましたが、無事に予定通りの場所へ下山することができました。

比叡山登山口の標識と登山者

比叡山雲母坂 スズメバチ注意看板

雲母坂ルート 登山口の石碑

 

「雲母橋」を渡ります。

雲母坂ルートの趣のある木造橋

比叡山麓の川と緑豊かな自然

 

橋を渡ると右折します。左折するとボードウォーク石積堰堤があるようです。

比叡山 雲母坂ルート 熊出没注意案内

 

 雲母坂は平安時代より比叡山と都を結ぶ主要路として賑わい、都からの勅使が通ったことから勅使坂とも呼ばれました。

 また法縁・親鸞らの瞑想をはじめ多くの人たちもこの坂を行き来しました。

 比叡山の法師が日吉神社の御輿を担いで都に強訴に押し掛けたのもこの道とされ、南北朝の戦乱で、この坂が戦場になり多くの将兵の血に染まりました。

 雲母坂の名は付近の花崗岩に含まれる雲母のきらきらした輝きからこう呼ばれたとも言われています。

雲母坂(きらら坂)と雲母橋の案内板

 

比叡山を水源とする音羽川。

 

一級河川のようですが、水量はそう多くないようです。

比叡山 雲母坂ルートの小川と緑道

 

川を右手に見ながら、なだらかな下り道を歩いていきます。

比叡山雲母坂ルートの自然豊かな散策路

 

行きは暗かったですが、帰りは明るくて、前途洋々な気分になりました。

比叡山 雲母坂ルートへの道

 

徒歩道の終わりです。

前日にこの場所まで確認にきていましたので、あ~帰ってきたな~という感じです。

曼殊院へ続く山道

 

13:40 パーキング着

登山口から15分くらい歩いて、無事に愛車(赤い車)のもとに辿り着くことができました。

比叡山麓の駐車場と住宅街

 

前日の15時半から駐車していたのですが、全体的に想定より早く歩けたため料金も1日最大料金の770円ですみました。

それもふまえて自分にグッジョブと心でつぶやきました。

 

それにしても至福なひとときでした。

そしてこの山がほんと大好きになりました。

比叡山から望む広大な景色と青空

 

比叡山最高~っ!!

 

 

 

【過去のウォーキング人気記事】

 

◎兵庫県新温泉町の霧ヶ滝

 

◎鳥取県三朝町の三徳山

 

◎奈良県奈良市の春日山原始林と若草山

 

◎京都府京都市の鞍馬山

 

去年の春は奈良の春日山と若草山、秋は京都の鞍馬山を登り、すっかり山歩きの魅力にはまってしまった僕でした。

 

◎春日山原生林と若草山

 

◎鞍馬寺と貴船神社

 

 

その勢いのままに、今年はどこに登ろうかと思い立ったのが比叡山でした。

 

今まで一度も延暦寺にお参りしたことがありませんでしたし、それが歩いて叶えられるとすればどんなに素晴らしいだろうかとイメージできたからです。

 

調べてみると4つか5つコースがありましたが、「本坂ルート」といわれる昔使っていた石段がある本来の道と、「雲母坂ルート」と言われる京の都と結ぶ最短路として主に用いられていた道の両方を通りたいと思いました。

 

その上で、登山は滋賀県側から登る「本坂ルート(坂本ー比叡山)」、下山は京都側へ下る「雲母坂ルート(比叡山ー修学院)」にすることに選択します。

 

「比叡山・びわ湖〈山と水と光の廻廊〉」のHPの地図を参考にさせていただくと、④ルートを登り①ルートで山頂を経由して③ルートで下るという行程です。

 

果たして計画通りにいくのかドキドキワクワクの出発となりました。

 

朝6時半に祇園のアパホテルをチェックアウト。

 

京阪三条駅。

 

京阪電車で「三条→山科」

 

山科でJR線に乗り換え。

 

JR湖西線「山科→比叡山坂本」

 

7:20 比叡山坂本駅

 

駅を出ると徒歩のための案内はなく、早速どちらへ向かって進めばいいのか確信が持てなかったため、Yahooマップに頼りました。

 

駅の正面側をでると、向かって右側(→)に進みましょう。

 

この高架下をくぐって、この大きな道路を向こう側(↑)へまっすぐ進みます。

 

