前回の記事で「北斎」の絵を取り上げたのですが、その北斎について興味深いことがわかったので、今回それを書きたいと思います。

 

 

 

 

 

こちらは前回取り上げた、北斎の「富嶽三十六景」

 

    

    「三河の八ツ橋の古図」

 

 

 

 

調べていて、ここに登場している人の「傘」と「蓑」の並びが、

「北斗七星」を表している、という説があることを知りました。

 

 

 

    

 

 

そして自分ではこれに輔星「アルコル」を足して八星とし「北斗八星」と解釈しました。

 

(北斗七星には見えにくい星があり、実は北斗八星といわれます)

 

 

    

 

 

 

同じように思える絵は他にもあって・・ (^。^)

 

 

例えば・・

 

 

富嶽三十六景 「諸人登山(しょじんとざん)」

 

 

 

 

 

富嶽百景 「七橋一覧の不二」

 

 

 

 

 

(形は北斗八星とは違いますが、笠の数は8つ)

 

 

さきほどの「三河の八ツ橋の古図」に描かれている「八ツ橋」とは、橋板をジグザグ状につないだ橋のことですが、この形自体が「北斗八星」を表しているのでは? と思うのです。

 

 

      

 

         

 

 

 

       八ツ橋いろいろ(^。^)

 

 

        

 

       

 

 

 

 

江戸時代に活躍した「葛飾北斎」は、圧倒的な画力を誇る、日本を代表する「天才絵師」です。

 

 

       

 

 

 

 北斎は熱心な「妙見信仰」(北辰信仰)の信者でした。

(❇︎ 妙見信仰=北極星・北斗七星を「妙見菩薩」とした信仰)

 

 

そのため「北斗七星」を表す「北辰」にちなみ政(ほくさいときまさ)」という雅号を名乗っていた時もあります。

(❇︎ 雅号 = 画家などが本名以外につける風雅な名のこと)

 

 

また「北斎」とは「北の書斎」を意味し、こちらは天上において唯一動くことのない「北極星」にちなんでいます。

 

 

若い頃、師匠から破門され、失意の中絵筆を折ろうかと悩んでいた北斎は、柳嶋妙見への参拝帰りに落雷に遭い、その後めきめきと絵が売れ出したといわれます。

 

 

                           

  

雷斗⚡️という名で絵を描いていた時代もあるそうです(^。^))

 

 

 

      こちらは北斗七星の「魁星」を描いた

 

 

       「文昌星図(魁星図)」

 

 

 

        

 

 

「文昌星(ぶんしょうせい)」は「魁星(かいせい)」とも呼ばれる、中国の学問の神で、マスを持つ鬼の姿で描かれます。

 

(❇︎ この星は「北斗七星の第一星」とする説と「北斗七星のマスの部分の一星から四星」とする説があるようです)

 

 

 いかに北斎が北斗七星を信仰していたかがうかがえるような絵ですよね! (・∀・) 

 

 

       

 

 

 

北斎は70代半ばから「画狂老人 (がきょうろうじんまんじ)」という雅号を使っていました。

 

 

他にも、時代によって「前北斎」「葛飾老人」「九十老人」などと名乗っていたようです (^。^)

 

 

           

 

 

自分には、この(まんじ)」「北斗七(八)星」の意味に思えるんです。

 

 

」は北極星を中心とした「北斗七(八)星の回転を表しているのではないでしょうか・・?

 

 

             

 

 

 

 

あの天才絵師「北斎」も北斗七星を重要視していたなんて、やっぱり「北斗七(八)星」には、何か特別な意味があるように思えるのでした・・! ( ´ ▽ ` )