前回「八咫鏡」について書きました。
そして「ミラーボール」や「重々帝網(じゅうじゅうたいもう)」のことを取り上げました。
「重々帝網(じゅうじゅうたいもう)」とは、仏法の守護神「帝釈天(たいしゃくてん)」の宮殿を煌びやかに飾る網が幾重にも重なり合っている様子をいいます。
網の結び目の一点一点は「宝石(宝珠)」になっていて、 互いを照らし映し合い、全体が 鏡映(きょうえい) している状態です。
「鏡映(きょうえい)」・・この現象で連想する小説があります。
江戸川乱歩の「鏡地獄(かがみじごく)」です。
「内側が鏡になった球体の中に入ったら、いったいどのように見えるのか?」・・がテーマの作品です。
あらすじはこんなかんじ・・(^。^)
少年時代から「ガラス」「レンズ」「鏡」などに、異常な嗜好を持っていたある男。
その趣味が高じて、成長した彼は莫大な資金を投入し、広い庭の中央にガラス工場を建てます。
そして、工場の技師にあらゆる種類の鏡を造らせていました。
そんなある時、男は技師に、玉乗りの玉をひとまわり大きくしたくらいの、数カ所に小電灯を設置した「内側が一面の鏡になった中空のガラス玉」を造らせます。
彼はその中で一晩を過ごし、そして発狂します。
結局そのまま世を去りました。
・・ガラス玉の中で、彼は一体何を見たのでしょうか・・?
という内容です。 (ホラーですね!( ̄∇ ̄))
小説の最後に、彼が発狂した理由についての友人の見解が描かれています。
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
彼はガラス玉の内部で何を見たか。一体全体、何を見たのか。
その球壁に、どのような影が映るものか、物理学者とて、これを算出することは不可能でありましょう。
世にも恐るべき悪魔の世界ではなかったのでしょうか。
そこには彼の姿が彼としては映らないで、もっと別のもの、それがどんな形相を示したかは想像のほかですけれども、ともかく、人間を発狂させないではおかぬほどの、あるものが、彼の限界、彼の宇宙を覆いつくして映し出されたのではありますまいか。
あの自分自身を顕微鏡にかけて覗いて見るような、悪夢の世界、球体の鏡はその凹面鏡が果てしもなく連なって、われわれの全身を包むのと同じわけなのです。
それだけでも、単なる凹面鏡の恐怖の幾層倍、幾十層倍に当たります。そのように想像したばかりで、われわれはもう身の毛もよだつではありませんか。
それは凹面鏡によって囲まれた小宇宙なのです。
(「鏡地獄」より抜粋)
・・そう思うと、無限に拡大された毛穴の奥の微生物たちが、乱反射により別の生き物に変形されて、魑魅魍魎のように見えていたのかもしれませんよね? ( ゚д゚)?
「他人は自分の映し鏡」
「この世界はひっくり返っている」
・・そんなふうにいわれますが・・
・・わたしたちも、もしかしたら自分の「内部」・・「内宇宙」が反転した世界を見ているのかもしれませんね・・? (・∀・)