この方向へ進むことが西で合っています。

 

2分ほど歩くと、左側にセブンイレブンがありました。

 

ここでおにぎりと、水分補給用のペットボトルのポカリスエットを買い、朝食をとって腹ごしらえです。

 

日吉大社の一の鳥居が見えたら、道が合っているということなのでご安心を。

 

途中に京阪の坂本比叡山口駅があり、こちらの方が登山口に近かったことを知りましたが、電車が少しでも早く到着するのでアプリがJR比叡山坂本駅を示したのでしょう。

 

登山者へは京阪「坂本比叡山口駅」をオススメします。

 

ひたすら西へ西へと進みます。二の鳥居も見えてきました。

 

この美しい参道は「日吉馬場(ひよしのばんば)」と言われるそうです。

 

コンビニに寄った時間を差し引くと、駅から15分ほどで「日吉大社」に辿り着きました。

朱の鳥居のすぐ左が比叡山の登山口となります。

 

7:45 延暦寺登山口

 

さあ、石段を登っていきましょう。

 

少し登ると、駐車スペースのある車道に合流しました。

 

再び石段に挑みます。

 

車道が整備されるまでは皆がこの石段が表参道だったそうなので比叡山の僧侶たちも大変だっただろうな。

そんなことを想像しながら、飛ばしすぎないように気をつけながら登っていきました。

 

7:55 右に「南禅坊」を見ながら、登っていきます。

比叡山の千日回峰行を達成された大阿闍梨・光永覚道師がひらかれたお寺だそうです。

 

歩きやすそうに思ったのですが。

 

ハアハア。

 

石段が斜めになっていたり、歩幅がまちまちだったりと、足並みをワンパターンに固定させてくれず、かなり疲れました。

 

石段が終わると、自然のままの土の道へと変わります。

 

7:58 五丁の丁石。(一丁109m×5=545mの石標)

 

今はあまり重要視されていないのか整備されていません。

 

歩きにくいボコボコな荒道を進んでいきました。

 

8:02 上着を羽織っていたら汗だくになったので途中のベンチで半袖になりました。

 

まだまだ荒道は続きます。

 

歩きにくいな~。。。

 

分岐です。どちらを進んでも大丈夫です。左の道の方がややショートカットでやや厳しそうかも。

 

左にしました(笑)

 

道が再び合流しました。

 

束の間の歩きやすい道。

 

一瞬晴れ間が覗き、琵琶湖方面の景色が浮かび上がりました。

 

森は暗くて肌寒いけれど、カバンを背負う背中だけはぐっしょりと汗で濡れてきて、寒暖よくわからないような体感のまま歩いていました。

 

岩だらけの道は足にダメージを与えてきます。

 

大雨がえぐり取ったような段差のある足場。

 

灯籠の傾きがまた無常を引き立てます。

 

8:18 左に「花摘堂跡」の看板がありました。

 

脇道に逸れますが、せっかくなので行ってみることに。

 

この辺りが「花摘ノ峰」といわれる418mの山のピークになるようです。

 

8:21 少し下ったところにある「花摘堂跡」という天台宗の開祖様である最澄様のお母様の遺跡にお参りできました。

 

いつも以上に速足で戻ります。

 

脇道を一人で歩いていると、道は合っているのか、看板に熊注意と書かれているけど出てきたりしないだろうかなどと不安になるのです。

 

主道に戻ると人の姿と熊鈴の音色が聞こえてホッとしました。

 

結局登りゆく人は途中で2人だけ見かけ、降りてくる人も5、6人とすれ違っただけという寂しい道のりでしたね。

 

8:26 左に「石仏庭園広場」の案内がありますが、寄らずに進みます。

 

凸凹道です。

 

すごいことになってるな~。

 

お地蔵さんが見守ってくれていて心強いですね。

 

8:35 十七丁の丁石。(109m×17=1853m)

そんなに歩いたかな~?

 

ポカリを飲みながら、休憩なしに一目散に歩いていきます。

 

8:40 案内標識。半分くらいは登ってきたのかな~と思っていましたが・・・。

 

「檀那先徳御廟(覚運廟)」の石段。

 

「聖尊院堂」に続く石段。

 

ここに「聖尊院堂(亀堂)」があるはずの場所ですが、建物はすでになく石仏のみが祀られていました。

 

8:46 登山から1時間ほど経った頃、舗装された道が現れました。

 

見た目以上に傾斜がきついです。

 

8:48 左手に「法然上人得度御霊場」が見えました。

 

自然道か舗装道かの分岐がありました。

 

もちろん自然道を行きます。

 

大きな赤い建物が見えてきました。

 

8:50 え、まだ延暦寺に着くはずないよなと半信半疑に建物の脇を抜けていきます。

 

ですがここが「延暦寺会館」ということは・・・。

 

2時間の予定が1時間で着いちゃった・・・。

 

8:50 「文殊楼」石段下。

 

最初に比叡山の総門である「文殊楼」が立派な石段の上にお出迎えしてくれます。

 

これは「本坂ルート」を歩いたからこそ総門から延暦寺に入れるということですね。

 

延暦寺(えんりゃくじ、旧字体:延󠄂曆寺)は、滋賀県大津市坂本本町にある標高848メートルの比叡山全域を境内とする天台宗の総本山の寺院。山号は比叡山。本尊は薬師如来。正式には比叡山延暦寺(ひえいざんえんりゃくじ)と号する。
平安時代初期の僧・最澄(767年 - 822年)により開かれた日本天台宗の本山寺院である。住職(貫主)は天台座主と呼ばれ、末寺を統括する。横川中堂は新西国三十三箇所第18番札所で本尊は聖観音である。1994年(平成6年)には、古都京都の文化財の一部として、(1,200年の歴史と伝統が世界に高い評価を受け)ユネスコ世界文化遺産にも登録された。寺紋は天台宗菊輪宝。
比叡山、または叡山(えいざん)とも呼ばれる。このほか、興福寺を指す南都に対して北嶺(ほくれい)、園城寺を指す寺門に対して山門の異称もある

(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

 

この辺りは670mくらいだそうで、山頂まではまだまだ掛かります。

 

8:58 「根本中堂」前。

なんと9時開堂となる「根本中堂」が開堂する前に着いてしまいました。

 

近道でも通ったのでしょうか。

そんな思いもするほど良い意味での時間の読み違いでした。

 

なんにしても、僕にとって初めての比叡山延暦寺参拝が自らの足によって成し遂げられたことが感激です。

 

開堂を待つ人たちの列の最後尾にひっついてしばらくすると、若い一人の僧侶によって扉が開かれました。

 

ただいま改修中の「根本中堂」内に入ります。

 

「根本中堂」は比叡山延暦寺の総本堂であり、最澄作の薬師如来がお祀りされているといいます。

 

堂内は撮影禁止。

 

ありがたき「不滅の法灯」を拝むことができました。(比叡山延暦寺公式HPより転載)

 

 

 

改修中であったこともまた貴重な機縁であったと感じます。

私という存在自体の再構築は大きなテーマですから、建物の再構築からもヒントを得ようと思います。

 

根本中堂の歴史(比叡山延暦寺公式HPより転載)
788年    (延暦7年)    伝教大師により「一乗止観院」創建(中央に薬師堂・北に文殊堂・南に経藏)
823年    (弘仁14年)    嵯峨天皇より延暦寺に寺号を賜り「根本中堂」と改称
887年    (仁和3年)    9間4面の大堂に改修(智証大師の時代)
980年    (天元3年)    谷を埋め立て現在と同規模11間の大堂に改修し廻廊や中門を新造(慈恵大師の時代)
1571年    (元亀2年)    織田信長の焼き討ちにより焼失
1585年    (天正13年)    仮堂建立
1642年    (寛永19年)    江戸幕府三代将軍徳川家光により9年の歳月をかけて再興
1798年    (寬政10年)    本堂屋根栩葺を銅板葺に変更
1955年    (昭和30年)    昭和の大改修(半解体修理)
2016年    (平成28年より)    平成の大改修(10年間の予定)

 

屋根の高さの「修学ステージ」で観覧させてもらえました。

 

なかなか見ることができない姿を見ることが出来ました。

 

工事期間は令和7年12月26日までの予定。

 

またいつか完成形を見に訪れたいです。

 

「開運の鐘」。一打100円で誰でも撞くことができるので、せっかくなので僕も鐘の音を響かせました。

 

「大講堂」。ここは講義を行う場所です。

 

お年寄りの方は坂道がきつそうでした。

 

「戒壇院」。

 

「戒壇院」は天台宗の正式な僧侶となるための「受戒」の儀式をするお堂なのだそう。

 

再び長い石段。

 

「阿弥陀堂」。

 

「阿弥陀堂」の阿弥陀如来。

 

「法華総持院東塔」

 

この二つのお堂は、渡り廊下で繋がっています。

 

こうして計画より2時間も早く着けたおかげで、ゆっくりと根本中堂のある東塔エリアの諸堂をお参りできました。

 

 

 

東塔(とうどう)エリアは第一世伝教大師最澄が開いた区域だそうです。

 

 

そして更には予定外の西塔エリアまでも足を伸ばすことができたのです。

 

まだまだ足を使っても大丈夫そうだったので、歩き回りました。

 

「浄土院」

 

「我が志を述べよ」という言葉がとても響きます。

 

西塔エリアは第2世天台座主寂光大師円澄によって開かれた区域だそうです。

 

「常行堂」

 

「法華堂」

 

正面に見える渡り廊下を天秤棒にして弁慶が担いだという言い伝えから、この二つのお堂を合わせて「にない堂」というそうです。

 

にない堂をくぐると下りの石段。

 

その下にあるのが西塔の本堂である「釈迦堂」。

 

「西塔鐘楼」

 

奥比叡ドライブウェイ西塔駐車場では4月26日~5月6日の「さくらフェスタ」が開催されていて、キッチンカーの出店がありました。

 

「奥比叡の八重桜」もまだぎりぎり残っていました。

 

残念ながら第3世天台座主慈覚大師円仁によって開かれた横川(よかわ)というエリアについては認識しておらず、お参りすることができませんでした。

 

そのうちにだんだんと観光客の方も増えてきました。

 

込み合う前にお参りできたので、ほんとに早起きしてよかったです。

 

10:30 とっても早い昼食をバスセンター内にある『鶴喜そば』で食べました。

 

「比叡山そば850円」をオーダー。

 

山上は寒くて汗が冷えて身体も冷えてきていたのですが、温かいお蕎麦で生き返りました。

 

これから山頂まで登って、京都側へ下山します。

 

【後編】につづく

 

今日は寝屋川で法事でした。

 

そのまま京都まで来ました。

 

せっかくなので八坂神社へ。

 

 

 

実は先ほど「比叡山登山口」とその最寄り駅である「修学院駅」の間にあるコインパーキングに車を駐車してきたのです。

 

見失ったら困るので目印である「茶屋ノ前橋」も写真に撮りました。

 

そして修学院駅から電車に乗ります。

 

こうして宿泊する祇園のアパホテルまで帰ってきました。

 

すっごく高かったけれど、ここしかなかったので明日のために我慢しました。

 

 

実は明日は比叡山に歩いて登ろうと思います。

 

去年の春は奈良の春日山から若草山にかけて歩きましたし、秋には鞍馬山を歩きました。

 

 

 

 

最近、初心者でも楽しめる低山(1000メートル以下の山)を歩くのにハマっています。

 

 

今回の比叡山登山は、滋賀側から登って、京都側に下りるというコース予定にしたため、ロスなく自宅に帰るための仕込みをしておいたのです。

 

なにしろ5日には他のお寺さんの大法会を控えていますから、4日はなるべく夜遅くならずに帰りたいですから。

 

 

明日早くに起きれるよう、今夜は早寝します。

 

ずっと4日は雨の天気予報だったのに、いつの間にか晴れマークに変わってきましたよ〜!

 

ワクワクです。

新緑の美しい季節になりましたね。

 



とっても気持ちいいです。

自然と深呼吸になりました。

今日は小学校で自転車教習でした。

 

会長と副会長の二人がPTAからは参加しました。

 

PTA会長になって初めての仕事でした。

 

踏切地点の見守り指導を行いました。

 

 

去年は雨で縮小して行いましたが、今年は晴れて全面的に実施することができてよかったです。

長崎県の宇久島では10年ほど経ってから計画が再浮上したようですが、我が町の巨大風力発電計画も約5年間の沈黙を経て、再び事業者が動き出しました。

 

新温泉風力発電計画の風車設置予定地マップ

 

令和7年4月17日、事業地である熊谷、伊角、春来、歌長の区長さんのお宅を訪問し、改めて計画についての説明・調査に協力してほしいと申し出たそうです。

 

しかしながら各区長は一枚岩のまま揺るいでおらず、全ての区長さんから協力を断られたといいます。

 

 

その後新温泉町役場にも来庁し、持参した「保安林の指定解除事務等マニュアル(風力編)」と「風力発電設置区域イメージ地図」を置いて帰ったとのこと。

 

 

それによると風車の設置位置が熊谷周辺を取り囲むものであったのを改め、伊角、桧尾、高山、春来方面に移動し、基数は21基から12基~15基に減らしており、一応配慮したように見えます。

 

ですがFIT認定が変更可能となるには当初計画の発電量の8割以上が必要条件となり、風車1基の発電量を4900~6100kWを確保する必要があるため、高さ150mからさらに巨大化してなんと190mの風車が設置されるというのです。

 

 

巨大化する上に、さらに木や水の自然豊かな山の奥地へと開発の手が伸びるということは、クリーンエネルギーの趣旨からすると本末転倒ではないでしょうか。

 

こんな神聖な場所を侵さないでほしいと憤るばかりです。

 

計画地には水源を養い、災害を防ぐ役割を担う「保安林」も含まれるのです。

 

 

ただし、その指定解除には自治体の同意が必要となりますので新温泉町が反対する限りは解除できず、工事へ進むことはできません。

 

ありがたいことに、町も反対姿勢を崩すことなく対応してくれています。

 

 

町はすぐさま4月25日に各地の区長さんを集めた「連絡会」を作って、事業者の動きを共有化して警戒することにしました。

 

私の元へも26日に熊谷区の区長さんがお越しになり、その詳細をお聞きすることとなりました。

 

このまま白紙撤回することを期待していましたが、やはりそうは問屋が卸さないのですね。

 

 

現町長さんの間は対応も迅速で安心なのですが、今秋には町長選を控えているので予断を許しません。

 

このタイミングでまた計画をリスタートさせたのにも狙いがあるのでしょう。

 

 

とはいえ区長会がここまで反対でまとまっていてくれていることは大変大きなことと思います。

 

計画の中心が熊谷ではなくなり、我々はそのど真ん中から声をあげていたものが、やや外れてしまうこととなりますから、伊角、桧尾、高山、春来へと中心が移っても、変わらぬ反対意見でまとまり続けられるかが今後の鍵となるはずです。

 

住民の中にはちらほら懐柔される人の姿も見受けられます。

 

 

また事業者に雇われた新たな担当者(事業開発係長)が我が町出身の方になってしまいました。

 

これはよく使われる「切り崩し」の手法の一つです。

 

自給自足で生活していた東南アジアの原住民の村に開発交渉にやってきたのは、現地で雇われた人でした。

 

戦争の時に先頭にたって攻めてきたのは、異国の兵士ではなく捕虜にされた同じ顔をした兵士でした。

 

切り崩されないように本当に気を付けなければなりません。

 

耳障りのいい言葉に惑わされず、しっかりと適地ではないことを主張していきましょう。

 

 

今回いろいろ情報提供していただいた町議会議員さんへも、議会でも徹底抗戦してもらうべくお願いしておきました。

 

僕自身もまたできることをやっていく所存です。

 

   いのちをつむぐ会 代表 山地弘純

 

 

 

※事業者の今後の予定

 環境影響調査 2025年10月~2027年10月

 準備書 2027年秋ごろ~2029年夏ごろ270日間

 評価書 2028年秋ごろ~2029年末ごろ

 建設工事・試運転2030年夏ごろ

 

区長さん方のおかげで、事業者が環境影響調査に入ることが困難になっています。

 

住民説明会開催の打診についても受けない方針です。

 

説明会を開いただけで説明責任を果たしたことにされた事例があるからです。

 

#いのちをつむぐ会は自然を守る会です

#自然破壊につながる巨大風力発電計画に反対しています

#健康被害や計画倒産などのリスクも懸念しています

#区民により区で反対が採決されています

#区長会も反対しています

#新温泉町も反対しています

#県も町に足並みを揃えると前知事の時に言ってもらっています

#事業者は再エネ推進の国策を盾に工事着工をあきらめていません

#地権者の切り崩しに注意しましょう


 

 

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